終章/『Street Toward Snow Night』 2
テーマ:連載小説 『カクテルワルツ』 翌日の昼。私は静と待ち合わせをして、その女性の病院に行くことにした。仕事は忙しかったが、折りよく外出する用事があったのだ。
例の彼女の名前は美方安美という、私より一つ年下の女性だそうだ。
「別に、若葉さんが見舞いに行く理由なんて特に無いと思うのですが」
手にした花束を肩に担いで冷静に突っ込んでくる静の言に、私だって理由なんて知らないけれど、と答えた。会ってみたいんだから仕方が無い。急なことだったので、静に頼んで花束を用意してもらったのだ。
今日に限って、静は黒い服を着てはいない。ジーンズとスニーカーこそ黒だったが上は紺のジャケットに茶色のセーターだった。似合ってはいるが、ちょっと意外なので黒ではない理由を聞いてみる。
「だって、病院に黒尽くめで行くわけに行かないじゃないですか」
……ごもっとも。
病院の場所は私の会社が入っているオフィスビルから少し歩いた場所だった。諒が転がり込んできての数日の間、仕事の用事で何度か通りがかったはずの病院名を聞いて、私は改めて世間の狭さを思い知った。
「とても、とにかく会ってみたくなったのよ。お見舞いの理由なんてそれでいいじゃない」
「それでいいんですかね」
「それでいいのよ」
「それでいいんですか」
「しつこい」
私たちは顔を合わせて笑った。冬晴れの天気。昔の誰かが『抜けるように』と形容した真っ青な空が、立ち並ぶビルの間に見える。ひゅう、と木枯らしが吹いた。もうすぐ今年も終わる。少し感慨深かった。
今はもう、痣が消えかかっているから絆創膏は貼っていない。
こっちに戻ってきてからのイブ、静とのデート。本当は水族館か映画館に行こうという話だったのだけれど、結局それは流れた。顔の怪我とか、殆ど徹夜で仕事を片付けて外出する気力が無かったということも、まぁあるのだけれど。
ただ、二人きりであればいい。それで十全。それ以上は不要で無用。それこそが求めているシチュエーションなのだから、仕方が無い。
私の部屋に上がって、ソファに並んで二人きりでコーヒーを啜る。静は自分からは怪我の理由を聞きはしなかった。私が教えようか、というと、『実は物凄く気になっていた』と白状した。
私が諒との間に起こった最後の顛末を話すと、彼は無言で私を抱きしめて、ゴメンと呟いた。
――どうしてあなたが謝るのよ。
――若葉さんを守りたかったから。
臆面もなくそんなことを宣まう。まったく……。
「知らなかったとは言え、俺……。それどころか、俺と詩織のことばかり心配させてごめん。本当に、ごめん」
「そんな……。あそこに行ったのは、私がそうしたかったからだよ? 静の力になりたかったからだし、私と諒のことは、ほら。最初から諒のこと追い出せなかった私が悪いんだから、気にしちゃいやよ」
「気にしますって、普通」
そして私たちは、互いを見つめあった。キスをしようかそれともしてもらおうか、牽制し合うように視線を交わし、つい笑ってしまったら静のほうからキスをしてくれた。
重なる唇の間から吐息が漏れる。下唇を吸われるようにして二人の顔が離れた後、私のほうから伸び上がってもう一度キスをした。何度も何度も、仕舞いには眦に涙さえ浮かべながら、私は静にキスをして、静は私にキスを返してくれた。
どういう台詞なら、静は私に挿れてくれるだろう。私はもうスイッチが入っちゃってしまったようなので、ちょっと今日は指と舌だけでは我慢できそうも無い。いや、静はすごい上手なんだけど、詩織さんのこともあるから挿してくれないかも。静の首にまわした手で彼を引き倒しながら、思いついた言葉を言ってみる。
「……ねえ、ちょうだい?」
ピシリ、と静が固まる。視線が泳いだ。私と目を合わそうとしない。
「ど、どうしたのよ」
私に覆いかぶさりながら、彼は白状した。
「……ヘタ、ですよ俺」
……? アレだけあの晩、さんざん私を鳴かせまくったのに、ヘタとな?
「教えてあげるから大丈夫だって」
「いや、ホラ。そうじゃなくて。あのう、そのう……。こないだは酒の勢いもあって、でも結局最後までできなかったけどさ。今も勢いで何とか誤魔化しちゃえって思ったんだけど」
なんだ。挿入してくれるつもりだったのか。でも、どうして躊躇うんだろう。ちょっと考えながら、酒も入っていないのに音を立てそうな勢いで顔を真っ赤にさせていく静を見て、ぴんときた。
「はじめて?」
「……です」
清水くんが言っていたのを思い出した。静の彼女だった女の子から、指ばっかりで挿れてもらえないって相談された……。てっきり私は、『滅多に』挿れてくれないという意味で受け取ったのだが、ちがったのか。『全く』だったのか。
そのことを静に言ったら、静は舌打ちした。アイツ、ンなことまでバラしやがって。
「それは、ほら、前に挿れるのコワイ、って言ったじゃないですか」
「うん」
「だからほら、指と舌と道具で満足してもらえるようにいろいろと研究して」
呆れるのを通り越して、むしろ感心した。コワイとは言え、女性を散々指で鳴かせておいて、がっちがちに勃っているくせに挿れようとしないその意志の固さにだ。目の前に裸の女性がいて自分も興奮しているのであれば迷わず襲い掛かりそうなものだけれど、代替案に指で満足させるって、普通は考えないと思う。
「じゃあさ、静」
「なんでしょう」
茹蛸のように赤くなっている静に、キスをして微笑みかける。思ったよりも妖艶な笑みになっていればいいなとおもいながら。
「あなたのはじめて、私にちょうだい?」
半ば観念したように、静は言った。
「喜んで」
覆いかぶさってくる静。私は目を閉じた。







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