終章/『Street Toward Snow Night』 3
テーマ:連載小説 『カクテルワルツ』
師走。この場合の師とは、元来お坊さんのことを指すのだそうだ。年末の檀家回りに忙しく、師が走る時期。最近では走り回るのにスクーターを用いるようだけれど。だが、医師もまた例外ではないのだろう。病院のロビーは、数多くの人でごった返していた。大半は風邪かなにかの外来患者のようだったが、車椅子を押して歩く人や松葉杖をついている人、白衣の先生や薄いピンク色の制服を着た看護婦。様々だった。
カウンターで美方安美の病室を尋ねると、看護婦さんは丁寧に案内してくれた。奥のエレベーターで三階に上がった左側、三〇六号室だそうである。
病院特有の鼻につく薬品の香りの中、私たちが目的の三階でエレベーターを降りると、当の三〇六号室から中年の女性が出てきた。年齢は五十前後。私の母親と同じくらいだろうか。じゃあ、美方安美の母親かもしれない。彼女は扉を閉める前に室内に向って何か言って、私たちとは逆方向に歩いていった。上着は持っていないから、きっとすぐに戻ることだろう。
三〇六号室は個室だった。ノックをすると、どうぞ、と返事が聞えた。スライド式の戸を引いて、私と美方安美ははじめて顔をあわせた。眼鏡を掛けた、ほんわりとした感じの女性だ。頭に巻いた包帯が痛々しい。ベッドの上で雑誌を広げている。
「はじめまして」
「……?」
彼女は顔にはてなマークを一瞬浮かべた。どちら様、と視線が言っている。
次の瞬間。
「もしかして、井上若葉さん、でしょうか」
今度は私が顔にはてなマークを浮かべる番だった。
「ど、どうして私の名前を?」
「えっと、昨日かしら。女の刑事さんにあなたが来るかもって聞いていたから」
納得。
「本当に来て下さったんですね。ありがとうございます」
美方さんはベッドの上で頭を下げると、私にイスを勧めてくれた。一脚しかないので静は壁際に立つしかない。私は静から花束を受け取って、美方さんに差し出した。
「ありがとうございます」
私は壁際の静のことを紹介した。恋人だ、とは言わなかったが、美方さんはなんとなく気付いたようだ。
一時は意識が戻らずにいたと聞いていたが、思っていたよりもしっかりしているようで安心した。素人判断だけれど、見た感じ血色もよさそうだし。
「しばらく、私はずっと眠っていたそうですね」
美方さんが、口を開いた。
「私にしてみたら、たっぷりと寝て、起きたってくらいにしか感じないんですけれど。目が覚めたら半月近く時間が経っていて、びっくりしました」
ちょっとした浦島太郎ですね、と彼女は笑った。
「目が覚めたとき、この病室で。朝早くの、日の出の頃ですね。一体ここはどこなのだろうと思って。ずっと寝ていると筋力が衰えるそうですわ。私、自分では体を起こすこともできなかったからびっくりしちゃった。ちょっとパニックになりかかったのだけれど、ここが病室らしいと気がついて、このナースコールを押して」
間もなく医者と看護婦がやってきて、彼女は色々な検査を受けた上、昼ごろには警察と両親が飛んできたのだという。
「そこで初めて自分に起きたことを知らされました。彼に」
美方さんは、そこで区切った。彼というのが誰のことなのか問うまでもない。
「彼に、何をされたのか。その直前に、何があったのか、思い出しました」
「……言い争いがあった、と私は聞いたけれど」
彼女は沈痛な面持ちで頷いた。







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