Executive Vice President
テーマ:友人・先輩・後輩最近は会社の役職にアルファベット三文字が多くて困ります。
CEOはまだしもCOOやらCFOやらはGTOやUFOみたいでわかりません。
昨日はソニーのEVP平井一夫さんと食事しました。
EVPってのもかなりな役職です。
Executive Vice PresidentはSenior Vice Presidentより上です
とか言われても、それでも良くわかりません。
副社長とか専務とか常務ならわかるけど。
ま、わからなくてもこの場合は関係ないです。
木曜日に経営方針説明会を終えたばかりという
平井さんとの食事は10数年ぶりでした。
今でこそソニー役員の平井さんも90年代前半は
まだソニーミュージックのNY駐在員で
あの「スーパージャンキーモンキー」を今はなきCBGBに
ブッキングしたその人です。
ですからその伝説のCBGBライブも一緒に客席で見ています。
「どこに行っても彼女らのライブは受けましたよね。
もし半年アメリカにいてくれたら爆発してたかもしれない、
今でも残念ですよ」って。はい、まったく同感です。
1984年のソニーミュージック入社だそうです。
ジョン川平さんと同期で国際部というところにいて
海外との交渉をしていました。
「入社してすぐの仕事で野中さんにこっぴどく叱られて
凍りついたのを覚えてます」と状況を細かく話されましたが
すみません、そういうことはまったく覚えていません。
私が覚えているのはメロンの打ち合わせに行ったロンドン。
あるクラブに入ろうとしたらドレスコードでチェックされ
ホテルで着替えてもう一度行ったら次は靴に文句をつけられ
結局入れてもらえなかった事件。
原因は色々聞いたところによると、どうやら平井さんの話す
「完璧なるアメリカ英語」にありました。
イギリス人のイジワルの一種だそうで、
我々はアメリカ人と思われたようです。
「だったら俺たちがジェスチャーで話した方が良かったのかもな」
と同行していた北川さんと話したのを覚えています。
もう一つ、彼のソニーミュージック時代の苦いが笑える思い出話。
ビースティ・ボーイズ初来日
ブルース・スプリングスティーンの初めてのライブアルバムと
発売がバッティングしていたと思います。
限りある宣伝費をビースティに回すため、ブルース担当の喜久野さんに
「スプリングスティーンは大物だから金かけなくても売れるだろう」と
彼の宣伝費を大きくカットしてビースティにつぎ込みました。
今で言う「事業仕分け」みたいなもんですかね(違うか)
ともかくその大プッシュ新人のビースティの初来日は1987年
ショーケースの意味合いもあり、レコード会社仕切りで
担当の蒔田亜土さん(故人)とペアで付いたのが平井さんでした。
いくつかのTV番組にブッキングしました。
でもコイツら、親の心、子知らずの悪ガキもいいところで
「オールナイトフジ」を仮病ですっぽかしたり、新聞のインタビューでも
Fワード連発したりでとにかく滅茶苦茶なヤツらでした。
まだ入社したての平井さんも相当手こずったことでしょう。
11PMの今野雄二さんのコーナーに出た時のことです。
当然生番組ですよ。
ギリギリに入ったため打ち合わせが足りなかったんでしょうか、
付いていた平井さんがその場で急きょ通訳として出させられました。
が、今野さんは英語で話せるので彼はすることがなくなり
ただその場で笑っていることしかできませんでした。
しかも端ならともかく、よりによってメンバーの真ん中で!
メガネかけたでかい日本人がただ笑ってる。
これだけなら関係者の酒飲み話で済む話なんだけど
いやはや恐ろしい時代になりました・・・
その様子がユーチューブにアップされてるんですねー
ここには貼りませんけど、興味がおありなら探してみて下さいな。
1987年のBeastie Boysです。
どうもこの11PM事件はファンの間では有名みたいですよ。
ソニーミュージックのNY駐在員が今ではソニーコンピュータのCEO兼
ソニーの役員であるというのも大きな変化ではありますが
10数年間での平井さんの最大の変化は「酒を飲むようになった」ことですね。
きのうも「海里」で佐藤の黒をロックで飲んでたっけ。
昔じゃ考えられない![]()
従業員10数万人を抱える世界企業のEVPって仕事は
そりゃあ心労も大変だろうけど
個室に入ってしまえば当時の同僚にとっては「国際部の平井さん」なので
リコが日本に来たら、その時にでも又会いたいね。
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