「素顔のままで」ともに生きる☆

パパはB型肝炎と緑内障。ママは双極性障害II型他持病もち。息子(23)と嫁ちゃん(23)と孫(2)、子宮頸がんワクチン副反応と闘う娘(21)の6人家族。最近息子一家が新居に移り、3人でのんびりマイペースに過ごしています。


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今朝、予約してあった耳鼻科に行くと

看護師さんと先生に、いきなり
「昨日テレビ出てたね(笑」って言われちゃった。
「はははっ、出ちゃいました~(笑」

口数の少ない先生も始終ニッコニコ。
なんか嬉しかった。

親戚のお兄ちゃんからもメールで
「ジャッキー好きだったんか~!」って

どうやら母が親戚に教えたらしく
従兄弟たちにまで連絡がいったようで(^^;;

いやぁ、まいった(笑

毎度お騒がせします。
今は元気に嵐を追っかけてます
と、伝えて起きました(笑


そんなわけで、今日は会社を休んでてよかったと
ホッとしております。

あっ、でもそれを理由に休んだわけじゃないよ。

パパが先週から体調不良で寝込んでるから
今日は脳波検査なの。
もし、「てんかん」と診断されたらどうしよう。それだけが心配です。検査結果は来週だけどね~。

男性にも更年期障害があると言われているからパパもそうじゃないかって
私は思っているんだ。
義父もうつ病になったのが
ちょうどこのくらいの年齢だったから。
遺伝かなぁ。

それとも、B型肝炎の
「ヘプセラとゼフィックス」併用治療
を始めて10年くらいになるから
その副作用なのかな?

ニコ家は今年もいろいろありますね。
でも、この5年間くらいは
楽しく過ごさせてもらったので
また全力で頑張るのみ!

パパに何かあったら我が家は大変なことになります。
とにかく今は一日もはやく体調がよくなることだけを願っています。

病名がつかないことには
治療のしようも無いですから
少しでも検査で何かわかるといいな。

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5月のCT検査で肝臓に腫瘍が発見され
ガンかもと医師に言われて再検査したのが6月の終わり。
7月にようやく検査結果がでて
「たぶん良性だろう」って。
ほっとはしていたけど「たぶん」だし。
とりあえず三ヶ月ごとに検診する
経過観察になりました。

そして今回はその一回目
この三ヶ月間で
腫瘍がもし大きくなっていたら、、、
口には出さないけど、その事が頭から離れず
2人とも不安な気持ちで過ごしてきました。

今朝は2人とも口数は少なかったけど
内心ドキドキ。

15時
仕事から帰る時にメールが入ってました。
「MRI検査で前回写っていた白い点が無く、次回検査は半年後に」って。
嬉しかったぁ(T_T)
やったぁ!って叫びたかったよ。
ただ血液検査で甲状腺の値が少し高いのが気になり、エコー検査では異常がなかったとのこと。
ホッと一安心です。

きっとこれからもこんな事態に
何度も遭遇すると思うけど
ニコんちは底抜けに明るいから
きっと大丈夫。
今日も腹を抱えて家族四人で大笑い。
だいたいネタを提供するのは
私なんだけど、、、
(天然にはかなわんわぁ)と
三人から言われるが
どこが天然なのか?よくわからん。
まっ、みんなが笑ってくれると
私も幸せだからね。
気にしない気にしない。

リーガル・ハイも前作から続けて見てるんだけど
今日も家族四人六畳の和室(居間)に並んで
見ながら大爆笑。

あ~楽しかったぁ。

子どもたちの友達曰く
ニコ家は
「家族力が半端無く高い」らしい。
これからも変わらず
このままで
は、絶対無理だから
(自立を妨げてはいけません)
子どもたちが安心して帰って来られる場所として
家を守らなければo(^▽^)o

そのためならニコはまだまだ頑張れる
o(^▽^)o
ただ私の体調だけが気がかりかな。
今日も仕事から自転車で帰宅して
その振動が腰痛をひどくさせるのか?
腰をさすりながらイタタタタ~と家に上がると
そのままの格好で畳の上にバタンと倒れこむ。
パパが病院から帰ってきてやっと気がつき時計を見ると
一時間半ほど爆睡しちゃったらしい。
とにかく寝ないと夕食が作れないから
困ったもんだ。
この腰痛も早く治さなきゃね。私のかわりはいないんだから。
(-_^)
さて、明日も頑張るぞ~o(^▽^)o

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つづき

初めはウルソを飲んで

経過観察で過ごしていました。

GOT、GPTも三桁(200前後)で落ち着いていたし

セロコンするかな?ぐらいに値も落ち着いてきていた。


それが、正月明けに一気に悪化

やっぱり飲酒が原因でした。(忘年会シーズンで)

初めの入院では、絶対安静と強ミノ点滴でしばらく様子をみ

落ち着いたので、すぐ退院できたんだけど

退院後に飲んだ花粉症の薬にステロイドが入っていたため

また悪化して緊急入院。


幼い子ども二人抱えてのパパの闘病生活は本当に辛くて

子どもたちが寝た後、今後の不安と寂しさで

毎晩泣いていました。


それでも私ががんばらなきゃ!って

自分を奮い立たせて頑張っていたんだ。


朝幼稚園に二人を送り、コンビニで5時間働き

帰りに幼稚園に迎えに行き、パパの病院へ

そんな生活が毎日続いた。

パパの治療はインターフェロンに変更された。

初めは入院して投薬治療。

(副作用が強いため当時は経過観察が必要でした)

その後は近所の内科での接種となった。

治療費が月4万円を超える。

このときはまだ回数も少なくてすんだから

比較的家計は大丈夫だった。


半年間接種終了後、経過観察。

するとすぐにインターフェロン後の急性増悪で

肝炎が悪化。


その手立てに当時の主治医は即新薬を使いたがった。

医師「ニコさんところは子どもさんも二人みえることだし

   新薬に挑戦しましょう」

パパはすぐ承諾した。

ラミブジン(ゼフィックス)投薬開始。

その薬は当時医師の間でも賛否両論で

問題有りの薬だった。

(それを知ったのは服用開始してからだけど)

服用二年後に耐性ウイルスができてしまう副作用があるらしいと・・。


そして・・・・二年半は本当に平穏無事な生活を送れた。

でも・・・・二年半後の夏に肝炎が悪化、耐性ウイルスによる急性増悪。

耐性株出現は、いきなりやってきた。


当時は新薬アデフォビルの認可も下りておらず

治療薬は入院してインターフェロンと強ミノ点滴とラミブジン服用

しかなかった。

入院生活が一ヶ月を過ぎようとしたとき

私の心が限界を超えた。


初めて死を真剣に考えた。

両親に入院費を援助してもらう事が

一番辛かった。

病気の事を黙って結婚した私。

それなのに、両親は何も言わず治療費を援助してくれて・・・

だから私なんていなくなればいいと

初めて思った。


パパ退院の日

「パパと一緒に死のう」そう考えた朝

いつもおとなしく留守番しているニコラが
私の足にしがみついて泣いた。

「私も行く!!私も連れてって!!」って

だから・・・死ねなかった。


それからパパは無事復職して

インターフェロンと強ミノ注射とラミブジン

の治療を続け

医療費は月7万円を超えていた。

一年半、その治療を続けた後

ようやくアデフォビルの認可が下りる。



認可が下りたその月に転院。

藤田保健衛生大学病院の内科教授が主治医となる。

即アデフォビルとラミブジンの併用投薬開始。


治療のめどが立ち、ホッとした途端

私が「うつ病」に。


その一年後、いつもの定期検診でパパの肝臓に

肝腫瘍が見つかり、一時は100%癌との宣告も・・・

肝一部切除の大手術。


病理検査で、良性

本当に嬉しかった。


このときを境に

私たちは神社に通うようになりました。

(無宗教だけど・・・なぜか落ち着くんだなぁ~)

特にパパは毎週日曜日必ず参拝しています。


術後4年が過ぎ

本当に今幸せに過ごせています。

私のうつ病もやっと治癒へ向かっているし・・・

嵐くんのおかげだけどね!!


これまでにこのブログのコメントで

どれだけ励まされたことか。

同じ病気と闘っている人との交流で

どれだけ心強かったか。


それをわかっているから

がん患者の方々が集える場所を

作ってあげたいと思った。

それが同じ思いの仲間たちと

「がんいこ」を立ち上げるときの

気持ちでした。


最近「がんいこ」への参加率が減ってしまって

申し訳なく思っているんだけど・・・

(まるちゃん、本当に迷惑かけてごめんね)


ここ数年間は子どもたちが受験生となり

今はやはり大切な時なので

どうしても、もう少し家族中心でいたい。

家族を守って、家族を支えて

それからボランティア活動へ復活したいと

思っています。

(人を支えるのは、半端なくエネルギーがいることと

少し関わった時、実感しました。現在充電中)

だから、「がんいこ」のみんな

もう少し待っててね。

子どもが成長して、私の役目がひと段落したら

その時はバリバリ働きますから(笑


そうそう!

パパの現在の体調の話に戻ると

GOT 13

GPT 17

HBV-DNA 陽性

ウイルス量  検出せず


パパは昨年8月に突然動脈血栓で目の視野を一部欠損

緑内障も発症しちゃったけど

地元のソフトボールチームとネットの草野球チームに所属

毎週、試合に行って活躍しています。

全然元気で働いてもいます。



だからね、病気だって毎日明るく楽しく過ごせるんだよ~。

私は21歳の時にパパとの結婚を決めて

今でもそれは後悔はしていません。

だって、今すっごく幸せだから。


今病気で闘っている人たちも

諦めないで、今楽しめること

今できる範囲で楽しめることを見つけて

毎日過ごしていけたらいいね。

私はそんなみんなを心から応援しています。


長文、読んでくれて疲れたでしょう(笑

4連休なのでつい語ってしまいました。
読者になってくれたみんな、本当にありがとうございます。



ニコ











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すっかりご無沙汰しています。B型肝炎と闘うパパの現状報告

今はアデフォビル(ヘプセラ)とラミブジン(ゼフィックス)服用で

すっかり元気です!!

ウイルス量も検出せず!の状態が続いています。やったねグッド!



そもそも、このブログを始めるきっかけが

B型肝炎キャリアのパパの闘病記だったの。


今の読者さんはどれくらいの方が知ってるのかなぁ~

と、ここでクドイようですが

私とパパの出逢いから

結婚後の病歴を順を追って説明するね。


パパとニコが出逢ったのが18歳の時。

同期入社で出逢いましたが~

当時、ヘビメタ大好きロッカ~だったロン毛のパパとは

住む世界が違うと感じ

まったく興味なし(お互いに)。


それが21歳の時になぜか急接近。

あれれ?この人幼なじみみたいな感覚だぁ~

って、すごく居心地のいい空気が二人の間にありました。


で・・・・なんと!!

付き合い初めたその年に

私が急性B型肝炎で緊急入院!!

妊娠したか?と思うぐらいの激しい吐き気と

仕事で立っていられないほどの倦怠感。


私の記憶では発症四ヶ月前のあの時だ!と

はっきり覚えているぐらい

たった一度の衝撃的な感染でした。

(本当に避妊具は大切よ!若い方は本当に注意してね!

今だから言えるんだけど。)

私の両親が呼ばれ、感染経路を病院側が探るなか

当時付き合っていた彼氏(パパ)に白羽の矢が。

看護士さんが「ねぇねぇ彼氏いるの?」って親しげに

私に話しかけ、いろいろ探られました。

で、医師から「彼氏に血液検査をしてもらってください」と

言われたんだ。


パパに話すと「わかった、行って来る」と言って

すぐ検査に行ってくれた。

そして検査の結果

「俺が感染させたみたいだ、ごめん」って・・・

申し訳けなさそうに言うパパ。

20日間の入院中、ほぼ毎日お見舞いに来てくれた。


私はその時思った。

この人の結婚相手は私しかいない。

私がこの病気(B型肝炎)をしっかり勉強して

彼を守らなきゃ!って

それから主治医に頼んだ。

ニコ「両親には病名を言わないでください。

   感染経路も言わないでください。

   お願いします。それと、先生の肝炎の講義に

   私も参加してもいいですか?」

そう言って、入院中B型肝炎の講義を受けて

病気の勉強をした。


それからパパと結婚して子どもを出産

子どもたちがB型肝炎のワクチン接種を受けるまで

パパの病気を両親たちに隠し通した。

母「またワクチン接種?なんの?」って聞かれ、ついに告白。

母「あんたを苦労させるために私は育てたんじゃない!!

裏切り者!」って泣き叫ばれた。辛かった(TT)

私は両親に愛されて育ったんだと強く感じ

・・・誰にも相談せず結婚した事を後悔した。


パパが28歳の時(子どもたちは3歳と1歳)に

覚悟していた肝炎が発症。

だいたい20代後半で発症して

セロコンバージョンする人が多いのです。

※セロコン=肝炎の抗体ができ、炎症が治まること。


パパはB型肝炎キャリア数%の限られた患者がなる慢性肝炎に・・・・

そして治療が始まった。


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