二章/『Night With You』 4
テーマ:連載小説 『カクテルワルツ』 八咫との再会は、私が思っている以上に早かった。
彼の部屋を後にして、昼前に部屋に着いた私は着替えて化粧を落とすと、コップに水を満たして一気に飲み干した。体中に染み渡っていくのが感じられる。
そして私はそのままベッドに入って再び寝てしまった。
浅い眠りに、二時間かそこらは浸っていただろうか。枕元に放り出した携帯電話がマナーモードでブンブンと鳴るので、私はそれを手に取った。
「……誰よ、もぉ」
眠りを妨げられる、というのは精神衛生上非常に宜しくないことである。休日くらい、ゆっくり眠らせてくれたっていいではないか。現代人にはその程度のゆとりも許されないのだろうか。
折りたたみ式の携帯を開く。電話ではない。ディスプレイには『メール着信・清水』と出ている。
「あれ……」
清水って、誰だ。それに、私はこんな背景を設定した覚えが無い。
清水・シミズ……清水。昨日の。
二秒固まって、私はため息をついた。のろのろと立ち上がって、クローゼットから昨晩着ていたコートを引っ張り出す。
ポケットから、もう一つ携帯電話が出てきた。
手許に同じ形の携帯電話。コートから出てきた方は、真っ青な青空にぽっかり雲が浮かんでいる写真を背景に設定してある。私が撮って私が設定したものだ。ストラップも、確かに私が自分で購入したものだ。
枕元に在ったのは壁紙の写真も、ストラップも見た覚えが無い。
「八咫の、かしら」
昨日のバーで、確か。同じ機種。
私はため息を付いた。自分のはコートに入れていたのに、私は勘違いしてコタツの上の携帯を持ってきてしまった。
時計を見れば、もう三時を回っている。彼の部屋を出てざっと四時間半。なんとも短いお別れである。
今度のお礼、というのは来週辺りのつもりで書いたのだが、どうも今夜の事になりそうだった。……自分のドジのせいで。
「ああ、そういえば携帯がありませんね」
コタツに入りながら、紅茶を入れてくれた八咫は、今気が付いたように言った。差し出されたマグカップから、ふんわりとした香りが漂い鼻腔をくすぐる。エアコンが効いているので寒くは無かった。
何せ一人暮らしですから、コーヒーカップなんてありませんのでこれで勘弁下さい。サイズもデザインも異なるマグカップがコタツの上に並んだ。水からジュースからビールからこれで済ませるのだという。
「ミルクと砂糖、いりますか」
私は首を振って丁重に辞退した。成り行きとはいえ俄かに体重が減ったのだ。元に戻してたまるか。
私が訪ねていくと、彼はついさっき起きたばかりだという。もしかしたらまだ寝ているかもしれない、という心配は杞憂に終わったのもあって、私は少し安堵した。
「今度お礼を……とメモに書いてあったから、もうお礼をしに来たのかと思いましたよ。こんな急いで持ってきてくださるなんて、ありがとうございます」
コタツに入った八咫に深々と頭を下げられる。
「そんな、私が悪いのに」
「どうせ滅多に使うことの無いモノですからね。それこそ、清水くらいからですよ、俺にメールが来るなんて」
友達いませんから、と自嘲気味に締めくくった。私はどう答えるべきか、一瞬迷ってつい言ってしまった。
「じゃ、私が毎日メールしてあげる。どう?」
一瞬あっけに取られたように、八咫がポカンとした顔を晒した。
「……いいですね、ソレ」
彼は手許に戻ってきたばかりの携帯を操作し、メモを見ながら私の番号とアドレスを登録していった。
「俺のも、送ります」
間を置かず、彼からのメールが届く。『これからヨロシク』と短い文の後に笑顔の顔文字、さらに携帯電話の番号が記載されていた。それを電話帳スペースに登録しながら、私は彼に名前を聞いた。
「ね、八咫。どうせだから、本名教えてくれないかしら。ダメ?」
一人暮らし用の、このアパートのドア。表札も掛かっていなかったので、私は本当に彼の苗字すら知らない。
「ダメじゃないけど……。どうせならもうちょっと八咫で引っ張ってみても面白いかと思っていたんだけどな」
くすりと笑って、彼は教えてくれた。
「田崎、静というんです。しずかと書いて、セイ」
「セイ。……本当に、ぴったりの名前ね」
静、かぁ。静。セイ。口の中で繰り返してみる。
漢字の意味も韻も彼にぴったりだと思った。






