五章/『Cross road』 11
テーマ:連載小説 『カクテルワルツ』「……詩織の奴、本当に、全部隠し通していたんだ。全部一人で抱え込んで……まったく」
静はため息をついた。
「詩織が全部キッチリ話を通していたら、こんなややこしいことにはなっていないはずでしたね、きっと」
まったくもってその通りだと思う。詩織さんが自分ひとりだけで抱え込むことなく、他の誰か……例えそれが当事者である静や傍観者である清水くん以外の、完全な部外者であってもいいから、とにかく他の誰かに相談さえしていれば、どこかで何かが変わっていたかもしれない。もしかしたら、事故自体起こっていなかったかもしれない。
でも、そんなことを言うのは意味が無い。仮定と可能性の話なら、どれだけでも好きなように組み立てることができる。けれど、過去は変えられない。未来ならば仮定する事だってできるし、実現することもありえるだろう。
だが、あの時こうしていれば今頃はああなっていたなんて、自分を慰める以外に考える意味も価値も無い。
かも知れないでは、意味が無いのだ。
私は、ずっと昔に高校の数学の授業で習った、確率の樹形図というものを思い出した。それは、例えば『サイコロを振って、各目が出た際に次に何が出るのか』を順次書き出し図にしていったものだ。分岐の広がりが樹形に見える。『一の目が出た時、次に目が出るのは六通り。二が出たときにも六通り……』と、サイコロの場合は六の累乗で二振り目には三十六通りの可能性があり、三振り目には二百十四通りの可能性が考えられる。
この世の中だって同じだ。
未来は無限の分岐に溢れている。様々な可能性、無限の仮定だ。私が朝起きてコーヒーを飲むかミルクを飲むかなんてどうでもいいことから、第三次世界大戦が勃発して世界が破滅するかしないか、なんて大層なことまで……ありとあらゆる可能性が。
未来はいずれ現実となる。どんな筋道を通ってどの未来を選ぶかはわからないが、この私たちが選びある時点で至れるのはたった一つだけの未来。別の世界……というか別の次元では、また別の未来に至った私たちがいるのだろう。そして一瞬で現在となった未来は過去となる。
そしてまた、過去だって同じであるはずだった。膨大な可能性を一つ一つ選択し寄り合わせ、現在に至るまで。たった一本の道に隠れた『在り得た過去』。
至る未来が一つしか在り得ないように、過去もまた一つだ。どうしたって一つだけの過去なのだ。
さあ、ここでの用はもう済んだ。私は帰らないといけない。そう伝えると、静はちょっと残念そうだったけれど、明日また会えるからといって駅まで送ってくれることになった。ゆっくりと手を繋いで歩いて、駅まで。今はその待合室だ。私たち以外にも四、五人の客が電車を待っている。
「武志さんとは、一回だけ会ったことがあって。まだ詩織と付き合う前のことだけど、清水の家に泊まりに行ったときに。あの人もまだ大学生でさ。俺たちと違って、コッチの大学を出て、隣の市で就職したって、聞いてはいたけど」
静は、白状した。この四年もの間、何度も例の『先輩』とやらを想像していたのだと。例えばスポーツも勉学も何でもこなせる爽やかクンで、ファンクラブがあって、バレンタインでーのチョコレートは紙袋いっぱいで……。あるいサッカー一筋で猪突猛進の熱血タイプだろうか、などと。詩織はいったいその先輩のどこにどうして惚れたのだろうか、どこで再会したのか。二人はどんな会話を交わしていたのだろうか。どんなデートをして、一体いつ、事に及んだのだろうと。根拠なんてどこにも無い妄想を繰り返しては、自分ひとり沈んでいたのだと言う。
「でもまさか、知っている人だったとは……」
完全に想定外だった。自分が別の中学だったから、失念していたのだと言う。それもそうだろう。まさが友人の兄だなんて、普通は思いもよらないに決まっている。
私が泣き止んでから、そのまま私たちは手を繋いであの場所を離れた。清水兄弟はあの場所に置き去りにしてきた。二人とも何も言わなかったし、私たちも何も言わなかった。
ただ一つだけ、すれ違うとき、清水くんが頷いた。静も無言で頷いた。その応酬で、私は二人の間にどれほどの意志の交換が行われたのかわからない。清水くんのそれは詫びるようでもあったし、後は任せろというようでもあったように思う。静は、ただそれを受け止めて受け容れた。よろしく、ともありがとう、とも言ったようにも見えた。言葉にはできない複雑な感情を、たったアレだけでやり取りできる。そんな二人を羨ましいと思う。
「デートの内容とか、聞いてみたら? 気になっていたんでしょ。全部わかるわよ」
「……いじわる。それこそ嫌味じゃ無いですか。直接責めるよりも質が悪い」
静は力なく笑った。







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