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2009-11-21 14:03:37

Executive Vice President

テーマ:友人・先輩・後輩

最近は会社の役職にアルファベット三文字が多くて困ります。
CEOはまだしもCOOやらCFOやらはGTOやUFOみたいでわかりません。

昨日はソニーのEVP平井一夫さんと食事しました。


レッツゴー!洋楽研究会

EVPってのもかなりな役職です。
Executive Vice PresidentはSenior Vice Presidentより上です
とか言われても、それでも良くわかりません。
副社長とか専務とか常務ならわかるけど。
ま、わからなくてもこの場合は関係ないです。


木曜日に経営方針説明会を終えたばかりという
平井さんとの食事は10数年ぶりでした。

今でこそソニー役員の平井さんも90年代前半は

まだソニーミュージックのNY駐在員で
あの「スーパージャンキーモンキー」を今はなきCBGBに
ブッキングしたその人です。

ですからその伝説のCBGBライブも一緒に客席で見ています。
「どこに行っても彼女らのライブは受けましたよね。
もし半年アメリカにいてくれたら爆発してたかもしれない、
今でも残念ですよ」って。はい、まったく同感です。


1984年のソニーミュージック入社だそうです。
ジョン川平さんと同期で国際部というところにいて
海外との交渉をしていました。
「入社してすぐの仕事で野中さんにこっぴどく叱られて
凍りついたのを覚えてます」と状況を細かく話されましたが
すみません、そういうことはまったく覚えていません。


私が覚えているのはメロンの打ち合わせに行ったロンドン。
あるクラブに入ろうとしたらドレスコードでチェックされ
ホテルで着替えてもう一度行ったら次は靴に文句をつけられ
結局入れてもらえなかった事件。
原因は色々聞いたところによると、どうやら平井さんの話す
「完璧なるアメリカ英語」にありました。
イギリス人のイジワルの一種だそうで、
我々はアメリカ人と思われたようです。
「だったら俺たちがジェスチャーで話した方が良かったのかもな」
と同行していた北川さんと話したのを覚えています。


もう一つ、彼のソニーミュージック時代の苦いが笑える思い出話。
ビースティ・ボーイズ初来日


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私の記憶が確かならば、ビースティのデビューした1986年は

ブルース・スプリングスティーンの初めてのライブアルバムと

発売がバッティングしていたと思います。
限りある宣伝費をビースティに回すため、ブルース担当の喜久野さんに
「スプリングスティーンは大物だから金かけなくても売れるだろう」と
彼の宣伝費を大きくカットしてビースティにつぎ込みました。


今で言う「事業仕分け」みたいなもんですかね(違うか)


ともかくその大プッシュ新人のビースティの初来日は1987年

ショーケースの意味合いもあり、レコード会社仕切りで
担当の蒔田亜土さん(故人)とペアで付いたのが平井さんでした。

いくつかのTV番組にブッキングしました。
でもコイツら、親の心、子知らずの悪ガキもいいところで
「オールナイトフジ」を仮病ですっぽかしたり、新聞のインタビューでも

Fワード連発したりでとにかく滅茶苦茶なヤツらでした。

まだ入社したての平井さんも相当手こずったことでしょう。
11PMの今野雄二さんのコーナーに出た時のことです。


当然生番組ですよ。

ギリギリに入ったため打ち合わせが足りなかったんでしょうか、
付いていた平井さんがその場で急きょ通訳として出させられました。


が、今野さんは英語で話せるので彼はすることがなくなり
ただその場で笑っていることしかできませんでした。
しかも端ならともかく、よりによってメンバーの真ん中で!

メガネかけたでかい日本人がただ笑ってる。


これだけなら関係者の酒飲み話で済む話なんだけど
いやはや恐ろしい時代になりました・・・
その様子がユーチューブにアップされてるんですねー
ここには貼りませんけど、興味がおありなら探してみて下さいな。
1987年のBeastie Boysです。

どうもこの11PM事件はファンの間では有名みたいですよ。




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ソニーミュージックのNY駐在員が今ではソニーコンピュータのCEO兼

ソニーの役員であるというのも大きな変化ではありますが

10数年間での平井さんの最大の変化は「酒を飲むようになった」ことですね。
きのうも「海里」で佐藤の黒をロックで飲んでたっけ。

昔じゃ考えられないショック!

従業員10数万人を抱える世界企業のEVPって仕事は

そりゃあ心労も大変だろうけど
個室に入ってしまえば当時の同僚にとっては「国際部の平井さん」なので

リコが日本に来たら、その時にでも又会いたいね。






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2009-11-19 16:54:25

電気ブラン「丸山おさむ」

テーマ:イベント

TVのバラエティのひな壇芸人たちを

決して否定するものではないけれど
毎日同じ顔を見させられているといい加減食傷気味になる。
三食毎回ハンバーガーを食べているようなものだ。


丸山おさむという物マネ、歌マネ芸人がいる。
彼はTVに出ないから世間的な知名度は低いと思われる。
「声帯模写」という単語と芸とライブにこだわっている。

古川ロッパの命名によるというその単語はともかく

丸山おさむの基本芸は200人以上の歌手の歌マネである。


予定表に早くから書き込んでいて、それを昨夜初めて見た。


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場所は蒲田「プラザ・アペア3階 飛鳥」
早い話が結婚式場の宴会場で椅子は130~140席。
演目は
「歌まねでつづる戦後歌謡史2009<ダイジェスト版>」


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戦後の歌謡曲を年代を追って紹介していく構成だが
この日はそのダイジェストということで相当走っていたのと
特殊な客層のつかみで最初は戸惑っていた感もあった。


岡晴夫から始まり、淡谷のりこ、フランク永井、菅原都々子
そして裕次郎、小林旭、三波春夫、更に橋幸夫、舟木一夫、
西郷輝彦、三田明の御三家、四天王ときて昭和はどんどん進み
北原謙二、井沢八郎、北島三郎、ロスプリモス、五木ひろし、布施明から
沢田研二はメドレーで、新御三家、ユニセックス、ムードコーラスを経て
かぐや姫、拓郎、アリス、もんたよしのり、陽水、玉置、さだ、千春etc.


なんと2時間45分、でもあと5時間はやれそうな雰囲気で(体力もてば)。


北原謙二、三善英史、堀江淳と渋い出しものにやられつつ
沢田研二「ダーリン」、野口五郎「オレンジの雨」に、これやるかと感心させられ

激戦区である実空ひばりを、この人は幼少の声と晩年の声で歌い分けるという

度胆を抜く芸にして見せた、いや、聞かせた。


文化芸術祭優秀賞受賞なのだそうだが、賞獲得うんぬんよりも
誰もマネのできない物マネをする芸人というところに彼の価値があろう。

曲の作詞・作曲からエピソード、当時の社会状況までほとんど生ける教材だ。

恐るべきことに1956年生まれとある。私よりも8歳も年下の男が昭和24年

(つまり1949年)のヒット曲を解説して歌うなんてあり得ない。

(プロフィールによればB'z、平井堅までレパートリーにあるようだ)


とは言っても、客は歌謡オタク教授の授業を受けにきているのではない。

彼が芸人である真髄はそのしゃべくりにある。そもそも見た目からして

司会者然としている。白いスーツから想像するに、かなり歌謡ショーの

司会もしてきただろうと思われる。


そんな彼のMCにおける社会風刺の時事ネタ、中高年の客のいじり、

自虐的なギャグは、すべて現場叩き上げの長い芸歴によって鍛えられ

磨かれた、毒の技であろう。

それは観る者にとって猛毒ではなく、ちょこっと痺れのくる毒である。

つまりヒ素でも睡眠導入剤でも、ましてやMDMAなどではない。

いわば昭和の、大正の、いや明治から伝承の「電気ブラン」だろう。


ただ、この電気ブラン、芸の幅、深さ、ネタの引き出しの多さにかけては

ダウンジャケットのポケットにギャグを1~2個入れただけの芸人とは

ちょいとわけが違う。

演芸の電気ブランはカシス・オレンジみたいなジュース味はしない。


だって「田中角栄もし来たりなば」では

「私なら皆さんのここ蒲田から、ロスアンジェルスまで

トンネルを掘ります!」

だもの、何じゃそれ・・!帰りの電車で一人笑いしちまった。


次回はダイジェストでなく個別テーマで「日劇ウェスタンカーニバル」と

「グループサウンズ」を希望したい。

できればそこに電気ブランなどあれば私には至福の時となるに違いない。



レッツゴー!洋楽研究会
http://osamu-maruyama.syncl.jp/







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2009-11-18 11:13:28

映画「パイレーツ・ロック」と「バローギャングBC」

テーマ:映画・・本

最近はCGばかりで疲れる映画が多いから
こういう風にリラックスして見られる映画はいいです。

「パイレーツ・ロック」

新宿「武蔵野館」でした。


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時期を逸したから映画のアラスジは省くとして
この中で一体何曲がかかったのでしょう、40~50曲?
そんな数多い60'sのヒット曲の中でも
ポイントの場面の曲には歌詞の意味と画をシンクロさせてるので
プロモーションビデオみたいだったりして。


まずは入り方としての「オール・オブ・ザ・ナイト」が圧倒的に
カッコイイ。キンクスは「サニー・アフタヌーン」も扱われ方良し。
個人的にはスモールフェイセスの「レイジーサンデー」が◎
2009年はヘンリー8世の戴冠500周年記念だったそうなので
洒落でハーマンズ・ハミッツの「ヘンリー8世君」も欲しかったかも。


全曲「後からタイアップでつけた曲たち」ではないだけに
サントラが欲しくなるという珍しい映画でした。
(ビートルズのない60年代ってのも何かな~だけど
現状ではまだ仕方ないかもですね)


基本的にはシッチャカメッチャカなコメディで
いかにもイギリスのひねくれたギャグの連続。
個性的な俳優陣が曲者DJを演じていて
私はセクシーなカリスマDJ役のリス・エヴァンスも良しですが
海賊放送局の船長クエンティンをやったビル・ナイかな。
あのファッション!船上なのに毎日違うジャケットで
途中からビル・ナイだけ注目してました。ダンスもね。


ただ、このタイプの映画で2時間以上ってのは長い!
しつこくてクドイ、下ネタも同じようなパターンが多く
あと15分くらいは編集できるんじゃないかしらん?と。
特に終盤の難破スペクタクルは冗長でありました。

どっちかにせい!って感じですか。


とは言え、スターDJたちはマイクをなめるように曲を紹介していく

それを夜中に聞いてちょい不良な気分になるリスナー

24時間生番組でロックばっかり、原稿読んでるDJなんておらん。

いいよなー、いや、良かったよなーかな。

そう考えると切ないというより寂しくなっちゃいます。

有線の60'sチャンネルじゃ、曲はいくら同じでもダメなんだよなー。



んで、まったく話は飛ぶのですが
この映画で昔「バローギャングBC」という
映画があったことを思い出してました。

「FMバロー・ギャング」という海賊放送のDJをする三人の若者の話。
廃船の中から海賊放送をするという、設定はまったく同じ。
電波法違反で捕まりそうになります。
イギリスに海賊放送局が存在していたのは事実なので
原作者がそこから取ったんでしょう。


主演は、シブがき隊でした。


あれはCBSソニーが初めて作った1985年の映画で
監督は今じゃ巨匠の和泉聖治
製作総指揮;小澤敏雄、製作;稲垣博司
そこに音楽監督;加藤哲夫、高橋裕二と並びます。


主題歌は「DJイン・マイ・ライフ」
(これ、あのジョーイ・カルボーンの曲です・・・)
DJの映画だから洋楽曲もたくさん必要だと
裕二さんが海外からのシンクロの許諾をもらう担当にされ
ビリー・ジョエルなんかの曲の交渉もしつつ、
自分の部門のアーティストであるガゼボも抜け目なく入れ、
最終的にクール&ザ・ギャングの「チェリッシュ」を
サブ・テーマにしてたと思います。
この年のクルギャンってもう一つ東京音楽祭もからめて
やっていませんでしたっけ?

記憶が錯綜してるかもしれませんけど。


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