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2007-05-29 16:25:02

悩 迷

テーマ:短編小説
カナダ人女性、店のトイレで出産後赤子を遺棄
 カナダ警察は、サスカチュワン州の草原地帯にあるウォルマートストアの店舗トイレ内に新生児を遺棄した女性を探しており、救急医療師はその状況に困惑している.......... ≪続きを読む≫



身重の体で、やっとここまできたものの。

私は未だに迷っていた。



来月には、生まれる。



でも、育てる事ができるほど蓄えはなく

支えてくれる人は誰もいない。



もう、中絶はできない。



一時は自力でなんとかできないかと情報を漁った。

自己分娩について、一応の知識は備えたつもりだ。




けれど、そのあとは?




彼……あるいは彼女が私の手を離れるまでの十数年。

私に耐えることができるだろうか。




場所を確認する。

ただそれだけのつもりで、私は例のポストの前に来て。

いつまでも動けずにいた。


2007-05-24 02:55:34

キラキラ

テーマ:短編小説

おまえさ、一体いつまでフラフラしてんてだよ。

俺らもう学生じゃないんだぜ?

いい年して夢ばっか追っていないで、早く定職に就けよ。

お前だけだぜ、同期でまだ車も持っていない奴。



ばかじゃねえの。

俺らもう立派な大人だって分かってるんじゃん、お前らだって。

けど現実しか見えてなくて、そんな人生のドコが楽しいんだよ。

俺だって現実見えてるよ。

でもお前らだっていい年して夢すら持ってねぇじゃん。

俺だけだぜ、同期の中で毎日夢を叶えるために目をキラキラさせて生きてる奴。



……



お前ら、本当に自分の人生生きてる?

生きる事=働く事と勘違いしてないか?



……それは、



俺は俺の生き方で生くよ。

お前らはお前らの生き方で生けばいいさ。

どっちが正しいか知らないが、

10年後も目をキラキラさせていそうなのは、さあどっちよ。



                                           了



2007-05-23 02:07:08

おどろきの

テーマ:ブログ

復活か!?



どうも、九夜です。

実に10ヶ月ぶりにブログの更新です。



10ヶ月て。

放置プレイにも程がある。



正味な話、前回更新の「カクテルワルツ」最終回で、

「一段落しちゃったな」と。

そのままなんとなく更新しなくなっていました。


で、10ヶ月。

正直ブログ自体残っているとは思っていなかった。

でも残っていたから更にびっくり。



もっと不思議なのが、どうして更新もしていないのにランキングがアップしているんだろう……

更新していた頃でもジャンルランクで10000位くらいだったのに。

まだ14000あたりに残ってる。

ちょっと今風に叫んでみたい。

「どんだけーーッ」



これからどういうふうに運営していくか分からないですが、

これからもぜひ時々覗きにきてやってください。

でわでわ。



2006-07-10 23:28:59

終章/『Street Toward Snow Night』 5

テーマ:連載小説 『カクテルワルツ』

  それから少し雑談を続けて、母親が戻ってきたのを機に私たちは病室をあとにした。私が仕事中にサボっているでなければもう少し長居したいところだったけれど。
  病院の外に出ると、日は少し傾いて既に夕方の気配が辺りに漂っていた。照らし出されるビルの光が柔らかく、わずか橙が混じっている気がした。着いたときより、吐く息も心なしか白い。並んで歩くと、私たちは自然に手を繋いだ。この、自然に、とかどちらともなく、という何気ないのがとても嬉しい。些細なことだけど、嬉しいのだ。
 美方さんにこれからどうするのかを尋ねてみたところ、彼女は実家に帰るのだといった。
「さすがに子どもひとり抱えては、きついですから」
 この子が生まれたら、いずれ実家にも遊びに来てください。そういって美方さんと私は連絡先を交換した。私としては、ちょっと複雑な気分だった。元々はひとりのオトコを巡ってのいわば敵同士だったのだから。……決着が着くまで、私は彼女のことも知らなかったんだけれど、諒がこうなってしまった以上、無効試合ということにしていただきたい。
「じゃあ、もう会う気は無いんですか?」
 静に言われて、私は首を振った。
「多分、会うと思う。こどもが生まれたらね」
 静は微笑んだ。
「そういえば、さっき、子どもの名前で思い出したんですけれど。八咫のことなんですが」
「うん?」
「若葉さんにあの話をした後、自分でももうちょっと調べてみたんです。その……カラスに関する神話って一杯あるそうでして。世界中に、カラスが太陽の御使いとか、カラスが太陽を運ぶって伝説があったりするんだそうです」
 それは初耳だった。
「黒いカラスが、どうして?」
「黒点、から由来していると言う説が有力だとか」
 高校の授業で倣った事がある。黒点とは太陽の表面に見える、まさしく黒い点のことだそうだ。なんでもその部分だけ周りより温度が低いため、黒く見えるらしい。低いといっても数千度もの熱さなのだけれど。
天文学の世界では、ずっと昔から黒点の存在が確認されていた。それがまるでカラスのようであるからその様な伝説が生まれたのだと考える文献があるのだという。
「太陽は象徴的にも勝利とか栄光のシンボルだったりするでしょう?」
 なるほど、そうだったのか……。
「太陽を運ぶカラスかぁ。勝利の象徴。かっこいいわね。私が男の子産んだらその名前、貰っていいかしら」
「……もともと俺のではないですけれど」
 憮然として彼は言った。
「だってさ、ホラ。やっぱり許可取っておくべきかなって」
 静は首を傾げて少し考えた。
「俺、でいいのかな? 武志さん? でも詩織はもういないし。……じゃあ日本サッカー協会?」
「サッカー協会は違うと思うわ」
「じゃ、やっぱり俺なのかな」
「あっ、そうだ。女の子だったら詩織って付けようかしら」
「それも俺が許可出すんですか」
 肩を落として静が言った。あまり乗り気では無さそうだ。そりゃそうか。死んだ元彼女の名前だもの。
 私はちょっと想像してみる。何年か後の、私たち。どこかの草原に建つ白い煙突のあるお家。走り回る息子の八咫。追い掛け回すお姉ちゃんの詩織。そして私の隣で穏やかに笑いながら、二人のこどもを見守る静。
「……あれ」
「どうか、しました」
 ううん、なんでもない。そんな生返事を返しながら、変なことに気がついた。当たり前のように静と結婚しているぞ、私。えーっと。
「……? じゃあ、そろそろ行きますから、俺。また今夜」
  そういい残して静は背を向けて歩いていった。今夜はまた、例のバー『regenbogen』で会う約束をしていたりする。
 雑踏に紛れて消えていくその背中を見送りながら、私はさっきの空想を思い浮かべる。なかなか悪い選択肢でもないような気がしてくる。楽観的になっている人間の心理なんてこんなものなのだろう。
 冷たい風が吹いて、私の髪を揺らす。そういえば夕方から天気が崩れて今夜は雪が降るかもしれないと、天気予報はいっていた。……積もるだろうか。一晩、ずっと降り続ければ、もしかしたら。
 振り仰いだ空は真っ青で、ビルに隠れそうになりながらも、青はそこにあった。ビルの上まで突き抜けてしまえば、優しい金色の太陽の光に包まれることだろう。いずれ曇るとしても、今を否定することも無い。
「……よし」
 肩をくるりと回して、私は静が消えていった方とは反対に向って歩き出す。別に何か意図しているわけではなくて、そちらの方に仕事の用があるだけだ。
とりあえず……今夜静にもう一度話をしてみよう。静の消えていった雑踏を振り返り、暴走しそうになる思考を抑えて、私は思った。あのバーで、あの晩と同じように、静とカクテルを飲みながら。


                                 

                                                                                  The end. Thank you to read this story!


2006-07-08 20:05:33

終章/『Street Toward Snow Night』 3

テーマ:連載小説 『カクテルワルツ』

 

  彼女は沈痛な面持ちで頷いた。
「些細なことだったんです。前々から諒くん、ちょっとしたことが上手く行かないと怒り出すことがあったんですけど。……その日、私が出かけるつもりだと言ったら『明日はお前が行きたいって言っていたレストランに連れて行ってやろうと思ったのに』って。よりによって、友達と行く予定だったのがそのレストランだったんです。それで……」
 なるほど。諒が怒りそうな理由だ。彼はそういう、自分の格好が付かないような状態を最も嫌うのだ。あるいはそれが仕事のようにどうしても頭を下げなければならないような状態ならともかく、恋人同士のことなら、諒はどうしても我慢ができない。
「引っ叩かれて、突き飛ばされて、頭を打ったんです。それで私は意識を失って。ぶつけた時に少し切ったみたいですから、ちょっと見た目派手に出血とかしたみたいですよぉ」
 にこやかに笑う。けど言っている内容は全然笑えないわね。一歩間違えたら意識は戻らず、二歩間違えたら死んでいたかも知れない。ほんの少しの違いで障害だって残ったかも知れないというのに。
「……大したことなくて、よかったわ」
 ハイ、と彼女は明るく同意したが、言葉とは裏腹に表情は沈んで行った。
「これまでも叩かれることは、たまにありました。でもそのたびに、我慢することで彼が収まるのならって……そういうのに酔っていたんです」
 ああ、私と同じだ。聞いていて耳が痛い。美貴にも指摘されたことだけれど、こうして客観的に自分の態度を見せられると辛いものがある。惚れていた弱みなのかしらねぇ、それって。
 それとも諒の嗅覚は、そういうタチの女を見つけるのに長けているのだろうか。
 あるいは。男とは、すべからくその様な性質の存在であるのか?
 私は後ろに立つ静をチラリと見た。彼は両手を挙げて恭順の意を示す。僕は女の人を叩いたりしませんってば。
 ふむ、よろしい。
「実は、井上さんと諒くんが、ずっと付き合っているのは知っていました。略奪愛成功っていうのにも、ちょっと優越感持っていたんです」
  ……言うじゃない。
「でも、限界です」
「それって、諒を捨てるってこと」
「はい」
  確認すると、キッパリと、彼女は言い放った。両眼に湛える光には確固たる意志が宿っている。これは他の誰が説得しても、たとえ諒本人が頭を下げても無駄だろう。
  それもやむなし、か。諒は自分の仕出かしたことのツケを払わされることになったのだから。
「聞けば、私は友達が来るまで放置されていたそうじゃないですか。思い通りに行かなければ叩く、恋人を殴って救急車も呼ばない。しかもそのまま逃げて失踪する。私だけなら我慢もします。でも、そんな酷い人に」
 彼女は、そっと自分のお腹に手をやった。
「血が繋がっているとはいえ、この子の父親を務めてもらうわけには行きません」
 そうか。すっかり忘れていたが、彼女は、もう母親なのだ。気を緩めばどこかおっとりしている優しい顔なのに、さっきの意志の光がどこから湧くのかと思ったらなんてことは無い。彼女には、場合によっては自分の命を投げ出してでも守ろうとする存在が、既に宿っているのだ。
「あなた、立派ね」
「そうでもないですよ」
「うらやましいわ」
 それは、掛け値なしの本心だった。
「今、何ヶ月なのかしら」
「まだ四ヶ月です。寝ていたせいでなにか悪い影響があったかもしれないって心配しましたけど、お医者さんは全然心配ないって。良かった」
 彼女はそっとお腹を押さえた。全然目立たないでしょう、と笑う。
「もうすぐ膨らんでくるそうですわ。見た目おデブさんになるのはちょっとイヤですけれど、幸せの詰まった風船だと思えば、嬉しさの方が大きいかな」
「……ところで、そのお腹の子どもって、どっち?  男の子、女の子?」
  美方さんはさあ、と答えた。確認しようと思えばできるのだけれど、知らないで想像するのも楽しいからまだ聞かずにいるのだという。
「でも、どうせ名前を決めるのに迷うのが判っているから、早めに知っていたほうがいいんですけれどねぇ」
 そう言って、彼女はちょっと困ったように笑った。


2006-07-07 22:19:19

終章/『Street Toward Snow Night』 3

テーマ:連載小説 『カクテルワルツ』

 

  師走。この場合の師とは、元来お坊さんのことを指すのだそうだ。年末の檀家回りに忙しく、師が走る時期。最近では走り回るのにスクーターを用いるようだけれど。だが、医師もまた例外ではないのだろう。病院のロビーは、数多くの人でごった返していた。大半は風邪かなにかの外来患者のようだったが、車椅子を押して歩く人や松葉杖をついている人、白衣の先生や薄いピンク色の制服を着た看護婦。様々だった。
 カウンターで美方安美の病室を尋ねると、看護婦さんは丁寧に案内してくれた。奥のエレベーターで三階に上がった左側、三〇六号室だそうである。
 病院特有の鼻につく薬品の香りの中、私たちが目的の三階でエレベーターを降りると、当の三〇六号室から中年の女性が出てきた。年齢は五十前後。私の母親と同じくらいだろうか。じゃあ、美方安美の母親かもしれない。彼女は扉を閉める前に室内に向って何か言って、私たちとは逆方向に歩いていった。上着は持っていないから、きっとすぐに戻ることだろう。
 三〇六号室は個室だった。ノックをすると、どうぞ、と返事が聞えた。スライド式の戸を引いて、私と美方安美ははじめて顔をあわせた。眼鏡を掛けた、ほんわりとした感じの女性だ。頭に巻いた包帯が痛々しい。ベッドの上で雑誌を広げている。
「はじめまして」
「……?」
 彼女は顔にはてなマークを一瞬浮かべた。どちら様、と視線が言っている。
  次の瞬間。
「もしかして、井上若葉さん、でしょうか」
 今度は私が顔にはてなマークを浮かべる番だった。
「ど、どうして私の名前を?」
「えっと、昨日かしら。女の刑事さんにあなたが来るかもって聞いていたから」
 納得。
「本当に来て下さったんですね。ありがとうございます」
 美方さんはベッドの上で頭を下げると、私にイスを勧めてくれた。一脚しかないので静は壁際に立つしかない。私は静から花束を受け取って、美方さんに差し出した。
「ありがとうございます」
 私は壁際の静のことを紹介した。恋人だ、とは言わなかったが、美方さんはなんとなく気付いたようだ。
一時は意識が戻らずにいたと聞いていたが、思っていたよりもしっかりしているようで安心した。素人判断だけれど、見た感じ血色もよさそうだし。
「しばらく、私はずっと眠っていたそうですね」
 美方さんが、口を開いた。
「私にしてみたら、たっぷりと寝て、起きたってくらいにしか感じないんですけれど。目が覚めたら半月近く時間が経っていて、びっくりしました」
 ちょっとした浦島太郎ですね、と彼女は笑った。
「目が覚めたとき、この病室で。朝早くの、日の出の頃ですね。一体ここはどこなのだろうと思って。ずっと寝ていると筋力が衰えるそうですわ。私、自分では体を起こすこともできなかったからびっくりしちゃった。ちょっとパニックになりかかったのだけれど、ここが病室らしいと気がついて、このナースコールを押して」
 間もなく医者と看護婦がやってきて、彼女は色々な検査を受けた上、昼ごろには警察と両親が飛んできたのだという。
「そこで初めて自分に起きたことを知らされました。彼に」
 美方さんは、そこで区切った。彼というのが誰のことなのか問うまでもない。
「彼に、何をされたのか。その直前に、何があったのか、思い出しました」
「……言い争いがあった、と私は聞いたけれど」
  彼女は沈痛な面持ちで頷いた。

2006-07-06 21:57:09

終章/『Street Toward Snow Night』 2

テーマ:連載小説 『カクテルワルツ』

  翌日の昼。私は静と待ち合わせをして、その女性の病院に行くことにした。仕事は忙しかったが、折りよく外出する用事があったのだ。
  例の彼女の名前は美方安美という、私より一つ年下の女性だそうだ。
「別に、若葉さんが見舞いに行く理由なんて特に無いと思うのですが」
 手にした花束を肩に担いで冷静に突っ込んでくる静の言に、私だって理由なんて知らないけれど、と答えた。会ってみたいんだから仕方が無い。急なことだったので、静に頼んで花束を用意してもらったのだ。
 今日に限って、静は黒い服を着てはいない。ジーンズとスニーカーこそ黒だったが上は紺のジャケットに茶色のセーターだった。似合ってはいるが、ちょっと意外なので黒ではない理由を聞いてみる。
「だって、病院に黒尽くめで行くわけに行かないじゃないですか」
 ……ごもっとも。
  病院の場所は私の会社が入っているオフィスビルから少し歩いた場所だった。諒が転がり込んできての数日の間、仕事の用事で何度か通りがかったはずの病院名を聞いて、私は改めて世間の狭さを思い知った。
「とても、とにかく会ってみたくなったのよ。お見舞いの理由なんてそれでいいじゃない」
「それでいいんですかね」
「それでいいのよ」
「それでいいんですか」
「しつこい」
 私たちは顔を合わせて笑った。冬晴れの天気。昔の誰かが『抜けるように』と形容した真っ青な空が、立ち並ぶビルの間に見える。ひゅう、と木枯らしが吹いた。もうすぐ今年も終わる。少し感慨深かった。
 


  今はもう、痣が消えかかっているから絆創膏は貼っていない。
  こっちに戻ってきてからのイブ、静とのデート。本当は水族館か映画館に行こうという話だったのだけれど、結局それは流れた。顔の怪我とか、殆ど徹夜で仕事を片付けて外出する気力が無かったということも、まぁあるのだけれど。
  ただ、二人きりであればいい。それで十全。それ以上は不要で無用。それこそが求めているシチュエーションなのだから、仕方が無い。
  私の部屋に上がって、ソファに並んで二人きりでコーヒーを啜る。静は自分からは怪我の理由を聞きはしなかった。私が教えようか、というと、『実は物凄く気になっていた』と白状した。
 私が諒との間に起こった最後の顛末を話すと、彼は無言で私を抱きしめて、ゴメンと呟いた。
  ――どうしてあなたが謝るのよ。
  ――若葉さんを守りたかったから。
  臆面もなくそんなことを宣まう。まったく……。
「知らなかったとは言え、俺……。それどころか、俺と詩織のことばかり心配させてごめん。本当に、ごめん」
「そんな……。あそこに行ったのは、私がそうしたかったからだよ? 静の力になりたかったからだし、私と諒のことは、ほら。最初から諒のこと追い出せなかった私が悪いんだから、気にしちゃいやよ」
「気にしますって、普通」
  そして私たちは、互いを見つめあった。キスをしようかそれともしてもらおうか、牽制し合うように視線を交わし、つい笑ってしまったら静のほうからキスをしてくれた。
 重なる唇の間から吐息が漏れる。下唇を吸われるようにして二人の顔が離れた後、私のほうから伸び上がってもう一度キスをした。何度も何度も、仕舞いには眦に涙さえ浮かべながら、私は静にキスをして、静は私にキスを返してくれた。
 どういう台詞なら、静は私に挿れてくれるだろう。私はもうスイッチが入っちゃってしまったようなので、ちょっと今日は指と舌だけでは我慢できそうも無い。いや、静はすごい上手なんだけど、詩織さんのこともあるから挿してくれないかも。静の首にまわした手で彼を引き倒しながら、思いついた言葉を言ってみる。
「……ねえ、ちょうだい?」
 ピシリ、と静が固まる。視線が泳いだ。私と目を合わそうとしない。
「ど、どうしたのよ」
私に覆いかぶさりながら、彼は白状した。
「……ヘタ、ですよ俺」
 ……?  アレだけあの晩、さんざん私を鳴かせまくったのに、ヘタとな?
「教えてあげるから大丈夫だって」
「いや、ホラ。そうじゃなくて。あのう、そのう……。こないだは酒の勢いもあって、でも結局最後までできなかったけどさ。今も勢いで何とか誤魔化しちゃえって思ったんだけど」
 なんだ。挿入してくれるつもりだったのか。でも、どうして躊躇うんだろう。ちょっと考えながら、酒も入っていないのに音を立てそうな勢いで顔を真っ赤にさせていく静を見て、ぴんときた。
「はじめて?」
「……です」
  清水くんが言っていたのを思い出した。静の彼女だった女の子から、指ばっかりで挿れてもらえないって相談された……。てっきり私は、『滅多に』挿れてくれないという意味で受け取ったのだが、ちがったのか。『全く』だったのか。
 そのことを静に言ったら、静は舌打ちした。アイツ、ンなことまでバラしやがって。
「それは、ほら、前に挿れるのコワイ、って言ったじゃないですか」
「うん」
「だからほら、指と舌と道具で満足してもらえるようにいろいろと研究して」
 呆れるのを通り越して、むしろ感心した。コワイとは言え、女性を散々指で鳴かせておいて、がっちがちに勃っているくせに挿れようとしないその意志の固さにだ。目の前に裸の女性がいて自分も興奮しているのであれば迷わず襲い掛かりそうなものだけれど、代替案に指で満足させるって、普通は考えないと思う。
「じゃあさ、静」
「なんでしょう」
 茹蛸のように赤くなっている静に、キスをして微笑みかける。思ったよりも妖艶な笑みになっていればいいなとおもいながら。
「あなたのはじめて、私にちょうだい?」
 半ば観念したように、静は言った。
「喜んで」
 覆いかぶさってくる静。私は目を閉じた。

2006-07-05 22:04:59

終章/『Street Toward Snow Night』 1

テーマ:連載小説 『カクテルワルツ』

  笹目刑事から、連絡が入ったのは、年の瀬も押し迫ってきた二十七日の昼ごろだった。
『高内諒が、自首してきたわ』
 用件を要約すれば、たったそれだけのことだった。仕事場で今年最後の追い込みにかかっていた私は廊下に出て携帯電話越しに彼女の声を聞いていた。
『昨日の昼ごろ、市内の警察署にやってきたの。お金がなくなったから、逃げ切れないと思ったんだそうよ』
 ずっと市内にいたのか。私は意外に思う。国外逃亡というのは言い過ぎでも、なんとなく、とっくに県外に逃げてしまっているものとばかり考えていたからだ。
「そう、ですか」
『今も高内を取り調べている途中なんだけれど、実は、あれから貴女のマンションにも一度戻ってきたみたいね。イブの前日だったというから、二十三日のことね。貴女は不在だったらしいけれど』
 ……何を考えているんだ、あの男。驚きというより諒のしょうもなさに呆れてしまった。私を頼って、次こそ通報されるとは思いもしなかったのだろうか。
「例の伝言は、伝えていただきましたか」
『もちろん伝えたわよ』
「諒は、なにか言っていましたか?」
『そうですか、だって。最後の命綱無くしたみたいにうなだれていたわ』
「……ありがとうございます」
『お安い御用よ。ああ、そうそう。高内に突き飛ばされて意識不明だった女性、二、三日前に意識を回復したそうなの。お陰で高内の罪も、そう大したものにはならないと思う。私も今からお見舞いに行こうと思うんだけど、特に後遺症も無いそうだし、近々退院できるって話よ』
 私は胸を撫で下ろす。良かった。いまさら諒がどんな罪を償うことになろうと私には関係が無い。最後に諒にされたことを考えれば、訴え出ないだけ感謝して欲しいというものだ。だがそれでも、やっぱり短くない時間を過ごした元恋人だから、というも思いはどこかにあったのだ。
 そして。
それじゃ良いお年を、と言って電話を切ろうとする笹目さんに、私は待ったをかけた。
「もしできれば、その方が入院している病院、教えていただけますか」
 無事に目が覚めたという、名前も知らない女性。初めて彼女に、会ってみたいと思った。


2006-07-04 20:31:34

五章/『Cross road』 12

テーマ:連載小説 『カクテルワルツ』

  静は力なく笑った。
 武志さんは、本当に、何も知らなかったのだ。つい数日前まで。付き合っていた後輩の女の子が実は亡くなってしまい、知らなかったとはいえ自分はのうのうと、一度も祈ることなく今まで過ごしていたことなど。
 それを知ってしまっただけでもショックだと言うのに、実は当時二股を掛けられていたのだと、当のもう一人に教えられたのだ。これで傷つかない何も思わないだなんて、ありえない。そんな奴がいたら、私は男というもの全てを疑ってかかる。こいつらには血も涙も無いのかと。
 最後に振り返ったとき、武志さんは詩織さんが石垣の前にへたり込んで呆然としているようだった。後ろ姿だったから、武志さんもその後ろに佇む清水くんも、どんな表情をしているかなんて分からなかった。
「さっき、静と武志さんとを見て、思ったの。ああ、武志さんは、今までのツケを支払うことになったんだなぁって」
 知らず知らずのうちに背負わされていたツケだから、武志さんを一方的に責めることは酷だとは思う。でも、背負ってしまったからには、どうにかしなければならないのだ。
「……うん」
「静が、さ。四年かけて、ゆっくりと少しずつ処理していった……処理っていったら、アレだけど、なんていうのかな。その……整理していったダメージを、武志さんはこれから片付けていくんでしょう。突然目の前に借金の山が現れたようなものなのかな」
 少し考えるようにして、静は言った。
「俺だって目の前に借金の山が突然現れたんですよ? 叩きつけられた分俺のほうがきついと思うな。でも」
「でも、何?」
「今だけを比べたら、やっぱり、武志さんの方が辛いかな」
「どうして」
「まだ、知らないことがあるから」
「……それは」
 八咫のことだ。詩織さんと、武志さんの、子どものこと。
構内にアナウンスが流れる。それを聞いて、離れた席に座っていた男の人が立ち上がった。間もなく、汽笛を鳴らして列車が駅に入ってくる。
「さっき、詩織が二股をかけていたって事教えたときに、呆然とする武志さん見て、俺どんどん心が落ち着いていくのがわかったよ。まったいらっていうか、ベタ凪の海というか。本当に、心に波風が立っていない状態。全然揺れない状態」
「うん」
「心のどこかで思うんだ。ああ、今だったらきっと人殺しだって落ち着いてやれるかもなぁ、なんて。そのまままったいらのまま、心を殺してしまえば楽になれるのかなって」
「うん」
「八咫のこと言ってやろうかって思った。どんどん残酷なこと考えて、どうやったらトドメさせるかなって思って……。でも、さっき若葉さんが泣いてくれたお陰で、心に波風か戻ってきたよ。ほんとうに、言わなくて良かったって今は思う」
 ありがとう、と静は再び微笑んだ。私もよかった、と思う。静が喜んでくれた。静の助けになれたのだ。嬉しくないはずが無い。
「来て、良かった」
「とんぼ返りだけどね」
 静が笑う。
「わざわざ来てくれて、ありがとう」
「静に会いたかっただけよ」
 また、静が笑ってくれた。
 静から伝えることは無いだろうが、きっと清水くんは八咫のことも兄に伝えるだろう。清水くんだって八咫の『身内』なのだから。
  そうなれば、もしかしたら詩織さんの事故のことを知ったときより、あるいは詩織さんの裏切りを知ったとき以上に、武志さんは動揺するのではないだろうか。武志さんはこれから少しずつ、静の辿った道を通ることになる。
 だったら静は、どうなるのだろう。やっぱりこれからも、詩織さんのことを、心のどこかで抱えていくのだろうか。それでも、別に構わない。私が静の側に居たいだけだ。
 清水くんと喫茶店で話をして、彼は私にこういった。
『べつに二人のことだから、別れるなとか俺には言う権利なんて無いスけど、できれば、あいつの目の前で事故死だけはしないで欲しいな。あと、裏切るような二股』
 半ば冗談のような口調だったが、どこかしら真摯な願いだった。彼の口調に合わせて私も軽く「当たり前よ」なんて答えたけれど……今日からは、自動車には気をつけることにしよう。
「何、笑っているんですか」
「ふふふ、内緒」
 長いすに並んで座って、私たちは電車がやって来るまで、ずっと手を握ったままだった。基本的に日本人には宗教的にあまり関係の無いイベントであるクリスマス。そのイブイブの夜が、しずかにしずかに更けていく。


2006-07-03 20:07:34

五章/『Cross road』 11

テーマ:連載小説 『カクテルワルツ』

「……詩織の奴、本当に、全部隠し通していたんだ。全部一人で抱え込んで……まったく」
 静はため息をついた。
「詩織が全部キッチリ話を通していたら、こんなややこしいことにはなっていないはずでしたね、きっと」
 まったくもってその通りだと思う。詩織さんが自分ひとりだけで抱え込むことなく、他の誰か……例えそれが当事者である静や傍観者である清水くん以外の、完全な部外者であってもいいから、とにかく他の誰かに相談さえしていれば、どこかで何かが変わっていたかもしれない。もしかしたら、事故自体起こっていなかったかもしれない。
 でも、そんなことを言うのは意味が無い。仮定と可能性の話なら、どれだけでも好きなように組み立てることができる。けれど、過去は変えられない。未来ならば仮定する事だってできるし、実現することもありえるだろう。
  だが、あの時こうしていれば今頃はああなっていたなんて、自分を慰める以外に考える意味も価値も無い。
 かも知れないでは、意味が無いのだ。
 私は、ずっと昔に高校の数学の授業で習った、確率の樹形図というものを思い出した。それは、例えば『サイコロを振って、各目が出た際に次に何が出るのか』を順次書き出し図にしていったものだ。分岐の広がりが樹形に見える。『一の目が出た時、次に目が出るのは六通り。二が出たときにも六通り……』と、サイコロの場合は六の累乗で二振り目には三十六通りの可能性があり、三振り目には二百十四通りの可能性が考えられる。
 この世の中だって同じだ。
 未来は無限の分岐に溢れている。様々な可能性、無限の仮定だ。私が朝起きてコーヒーを飲むかミルクを飲むかなんてどうでもいいことから、第三次世界大戦が勃発して世界が破滅するかしないか、なんて大層なことまで……ありとあらゆる可能性が。
 未来はいずれ現実となる。どんな筋道を通ってどの未来を選ぶかはわからないが、この私たちが選びある時点で至れるのはたった一つだけの未来。別の世界……というか別の次元では、また別の未来に至った私たちがいるのだろう。そして一瞬で現在となった未来は過去となる。
 そしてまた、過去だって同じであるはずだった。膨大な可能性を一つ一つ選択し寄り合わせ、現在に至るまで。たった一本の道に隠れた『在り得た過去』。
  至る未来が一つしか在り得ないように、過去もまた一つだ。どうしたって一つだけの過去なのだ。
   さあ、ここでの用はもう済んだ。私は帰らないといけない。そう伝えると、静はちょっと残念そうだったけれど、明日また会えるからといって駅まで送ってくれることになった。ゆっくりと手を繋いで歩いて、駅まで。今はその待合室だ。私たち以外にも四、五人の客が電車を待っている。
「武志さんとは、一回だけ会ったことがあって。まだ詩織と付き合う前のことだけど、清水の家に泊まりに行ったときに。あの人もまだ大学生でさ。俺たちと違って、コッチの大学を出て、隣の市で就職したって、聞いてはいたけど」
 静は、白状した。この四年もの間、何度も例の『先輩』とやらを想像していたのだと。例えばスポーツも勉学も何でもこなせる爽やかクンで、ファンクラブがあって、バレンタインでーのチョコレートは紙袋いっぱいで……。あるいサッカー一筋で猪突猛進の熱血タイプだろうか、などと。詩織はいったいその先輩のどこにどうして惚れたのだろうか、どこで再会したのか。二人はどんな会話を交わしていたのだろうか。どんなデートをして、一体いつ、事に及んだのだろうと。根拠なんてどこにも無い妄想を繰り返しては、自分ひとり沈んでいたのだと言う。
「でもまさか、知っている人だったとは……」
 完全に想定外だった。自分が別の中学だったから、失念していたのだと言う。それもそうだろう。まさが友人の兄だなんて、普通は思いもよらないに決まっている。
  私が泣き止んでから、そのまま私たちは手を繋いであの場所を離れた。清水兄弟はあの場所に置き去りにしてきた。二人とも何も言わなかったし、私たちも何も言わなかった。
  ただ一つだけ、すれ違うとき、清水くんが頷いた。静も無言で頷いた。その応酬で、私は二人の間にどれほどの意志の交換が行われたのかわからない。清水くんのそれは詫びるようでもあったし、後は任せろというようでもあったように思う。静は、ただそれを受け止めて受け容れた。よろしく、ともありがとう、とも言ったようにも見えた。言葉にはできない複雑な感情を、たったアレだけでやり取りできる。そんな二人を羨ましいと思う。
「デートの内容とか、聞いてみたら? 気になっていたんでしょ。全部わかるわよ」
「……いじわる。それこそ嫌味じゃ無いですか。直接責めるよりも質が悪い」
 静は力なく笑った。


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