終章/『Street Toward Snow Night』 5
テーマ:連載小説 『カクテルワルツ』 それから少し雑談を続けて、母親が戻ってきたのを機に私たちは病室をあとにした。私が仕事中にサボっているでなければもう少し長居したいところだったけれど。
病院の外に出ると、日は少し傾いて既に夕方の気配が辺りに漂っていた。照らし出されるビルの光が柔らかく、わずか橙が混じっている気がした。着いたときより、吐く息も心なしか白い。並んで歩くと、私たちは自然に手を繋いだ。この、自然に、とかどちらともなく、という何気ないのがとても嬉しい。些細なことだけど、嬉しいのだ。
美方さんにこれからどうするのかを尋ねてみたところ、彼女は実家に帰るのだといった。
「さすがに子どもひとり抱えては、きついですから」
この子が生まれたら、いずれ実家にも遊びに来てください。そういって美方さんと私は連絡先を交換した。私としては、ちょっと複雑な気分だった。元々はひとりのオトコを巡ってのいわば敵同士だったのだから。……決着が着くまで、私は彼女のことも知らなかったんだけれど、諒がこうなってしまった以上、無効試合ということにしていただきたい。
「じゃあ、もう会う気は無いんですか?」
静に言われて、私は首を振った。
「多分、会うと思う。こどもが生まれたらね」
静は微笑んだ。
「そういえば、さっき、子どもの名前で思い出したんですけれど。八咫のことなんですが」
「うん?」
「若葉さんにあの話をした後、自分でももうちょっと調べてみたんです。その……カラスに関する神話って一杯あるそうでして。世界中に、カラスが太陽の御使いとか、カラスが太陽を運ぶって伝説があったりするんだそうです」
それは初耳だった。
「黒いカラスが、どうして?」
「黒点、から由来していると言う説が有力だとか」
高校の授業で倣った事がある。黒点とは太陽の表面に見える、まさしく黒い点のことだそうだ。なんでもその部分だけ周りより温度が低いため、黒く見えるらしい。低いといっても数千度もの熱さなのだけれど。
天文学の世界では、ずっと昔から黒点の存在が確認されていた。それがまるでカラスのようであるからその様な伝説が生まれたのだと考える文献があるのだという。
「太陽は象徴的にも勝利とか栄光のシンボルだったりするでしょう?」
なるほど、そうだったのか……。
「太陽を運ぶカラスかぁ。勝利の象徴。かっこいいわね。私が男の子産んだらその名前、貰っていいかしら」
「……もともと俺のではないですけれど」
憮然として彼は言った。
「だってさ、ホラ。やっぱり許可取っておくべきかなって」
静は首を傾げて少し考えた。
「俺、でいいのかな? 武志さん? でも詩織はもういないし。……じゃあ日本サッカー協会?」
「サッカー協会は違うと思うわ」
「じゃ、やっぱり俺なのかな」
「あっ、そうだ。女の子だったら詩織って付けようかしら」
「それも俺が許可出すんですか」
肩を落として静が言った。あまり乗り気では無さそうだ。そりゃそうか。死んだ元彼女の名前だもの。
私はちょっと想像してみる。何年か後の、私たち。どこかの草原に建つ白い煙突のあるお家。走り回る息子の八咫。追い掛け回すお姉ちゃんの詩織。そして私の隣で穏やかに笑いながら、二人のこどもを見守る静。
「……あれ」
「どうか、しました」
ううん、なんでもない。そんな生返事を返しながら、変なことに気がついた。当たり前のように静と結婚しているぞ、私。えーっと。
「……? じゃあ、そろそろ行きますから、俺。また今夜」
そういい残して静は背を向けて歩いていった。今夜はまた、例のバー『regenbogen』で会う約束をしていたりする。
雑踏に紛れて消えていくその背中を見送りながら、私はさっきの空想を思い浮かべる。なかなか悪い選択肢でもないような気がしてくる。楽観的になっている人間の心理なんてこんなものなのだろう。
冷たい風が吹いて、私の髪を揺らす。そういえば夕方から天気が崩れて今夜は雪が降るかもしれないと、天気予報はいっていた。……積もるだろうか。一晩、ずっと降り続ければ、もしかしたら。
振り仰いだ空は真っ青で、ビルに隠れそうになりながらも、青はそこにあった。ビルの上まで突き抜けてしまえば、優しい金色の太陽の光に包まれることだろう。いずれ曇るとしても、今を否定することも無い。
「……よし」
肩をくるりと回して、私は静が消えていった方とは反対に向って歩き出す。別に何か意図しているわけではなくて、そちらの方に仕事の用があるだけだ。
とりあえず……今夜静にもう一度話をしてみよう。静の消えていった雑踏を振り返り、暴走しそうになる思考を抑えて、私は思った。あのバーで、あの晩と同じように、静とカクテルを飲みながら。
The end. Thank you to read this story!







1 ■アダルト
アダルトな一時を楽しめる…素敵なアダルトライフを求める女性様より朗報です。