1 | 2 | 3 | 4 |oldest Next >>
2005-12-01 00:00:00

2005年12月

Theme: HP版-blog以前-
・12月26日(月)・・・・・
 クリスマスも終わり、インターカルトも冬休みに入りました。K日本語スクールのYさんとお昼ご飯を食べるために新大久保まで行きました。確固たる信念、社会を見る目という面からいうと、かなり遅れをとっているものの、年齢、性別、立場、すべてが似通っていて、何でもわかり合えるような気がして心和むひと時でした。その後、地球人ネットワークを創るA社へ。来年の話、日本語教師の将来について熱く語って(!)帰ってきました。これで今年の私のお仕事はおしまい、このコラムもここまでとさせていただきます。一年間、どうもありがとうございました。来年も引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。

 
・12月23日(金)・・・・・
 今日は天皇誕生日で祝日。けれどインターカルトは全員出勤で午後から大掃除。これで本年の仕事納めです。午前中、1993年から4年ほど受注していた韓国の企業S社の研修院から主任のK先生が担当の課長さんがいらっしゃいました。K先生はインターカルト養成の修了生、かつて15人ほど送ったS社への派遣教師第1号で、唯一そのままS社に残っている人です(ちなみに第2号は信濃町校のN先生)。2006年に向けての新しい何かの幕開け・・・かもしれません。何であれ、修了生とはありがたいものです。修了生といえば、11日にここに書いた中国を中心に活躍する老年修了生集団「老酒会」も、メンバーをさらに増やして盛んに情報交換をしていらっしゃいます。旧正月に一時帰国するメンバーが信濃町に集結するようです。
 
・12月21日(水)・・・・・
 養成長期コースの1期生、かつて台湾事務所に併設されていた学校で教え、インターカルトの専任教師を務めていた館下久美子さんが旅立たれました。このコラムにもD先生として登場し、それを見るとメールを送ってきてくれました。・・・・・・。心から心からご冥福をお祈りします。
 
・12月19日(月)・・・・・
 今日から三日間、タイの提携校の先生たちが当校で研修です。東南アジア便の常で、早朝に成田着、そのまま学校にいらっしゃいました。気温差は30℃くらいあるのではないかと思いましたが、私のほうが寒い寒いを連発。彼女たちの肌にはまだタイの熱気が残っていたのかも。これから寒さが体にしみ込んでいくと思うので、どうか風邪をひきませんように。
 さて、私。その研修のオープニングだけして外出。知る人ぞ知る、オタクの皆さまの世界では神とも仰がれる岡田斗司夫さんと面会。1月7日に行われる「サブカルチャーと日本語教育の接点を探る」というフォーラムの打ち合わせでした。私にとってはお話のすべてが新鮮。そして反省。ダメですね、もっと“日本の今”を知らなくては。終了後、日振協東京地区評議員主催「アバター説明会」。その後、「情報交換会」。私の理解を超えること満載の代々木オリンピックセンターでの午後でした。
 
・12月18日(日)・・・・・
 私が今使っている携帯はこれ、DoCoMoのM1000という名前のものです。いやぁ、もう大変。使い方がとても難しく、まだ60%くらいしか使いこなしていないのではないかと思います。海外でそのまま使えるというのに魅かれて、発売直後に買いました。7月の、あの東京で地震のあった日にです(電車が止まって新宿で足止めを食い、時間潰しのために行ったビックカメラに在庫がなく、悔しくてさくらやまで行って購入・・・)。それで、この携帯、最近メールの自動受信ができなくなり、電話相談では埒が明かず、今日DoCoMoショップに行ったところ、本体故障とのこと。無料で交換してもらいました。本当に、この携帯、買ってよかったんだか悪かったんだか。というのも、“海外で使える”はいいのですが、私用の旅行の時にもバンバン仕事メールがきてしまいました。次の時はオフにして出かけます。
 さて、今日はジャカルタはJCCの甲斐切S子さんと会いました。「JCC実践インドネシア語」というオリジナルのテキストをいただきました。JCCでは日本語だけではなくインドネシア語も教えています。これからも切磋琢磨していきたい学校、そしてS子さんです。

 
・12月16日(金)・・・・・
 「上手な先生の授業は、するするするって入ってくるんですよねえ」。今日、ソウルの大学で韓国語を勉強している元養成の学生Kさんが言っていました。教師の良し悪しを見抜くのに、教師の勉強をしたことは大きく役立っているようでした。けれど、勉強していない人にもわかるのだと言っていました。昨日、台湾の大学で中国語を勉強している元インターカルトTさんも言っていました。「俺、教えることはド素人だけどさあ、あ、この先生うまいなとか、下手だなっていうの、わかっちゃうんだよね」。そうですね。日本語を勉強している学生もわかっちゃってるんですよね。「絶対わかってますよー」とKさんが言っていました。こわっ。
 さてさて、(毎日同じ台詞ですが)寒いですねえ。今朝、ジーンズの上にウールのスカートをはいてる女の子を見かけたのですが、本当に暖かそうでした。ずいぶん前に、ここで「スカート・オン・パンツ」を批判しましたが、いいかな?と思えてきました。でも、若くないとできないんですよね、あの格好は。ただのだらしない寒がりのオバサンになってしまうので。明日、この冬一番の寒気が日本列島に流れ込むそうです。ぶるっ。

 
・12月15日(木)・・・・・
 「東京ディズニーランドに入って、すぐにあるショッピングモールを進んでいくと、正面にシンデレラ城が見えますよね。あれが非常に遠く感じるのは、モールとシンデレラ城の間にあるショッピングモールのメインストリートの建物が、実は手前の入口近くの方が高くて、奥に行くにつれて低く造られているからです」(『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』大塚英志(角川書店))。つまり実際の遠近が強調されるように設計されているからだそうです。知ってました?私はノー。こういう発想や企画ができるようになりたいと思いながら読みました。・・・ほんと、寒いですね。毎日。

 
・12月13日(火)・・・・・
 今日インタビューを受けた信濃町校の中級クラスは、奇しくも彼らが初級だった時にもインタビューを受けたクラスでした。入学後数週間の時に比べたら格段に日本語が上達した彼らから、いろいろ質問されました。でも、「趣味は何ですか」、これだけは困りますね。趣味のない人間なので。どうでもいい相手には「旅行と読書」などと口からでまかせを言いますが、学生たちには嘘はつけず、正直に「趣味がない」と言ったら、インタビュアーの女の子二人も「実は私たちも」と言っていました。一見答えやすそうに思えるけれど、実は答えに窮する質問、そんな質問はクラスでしないようにしたいものです。本当に話したい話題、自分自身の言葉で答えられる質問、そんな教室を作りたいけれど、言うは易し、行うは難し。さて、彼らの質問、趣味以外は私が喋りたいことを聞いてくれて、後で聞いたら他のグループよりもかなり時間オーバーだったみたいです。記事は数日後に壁新聞になって現れます。
 
・12月12日(月)・・・・・
 12月12日、いちに、いちに、ですね。今朝、高円寺校に行ったら、元気な先生たちに元気に声をかけられ、学生たちも元気に「おはようございます!」と通学してきて、なかなかいいカンジの一週間の始まりでした。皆さんのお話によると、昨日の夜、雪が降ったとか。全然知りませんでした。日本中が冷え込んでいるようですね。香港での勤務を終えた日原先生が、台湾事務所で数日間お仕事をして帰国しました。今、実家のある北海道に一時帰省しています。少し遅れて香港に行った名藤先生も今週末で勤務終了です。二人ともお疲れ様でした。残るは於本先生と辻本先生。引き続きよろしくお願いします。今日は代々木のオリンピックセンターで、入管の取次申請者講習会がありました。その後、東京地区の評議員が集まっての連絡会。話しても話しても、明るい話はほとんどなし。日本語学校もこれから本格的な冬に突入かもしれません。しかし、我らはそこで暗くならずに、いちに、いちにと粛々といきましょう。皆様、どうぞよろしく。

 
・12月11日(日)・・・・・
 シニアとシルバーは同意義で使われているのだろうかと、ふと思いました。コンサイスカタカナ語辞典によると、「シニア」は、「年長(者)、上級(者)、先輩」。「シルバー(エージ」)は、「髪の毛の白い層、高年齢、老年層」。髪の毛の白い層っていうのがいいですね。とすると、私もシルバーに片足突っ込んでるってことになります。シニアで言うと、JICAの青年ボランティアの補完研修をしているのですが、以前、「私もこのプログラムで南米に行きたい」と担当の人に話したら、ご親切にシニアボランティアの資料が一式送られてきたということがありました。(送ってきたのは養成修了生の貴女、Hさん)。ところで、最近、中国大陸で日本語教師をしている養成修了のシニア、いや、堂々シルバーの皆さんの連絡網ができたというお知らせがありました。その名を「老酒会」。名前の由来は、1.全員、ロートルである。2.中国語では老は尊敬の意味がある。3.中国(チュウゴクのチュウと、ラオチュウのチュウを兼ねた)。現在、会員は7名。私も負けちゃあいられません。来週から心機一転、一丁やります。以上、有言実行の私より。

 
・12月10日(土)・・・・・
 本日版朝日新聞「be on Saturday」。“すぐに直してもらいたいと思う言葉遣いは?”―「私ってすごく忘れっぽい人じゃないですか」「千円からお預かりします」「私的には」「コーヒーのほうをお持ちしました」「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」・・・(中略)・・・「歌わさせていただきます」「これってどうよ」「ご負担いただくようなかたちになっております」「一緒にやろうよ、みたいな話だった」「すごいおいしい」。30から60歳までの人2800人に聞いたアンケート結果が載っていました。立場上、すべてに眉をしかめるっていうのが筋なのでしょうが、後ろの二つ、「~みたいな」「すごい~」はかなり頻繁に使っているように思います。「そもそも正しい日本語とは」「言葉は変わっていくもので、正しくない日本語がそのうち正しくなる」という疑問、ご意見もあるでしょうが、とりあえずは反省しておくべきなのでしょうねえ、日本語教師的には。はは、~的、これは間違っても絶対使っていません。

 
・12月8日(木)・・・・・
 「着ぶくれと思われる混雑で電車が遅れております」とアナウンスがありました。今朝のKO線でのこと。その車掌さんのオリジナルの台詞ですよね、きっと。ちょっと変な日本語ですが。なんだか気が重いことの多い年の瀬なのですが、こういうことでほっと癒されます。最近、「師」の部分はかなりサボっている私なのに、「師走」を地でいってます。一日24時間では時間が足りません。インターカルトは年末23日までで本年の業務終了となるため、なおさらのこと。時間がない!
 
・12月6日(火)・・・・・
 昨日、今日の広島でのトップセミナー終了。この会議は年上の偉い人ばっかりなので、それだけでもなかなか・・・ですね。ま、いろいろ。夜11時過ぎに帰宅しました。昨日は、朝起きたら雪。私の今年の初雪は広島でとなりました。
 
・12月4日(日)・・・・・
 飛行時間1時間半、気温2℃、雨の広島着。午前11時半ごろ、空港からバスに乗って40分、広島駅の二階にお好み焼き屋さんが十何軒並んでいたのですが、本当に不思議な光景でした。お客さんが一人もいないお店が数軒、狭い通路にまで行列を作っているお店が数軒。これ、味の違いなんですよね。お客がたくさんいる方、安いとかオマケがつくとか、そういうことではないんですよね。やっぱり、プロは味で勝負ですよね、絶対。

 
・12月3日(土)・・・・・
 日振協トップセミナーのため、明日から広島へ行きます。学生たちは日本語能力試験。人事を尽くして天命を待つ。今晩は早く寝てください。

 
・12月2日(金)・・・・・
 今日も仕事後はエンターテイメント・タイム。先月、公開講座で講師をしてくださった越川大介さん率いるD.K HOLLYWOODのステージ"We are The Sperm Cells"を見てきました。何かに燃えている人は熱く眩しいです。 本当に心打たれた時は、多くを語らない、語れないものなのですよね。だから、語りません。ありがとうございました!っていう気持ちです。体力勝負の今回の舞台、越川さんも外谷さんも皆さんも、万全の体調で千秋楽まで泳ぎ続けてください。

 
・12月1日(木)・・・・・
 仕事後、エンターテイメントショーを見に行きました。その名はカニクラブ、インプロというものです。インプロとは、「インプロヴィゼーション(improvisation=即興)」の略語で、「その瞬間のできごとに即興で対応しながら作り上げられていくエンタテイメント」。 私たちのここのところのキーワードが“パフォーマンス”なので、その一環で養成スタッフのKさんと行ってみました。今日は、「見る会」だったのですが、普通は「する会」であるようで、同じアホなら踊らにゃ損損!って感じでした。うーん、今までに体験したことのない、なんとも不思議な時間と空間とそこに集まる人々でした。が、何であれ、日本語教師の訓練の一つに使ったらいいなと思えるものでした。
2005-11-01 00:00:00

2005年11月

Theme: HP版-blog以前-
・11月29日(火)・・・・・
 発車間際に、女性専用車両に間違って飛び乗ってしまった男性を、降ろすべきか降ろさざるべきか。この間、乗っている間中ずっと、この論議をしている女性二人組がいました。降りたら次の電車を待つしかないという状況設定ででした。今の私は、行きも帰りも女性専用車両利用者です。今朝は、途中の駅で男性が紛れて乗ってしまったらしく、「今乗った男性、降りてください!」と電車の中に向かって駅員さんが叫んでいたのですが、タイムオーバーで発車。そうしたら、なんと次の駅に連絡がいっていて、ドアが開いたと同時にホームに待機していた駅員さんが「前の駅で乗った男性、降りてください!」。車両の真ん中に押し込まれていた私には声だけ聞こえて姿は見えずで、結果は不明。愛用者なので、女性専用車両の是非を問われたら「是」なのですが、「皆様のご理解とご協力をお願いします」と、朝に晩に放送する意図は何なのかと、いつも思います。誰のご理解とご協力なのか。男性のなのでしょうか。男性から逃れるためにできた車両なのに。いや、良い男性に向けて放送しているんですね、きっと。で、この車両で、私はいつも高齢者層に属します。それくらい若い女性で溢れています、女性専用車両は。

 
・11月28日(月)・・・・・
 横綱は孤独だって言われてますけどね・・・と、今、テレビで松岡修造が言っています。朝青龍。以前、このコラムを始めたばかりの頃に、朝青龍の笑顔がいい、モンゴルの大平原を思わせると書いたことがあるのですが、その後すぐに、朝青龍バッシングが起こり、いつの間にか彼は悪役のようになってしまいました。私自身は好きか嫌いかははっきりしないけれど、見れば見るほど勝った時の振る舞いが、かつての横綱北の湖に似ているなぁと思っていました。7連覇、年6場所制覇、年間最多83勝、未到のVだそうです。本名、ドルゴルスレン・ダグウドルジさん、いい笑顔と思った貴方の笑顔を再びいいなと思えてよかったです。
 
・11月23日(水)・・・・・
 何を書こうかなと、日本経済新聞のネット版「NIKKEI NET」を見たら、トップ記事が『中国、鳥インフルエンザ人への感染広がる』でした。変なことにならないといいですけれどね。
 
・11月21日(月)・・・・・
 朝刊に栃木県さくら市の人の投書が載っていました。さくら市?と思いインターネットで検索したら、今年の3月28日に氏家町と喜連川町が合併してできた新しい市―。そういえば、いつだったかそんな話を聞いたような。町の名前は「うじいえ」と「きつれがわ」と読みます。いい響きかどうかはわかりませんが、この何とも言えない音感を名に持った町と町が、さくら市とは!名前が変わるっていうのは、寂しいものですよね。私が通った小学校は柳原小学校でしたが、数年前に東小と西小と合併して、今はけやき小学校です。・・・と書きながらあちこち検索していたら、懐かしい我が柳原小の先生たちの集合写真が出てきました。これです。私の一年先輩と思われる誰だか知らない人が開設したHPにありました。それにしても「昔の写真」だなぁと、改めて。まあ、この人も私も、今、話題の映画の時代に生まれたのですから、そうなんですよね。ついでながら、文中の東小の跡地には足利学校が復元されています。元々、足利学校の跡地に東小があったという関係です。というわけで、我がふるさと栃木県、そして足利市。想い出話のおつきあいをありがとうございました。

 
・11月20日(日)・・・・・
 今日の感動を手短に二つ。一つめはもちろん日本中の感動、高橋尚子さんの復活。本当にかっこよかった。二つめは新宿日本語学校の創立三十周年。記念講演会とパーティーに行きました。幕末から脈々と続く江副家の歴史。現校長、隆秀先生の曽祖父にあたる廉蔵さんとおっしゃる方の、一般人とはまるで違う発想、ものすごい行動力、そのDNAを隆秀先生が100%引き継いでいらっしゃるということがわかったことに、なんたって感動。ところで、インターカルトも再来年、三十周年を迎えます。どうしたもんでしょうね、私たちの三十周年は。そうそう、二十五周年の時に勝負服と言って私が着たのとまったく同じ色の、真っ赤なスーツを江副先生のお母様の副校長先生が着ていらしたのにも感動いたしました。御年・・・歳。

 
・11月18日(金)・・・・・
 大風邪です。鼻は洪水のよう、喉は激痛、だみ声を超えています。来年4月生の申請締め切りが来週末に迫っていて、みんな頑張っているというのに、ほんと、すみません。
 
・11月17日(木)・・・・・
 ご記憶の方もいらっしゃるかと思いますが、先月末にカバンを電車の網棚に置き忘れ、あったとわかったその日に、出かけて行った教育学会事務局に傘を置き忘れてきました。そして今日、委員会があって、それに出がてら忘れたまま置いてもらっていた傘を受け取って帰ってきました。なのですが、それを電車の手すりに引っ掛けたまま降りてきてしまいました。何やってんでしょ。教育学会事務局の方が「10/27加藤早苗先生お忘れ物“カサ”(黄色)」と書いて傘に巻きつけておいてくださった紙きれだけが、空しくカバンの中に残っています。カバンだけでなく、傘だけでなく、最近の私は心までもどこかに置いてきてしまったような、何だか変な私なのです。
 
・11月14日(月)・・・・・
 先月あった日振協主催の京都会議は、日本語学校の校長と教務主任が対象のセミナーでした。今年のテーマは『多様化に対応する教育上の課題』だったのですが、私が属した分科会では「日本語学校は原点に帰るべき」という声が多数ありました。原点とは語学学校としての日本語学校という意味、もともと日本語学校は欧米の語学学校同様に、いつでも入学できる学校でした。インターカルトだって、私が入った頃には毎月新入生の入学パーティーが行われ、初級クラスが開講していました。それに、私が初めて持った一番上のクラスは、欧米人の中にアジア人がいるという国籍の構成でした。写真右の朝香さんは、そんな時代から数年前まで事務局を支えてくださった方です。左のお二人は、もちろん中村先生たち、土曜日の同窓会での写真です。
 
・11月12日(土)・・・・・
 ものすごい2時間でした。午後2時から4時まで、国立オリンピック記念青少年総合センターに集まった私たちは完全に“ひとつ”でした。教室がとっても広くたって、100人が相手だって、マイクを使わなくたって、聴衆をつかんで放さないということができるのだということを目の当たりにしました。日本語教員養成研究所の公開講座「魅力的なパフォーマーを目指して」、D.K HOLLYWOODを主宰する越川大介さんが講師でした。越川さん、ありがとうございました!心から。D.K HOLLYWOODを体感したい方は、年末東京公演へどうぞ。
 公開講座終了後は、教員養成研究所の同窓会でした。恩師、Nひさこ先生、Nきみこ先生にも久しぶりにお目にかかりました。美しく、凛と年を重ねていらっしゃる。綿々たるインターカルトの伝統を改めて思いました。

 
・11月11日(金)・・・・・
 早稲田大学大学院日本語教育研究科 細川英雄先生に、7月に引き続き2回めのワークショップをお願いし、高円寺、信濃町、両校の教師たちが高円寺校地下の教室に集まりました。今日のタイトルは『日本語教育における「学習者主体」とは何か』。午後6時半から9時まで、終了後も続けて深夜12時まで、脳みそを使って聞き、話しました。ところで今、細川先生が主宰するNPO法人「言語文化教育研究所」のユビキタス講座「「言語文化教育入門」~日本語教育の実践者として「私」は何をめざすのか~を受講しています。インターネットを利用した講座なので、世界中どこからでも受講できます。自分の学校、自分のクラス、自分自身から一歩踏み出し、外界の人と意見交換ができる場です。・・・と、コマーシャル。
 
・11月10日(木)・・・・・
 そうそう、「冷蔵庫の中に牛乳があたかもしれない」でした。私の記憶違い。で、この、昨日ここに書いた文作りシリーズですが、これは「中国人向けの日本語試験」というもののようです。他に、こんなのもあるそうです。「もし~なら」を使って短文を作りなさい。「もしもし、奈良県の人ですか」。「まさか~ろう」を使って短文を作りなさい。「まさかりかついだ金太郎」。「うってかわって」を使って短文を作りなさい。「彼は麻薬をうってかわってしまった」。今日、これを私に知らせてくれたのはインドネシアのKさん。昨日書いた②③と上に書いた文を2003年1月に入手したとありました。入手?と思い、インターネットで検索してみたら出てくる出てくる。入手時期と入手先、2003年6月に友人Fさんから、2002年9月に嫁の友達から、2003年6月にネットから・・・。流行っていたんですね、ずいぶん前に。でもこれ、結局何だったんでしょう。2005年が終わろうとしている今、どうして突然耳に入ってきたんでしょう。私に教えてくれたよその日本語学校のその人は、つい最近この話で盛り上がったと言っていました。ちなみに昨日書いた①「お父さんいる?」「いらない」は、この人のオリジナルのようでした。S学校のEさん。・・・東京は、今日からいきなり冬になりました。おお寒!

 
・11月9日(水)・・・・・
 ①(ある人が電話で)「お父さんいる?」(電話にでた子ども)「いらない」。②(先生)「“どんより”を使って文を作りなさい」(学生)「どんよりそばが好き(うどんより・・・)」。③(先生)「“あたかも”を使って文を作りなさい」(学生)「机の上に本があたかも(あったかも)」。人から聞いた話です。なんだかはっきりしない気分の時は、こんな話で笑うのがいいですね。ところで、今日のNHK「ためしてガッテン」のテーマはギックリ腰でした。インターカルトでは、今朝、養成研究所スタッフ20代のうら若き乙女がギックリ腰に!年齢は関係ないんですね。皆さん、気をつけましょ。どうぞお大事に。

 
・11月8日(火)・・・・・
 「まるで営業社員のように、セールス活動に明け暮れる社長がいます。それ、経営者の仕事ではありません」。誰に向かって言っているんだろうと思いました。出張から帰ってきたばかりの先週、疲れて歩くのが億劫で四谷から乗ったタクシーの中、置いてあったコンサルティング会社の小冊子に書いてありました。「くるくる働きすぎて、脳がくるくる働かない。経営者の思考停止こそ、業績が停止する原因」だそうです。何となく、ここに書いておこうかなと思って書きました。
 
・11月5日(土)・・・・・
 某旅行会社が主催するリタイア世代向け「日本語教師養成講座」の委託を受けていて、教師を派遣しています。今日はその中の一つの授業の代講で初めて教室に行ってきました。午前10時半に到着した時、すでにそのビルには、それはそれはたくさんの老若男女、ではなく老男女があふれていました。私のクラスの隣の教室では40名以上の方々が熱心に講師の話を聞いていました。何のクラスかと聞いてみたら、ご自分の旅行で撮ってきたビデオの編集方法を学んでいらっしゃるとのこと。その他、書き連ねてあるコースの一覧を眺めましたが、髪振り乱して働く私には遠い世界。なんとも不思議な空間を体験して、もちろん授業をして帰ってきました。

 
・11月4日(金)・・・・・
 日本語教育のとある協会から、「FTAは何の略ですか」というお電話をいただきました。FTAとは「自由貿易協定=Free Trade Agreement」の略ですが、最近、日本語教育界で頻繁に使われる時には、その裏側にフィリピンからの介護士受入れの意味があります。が、知らない人は唐突にそれが出てきたら戸惑うのでしょう。10年ほど前になりますが、お隣K国が通貨危機に陥った時に資金援助を受けたのはIMFで、これは「国際通貨基金=International Monetary Fund」の略。その少し前の景気のいい時代にK国の企業研修を専ら行っていた部門にいたために、K国人同様に「IMF時代」などと今でも使っていますが、よく考えてみたら、これも一般にはちょっと変な言い方かもしれません。さて冒頭のFTAについて、この間、「カイの山本さんも同じこと書いてますね」と、養成のスタッフKさんに言われました。2005年10月29日「だいじょうぶ??」と題した『校長のねごと』。私はどこにも書いていないのですが、学校の中で言っています。何にでもチャレンジ!が信条ですが、何にでも飛びつけばいいというものでもないと思っています。

 
・11月1日(火)・・・・・
 深夜に気温33度のバンコクを発ち、今朝午前6時半に気温5度の成田に降り立ちました。情緒的には愛すべき四季ですが、私の体は常夏でよいと言っています。最近、公私共に“リタイア後”のことを考えています。「公」の部分はこちらを、「私」についてはただ単によい気候のところを終の棲家としたいと、それだけのことです。
 「この世は自分をさがしに来たところ この世は自分を見に来たところ」―テレビで陶工の河井寛次郎という人の言を紹介していました。「暮しが仕事 仕事が暮し」とも。ほぉ。タイではたくさん話し、たくさん考えました。寝不足の身に霜月の早朝の空気は突き刺さるほどに冷たかったです。

2005-10-01 00:00:00

2005年10月

Theme: HP版-blog以前-

・10月28日(金)・・・・・
 天津のほおずきが美味しいそうです。食べられるほおずきがあることを知りませんでした。教えてくださったのは、水谷修先生。今日、ある打合せでお会いしました。その後、今月2回目の短期遊学コースの修了式。最後に皆で、授業で習ったというkiroroの「Best Friend」という歌を歌いました。初めて聞いた歌でしたが、メロディーも歌詞もいいですね。そしてその後は高円寺校へ。今日はスタッフのサイナさんの最終日でした。ご主人の転勤で中国に帰ります。♪あなたの笑顔に何度助けられただろう ありがとう ありがとう Best Friend♪サイナさんに贈ります。夜は、アルバイトで初めてもらったお給料でごちそうしてくれるという娘のような子たちと焼肉食べ放題に行きました。いい出会い、いい別れ。秋はほんとに何となく寂しくて、本当に苦手です。明日から、イヤでも秋を忘れられるタイです。
 
・10月27日(木)・・・・・
 かばん、ありました!すみません。お騒がせしました。新宿で気づいてすぐに見に行って、確かになかったのですが、なぜか高尾山口駅に届いたそうです。昨日“それなりに大事なもの”と書いた中身(実は現金約30,000円と鍵など)もすべて無事のようです(明日の朝、受け取りに行くことになっているので未確認なのですが、駅のお忘れ物取扱所の人はそう言っていました)。早まって載せた昨日の速報を読んで、すぐに慰めの言葉をかけてくれたインターカルト日本語学校台北事務所の皆さん、謝謝。それから、昨日の朝、降りる私と入れ替わりに電車に乗ってきた職安の封筒を抱えたおじさん、とても印象的な風貌で記憶に残っていた貴方が怪しいんじゃないかと思っていました。ごめんなさい。こんなことを言える立場ではありませんが、日本はやはり安全な国なのですね。かばんを取りにいけなかった理由は、夕方から日本語教育学会の来年夏のフォーラム打ち合わせがあったため。持って行った傘を事務局に置き忘れてきました。ほんと、反省のない奴です。私は。
 さて、養成研究所の海外実習でお世話になっているジャカルタコミュニケーションクラブのHPに『JCC推薦の言葉』というコーナーができ、そこに寄せた吉川先生と赤嶺さんと私の“言葉”がアップされました。こちらです。

 
・10月26日(水)・・・・・
 カバンを網棚の上に置いたまま、電車を降りてしまいました。すぐに気づいて戻るまでの時間、わずか数十秒。けれど、もうありませんでした。とてもとても大事なものは肩に提げたバッグに入っていたけれど、そのパソコン用の、今日はパソコンを入れていなかったカバンにも、それなりに大事なものが入っていました。
 ・・・・・・・・・・・・。
 
・10月25日(火)・・・・・
 短期遊学コース。先週末に終わったのと入れ替わりに、昨日からまた新しいコースが始まりました。1年、2年といった長期戦で、じっくり私たちの良さをわかってもらえるコースとは違い、この1週間とか2週間とか、長くても4週間というこのコースは良くも悪くも一発勝負。ある種の醍醐味あり。企画運営を担当しているILCスタッフはずっと緊張状態です。

 
・10月23日(日)・・・・・
 今日の新聞から。朝日新聞日曜版に「バナナ、ついに みかん抜き首位に」とありました。バナナ、みかん、りんごの一人あたりの年間購入量らしいのですが、これは私にとっては当たり前のことです。みかんは酸っぱいから、りんごはあのさくさくした歯ざわりが好きではないから、あまり買いません。反対にバナナは、よく学生に笑われますが、私の一番好きな果物。好きなのはフィリピン産ではなく台湾バナナです。そしてもう一つ。同紙多摩版に泉麻人が、過去の東京版の記事についてのコラムを連載しています。今日のは昭和45年1月20日付「哀れ尊徳像」。町田の小学校にあった二宮尊徳像が、工事のどさくさでバラバラになってほうりだされている写真が掲載されています。「時代が変わって尊徳は道徳の教科書にも登場しない。子どもたちに話しても、いまどきマキは使われていないし、本など読んで歩いたら、車にはねられると、子どもたちから反撃されるのがオチだ」と当時の学校側のコメントが載っているとありました。・・・そうでしょうか。私は、今でも兄弟(うちの場合は姉妹)げんかをしたくなった時に、♪兄弟仲良く孝行尽くす 手本は二宮金次郎♪という、亡父に歌って聞かされた歌を思い出します。泉氏は、掲載されていた写真について、「いまだったら〈状態良好〉などとただし書きを付けて、ネットオークションに流す関係者もいるかもしれない」と結んでいますが、腹が立ちました。いろいろご意見はあるでしょうが、彼(泉氏ではありません、二宮氏です)、要は国策に利用されたのですよね。まぁ、35年も前の記事のことで、今私が怒っていても仕方ないのですが。

 
・10月21日(金)・・・・・
 京都に行って京都を見ず。京都に限らず、私の出張はいつもそうなのですが、駅もしくは空港と目的地、そしてホテルだけです。今回は宿泊ホテルが目的地である会場だったので、東京⇒京都駅⇒ホテル⇒京都駅⇒東京。いたってシンプルな足取りでした。今回のこの会議の、インターカルトの特記事項は、大量4人で参加したことです。校長のTさんと、信濃町校教務のNさんと高円寺校のEさん。そういえば、以前、大阪であった生活指導者研修にもスタッフ、専任教師、非常勤教師、男性ばかり4人参加したことがありました。これだ!と思うと、力が入るのですね。やっちゃうのですよね。次、来年2月に「外国人受入れアドバイザー(仮称)」の研修会があります。教員・職員、専任・非常勤、老・若、男・女問わず、我こそと思う人が順番に参加していけるようにできればと思っています。詳細は、日振協から詳細の通知がきたらお知らせします。皆様、ぜひぜひ。これから求められるのは、広く「教育的援助者」。教師もスタッフも、そして学校も。

 
・10月20日(木)・・・・・
 細長いわら半紙が配られ、先生が黒板に書いた漢字の読みと、ひらがなを漢字に直すのと、合計10問―というテストが毎日毎日ありました。小学生の時の話です。思い出せなくて書けなかった漢字が「需要」、読めなかったのが「示唆」で、今でもこの二つの漢字を見ると、鉛筆をかじりながら白目をむいてうんうん唸ったあの時の情景を思い出します。(と、思い出せるくらいですから、漢字はよくできたのですね。自慢じゃなくて。)で、どうしてこんなことを書いたかというと、今日、京都での日本語教育セミナー初日。全体会で分科会で、話の端々になんと多くの「示唆」が!と思った瞬間、漢字が読めなかったことを思い出してしまったからです。第2分科会という、日本語学校界の兵(つわもの)を一まとめにしたようなグループの司会を兵の長(おさ)、AスクールのN先生と一緒にしました。私は癒し系役です。で、何であれ、示唆を形にしたいと思います。

 
・10月19日(水)・・・・・
 日振協の日本語教育セミナー、1997年の初開催以来、通称「箱根会議」でしたが、今年から「京都会議」に変わります。ハードを変えることによってソフトも変える、いやソフトが変わることを意味しているのでしょう。変えること、変わること。簡単なようで難しいことですね。明日、明後日と京都に行ってきます。わっせわっせ。なんなんざんしょ、このばたばた。
 
・10月18日(火)・・・・・
 昨日の夕方から今朝までの12時間睡眠で一気に回復。高円寺校に行ったら、制服姿の中学生たちがどどどっと30人ほども現れ、びっくり。予定通りやってきた千葉県の中学1年生たちでした。すましてちょっと大人っぽいのは女子、いがぐり頭のちっこいのは男子・・・、そう、中学1年生くらいは、男の子より女の子のほうがずっと大きいのでしたね。私の頃もそうでした。その彼らがインターカルトの学生たちと交流している間に、日振協へ。来年2月の研修の準備委員会。最近、本当によくここに通勤しています。終了後、信濃町校へ。養成研究所のミーティング。12時間睡眠で蓄えたパワーがかなり尽きた移動移動移動でした。

 
・10月17日(月)・・・・・
 午前5時起床。ソウル金浦空港8時半発の飛行機に乗りました。滑走路の混雑とかで、羽田上空を45分も行ったり来たりして、ようやく着陸しました。この遅れのために、同行のN先生はお昼からの授業に間に合わず。万が一に備えて頼んであったG先生に代講をお願いしたようです。私はと言うと、結果的には疲労が原因の腹痛。帰宅したら、2006年で10冊目になる愛用の日経ビジネス手帳と、入っている保険の課税所得控除証明書が届いていました。変な季節の感じ方ですが、この手帳と控除証明書を見ると、あぁ、今年も間もなく終わるのだなぁと毎年思います。写真、左は昨日の試験で解説をしているN先生、右は一昨日のロッテホテルでの学校説明会に来てくれた先期の養成修了生、今は延世大学の語学堂に通うKさんと。苦学生をしているらしい彼女と、お母さんかお姉さんの気持ちで栄養がつきそうな食事を一緒にしました。

 
・10月16日(日)・・・・・
 今日、韓国ソウルでは建国大学校で、台湾台北ではインターカルトの事務所で、それぞれ日本留学試験と日本語能力試験の模擬試験が行われました。どちらもインターカルトのオリジナル問題でです。私、韓国組。それにしてもソウルは寒い。
〔台湾〕                        〔韓国〕
 
 
・10月13日(木)・・・・・
 今の時期、夜風にあたりながらふらふら歩いて家路につくっていうのがとても心地よいです。ふらふらは夜に限ったことではなく、朝も昼もだいたいいつもふらふら歩いているのですが、朝の通勤の時、後ろから来た学校の誰かにいつも追いつかれ、そして「お疲れですねぇ」と言われてしまいます。今朝も言われました。いつもばたばたしていますが、地は暢気、のんびりふらふら歩くのが好きなだけなのですが。明日からまた出張です。出張の前の晩は、ためてしまった仕事のあれこれを片付けている間に、たいてい明け方になってしまいます。さっさとやっておけばよかった・・・といつも思うのですが、いつもこれです。行ってきます。
 
・10月12日(水)・・・・・
 朝一番で代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターへ。一昨日書いた東京オリンピックの選手村跡地ですね、ここは。タイから迎えた短期遊学コースの開講式でした。その後、別件で飯田橋へ。その帰り、総武線の一番前の車両に乗りました。まさにパノラミック。前方、左、右に開けた視界。秋の空の青と雲の白が前方一面を飾り、そこにまだ紅葉していない木々や家々が現れては左右に消えていきました。なぜか一瞬、鎌倉の江ノ電に乗っているような気持ちになりました。そして、運転席を覗いた子供が電車の運転手さんに憧れる気持ちも何となくわかるような気がするなぁと思いました。
 
・10月11日(火)・・・・・
 高円寺校でたまたまとった電話は、5年前の卒業生からでした。彼は順調に大学から大学院へと進んだのだけれど、後輩の学部1年生が日本語の授業についていくのが困難だと言うので、大学の授業と並行してインターカルトでクラス授業を受けたらいいのではないかと思いつき、電話をかけてきたということでした。彼は、自分の奥さんと奥さんの弟と自分の弟もインターカルトに入れてくれた有難い人です。
  学校の清掃管理をしてくださっている会社のKさんは学生たちととても仲良しで、学生たちの人気者です。この間は、5年前の信濃町校の卒業生たちと3年ぶりに飲みに行ったそうです。何年たっても連絡をしてきてもらえるって嬉しいですよね。なんでもその彼ら、皆日本で就職してる人たちなんだそうです。嬉しいお知らせでした。
  家に帰ってきたら、夫の26年前の教え子から電話がありました。彼はいつも恩師のいない時間に電話をかけてきて、私に延々と近況を話してくれます。就職とか結婚とか転職とか・・・。今日は引越しのお知らせでした。彼とは一度も会ったことがないような気がしているんですが、なんであれ、懐かしがってもらえるっていうのはいいものです。
 
・10月10日(月)・・・・・
 今日は、旧体育の日。1964年、東京オリンピックの開会式があった日です。この年、私は生まれてすでに数年たっていたのですが、ぼーっとしていたのか、まったく記憶がありません。今、東京オリンピックと言われて頭に浮かぶのは、数年前のことです。私より20くらい年下の先生に、私に東京オリンピックの記憶がないという話をしていたら、脇でそれを聞いていた、某Y先生に「私は青梅街道でアベベが裸足で走っているのを見たわよ」とちょっと自慢げに言われました。私より数才しか年上ではないのに、この年齢の数才の差は大きいのだなと思いました。それと住んでいた場所。青梅街道なんて、18過ぎるまで見たこともありませんでした。私の場合は。東京モンはさすがに違うのでした・・・。
 
・10月9日(日)・・・・・
 私が密かに好きな、六本木ヒルズに住むL社Hさんのブログに「はっきりいってビジネスもプライベートもごちゃまぜにせざるを得ない生活を送っているため、ほぼすべて私のスケジュールは公開されています」とありました。私の忙しさは彼ほどではないけれど、私も2ヶ月くらい先までの自分のスケジュールを、学校の専任スタッフ全員が見られるページに書き込んでいます。どこにいるのかわからなくならないように。
  金沢から帰ってきました。金沢はプライベートで行きましたが、中身はかなりビジネス。研究集会委員長のW大学H先生の、パワフルに自らの仕事を増やしていく様には驚き。「根性」「不撓不屈の精神」と、はっぱをかけられました。また今回、素敵に年を重ねた女性先達数人とまとまった時間いろいろお話ができたのは特筆事項。ただ見た目が美しいだけじゃない、貫禄があるだけじゃない、プロとしての自信と品性を兼ね備えた美しさだ・・・なぁんて思いながら、凡人は前田利家の奥方まつの気分で、今朝、ちょっとだけ金沢城跡のお堀端を散歩しました。のんびりし過ぎて金沢大学行きのバスに乗り遅れ、タクシー利用。地方の独立行政法人の大学は市内からかなり外れたところにあるのですよね。大変。日本列島はすっかり秋です。

 
・10月8日(土)・・・・・
 日本語教育学会秋季大会、シンポジウムは「言語能力を多角的に評価する―「測る」視点から「とらえる」視点へ―」。
 
・10月6日(木)・・・・・
 この間、ある業界紙のインタビューを受けました。その時に「この仕事に就いて得たものの中で一番大きいものは何か」と聞かれ、「出会い」と答えました。これには二つの意味があり、一つはたくさんの“人”との出会いなのですが、もう一つは、私がこの仕事に就かなかったら知り得なかったであろう色々な“こと”との出会いです。地理歴史に疎いというのは、言い換えれば常識がないとも言え、今もって充分とは言い難いのですが、それでも、27で転職を考えた時のままの私よりは、ずっと知り、ずっと考え、ずっと自分の意見を持てているんじゃないかと自分勝手に思っています。今年、靖国問題を抱える小泉さんと偶然時を同じく渡韓して、言いようのない雰囲気の中にいる日本人としての自分を感じながら帰国したら、古い友人から「ヨン様と会えた?」というメールがきていた時に感じた気持ち・・・(何となくわかっていただけます?)、これは一例。今日は国際協力機構(JICA)・海外日系人協会の「日本語教師研修」でブラジル、アルゼンチン、ペルー、メキシコから来日している日本語の先生たちが、日本語教員養成研究所に研修にいらっしゃいました。JCCのHPには、先日お世話になった研究所修了生たちの実習プログラムの様子が掲載されています。お世話になりました。私は、明日の夕方から週末にかけて金沢に行ってきます。日本語教育学会秋季大会。あれもこれもそれもどれも、みんないろんな出会い・・・ですね。

 
・10月5日(水)・・・・・
 ここのところ毎朝、「鎮江香醋」というお酢をお猪口に1杯と、「大麦若葉」の青汁をコップに1杯飲み、「Jarrah Honey」という蜂蜜をスプーンに1杯舐めているので、何となく体調がいいような気がしています。朝、早起きできて時間に余裕がある時は、NHKテレビの「朝の体操」もしています。ガリガリ、ミシミシ、バキバキ、体中が音を発し、運動不足を痛感しています。今、それら健康シリーズに、やずやの「雪待にんにく卵黄」を加えようかどうしようか迷っています。以上、本当にどうしようもないことしか書けず、すみません。養成研究所はもう授業が始まっていますが、日本語学校は明日からスタート、今日、クラス分けの発表がありました。

 
・10月4日(火)・・・・・
 昔のトイレは汲み取り式でした(食事しながら読んでいる方、すみません)。小学生の時には、「右から○番目のトイレ(なんて言わなかった。お便所。ちょっと気取ってお手洗い。もっと気取ってご不浄)は、夜になると中から手が出てくる」なんていう話が言い伝えられていて、本気で恐がっていました。今日、銀座の喫茶店で入ったトイレは、ドアを開けたら、洋式トイレの便器の蓋がスーッと開きました。「ドアを開けると蓋が開くけど、びっくりしないで」と、私より先にそのトイレを経験した同行の台湾事務所S小姐から事前に予告されていたのですが、それでも気味が悪かったです。中から手が出てくるんじゃないかと思いました。一体、何のために自動的に便器の蓋が開くのでしょうか!9月の高円寺校のスピーチ大会で優秀賞をとった香港のFさんは、『日本の「オーバー」』という題名のスピーチの中で、日本のトイレにはなぜあんなにたくさんのボタンがあるのでしょうか!と訴えていました。今日の銀座のトイレにもたくさんのボタンが並んでいて、個室中には芳香剤の香りが充満していました。充満しすぎてそれが鼻の神経をくすぐり、私はトイレに入っている間中くしゃみが止まりませんでした。立ち上がると、当然のように水が流れました。その後、開くくらいだから自動的に蓋が閉まるのだろうとちょっと待ったのですが、なかなか閉まりません。なので一度外に出て手を洗って、それからまたそっとドアを開けて中を覗いてみました。けれど蓋は閉まっていませんでした。なぁんだ、です。閉めるのは手で、なのです。次の人のびっくりのために、私は便器の蓋を下ろしてトイレを後にしました。・・・別に特別に好きなわけではないのですが、私、トイレの話題が多いような気がします。で、別に暇なわけではないのですが、このコラムを始めてから今日までの間にトイレを話題にした日数を数えてみたら10回でした。多いのか少ないのか。
 で、今日は10月生の入学式でした。私たちにとってお馴染みの国々からの学生に加え、今回の珍しどころはマーシャル諸島とベラルーシ出身の新入生でした。皆さん、これからどうぞよろしく。


 
・10月2日(日)・・・・・
 この間、他校の方たちからそれぞれに特徴のあるスピーチ大会について話を聞く機会がありました。でも、インターカルトのスピーチ大会もいいですよ。HPに出ていました。高円寺校、信濃町校、どうぞご覧ください。さて、HP作成隊長のH氏(日原先生です)が香港に赴任した後、国内で中心になってHPのメンテナンスをしてくださっていたIさん(伊東先生です)が、この度少しの間お休みすることになりました。どうもありがとうございました。カムバックお待ちしています。

 
・10月1日(土)・・・・・
 日本語教員養成研究所10月期生開講式。「来週からあの教室に別の人たちが座っているかと思うと何か不思議です」と、先期修了の方からメールをいただきましたが、もう入ってきてしまいましたよ。秋にふさわしい落ち着いた雰囲気の今期新入生たちです。その後、『ユビキタス講座「言語文化教育入門」の説明会に行きました。ことばとは、コミュニケーションとは、文化とは―教えてもらうのではなく考えるきっかけを与えてくれるこの講座、興味のある方は受講してみては?⇒こちらです。インターカルトのコース、講座もついでに紹介します。「教育実習コース」と「公開講座」、どうぞよろしく。
  先月末、冬を感じさせるから秋は好きじゃない・・・と、ちょっと暗く書きましたが、「冬があるから春がうれしいんです」と、四季のない豪州からメールをいただきました。季節の変わり目の風邪のために、一瞬忘れた前向きな気持ち。今日は2005年度後期の始まり。そして私が今の立場になって6年目の始まりの日です。「まったくまいったね」「でもやることがいっぱいあって、やりがいがあるよね」と自らの口をついて出た台詞、なかなかいいスタートです。これからもどうぞよろしく。

2005-09-01 00:00:00

2005年9月

Theme: HP版-blog以前-

・9月28日(水)・・・・・
 すっかり秋になりました。春の終わりの頃、夏を感じ始めた時からこの日がくるのはわかっていました。どんなに暑くても、すぐにやってくる寒い日を予感しているので、私の夏は(気分的に)いつもとても短いのです。(気分的に)長い冬が間もなくやってきます。あああ。毎日が夏の国で暮らせたら、どんなにいいでしょう。さて、こちら、10月入学の新入生たちが来日し始めています。でも在校生が学期休みなので学校は静かです。毎日パソコンをしにきている学生もいます。まず、ベトナムの双子の女の子たち。二人並んでキーボードを叩いています。いつもは学校のパソコンに向かっているのに今日は別のテーブルでノートパソコンを広げている学生、彼はオランダから。今日買ったそうです。日本語で書き綴った自作の小説を入力していました。縦書きの筆文字。すごいですね、外国語で小説を書いてしまうなんて。私の18年の教師生活の中では、10年くらい前の韓国の男の学生に続いて二人めの、書いた小説を見せてくれた学生です。でもなんでも、秋ですねえ。いやですね。天高く馬肥ゆる秋。1月の骨折時の運動不足で10キロ肥え、5キロしか元に戻せなかった春と夏。馬と共に再び肥ゆる秋。そしてすぐに冬がきてしまいます・・・写真のタイトルは「稲と彼岸花」だそうです。仕事中に、唐突に実家の母が携帯に送ってきました。やっぱり秋。

 
・9月27日(火)・・・・・
hellooooooooooooooooooooooooooo
watashi wa nafelu desu
believe me i miss japan, and my school in japan ,and everything about japan, just i want tell you i love japan ^^ ~ i miss so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so so much~^^ ・・・以上、8月の短期遊学コースに参加したサウジアラビアのNさんから、スタッフのAさんに届きました。ごめんね、Nさん、載せてしまいました。すごくいいなと思ったので、このメール。
 
・9月26日(月)・・・・・
 JCC主催おもしろジャカルタツアーに参加した、養成修了生たちです。教育実習からしばし解放されてのお楽しみ時間。これは昨日のことで、今日はインドネシア語講座と彼女達がした2級対策講座の反省会があったそうです。インドネシア語を教えてくれた先生Sさんは、1992年、私がいたインターカルトインドネシア校(Widhia Pratama Inter-Cult Indonesia)に日本語を勉強しにきた学生でした。日本語ゼロ、まだ高校生だった彼女は今JCCの先生になっていて、もう30だそうです。2級対策講座担当の先生は日本人のTさん、インターカルトの長期養成講座の第2期生、1986年に、今養成で文法を担当するY先生と共に学び、その後日本のインターカルトで教師をしていた方です。ジャカルタのJCCの中にインターカルトの輪・輪・輪・・・。

 
・9月24日(土)・・・・・ 
 台風が近づいているとかで、空は曇ってどんよりしています。
それに合わせたように体調がイマイチで熱っぽく、ちょっと風邪の症状です。今日も、養成研究所では日本語教育能力検定試験の対策講座を、日本語学校では来年1月生の申請書類の事前審査を行っています。皆さんお疲れ様。それぞれに守備範囲があるということで、私は自宅待機。そしてインドネシアはジャカルタのJCCでは、先日養成を修了したばかりの二人が海外実習をしています。今回も写真が生中継のように送られてきています。K校長先生、よろしくお願いします!何卒。このJCCには、10月から高円寺校教師のRさんが専任教師として赴任します。香港のN日本語学校には信濃町校教師のTさんがやはり専任教師として10月から。皆さんのご活躍を心からお祈りしています。
 
・9月23日(金)・・・・・
 「自分と違うものを知りそのズレを感じることによってこそ、自分自身を再認識しそして変わることができる」と教師研修会の牽引役をしているY先生が言っていました。「自分と同じものの中にいても何も変わらない」と。今日は三ヶ月に一度行われる両校合同の教師会でした。ここで言っている「違うもの」とは、早稲田大学の細川英雄先生が考える「授業」のことです。先月、細川先生をお招きして校内研修会を行いましたが、一回ではズレを感じ自分自身の再認識をしかかったところまでで何かもやもやした状態で終わっているので、細川先生に再度のご登場を願うことになりました。来月、二回めの研修会をします。その細川先生が発行するメルマガ141号に我が拙稿を載せていただきました。このメルマガ119号には前述のY先生も文章を寄せています。タイトルは「日本語教育も進化する」。冒頭の台詞といい、このタイトルといい、私はY先生の“表現”が好きです。・・・そして今日の教師会では、先日全学生に行った学校に関するアンケート結果が校長のT先生から発表されました。現状を再認識し、そして必要と思われるところは臆せず変わっていきましょう。先生一人一人とそしてインターカルトの進化のために。

 
・9月22日(木)・・・・・
 オーストラリア・パースのShoji Australiaを主宰するMs.Sさんが来校。日本をどう売るか・・・が、今日のテーマでした。
 
・9月21日(水)・・・・・
 週末の連休に行った美容院、ヘアカラーとトリートメントだけで4時間以上拘束されたのですが、その間に眺めた女性向け雑誌の中で頻繁に目にしたのは「凛とした」という表現でした。この「リン」、稟議書の「稟」じゃありません、“にすい”があります、「凛」。「りりしい」も、▼マークつきですが、その表記は「凛々しい」と、この「凛」の漢字。その他、凛呼、凛冽、凛々と。・・・ふぅん、「凛とした」はこの秋の女性の流行なんだと思っていたら、外務省のHPにもありました、「凛とした志の高い外交」。来年度の我が国の重点外交政策だそうですよ。ほぉ。しかし、「凛とした」って難しいですよね。学生に質問されたら何と答えますか。凛のイメージも見つけたので、一応ご参考に。でも役に立ちそうにはありません。「凛としたってどんな感じ?」・・・秋の夜長にご一考を。

 
・9月20日(火)・・・・・
 肩にかかった髪を両手で後ろにやりながら、時々人差し指を交差して「違う、違う」・・・と、確かこんな感じらしいです、授業をしている私は。そうやって先生たちの真似をしては皆で騒いでいたらしいです、今期の養成の学生たちは。その、愛すべき彼らが今日巣立っていきました。あの、賑やかだった人たちが涙、涙・・・でした。涙のお礼に教えてあげますが、髪を後ろに束ねていた頃の私は、両方の親指と人差し指で服の肩パットを摘まんでは放すということをしながら授業をしていたようですよ。何年か前に、皆さんの先輩が真似てくれました。じっとしていられないんですね、私。高円寺校のスタッフ物真似軍団によると、ひょいと後ずさりして、「そうそうそう」「わかるわかる」と喋っている人の話を先取りするんだそうですよ。話している人に失礼ですね、それ。でも言われてみると確かにそうでした。これには反省。ところで、「はい!こちら日本語学校」、何人かの方が買ってくださっているようで嬉しい限りです。今日は、養成の修了生が買ってくれて、それにサインをと言われました。彼女の名前の漢字を確認して、おもむろに「贈」という文字を書いて、はっ!!「贈呈」と書こうとしたのですが、これ、贈呈じゃない、彼女がお金出して買ったものだ!と気づいたけれど後の祭り。すでに書いてしまった「贈」という文字。さんざん考えて、「贈ります、インターカルトのパワーを・・・」なんて、わけのわからないことを書いてしまいました。日々是反省。何であれ、修了おめでとうございました。皆さんにエールを「贈」ります。ファイトーーーッ!!しっかりね。
 
・9月18日(日)・・・・・
 実はこの週末、セミナーやらコンサートやら、いろいろ申し込んであるものがあったのですが、ちょっと私、限界の体(「からだ」ではなく「てい」。まぁ、要は「からだ」がですが)。皆々様、すみませんでした。月は、本当に美しく、そしてまん丸でした。
 
・9月17日(土)・・・・・
 台湾に住む卒業生からメールがきました。「明日は中秋節ですよ。今日と明日の月が満月でとても綺麗だそうです。私達は、いる場所が違うけど、見ている月が同じよ。「月圓人圓満」中秋節快楽-p(^o^)q 余より」。そう、卒業生も在校生も、みんなみんな、世界中の人が同じ月を見ているんですよね。不思議。そして、「月圓人圓満」の意味、「月が丸いと人も円満、というような意味ですか?」と返信したら、「その通りです」という答え。数年前、高円寺校の発表会で「タイタニック」の劇をしたクラスでヒロイン・ローズを演じた満月のように丸くて円満そうな彼(!)の顔を思い出しながら、明日の月を楽しみに寝ます。
 
・9月15日(木)・・・・・
 旧敬老の日。 老とは何歳からなんでしょう。何であれ、老境につま先突っ込んでいるのは確か。物忘れが激しい、手元の小さな文字が見えない、白髪、・・・根拠はたくさんあります。敬われるほどには老いていませんけれど。でも何でも、酷使してるかなとは思っています。私の体にごめんなさい。大事に使わなければ長持ちしませんよね。

 
・9月14日(水)・・・・・
 どんなに文法が正確で語彙や表現をたくさん知っていても、発音が悪いと「外国人」だとすぐにわかってしまいますね。“上級”というのは、それら全てが揃って初めて“上級”なのでしょうね。じゃあ、中級は。今日、某所に電話をした時のこと。「インターカルト日本語学校の加藤ですが」「お世話になっております」「すみませんが、○○さん、いらっしゃいますか」「○○は夕方まで外出しております」「え?そちらにいらっしゃらないんですか」「少々お待ちください」・・・・・・「やはり夕方まで帰らないそうです」「え?でも、10分後にそちらでお目にかかることになっているんですが。ちょっと遅れそうなので電話をしたんですけれど」「なるほど」。。。。。電話に出た方、流暢な日本語でしたが日本の方でないのは、私、この仕事をしているのですぐにわかりました。ついでに国籍も。で、この会話ですが、ここで「なるほど」って変じゃありませんか。私の中では、変だけではなく、この「なるほど」にカチンときてしまいました。納得している場合じゃない。そこにいないはずがないのです。遅刻決定でイライラしていたのかもしれません。「ああ、もういいです。とにかく行きますから」。ガチャン。決して悪気はない、日本語が充分ではないだけの彼女には悪いことをしたと思いましたが、適切な場で適切に使わないと嫌悪感を持たれるということは、あり得ることだと思いました。学生が不利益を被らないようにきちんと日本語を身につけさせなければなりませんね。・・・それで、○○さんですが、彼の所に集まるべき私たちに違う情報が届いていて、だからつまり、電話に出た彼女のところには本当に「夕方まで戻ってこない」状況でした。ああ、疲れた。午後から東京地区維持会員校の会、東京入管の統括に来ていただいて10月生の在留資格認定の結果についてお話を伺いました。

 
・9月12日(月)・・・・・
 夜の8時過ぎに成田に着いて、9時過ぎの調布行きリムジンバスに乗りました。外は真っ暗。空港を出てからしばらくは、前を行く車と道路のオレンジ色のランプしか見えないので、内緒で連れて来られたら、ここがどこの国かわからないでしょう。衆院選の結果は、昨日の晩、香港勤務のN先生の携帯にかかってきた日本にいるお父様からの電話で知りました。郵政民営化に賛成か反対かもいいですけれど、皆さん、日本の国をどうするつもりでしょう。“日本”を本当に考えてくれているのでしょうかね、勝った人も負けた人も。選挙が終わったら、はい、それでおしまいではなく、公約をちゃんと守ってよね、と言いたいけれど、そうか、郵便局のことしか言ってなかったんだ・・・。とてもとても微力だけれど、“日本”の宣伝隊と自負している私たちにとって、日本のこれからは本当に心配です。疲れて帰ってきたら、この暗闇。三日前、同じくらいの時間に到着した香港は、きらきら輝く夜景が自己を主張していて、ああ、香港に来たんだといやでも思わせられました。香港のディズニーランドは今日開園。日本の方がずっと大きくていいよ、という声をたくさん聞いたので大丈夫だろうとは思いつつも、いつか気がついたら誰も日本には見向きもしなくなっていた、なんてことがないとも限らないと思うのですよね。
 写真は、日本語教育の歴史に名を残すS日本語学校のMr.&Mrs.Ezoe先生。Mr.先生は82歳のお誕生日を、一昨日香港で迎えられました。きらきら輝くお二人の間で、私、くすんでいませんよねぇ・・・。ツーショットならぬ、このスリーショット(!)は、今回の香港の収穫です。(すみません、掲載させていただきました)。

 
・9月11日(日)・・・・・
 信濃町校のスピーチ大会で最優秀賞をとったデンマークのH君は、スピーチの中で「ワタシはオタクなんですけどー」と言っていました。少し前にも書きましたが、“otaku”は今や国際語だそうです。さて、ここ香港での説明会の模擬授業で、H先生が私たちのテキスト『サバイバルジャパニーズ』のフレーズ、「お宅はどちらですか」をしたのですが、今、これは本来の意味とは別の意味にとられかねない、と卒業生が言っていました。おたくはどこ?オタクは世界中に・・・。
 写真は、当校説明会のフルキャストです。ブース担当の卒業生4名と模擬授業担当の香港で働くインターカルトの先生たち3名。お疲れ様でした!多謝多謝。
 
・9月10日(土)・・・・・
 外国でヘンな日本語を見つけては苦笑しているニホン人、たくさんいますよね。この間は、成田で胸のところに縦に大きく筆文字で「あんこ玉」と書かれたTシャツを着た西洋の若者を見ました。数年前、某国でした同窓会の会場に行ったら、「イソターカルト日本語学校」と「ン」が「ソ」になった垂れ幕がかかっていて、思わず体が硬直しました。日本語学校なのにそれはないんじゃないかと、そばに行ってよく見てみたら布にビニールテープが貼ってある文字だったので、勝手に剥がして二本の線の向きを変えて「ソ」を「ン」に貼り直し事なきを得ました。今回の香港出張は先週の韓国から三日おいただけのバタバタで、持ってきたヘアーリンスがほとんど空でした。それでこちらで買ったのですが、その携帯用の小さなリンスの名前は、日本語で「ダメージを補修し」。補修し?それで?しかしそれだけ。底をついていなかった持参のシャンプーで洗髪の後、「ダメージを補修し」をつけました。そうしたらなんと泡が。ん?これ、シャンプー。シャンプーで二度洗い、しかもリンスなしの髪はぎしぎしでした。ああ苦笑。
 写真は来月インターカルトに入学する学生と、そのご両親、叔母さん、他。私とほとんど年の変わらないこの叔母さんは、昔あった原宿校で教えた元学生です。教師になりたてのあの頃、彼女たち香港グループとはカラオケやらお花見やら本当によく一緒に遊びました。入学してくる甥の彼が持っていた入学許可証の生年月日を見たら1988年。私たちが遊んでいた、ちょうどその年でした。二人で愕然。
 
・9月8日(木)・・・・・
 いつかインターカルトを退いても、命のある限り、這ってでも聞きに来ようと思いました。インターカルトのスピーチ大会。・・・これ以上、何が書けましょうや。今日、高円寺校。明日の信濃町校のでも、おそらくまたうるうるして、そのまま三味線片手に来週の月曜日まで巡業してきます。香港です。



【台湾での留学説明会】              【タイでの留学フェア】
 
 
・9月7日(水)・・・・・
 衆議院議員選挙、いよいよ今度の日曜日です。その結果が、生活にはもちろん仕事にも大きく影響するのは確実です。明後日からまた出張なので、不在者投票をしようと思いながら今日になってしまいました。考えてみたら、明日は高円寺校のスピーチ大会で朝9時に会場に集合、明後日も同じ時間に信濃町校のスピーチ大会、そしてそれが終わったら、そのまま空港に向かう予定なので、投票に行けるのは明日の午後しかないということにさっき気づきました。来ていた投票所入場整理券によると、不在者投票の受付は午後7時まで。明日、さっさと仕事を終えて投票に行くということを忘れないように。(・・・と、この場をメモ代わりに使わないこと。はい。)
 件のALL JAPAN問題について、今日は「日本は地球市民的な発想が非常に弱いのではないか」というご意見をいただきました。そうですね、地球における日本、ALL JAPANを名乗るのだったら、はやり真のALL JAPANでなければ太刀打ちできないですよね、他の国に。
 ところで明日と明後日のスピーチ大会。これ、元気の素になりますよ。お時間のある方、よかったら覗きに来てください。入場無料、“感動”のお土産付きです。午前10時開会、会場はこちら。
 
・9月6日(火)・・・・・
 今頃こんなことを言ったら笑われてしまうのかもしれませんが、“韓流ブーム”は韓国が国を挙げて推し進めている事業なんだそうですね。それに乗ることに抵抗がないわけではないのですが、ILCが今度は韓国文化講座を開くことになりました。先月、韓国語を習い始めた叔母がいると書きましたが、この叔母にこの講座のリーフレットを送ったところ、土曜日はフラダンスを習っているので残念だけど・・・との返事。その他にバドミントン、大正琴も習い、園芸教室にも通っているので大忙しらしいです。日本人の狙い目はOLと団塊の世代と思っていましたが、このあたりの元気なご婦人連も入り込む隙間があれば・・・。お時間がある方はぜひどうぞ。
  話を戻して、「国を挙げて」について。2日のこの欄に、留学フェアでの「ALL JAPAN」は大学と専門学校と日本語学校だと書きましたが、それについて、海外で日本語教師経験のある方からメールをいただきました。彼女によると、海外の日本語業界で「ALL JAPAN」と言った場合、それは「大使館(在外公館)」「国際交流基金」「JICA」を指すのだそうです。これまた何とも・・・ですね。前者の学校グループも後者の公的機関グループも、政府も企業も介護もITもアニメもタレントも、とにかく日本全体でこれからを考えなければ、日本は置いてきぼりになってしまいます(これからとは外国人の受け入れ)。・・・というような話を、今日の午後、たまたま顔を合わせることになった方たちとしました。
  昨日の韓国の空港に、l’arc~en~ciel(ラルクアンシエル・・・知ってます?日本のグループですよ!)がいて、韓国ギャルたちがキャーキャー言っていたらしいのですが、来年の留学フェアにl’arc~en~cielを呼んじゃうなんていう企画、まず、どうでしょう?

 
・9月5日(月)・・・・・
 同行の韓国人スタッフAさんは、韓国の秋のにおいを胸いっぱいに吸っていました。飛行機の中でもらった新聞で昨日の中野や杉並での腰までつかるほどの浸水の写真を見て、高円寺校の地下の教室はどんなことに!と心配し(ながら居眠りし)ていたのですが、「大丈夫でした」とのこと。よくわからないけれど、よかった。着いた羽田空港はカレーのにおい。ということで、帰ってきました。
 
・9月4日(日)・・・・・
 今日のソウルの来場者数は公式発表2783人で、それはそれは大変なにぎわいでした。ちなみに一昨日の釜山は1232人、これも平日開催にしてはいい数字だったのではないかと思います。インターカルトのブースにもたくさんの人がきてくれました。みんな、お疲れ様。生きたタコをモヤシと一緒に鉄板の上で焼く料理のお店でした反省会で出たことを次回に必ず生かしましょう!台湾とタイはどうだったかなぁと思いながら、韓国はこれにて終了。明日、金浦空港から羽田に帰ります。

 
・9月3日(土)・・・・・
 前にも書きましたが、今週末は留学説明会のラッシュ、今日、私たちK+A+Aの三名は韓国ですが、Lは台湾、M+Sはタイです。韓国組の私たちは、フェアの合間の今日、ロッテホテルで学校説明会を開きました。私の冒頭の挨拶はいつも韓国語なのですが、いつも同じフレーズで進歩がありません。いつから進歩がないかというと1990年、この年に初めて韓国と台湾で父母会というのをして、私は韓国の会に総合課程(当時の早稲田校)の若手代表として参加したのですが、課程の紹介をするように言われ、どうせやるならと養成で半年習っただけの韓国語で全ての説明をしました(日本語の原稿を韓国語に訳したものをテープに吹き込んでもらい、それを暗記・・・)。ちゃんと伝わったのかどうかはわかりませんが、心優しい在校生のお父さんお母さんたちはたくさんの拍手をくださいました。そして、今日の学校紹介は私のパワーポイント処女作でしたのですが、画面は韓国語の翻訳版でも説明は日本語を韓国語に通訳してもらいながらだったので時間が2倍かかり本当にもったいなかった。そうだ、自分で韓国語ですればよかったんだと、しながら思いました。が、何であれ、土曜日の今日わざわざ集まってくれた学生たちは真剣そのもので、たくさん質問してくれました。みんな、・・・来てね。待ってます。本当に来てね。

 
・9月2日(金)・・・・・
 2005年日本留学フェア【韓国】、釜山のロッテホテルにて。日振協の理事・評議員本人の参加が私以外になかったため、韓国側との昼食会に評議員として出席しました。あちらとこちらの偉いオジサマ方に混じっての紅一点、女性が大半を占める業界なのに、こういう場はやはりこうなんですね。今回もフェアはオール・ジャパン(ALL JAPAN)。大学と専門学校と日本語学校が揃って行うという意味なのですが、この昼食会でどなたかがされたスピーチによると、台湾であったイギリスの留学フェアにはブレア首相もわざわざやってきて、国を挙げて外国人学生受け入れのためのアピールをしたそうです。日本のオール・ジャパン、ちょっと違うかも。外国人学生の直接の受け入れ先は確かに日本語学校、専門学校、大学でしょうが、日本にやってくる学生たちが目指す先はもっと先に、もっと別にあるのですよ。大学も含め私たちはその通過点だということを認識しなければ。そういう中で、東専各(東京都専修学校各種学校協会)がJETROを協賛に引き入れていたのはすばらしい。第一歩だと思いました。次のフェアはもっと皆で、もっと工夫して、もっと楽しく。そのためには私たち、アピールの仕方を勉強する必要があると思います。でもやっぱり、その前にアピールする「日本の魅力」って何ってことになってしまうのでしょうかねぇ。いや、それでもやっぱり絶対・・・。と思いながら、フェア終了後、韓国の新・新幹線KTXに乗り込みました。夕飯はロッテリアのプルコギバーガー。夜11時過ぎ、一座はソウルステーションに到着しました。

 
・9月1日(木)・・・・・
 インドネシアにはパチパチタバコと呼ばれるタバコがあって、空港に着くとそのにおいがどよんと重い熱気に混じって香ってきます。その原料の丁子(ちょうじ)が燃える時にパチパチと音をたて、独特のにおいを放つのです。私にとってのインドネシアの“におい”はこのパチパチタバコです。甘ったるい化粧品のにおいの国もあれば、独特の油のにおい、太陽や土のにおいがする国もあります。でも、それらのにおいは外から来る人だからわかるにおいで、その国の人、そこにいる人はそれに気づかないんだそうですね。言うまでもなくここはキムチのにおいでオソオセヨ(いらっしゃいませ)!。事務所の人たちと打合せをして夕飯を食べて、私の口はもうこの国のにおい。もはや私の鼻はこのにおいを感じなくなっています。明日の留学フェアのブースで、至近距離でお話をするお客さんたちも皆、同じにおいだからケンチャナヨ(大丈夫)ですよね。学生によると、日本のにおい、つまり成田で感じるのはお醤油のにおいだそうです。へぇ!じゃありませんか。以上、釜山から。

 

2005-08-01 00:00:00

2005年8月

Theme: HP版-blog以前-
・8月31日(水)・・・・・
 27日に書いた、’95年に三星生命の日本研修でインターカルトに来ていたキム×××さんが、出張の合間を縫って高円寺校まで来てくださいました。10年ぶりの再会、「若くなった」と言われましたが、そうではなく、当時、自分より10も20も年上の韓国企業の部長さんや理事の方を相手に授業をしマネージャーを名乗っていた私は、何とかして老けて見せようと髪をおだんごにしていつもスーツを着ていました。当時研修を担当していた旧ILCのメンバー、Yamaguchi先生、Makiさんと記念写真を撮りました。信濃町校のNumata先生とは電話で話してもらいました。Numata先生は当時、韓国・釜山の三星人力開発院海雲台研修所の主任教師、キムさんにとっては韓国時代の恩師にあたります。韓国企業一色で輝きに輝いていたあの時代のキムさんの登場は、明日からの韓国出張に希望を持たせてくれたような気がしています。今日は8月最終日、夏終了ではありますが、釜山とソウルの留学フェアでの私たちのブースのイメージは“日本の祭”、赤いハッピを着て学校の紹介をします。えーと余談ですが、あの頃着ていた白や紫や緑やオレンジ色のスーツ、10キロ以上肉を増やした今のこの身は収まりましぇん。しかし、いつか再び着てやるぞと未練たらしくタンスに吊るしてあります。いろんな意味であの頃よ、再び!・・・ではでは、行ってきます。

 
・8月30日(火)・・・・・
 今朝、電車で私の隣に座っていたおじさん、一生懸命鼻の穴の掃除をしてました。こういうの許せない!と思いながら視界に入らないように横を向いていたら、おじさんの携帯が鳴り始めました。慌てて出て、「今、電車に乗ってるから5分後に電話する」と言って電話を切る時にちらっと横目で見たら、待受画面がなんと“アンパンマン”。鼻の穴の掃除の件、許そうと思いました。おじさんは私と同じ信濃町駅で下車。実は今日は健康診断の予定だったのですが、すっかりそれを忘れていて、昨日の晩遅くに食事をしてしまったため、今朝「発熱」と偽ってキャンセルしました。すみません。
 
・8月29日(月)・・・・・
 夜になると、虫の音が聞こえてくる季節になりました。今度の週末は次の学生募集のための留学フェアのラッシュで、台湾、韓国、タイに向けてそれぞれ担当者たちが飛んで行きます。写真は、今年の3月に香港の空港で撮ったものです。右、私の松葉杖を持ってくれているのが佐々木先生、左が私、よく見えないかもしませんが車椅子に座っています。2005年の新春大アクシデントの足首骨折、松葉杖で行き、帰りは疲れ果てて香港→成田→東京駅→新宿駅と、見事なまでの車椅子リレーのお世話になりました。この秋の私は、韓国と、その後香港へ、自分の足で行く予定です。
 
・8月28日(日)・・・・・
 13年前に信濃町校の学生だったD君と今高円寺校の学生のAさんとYさん(三人ともインドネシア出身)と新宿駅前を歩いていたら、信濃町校で行われていた短期遊学コースを一昨日修了したばかりのN君(サウジアラビア出身)とスタッフのAさんに偶然ばったり会い、6人でインドネシアレストランに行きました。サウジアラビアのN君のおばあさんはインドネシア人で、インドネシアのD君が日本で就職して最初に出張した先がサウジアラビアだったということがそこで判明しました。D君が約束の時間に10分遅れて来たために新宿駅前で両者遭遇、唐突に訪れた楽しいひと時でした。意外にも片言のインドネシア語が話せたN君は、火曜日にサウジアラビアに帰ります。
 
・8月27日(土)・・・・・
 今日の高円寺は阿波踊り大会で、それはそれはの大賑わいでした。高円寺校の入口には、今年から杉並警察が露天出店禁止の柵を置きロープを張っていったにもかかわらず、腰を下ろすのにちょうどいい段差に電線に止まるスズメのようにたくさんの人が座って飲み食いしていました。ま、いいですね、お祭りですから。また、ここ数年マイクロソフト社の連に着替え室として教室を貸しているため、午後から夜まで阿波踊りの格好の人たちが校内を行き来していました。私は9時ごろまでいて帰宅しましたが、今日の出番を終えて戻ってきた皆さんが着替えを終えて完全退去する11時ごろまで、局長のYさんは仕事をしながら待機。お疲れ様です。さて、私が学校で何をしていたかというと、来週ソウルでする学校説明会のための資料作りをパワーポイントで。実を言うとこのパワーポイント、いつかやらなくちゃと思いながら延ばし延ばしにし今日初めて手がけたのですが、何てことはないものでした。なぁんだ・・・って感じ。しかし、こうして資料を作るっていうのは本当にいいこと。たとえば今日であれば、インターカルトの特徴はとか、ウリはとか、改めて考える機会になるので。韓国といえば、かつての企業研修。過去の栄光かな?と思いつつもこれも最後のページに「実績」として入れて家に帰ってきたら、「加藤先生、’95年に三星生命から研修に行ったキム×××と申します。覚えられますか(!)」」と留守電が入っていました。何年ぶりの電話でしょう。明日、出張で来日とのこと。過去でなくてよかった。まだまだ現在進行形でした。
 
・8月26日(金)・・・・・
 8月の短期遊学コースが終わりました。今日は修了のスピーチと式が学校で、パーティーが東京湾上の船の上で行われました。今年のこの時にこのコースに参加しなければ出会うことのなかった国の異なる人たち。これから全員が一堂に会することはもう二度とないでしょう。一人一人のスピーチに皆でいちいち反応して大笑いしている様子、そして、クラスメートがスピーチをする顔の一つ一つを、目にいっぱい涙をためてビデオで撮り続けている女の子の姿、などなどを見ながら、私たちはとてもいい仕事をしているような気持ちになりました。何回もやっているこのコースなのに、今日は特にそんな風に思いました。学生たちにも運営スタッフたちにも先生たちにも、皆に、ありがとう!です。
 夜は、年2回の恒例行事、インドネシアから一時帰国中のジャカルタ・コミュニケーションクラブのKさんとの飲み会。「加藤早苗が元気になって戻ってきた」と言われました。去年会ったのは、入院中の病院にお見舞いに来てくれた8月と、退院後に元気もやる気も生気も失せた状態だった年末でした。元に戻れてよかったですが、元気の度を超さないように気をつけます。

 
・8月25日(木)・・・・・
 高円寺校に2本、信濃町校に2本、大きい傘が置きっぱなしなので、今朝は小ぶりの折りたたみ傘で出勤しました。台風11号が関東地方に接近しています。夜になってから、東京地方全域に大雨洪水警報が出ました。横浜地方気象台は“記録的短時間大雨情報”という初めて聞く情報を出したとテレビで言っています。関東地方のかなりの電車が運休、船はもちろん空の便も欠航らしいです。どんなに高度な科学技術を有していても、結局自然には勝てないんですね。自然は怖い。自然は偉大。台風のない、というか、雨のほとんど降らない国から夏の遊学コースに参加している学生たちは、台風にエキサイトしているそうです。まさか今頃、雨に打たれながら水溜りでスキップしてるなんてことはないでしょうねえ・・・。

 
・8月24日(水)・・・・・
 今朝は、昨日の文章の最後に書いた「はひふへほーっ」を考えながら学校に向かいました。「はー」も「ひー」も「ふー」も「へー」も「ほー」も皆、なんとなく疲れた感じのする音ですよね。じゃあ、あ行はどうか。あ!いい!うー!え~!おお! なんとなく驚きのイメージ。かー(怒り)、きー(妬み)、くー(悔しい)、けっ(侮り)、こ(罵倒:こ、このやろ~!)。か行は憤りか。さーしーすーせーそー、さ行は静かな印象。たんたん、ちんちん、つんつん、てんてん、とんとん、た行は活動的。なにを!にん(忍)、ぬぬっ・・・にじみ出る怒りのな行。は行は上述お疲れモード。まあまあ、みんみん、むーむー、めえめえ、もおもお、鳴き声? やーゆーよーは甘えてるか。らんらん、りんりん、るんるん、れろれろ、軽いノリですねえ、ら行。これらは音の“顔”。一つの行から丸ごと似たような感じを受けるのは、音声学でやった摩擦音とか破擦音とか両唇音とか軟口蓋音とか、そういうことに起因するところ大なのでしょうね。
  朝っぱらから、こんなことを考えながら電車に揺られ、ボールペンを取り出して紙切れにメモしていました。日本語教師になりたての頃、「お」に突然興味が湧き、「お冷や」と「冷や」、「おにぎり」と「にぎり」のように「お」があるのとないのとで意味が変わってしまう言葉を国語辞典で片っ端から調べて、がががーっと一人でまとめてみるというようなことをよくしていました。要は言葉のオタクなのか。日本語教師養成コースで毎週漢字の小テストをしているT先生と、最近の学生たちはあまりにも漢字や言葉を知らない、知らないのに勉強しようとしない(人が多い)と嘆いていたのですが、日本語への興味からこの世界に入った私達と、国際交流や多文化共生が目的である(場合が多い)彼らとは自ずとその辺が違うのではないか―というのが私たちの見解です。でもね、日本語教師を名乗る以上、漢字くらいは知らなくては。この続き、まだ書きたいことはありますが、それは後に譲ることにします。
 以上、今日も長々と書いてしまいました。今日は代々木のオリンピック記念青少年総合センターでの「平成17年度新設校設置代表者等研修会」に先輩校として出席しました。初心に返るいい機会、一緒にいい教育環境を作っていければと思いました。しかししかし、はひふへほ。

 
・8月23日(火)・・・・・
 昨日のインターカルトH氏のコラム『あっちこっち』によれば、「・・・横にいたK代表(筆者注:私のことですね)が目ざとく見つけ、すぐに自分用にコピー」した一昨年の月刊『日本語学』の特集。「日本語の輸出」というテーマで書かれた文献の一つ「英語圏における日本の漫画・アニメ用語集の構造と基本用語の特徴」(伊藤雅光)によると、日本のアニメが欧米諸国に輸出され始めたのは1960年代で、『鉄腕アトム』や『エイトマン』『マッハGoGoGo』などがその初めだそうです。まさに私の幼年時代の作品です。今、欧米にはたくさんのアニメオタクがいて、彼らはOtakuと呼ばれ、そう呼ばれることに誇りを持っているとあります。ほほーぉ。「現在、新しい漫画やアニメが大量に翻訳されたり、吹き替えされたりしているが、それらはあくまでも一般向けか初級オタク向けで、中級オタク達はそれらには飽き足りなくなり、オリジナルな漫画・アニメを見てオリジナルな楽しみ方を追求する」のだそうですよ。そこに日本語が登場するのですよね。ふぅーん。ついこの間、私の叔母が韓国語を勉強し始めたと聞いたのですが、「ヨン様が話す韓国語を理解したい」というのがその理由で、そうか、韓国ドラマも中級に達すると吹き替え版は見たくないのだと思いました。似てますね。要はオバサマ達もオタクだったのですね。私自身は初級以前の韓国ドラマに全く興味のない人間なのですが、今日の午後はこういった「サブカルチャー」について、午前中はヨン様の国での「学生募集」について、そして昨日の夜は「大学と日本語学校の連携」について、他の養成講座やら日本語学校やら大学の皆さんとの話し合いの場に出ました。
  ・・・説明が遅くなりましたが、写真は今日の午前中の話し合いがもたれた新宿某高層ビル20階の、言葉では言い尽くせないほど景色の良いトイレの個室に置いてあったトイレットペーパーです。このリボン代、セロテープ代、リボンをつける労働力を、もっと社会に役立つ何かに使ったらいいのにと思ったので携帯のカメラに収めました。まぁ何であれ、インターカルトの仕事じゃない部分、「飛んで火に入る加藤さん」を実感する毎日なのです。はひふへほーっ。

 
・8月22日(月)・・・・・
 「朝回日日典春衣 毎到江頭尽酔帰 酒債尋常行処有 人生七十古来稀」(杜甫「曲江詩」)。七十歳を表す古稀の由来は、この「人生七十古来稀なり」だそうです。私事で恐縮ですが、我が母が本日七十と相成りました。時に、私と姉妹かと見間違われます。今の七十は決して稀ではなく、そこいら中に七十を超えた人々がいると承知しつつも、きっと非常に不本意な気持ちで今日を迎えていると思います。

 
・8月20日(土)・・・・・
 本が発売されました。出版社の新刊紹介のページはこちら、試し読みもできます。全国の一般の本屋さんに置かれるはずなのですが、平積みされるはずは絶対になく、書架にも置いてもらえない本屋さんの方が絶対に多いと思うので、ご希望の方はインターネットでお買い求めください。こちらでも、こちらでも、こちらでも買えます。宅配便は家にいないから無理という方はセブン-イレブンで受け取ることもできます。それはこちらです。
 ところで、8月15日の写真はどこ?という問い合わせが数件ありました。インドネシアのバリ島です。私が着いた日にこの椰子の木の、何て言うんでしょう、これ、パラソル状の家のようなのを作り始め、帰る日に完成しました。とても丁寧な職人さんたちのお仕事でした。

 
・8月18日(木)・・・・・
 8月の短期遊学コースには、サウジアラビアから二人の大学生が参加しています。この短期遊学コース、思い起こせば10年以上前、台湾の三信高校という学校からの生徒たちを一ヶ月間まとめて受け入れたことから始まりました。それからしばらくの間は台湾人のための夏季コースとして開講していましたが、ここ数年、他の国々からも学生たちが参加しています。サウジアラビアからは今年が初めてですが、クラスではムードメーカー、活発に発言してくれてとてもいいカンジだそうです。よかったよかった。ずっとずっと彼らに話しかけたいと思っていた台湾の子が、意を決して拙い日本語で声をかけたそうです。「サウジアラビアにデパートがありますか」。陽気なサウジボーイも、さすがにこれにはガクッときたように見えたそうですが、でもでも、こういう“お互いを知る”ということが、すべての第一歩なんだろうなぁと思いました。午前中の授業を終えた後の今日のアクティビティーは「藍染体験」、皆でそろって出かけて行きました。

 
・8月17日(水)・・・・・
・・・。
 ↑
ある人のある日のブログに、こうありました。これは何を意味しているのか、何が言いたいのか、何かあったのか。多くを語らないことでいろいろ考えさせ、かえって多くを語ったことになっているのかもと思いました。今日は私も「・・・。」だけ書いて何か考えてもらおうと思ったのですが、結局ぐだぐだ書いています。さて、私が今考えていること、皆に考えてほしいことは何でしょう?
 
・8月15日(月)・・・・・
 青とか藍とか群青色とか水色とか空色とかブルーとか、“青”の呼び方はいろいろあるけれど、名前を知らない、いや、おそらく時間や場所によって違って見える名前のない青が数限りなくあるんだろうなと思いました。そして、そういうことに気づける自分に気づくことに休みをとる意味はあるんだろうなぁ・・・なんて言っている間に、はい、夏休みは終わりです。今何時かということが全然重要ではない時間は、ほんとに時々必要。
 
・8月8日(月)・・・・・
 土日の教育学会フォーラムに続き、今日と明日は日振協の教員研究協議会のため代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターへ。へとへとの体に鞭打って出かけて行ったのですが、行けば行っただけのことはありますね。『日本語学的な文法に縛られない日本語教育の可能性』という、大阪府立大の野田先生による特別公演は特に刺激になりました。最近そういうことを考えていたので。何も変えなくてもどうにかなってしまうのがこの世の現実なのかもしれないけれど、そこから一歩出るか出ないかは、個人としても組織としても大きな分かれ道なんじゃないかとTさんと話しながら会場から帰ってきました。ふーっ。明日が終わったら、ようやく私の夏休みが始まります。

 
・8月7日(日)・・・・・
 実践研究フォーラム二日目終了。とても疲れましたが、それ以上に充実した気持ちです。今回はラウンドテーブルをコーディネートする立場の末席に名を連ねたのですが、半年以上前からの準備開始から今日までの間、幾たびも、自分自身を“振り返り”、そして何かに“気づく”ということを経験しました。私が担当したラウンドテーブルは『教師の自己研鑽と研修』だったのですが、「なぜ自己研鑽するのか」「変えたい、変わりたい、成長したいから?」「では成長とは何か」「そのために何をすればいいのか」「それをどう自分の実践現場に結びつけるのか」「一方、成長したくない人はいるのかいないのか」「組織としては何を」・・・。そこに参加した人たち、発題者を務めてくれた人たちと、本当に多くのことを考え、そしておもしろいことに、その過程で自分が変わっていく(もしかしたら成長していく)のを実感できた二日間でした。共にコーディネーターを務め、相棒の私を引っ張ってくださった東海大学の舘岡洋子先生からは、ファシリテートの手法を学びました。なるほど、教師は教える人ではなくファシリテーターなのだということにも気づきました。日本語教育なので、カタカナ語ではなく日本語でと思いますが、ファシリテーターとは「促進者」、「参加者自身の気づきを促す人」だそうです。こういう思いを、今これを読んでくださっている皆さんともいつか共有できたらいいなと思って今日が終わりました。

 
・8月6日(土)・・・・・
 中国地方にある大学の、とてもいいポスター発表をされていた方に声をかけたら、「本物に会えて嬉しい」と言われました。今日が初対面だったのですが、HP上の私をずっと前から知っていらしたそうです。そのきっかけはカイの山本さんで、山本さんのページに頻繁に「インターカルトの加藤さん」が出てきて、それで・・・とのこと。何だかとても不思議な気持ちでした。実践研究フォーラム、第一日目終了しました。

 
・8月5日(金)・・・・・
 日本語教育学会の実践研究フォーラム、いよいよです。今日は、午後から会場の早稲田大学に行き、ラウンドテーブルで話題提供をする人たちとの打合せでした。私の脳みそのうちの「教育」を考える部分のエンジンをかけました。明日、明後日の本番で、フル回転してくれるといいんですが。さて、こちらはインターカルトの一泊旅行。私の脳みその「お楽しみ」を満たしてくれた思い出の写真が掲載されています。ま、人生メリハリがあっていいですよね。・・・そうそう、日本語教員養成研究所の公開講座の予告も掲載されました。こちらです。おっと、夏季短期遊学コース7月版の報告も出てました。それはこちら。

 
・8月4日(木)・・・・・
  「無重力に慣れると、自分が星になって地球を回っているような感覚になります」と、今、宇宙にいる野口さんが言っていました。スペースシャトル「ディスカバリー」の野口聡一さんです。次に生まれてきた時は宇宙飛行士にとずっと思っています。今の人生では、体力の問題、頭脳の問題、語学力の問題、すべて該当。虫歯と手術の跡があるのもダメだそうです。切って縫い付けた傷は無重力の中で張り裂けて、ぱっくり口を開けてしまうと聞きました。インターカルトに採用された年にした盲腸に続く二度目の手術は去年の明日。ちょうど一年たちました。過ぎてみれば早いものですね。ディスカバリー同様、時速2万8000キロくらいのスピードで毎日が過ぎ去っているような感じです。

 
・8月3日(水)・・・・・
 今朝一番で届いたメールは、「貴方も予約待ちのカリスマ出張ホストを目指して見ませんか!」「人生経験豊富な熟年出張ホストから元気な若手出張ホストまで様々な年齢層の方、お試し登録をして見ませんか!」(ううん、見ませんかの「見」が気になる・・・)。18歳未満は利用禁止という注意書きがついていましたが、送っている人、私を男だと思っていますね、そして現職のホストだと・・・。その後しばらくこのメールのことは忘れていたのですが、午後4時過ぎ、「あなたは、以下のメーリングリストに参加登録されました。このMLへの参加はすでに完了しています」というメールが。何ですって!すでに完了したって、誰が何のMLに登録するって言ったのよ!と、半ば憤慨、半ば不安な気持ちでメールをよく読んでいったら、その下に「MLの名称:東京地区違法活動防止委員会」とありました。そっか、私は東京地区違法活動防止委員になったのでした。これは日本語学校の学生のための日振協の委員会ですが、今朝きたような「どうしようもないメール送信防止委員会」、誰か作っていただけません?年端のいかない子供に届いたら、とか、就職活動に疲れ果ててる男の子に届いたら、とか、暇を持て余しているマダムに届いたら、とか、朝からいろいろ考えてしまいました。
 
・8月2日(火)・・・・・
 なぜか猫の写真です。先月の27日に写真付きで載せたブラジルはベレンのNebashiさん、実は自分の姿ではなく、こっちが掲載希望だったようなのです。「あの写真ですか・・・」というタイトルのメールが届きました。日本からブラジルまで飛行機で行ったら24時間以上かかるのに、メールなら写真転送もその採用に関するブーイングもキーをポンと叩くだけ。ほんとに不思議、インターネット。どういう仕組みになっているんでしょうね。で、この猫、名前はグリだそうです。
 
・8月1日(月)・・・・・
 新宿を基点に東、東、西、西と飛び回って、今日が終わりました。先週までと同じように慌しい一日だったのですが、何となく気が楽なのは、今日から学生たちが夏休みで教職員も半分は休みを取っているから。自分はまだでも気分はどこか夏休み・・・だからだろうと思います。

 

2005-07-01 00:00:00

2005年7月

Theme: HP版-blog以前-

・7月29日(金)・・・・・
 午前、昼、夜、それぞれに実りある出来事のあった一日でした。朝一番で7月夏季短期遊学コースの修了式とスピーチ。違う国の人たちと仲良しになれてよかったと口々に。思い出は一泊旅行、浴衣で行った東京タワー、先週の土曜日のディズニーシーで遭遇した地震、電車が止まって東京に戻れなくなってしまったこと。お昼、カイ日本語スクールに移動して「Leader's Talk @ KAI」に参加。経済ジャーナリスト森摂さんのお話をカイの学生さんたちと一緒に聞きました。導入部分のお話、日本の人口はこのままいくと、500年後には13万人に、1000年後にはたった37人になってしまうのだそうですよ。私たちは何をどうしたらいいのでしょう。カイのLeader's Talkという発想、根底に流れる思想がさすがすばらしい。夜は、高円寺校に早稲田大学の細川英雄先生をお迎えして全教師対象の研修・ワークショップ。私たちが学生に向かってよく使う「普通の日本人はそう言いませんよ」という台詞、でも「普通の日本人って誰ですか」から会は始まりました。9時過ぎに会が終わっても議論は終わらず。かなりの人が場所を改めてグループディスカッションの続きをした模様。私も焼き鳥屋で。・・・さて、今朝「皆さよなら、元気でね」と7月の短期遊学生たちを送り出したのですが、今晩もう、8月夏季短期遊学コース参加の第一号、サウジアラビアからの学生が二人、成田に無事到着したそうです。午前は授業、午後アクティビティ、毎年のことながら7月、8月と隙間なく続く短期遊学コースです。。

 
・7月28日(木)・・・・・
 日本語教員養成研究所2005年4月期生の初級実習((相談→練習→相談→対学生実習)×2回/人)が終わり、今日はサンプルレッスンと担当者3名YGKによる総括でした。3ヵ月にわたってモデル学生を務めてくれていた学生たちに対しての山田先生の授業、18年前に初めて見たあの日の衝撃を思い出しました。初級で思い通りにできなかった皆さん、中上級実習で敗者復活を。写真の女子高生姿の娘たちは、一泊旅行に参加して宴会でモー娘を演じた4月期生4名と養成スタッフ2名。黒シャツと浴衣にピンクの羽織はTNK、実習担当の我らです。これ、今日メールで送られてきました。旅行に参加して、今まで話したことのなかった学生たちと話すことができてとても嬉しかった。学校にいてはなかなか聞くことができない違う国の学生同士の片言の日本語での会話を聞いて、日本語を使ってコミュニケーションできてる!しかも、みんな仲良し!!と思ってとても嬉しくなった。みんな(4人)でインターカルト万歳だね。とか言った。・・・とありました。万歳は4人のおかげでもあります。
 
・7月27日(水)・・・・・
 ブラジルのベレンというところから送られてきた写真です。日本語教員養成研究所実践コース2000年9月修了のNebashiさん、写真のタイトルは「嫌がる猫と私」だそうです。ここにも以前書いたJICAの現場研修で当校にいらした受講生のお一人が経営する日本語学校での勉強会や行事に、このNさんがよく参加しているという話を聞いて世の中狭いと思っていたら、今日行った韓国料理のお店で隣り合わせに座り、酔っ払った勢いでバカを言い合ったお客さんの一団が、このNさんが養成に入る前に勤めていたK書店の同僚及び上司の皆さんで・・・びっくり。続く時は続くのですよね、こういうこと。何はともあれ、Nさん、元気にご活躍で何より。で、今日行った韓国料理のお店をしているのはインターカルトの卒業生、私と一緒に行ったのは今、養成研究所で日本語教師になる勉強をしている学生たちでした。インターカルト漬けの日々。ねぇ、私、インターカルトの臭い、染み付いてません?
 
・7月25日(月)・・・・・
 今朝の高円寺校、ぎりぎりに登校してきた学生たちがエレベーター前まで走って行き貼紙を見てため息。土曜日の地震の影響で点検待ち、停止したままでした。地震当日に、私も自分の家がある10階までえっちらおっちら階段を上りました。ニュースによると、何人もの人がエレベーター内に閉じ込められたり、高層ビルの最上階に取り残されたりしたそうですね。
 夜は、養成担当のY先生、T先生と横浜へ行き、今月初めまでインターカルトで現場研修を受けていたブラジルとペルーで日本語教師をする日系人と日本人の先生たちと会いました。2ヶ月間の日本滞在中に見聞きし体験して感じたことや、現地での日本語教育のことなど、いろいろ聞きました。知らないこと、気づかなかったことの存在に改めて気づいたひと時。そして、国境を意識しない時間。人間関係。ポルトガル語に「どうせ後悔するなら、やらずに後悔するのではなく、やって後悔したほうがいい」という言葉があるそうです。本当に本当に、これ、いつも思って心がけていることです。皆さんは8月5日に帰国されます。どうぞこれからもますますのご活躍を!

 
・7月23日(土)・・・・・
 8回シリーズの韓国語講座、今日が最終回でした。私の出席率50%、就学生だったらビザがもらえません。授業後に、先生とクラスメートたちと石焼ビビンバを食べに行きました。
  その後、午後4時半ごろ、震度5の強い地震がありました。その時、新宿にある地下の喫茶店にいたのですが、その直前まで東京地区の日本語学校で作った地震対策研究会の相談をしていた私たちは、生き埋めになってはたまらないと思わずカバンを抱えて地上に脱出すべく階段に向かいました。店の女主はというと、無銭飲食されちゃたまらないとばかりに「大丈夫よ、大丈夫よ」と私たちに向かって。結局大丈夫でしたけど、それほど大丈夫な状況ではなかったですよね。JRは全面ストップ。私は新宿で足止めを食い、時間つぶしのために行ったさくらやで予定外の買い物をしてしまいました。
 
・7月22日(金)・・・・・
 このコラムが本になります。ちょっとこちらをみてください。
 
・7月21日(木)・・・・・
 人の文句を言いながら、自分自身も要一喝の今日一日。反省。
 さて、入管と日本語学校の関係。「イソップ物語の『北風と太陽』を参考にしてみたら」なんて言ったら、また「何を暢気なことを!」と、世のオジサマ方に目くじら立てられてしまうでしょうか。でもでも、入管の厚いコートを脱がせたかったら、冷たい北風で無理やりではなく、あたたか~い関係を結んで・・・といった方がいいんじゃないかと、やっぱり私は思うのですが。

 
・7月20日(水)・・・・・
  全養協理事会のために、会場校の千駄ヶ谷日本語教育研究所に「出勤」しました。午後は東京地区に新設された研究会のうちの二つ、学生生活支援研究会と日本 語学習支援研究会が日振協の会議室であり、終了後、日振協から「退勤」して、そのまま自宅に帰りました。私の所属はインターカルト日本語学校なんですが。
 
・7月19日(火)・・・・・
  今年も、アメリカはメーン州から小林直人先生がやってきました。今回は2日にわたって養成研究所で「アメリカ日本語教育事情」の授業をしてくださっていま す。アメリカの学会で年に2回は発表しているとのこと、それこそが彼の実績だそうです。偉い。今日、初日の授業後にジョン万次郎で、昔からいる人と最近 入った人と入り混じっておもしろいお話をたくさん聞きました。アメリカに渡って早12年。まさに光陰矢のごとしです。家に帰ったら、日経ビジネス・ダイア リー2006年度版の注文はがきがきていました。1997年から使っているイニシャル入り手帳です。まだ夏なのに、もう来年の手帳の話。来年の話をしても 鬼は笑わない。おっと気づいたらお正月・・・なんてことになるんでしょうね。
 
・7月16日(土)・・・・・
 えー? アスベストが原因で発病する中皮腫、その潜伏期間が40年だと今テレビで言っています。どうしましょう・・・7月11日の項参照。そんな重大なこと、今頃言わないでください。全身疲労で、何が何だかよけいにわかりません。
 
・7月15日(金)・・・・・
 14日(木)富士急ハイランド、石和温泉、15日(金)ワイン工場、昇仙峡、ハーブ庭園、桃狩り。全員、無事に帰ってきました。遅刻してバスに乗り遅れ富士急に電車で追いかけてきた学生。最大落差70m、最高速度130km/hのキング・オブ・コースターFUJIYAMAにいきなり乗せられて放心状態になった学生。本当に皆よく遊びまくりました。そして全員が浴衣に着替えての宴会、今年のカラオケ大会の優勝は高円寺校のT君でした。彼を送ってくれたタイの事務所の担当者Nさんには、あの恥ずかしがり屋のT君が、舞台の上でマツケンサンバを歌って踊ってしまうなんて信じられないことだそうです。芸人は他にもたくさん。日本語学校の学生はもちろん、養成コースの卵先生たち、スタッフあんこ、若いもかつて若かったも含めての先生たち。悲しいんじゃなく悔しいんじゃなく、嬉しい時に湧いてくるのもまた涙(泣いてはいないんですけどね)。元気が一番。元気こそ未来への架橋だなぁと興奮のうちに初日終了。二日目は心なしか、いや、確実に皆さんお疲れのままスケジュールをこなしていたような。2001年に始めてから今年で5回目の夏の一泊旅行。しかししかし、学生は入れ替わっていくけれど、もしかしたら私たち、インターカルトにいる限り、富士急・石和温泉、鬼押し出し・草津温泉と繰り返し続けるのかなぁ。・・・と、ふと。




 
・7月13日(水)・・・・・
 毎朝、民法のテレビ番組で、“星占い:今日の運勢”というようなのをやっています。世界中の人が星座別に分類されるなんておかしいとわかっているのですが、自分の星座が今日の第一位と言われると嬉しくなります。占いに対する基本的姿勢は、いいことは信じる、よくないことは信じない。なのですが、最下位だった昨日、あの人、私のこと怒っているんじゃないかとか、学生たち、何か不満があるんじゃないかとか、とてもつまらないことを気にして一日を過ごしました。昨日は心が弱っていたのでしょうね、きっと。今朝の占いでは第四位、とてもいいことを言っていて、それが当たったなと思えるような一日でした。ほっ。明日、明後日と、インターカルト日本語学校は全校挙げての一泊旅行です。バス9台を連ねて富士山方面へと行ってまいります。参加者全員で楽しんで全員で無事に帰って来なければ。12星座揃って出かけるので、占いで何座が何と言おうが・・・ですよね。
 
・7月12日(火)・・・・・
 今月初めに行ったタイで、「日本語の教え方講座」というのをしました。そこに集まった現職の先生と先生希望者に、「どんな先生が印象に残っていますか」と聞いたところ、返ってきた答えは、優しい先生、厳しい先生、きれいな先生、かっこいい先生、おもしろい先生、わかりやすく説明できる先生、自信を与えてくれる先生、いつも相談できる先生・・・でした。印象に残っている先生とは、つまりいい先生のこと。どれをとってもなるほど・・・という答えですよね。かわいい、かっこいいを除いては、努力次第でなれると思いませんか。

 
・7月11日(月)・・・・・
 アスベスト(石綿)による健康被害のニュースを見ていて、はっと思い出しました。小学生の頃、通学途中の建築現場に落ちている白い綿のようなものを拾ってきて、人の服の首のところから背中に入れるのが流行ったことがありました。それを入れられると背中がちくちくして気持ち悪かった。たぶんアスベストだったんだと思います、それ。私たちはケサランパサランと呼んでいたのですが、何と危ない遊びをしていたことか。
 
・7月10日(日)・・・・・
 昨日の「あっちこっち」に、「サウンド・リーダー」と題した文がありました。S日本語学校のE校長が開発した教材が東京国際ブックフェアに出展されていたという内容です。「うーん、インターカルトがこのような場に出展する日は来るのでしょうか。個々のアイデアを強力に推し進めるようなパワーがもっともっとほしいなと思うと同時に、自分がもっとそうなってもいいと思いました。」そうですね。ぜひなってほしいです、貴方に。それにしてもE先生にはほんと、いつも脱帽です。そして昨日の「Enjoy-HongKong.com」では「Google Earth」という衛星写真が見られるソフトを紹介していました(早速インストール。うちも見えました!)。発信元の二人は去年まであったけれど、今はないインターカルト企画開発室の面々。さて元室長T氏はというと・・・今は台湾。文中の「日本人シェフ」です。よ~く見ると写真のどこかにいます。普通の人?と聞かれたら決してそうではなく、変わり者っちゃあ変わり者の元三人組でしたが、私にとっては未だに時に刺激的な三人だと思っています。昨日から今日にかけて11時間寝ました。寝すぎで頭が痛いです。

 
・7月8日(金)・・・・・
 2週間にわたって行われた海外日系日本人協会「日本語教師研修コース」のインターカルトでの現場研修が今日終わりました。ブラジルとペルーからの日本語の先生方は、来週からまた横浜のJICAでの研修に戻られます。昨日皆さんとお話をしていたら、中のお一人が、JICAの日系社会青年ボランティアとシニア海外ボランティアでブラジルに渡っている養成修了生、根橋さんと鷹取さんをとてもよくご存知で、一緒に色々な活動をされているということがわかり、びっくり。その先生は先生で、二人がインターカルトの出身だとは知らなかったと、これまたびっくり。世の中、本当に狭いですね。
 さて、夜はD.K HOLLYWOODの「Lost and Found」という劇を見に行きました。劇団員で、この劇にも出演している外谷さんという方が日本語学校の学生と友達で、そして、何とか学生たちに劇を見せてやりたいという彼との接触がカイの山本さん経由であって、この劇団を知りました。座長で元ちびっこギャングの越川大介氏が、「劇では“導入”を“つかみ”と言います」と言うのを聞いて、ぴぴんと日本語の授業に通じるものを感じました、同行の養成事務局Kido嬢共々。パフォーマンスも間の取り方も、ただの見っぱなしではもったいない・・・・・・・・・←展開を考えています。

 
・7月7日(木)・・・・・
 なんだか今日もバタバタでした。茨城の学校の教務主任をしていて、今はアメリカの大学で教えている修了生の井上さんが学校を訪ねてきてくれました。帰国の度に来てくれます。今日は七夕、一年に一回くらいのペースでしょうか。想定外のバタバタが起き、その隙間に会ったという結果になってしまいました。昨日も書きましたが、何かがすっこ抜ける瞬間です。気をつけなければ。
 ところで私、ある人によると「飛んで火に入る加藤さん」だそうです。業界内での立場を指しているのですが、でも、ま、やると言った以上、やるのですよ、何でも。
 
・7月6日(水)・・・・・
 いやぁ、まいりました。時間がないのです。タイからは一昨日帰ってきました。昨日は、朝一番でO氏の入社式、その後養成の実習、そしてすぐに日振協維持会員協議会のために代々木のオリンピックセンターへ。最後の質疑応答のやり取りに頭がくらくらし、お昼に食べたミニ松花堂弁当を戻すかと思いました。そして今日は、信濃町校で養成の実習相談をした後、新大久保にカイのYさんを訪ね食べて語り、高円寺校に移動、私と似ていると噂の留学情報誌の会社に勤める養成の後輩T氏の来訪を受け、その後、台湾事務所のS小姐と人に会いに銀座へ。以上、ちょっと報告させていただきました。こうやって余裕のない日々を過ごしていると、どこかとても重要なところが必ずすっこ抜けると思います。明日もバタバタですが、すっこ抜けたような気がしている人とちょっとちゃんと話してみるつもりです。
 
・7月1日(金)・・・・・
 世のおじさま、おばさま達、KAT-TUNって知っていますか。ご存知の方、グループは何人で構成されているか知っていますか。メンバー一人一人の名前は? NEWSはもう古い、SMAPなんて歴史上の人物? タレントにアニメにゲーム・・・多くの学習者の日本語を学ぶきっかけが、こういったサブカルチャーにあることはすでに言われていますが、今、私はバンコクの空の下でそれを再認識しています。日本語教育とサブカルチャー、それをただ現象としてとらえるのではなく、さらに一歩進めて考えることが私たちの未来の何かにつながるかも・・・とも、ぼわんぼわんと。


2005-06-01 00:00:00

2005年6月

Theme: HP版-blog以前-

・6月29日(水)・・・・・
 「札幌の今日は、きれいな青空、最高気温24度、風は乾いて爽やかです♪(ちなみに、我が家には、扇風機もクーラーもありません)。」に続いて、同じ札幌の人から「ちょっと寒くてさきほど窓を閉めました・・・。」というメールが届きました。8月に行われる日本語教育学会の実践研究フォーラムで発題する方たちです。「いいな~」以外に感想がありましょうか!べたべたのこちらには、昨日、今日と7月入学の新入生たちが次々と到着しています。明日は7月生入学式。私はそれを終えてから、べたべたを抜け出して、さらに気温の高いタイに行ってきます。

 
・6月28日(火)・・・・・
 少し前のことらしいのですが、にほんご書店S社のMr.SさんとMs.Sさんが結婚したという話を聞いたので、久しぶりに電話してみました。いつもは完全辛口のMr.Sさんが、でへでへという感じで応対してくださいました。幸せっていいですね。ところで今、海外日系日本人協会「日本語教師研修コース」を受講中の現職の先生方が、現場研修のために日本語教員養成研究所にいらしています。今日は初級実習の授業に入り、一緒に学生の実習を見て、コメントしていただいたり意見交換をしたりしました。こういった交流は養成の学生たちにとってもいい機会だと思いますが、クラスを担当している私にとってもいい刺激でした。来週いっぱいインターカルトにいらっしゃるそうです。
 
・6月25日(土)・・・・・
 いやぁ、暑い一日でした。うだるような熱気がアスファルトの歩道からにゅらにゅらと湧き上がって全身を伝わってきました。サンダルでも買おうかと靴屋さんに行って、目に留まったのを試しに履いてみようとしたけれど、汗で湿った足はなかなかすっぽりとは収まりませんでした。だめ。次。そして「おっ!これいい。これにしよ!」とピンときたのをじっくり見ると、「なんだ、これとおんなじの、持ってるじゃない」。というわけで、買わずに帰ってきました。今日の日本列島津々浦々、ゆうに30℃を超えたそうです。「津々浦々」は「つつうらうら」、そういえば、養成の同期だった年配の奥様、「興味津々」を、文字表記のテストで×をもらうまで、「きょうみつんつん」だと思っていたと言っていました。そんなことまで思い出してしまう暑い暑い今日でした。(「興味津々」はもちろん「きょうみしんしん」です。念のため)。6月25日、今日は確かジュリーの誕生日。それから中学の同級生の仙田君も確か今日。昔のことはどんどん出てくるんですよね。最近のこと、ついさっきのことはなかなか思い出せないくせに。
 
・6月22日(水)・・・・・
 疲れてるんじゃありませんか?恐い顔してる。笑ってるほうがいい。・・・と、両校合同教師会の後、言われてしまいました。そう、昨日韓国から帰ってきてから今日の夜の授業の準備を始め、終わらなくて今朝またして、高円寺校へ行って文科省補助研究のミーティングと教師会に出て、高田馬場にダッシュで移動してW大学院の授業をして帰ってきました。顔の具合を客観的に見るために、タイマーで自分の顔写真を撮ってみました。どうでしょう?こんなことしてないで、早く寝たほうがいいですね。明日からは一日に少し余裕があります。
 
・6月21日(火)・・・・・
 昨日の晩、ソウルから釜山に移動しました。仕事仕事。そして夜、日本に帰ってきました。
 
・6月20日(月)・・・・・
 私たちより一日遅れて、小泉首相もソウル入りしました。無事チェックインされたホテルの前では、任務を終えて帰還する機動隊の方々の姿しか見られず、ご本人にはお目にかかれなかったのですが、どうかどうかかき回すことだけはしないで、と一言申し上げたかったです。あの反日デモの頃は街を歩くのが恐かったと、今、韓国で日本語教師をしている養成修了生たち(写真)が言っていました。彼らが一つ一つ積み上げている韓日友好のレンガを、貴方の一言ががらがらと崩すことになるのだと、うーん、どうしてわからないのでしょうねぇ・・・。おい!
 
・6月19日(日)・・・・・
 20日締切の原稿を書き終えたのが朝。駅に向かう途中のポストに投函して、睡眠時間0時間のままソウルへと来ました。仕事仕事。
 
・6月18日(土)・・・・・
 先々週から韓国語を習い始めました。なんと言っても“学生をする”というのが楽しく、うきうきした気分になります。授業を受けている教室がいつもは自分が授業をしている教室で、学生が座っている席に座って授業を受けているということも、なおさらそう感じさせるかもしれません。ああ、だから韓国人学生はこういう文法的な間違いをするんだというような発見もしています。韓国語を試しにではなく仕事で、なのですが、明日から韓国に行ってきます。

 
・6月17日(金)・・・・・
 今学期の「外国人のための日本語教師養成コース」が終わりました。受講したのは韓国とスリランカの女性12人、一人一人に修了証書を手渡しました。「先生がこんなに大変な思いをして授業をしているとは思いませんでした」というのが大方の感想。それをわかってもらえただけでも授業をした甲斐があったというものです。

 
・6月16日(木)・・・・・
 「HPは美しくなければならない」というお達しが、香港在住の当校広報委員長から台湾事務所のHP担当P嬢に出ていると聞きましたが、今のトップページ、お許しがでたんでしょうか。彼女たちの頑張りで、台湾のHPは今や私たちのこのHP以上のアクセス数だそうです。偉い!・・・と褒めている場合ではない。
 「日安!曾姐」 (6月13日)に私の飛行機乗り遅れ騒動の顛末があります。・・・出発の日の午前中、私たちは急いで会議をし、急いでお昼ご飯を食べに行った。加藤先生を遅刻させないために。四人で別れを惜しみ、「忘れ物ない?」と聞く曾姐に、加藤先生は元気に「ない!」と答えた。「旅券と航空券は?」とP嬢、ここで時間が違うことに気づく。孫姐はすぐに事務室に突進して空港に電話をかけた・・・ここからは13日の私のコラムにある通りです。あの日、外は土砂降りの雨でした。「下雨天、留客天」。「遣らずの雨」。曾姐と私が同時に言いました。
  日本も毎日、雨です。梅雨本番、心して明るくしていないと憂鬱になってしまいます。・・・は、どうでもよくて、それよりも日本のHPのアクセス数アップの方法を・・・委員長、考えてください。いえ、考えましょう。


 
・6月15日(水)・・・・・
 「日航機タイヤ脱落」という見出しの文字が夕刊の一面にあります。日航といったらJAL、JALといったら絶対安全、間違ってもタイヤを落とすようなヘマはしないと皆が信じていたのは昔のお話で、最近、よくない話題連発ですね。この事故の影響で、午後1時半からの日振協での会議に出席するために伊丹空港を発った神戸、大阪、広島の学校の人たちが大幅に遅れて会場に到着しました。今日は、日本語教育機関関係理事・評議員懇談会。私は本日、評議員に就任です。大変な時期に評議員になっちゃったねぇと何人もの人に言われました。正直そう思います。どの学校も生き残れるかどうかの正念場、けれどそれぞれ置かれた状況や考え方は違います。「東京はいいんだよ」「韓国が多い学校は問題ないだろうけど」「インターカルトだから」・・・、何か言うと、そう一蹴されることしばしば。でもそんなことないんですよねぇ。もしですよ、もし私たちがそんな風に考えて、その上に胡坐をかいたりしたら、それはもう日航と同じ道を歩むことになると思うんですよね。インターカルト、基本的には何でもやってみよう!時に行け行けドンドンなんですけれど、ここぞという時は慎重に慎重に。たとえば学生の受入れに関しては・・・。

 
・6月14日(火)・・・・・
 昨日ここに書いたように、本当は昨日台湾を発つ予定でした。が、一日送れて今日帰ってきました。昨日の午後1時45分、頼んでおいたタクシーが事務所の前に着いたと運転手さんから電話。「先生、じゃあまたね」「いろいろありがとね」「気をつけて帰ってね」「うん」「先生、ちゃんとパスポートとチケット持った?」「うん、ほら、持ってるよ」。と、ここまでの会話、事務所のあるビルの3階エレベーターの前で。エレベーターのドア、オープン。私、バッグから取り出したチケットを念のため確認。「???(目パチクリ)。おーっ!?、2時55分発~? 4時45分発じゃないの~?」。すでに出発1時間10分前。・・・(中略)・・・滞在を一日延長し、本日帰国と相成りました。手違いで手帳に4時45分発と書き、それだけを信じてチケットの確認をまったくしていませんでした。今日の予定(授業)に関してご迷惑をおかけした皆々様、本当にすみませんでした。これからは、どんなに忙しくても必要な確認は必ずいたします。反省。反省。反省。

 
・6月13日(月)・・・・・
 台湾での任務を終え、本日夕刻日本に帰国いたします。非常に個人的なことなので公表していませんでしたが、実は先週の月曜日から私のDP(Diet Prject)がスタートしていました。しかし今、頓挫状態にあることは言うまでもありません。ここには載せなかった(載せられなかった)己のふくよかに肥えた写真を見ながら、志を新たにまた1から出直します。ではでは、「インターカルト三人娘」の皆さん、謝謝、ありがと!再見!・・・実はまだ事務所。そばに三人がいるのですが、忘れないうちに挨拶を先に。
 
・6月12日(日)・・・・・
 台北世界貿易中心での日本留学フェア、朝、飾り付けけが終わった私たちのブースを見て、「ここは今日も元気だねぇ」と高雄で私たちの対面(トイメン)に陣地を構えていた大学さんたちが声をかけてくださいました。外は時折雷の鳴り響くあいにくの天候でしたが、何であれ無事終了いたしました。写真は噂の101、Taipei 101 Financial Center。上層階からの景色はさぞかしすばらしいでしょうね。いつかこの中に事務所を構えましょ、と草苑の面々に話しながら会場のテラスでお昼のお弁当を食べました。インターカルト日本語学校台湾事務所「草苑」は、今年創立20周年を迎えました。皆様のご愛顧に心より感謝申し上げます。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

 
・6月11日(土)・・・・・
 今回の出張にはLaVieを連れてきました。LaVieは私のパソコンの名前です。海外デビューなので活躍してほしかったのですが、それがインターネットにつながらない、つながらない・・・。今、事務所から。やっとつながりましたー!というわけで、更新します。今日は端午節、旧暦の5月5日です。

 
・6月10日(金)・・・・・
 高雄工商展覧中心での日本留学フェアは、47の大学と25の日本語学校が参加して行われました。休日ではないこと、端午節の前日であること、それに首都台北でないということもあるかもしれません、人の入りはそれほどよくありませんでした。けれど私たちのブースには、7月に来日する新入生たちが親御さんと共にオリエンテーションを受けにやってきたり、また、かつて当校に在籍したことのある人たち(去年の夏の短期遊学の学生から古くは18年前の今はない原宿校の学生まで)が訪ねてきてくれたりと、そこそこににぎやかなうちに一日を終えました。驚きだったのはインターカルト・バッグ。本来のターゲットより一緒にフェアに出展している人たちに人気(!?)でした。持参した120個のうちのいくつかは「ください」とブースまでいらした大学さん、日本語学校さん、そして○○協会さんの手に渡りました。

 
・6月9日(木)・・・・・
 台北。気温は32℃。空港から市内に向かう道はとても混んでいました。タクシーで事務所に直行したのですが、入口のガラス越しに私を見つけた三小姐が歓声とも嬌声とも言える叫び声を上げました。そうか、あまりにも遅いので心配してくれていたんだ、これは安堵の叫び声、ありがたや―と思いきや、私の到着時間を賭けていた由。結果は曾さんがピタリ賞、負けた孫さんとペイランさんは、来週、曾さんに朝ごはんをごちそうすることになるそうです。今日から月曜日まで、私もこのチームの一員になります。草苑四姉妹、明日は高雄へ参ります。

 
・6月8日(水)・・・・・
 今日、仕事を終えて自宅のある府中に着いた午後9時半ごろ、駅を出ると、飲食店や民家からキャーキャー叫ぶ声が聞こえてきました。何事ぞ・・・と一瞬恐くなったのですが、そうでした、サッカーの日本-北朝鮮戦。無観客は競技場だけのことで、世間の応援はものすごいもの、家に着いてテレビをつけたら日本が勝利していました。日本人として、よかったよかったと思う一方、北朝鮮に住むことを余儀なくされた人々のことを思い、また、負けて国へ帰る北朝鮮選手のその後の待遇(良くない扱いを受けるらしい・・・)を考えると、手放しには喜べない気持ちです。ところで、インターカルトが後方支援するバンコクの日本語学校で応援していたタイ人・日本人の様子が、明日(9日)の「めざましテレビ」(フジテレビ)で午前7時頃から放送されるそうです。その他、「スーパーニュース」や「トクダネ」でも。よかったらご覧ください。でもやっぱり変ですよねぇ、タイで試合をしているっていうこと自体。
 さて、私は相変わらずの自転車操業。で、明日からは、自転車ではなく飛行機に乗って台湾へ行ってきます。台北と高雄で日本留学フェアです。

 
・6月7日(火)・・・・・
 正直な話、「ドラえもんのどこでもドア」でも「空飛ぶじゅうたん」でも「身代わりロボット」でも「1日=36時間制」でも何でもほしい気持ちです。あれやこれやと自ら仕事を増やしているのはわかっています。大変などと言いつつも、本人は結構それを楽しんでいなくもないのですが、このドタバタが人の迷惑になっているんじゃないかと、時々心の隅で心配しています。以上。また明日。ドタバタ。
 
・6月3日(金)・・・・・
 「年をとると自分の健康と親の介護のことしか話題がなくなって、そういうのがイヤだからここに入ったんですよ」という少々年配の方が、今養成研究所の学生としていらしています。今日の私はまさしくそれで、会う人会う人と、そういう話になりました。ごくごく自然に。まあ、避けて通れないですからね。たまにはいいでしょう。そうしたら、今日の締めくくりに遅ればせながらの私の誕生祝いのメールが海の向こうから届きました。「年を取った頭はダイヤモンドより硬い。でも、年を取った頭はダイヤモンドより価値がある」。なるほど。自信をもってまいりましょう、ゆっくりあせらず。

 
・6月2日(木)・・・・・
 先日、高田馬場の道を歩いていたら、このバッグを提げて歩いている人に会いました。これ、インターカルトの奇抜なバッグ。ここでも以前紹介しましたが、留学フェアで配るためにタイでデザインしてもらって作製、それを台湾事務所が気に入って草苑版を作り、さらに香港でも説明会に来てくれた学生たちに配っています。で、これを持って歩いていたのは外国人の学生ではなくて日本人。それも他の日本語学校の事務局の人でした。すれ違い様に「こんにちは!お久しぶりです」と声をかけらたのですが、そんなことより、そのバッグ・・・。「使いやすいので」とにっこり笑っておっしゃっていましたが、心、広いですね。感心しました。Si日本語学校の方でした。

 
・6月1日(水)・・・・・
 行事や休日出勤の日、「普段着で来ていい」と言われると困るオジサン、結構いるようですよね。持っているのは仕事のスーツと家用のジャージだけ、外出用の普段着がない。その結果、上は派手なチェックのシャツ、なのに下はスーツのズボンとか、100%ゴルフウエアで来ちゃうとか、いつもの通勤スタイルからネクタイを取っただけの、いわゆる居酒屋のサラリーマンスタイルで現れてしまうとか・・・。今日は何人ものそんな姿が報道されていました。地球温暖化防止を目的にした夏の軽装化「Cool Biz」がスタートし、ノーネクタイ、ノージャケット姿になった政治家諸氏が映し出されていました。こんな中途半場な格好なら、何年も前の羽田元首相の省エネルックの方がまだましだったかもと思いました。そして、政治家には政治家の格好があるのではないかとも。ネクタイをしてください、という意味ではありません。今、高円寺校で「外国人のための日本語教師養成コース」の実習を担当しています。今日、クラスに行くと、いつもはラフなジーンズ姿の女の子がスカートを履いていたので驚きました。聞くと、今日が彼女の実習担当日、つまり“先生”をする日だからとのこと。コースをとっている学生たちによると、“先生”と言われて浮かぶ服装は「スカート」「スーツ」。先生は先生らしく、ぴしっとということだそうです。この話、本当の先生たちにも、日本語教員養成研究所の日本人の学生たちにも是非したいと思いました。いつもスーツを着ていてください、ではありません。「これが先生の格好?」と学生に思われるような服装はしないでほしい。「基準は?」なんて聞かないで。基準は世の中一般の「常識」です。 お!初日から長々と書いてしまった・・・。

2005-05-01 00:00:00

2005年5月

Theme: HP版-blog以前-
・5月30日(月)・・・・・
 先週数年ぶりに会った人に「スタイル変わらないわねぇ」と言われ、今日はしょっちゅう会っている人に「やせたわよね」と言われました。スタイル変わったし、やせてもいません。体重、増えたままです。もしかしたら体脂肪が減ったのかもしれないのですが、電池が切れていて体脂肪計が使えません。朝から晩まで雨が降りっぱなしの肌寒い一日でした。こりゃあ梅雨だね、と養成の学生が言っているのが聞こえてきましたが、本当にもう梅雨なんでしょうか。明後日からもう6月ですものね、梅雨でも不思議はないですね。
 
・5月28日(土)・・・・・
 教育の世界、今までは「プログラム」「教師力」「設備力」だったけれど、これからは「営業力」を含む「事務局力」だと聞きました。我が意を得たりです。良いスタッフがいるかどうか、事務局がしっかり機能しているかどうかが学校の行く末を決めると言っても過言ではないと思っています。 特に日本語学校の場合には。学校を名乗っているわけですから、教師が良い(良くなければならない)のは当然のことです。良い、良いと書きましたが、私が言う良いの意味は、「思想」があるかどうかです。事務局の運営にも授業にもプログラムにも、思想がなければならないと思っています。「営業力」もそうです。学生募集には、「思想」なんて高尚なことは言いません、良識、常識、節操だけでOK。・・・というようなことを豪語していたら、今日もよその人に「きれい事言ってる」と言われてしまいました。とほほ。がくっ。ふーっ。でも、誰が何と言おうと私たちはきれい事でいきます。それがインターカルトの「事務局力」「営業力」だというのが「思想」だからです。

 
・5月27日(金)・・・・・
 大学を卒業してすぐに就職した在埼玉の職場の上司と先輩と同期の四人で同人誌を作っていました。埼玉県の愛称が「彩の国」と決まった平成14年より前の昭和59年から61年の3年間、同人誌の名は「彩」でした。今日、同人の一人だった先輩に久しぶりに会う機会があって「彩」に話が及び、家に帰ってから取り出してぱらぱらとページをめくってみました。児童文学と、青春小説みたいなのと恋愛小説もどき、それに詩と民話と、節操なく多分野にわたる我が作品、そういえばこんなの書いたっけと恥じ入りながら目を細めて文章を斜めに眺めました。なぜか私だけが書いている創刊にあたって寄せた文章を見つけるにいたっては、恥を通り越しました。結びの文引用「・・・しからばと創刊にあたっての所信表明を兼ねて、敢えて書くに及んだ次第である」ですって。小娘が何いきばってたんだか。・・・と、私は仕事のついでに会った先輩女史と思い出に浸ったりなんかしたのですが、今日は東京入管への10月生書類申請の日。日本語学校の皆々様は昨日までの作業の疲れをひきずった今日であったはずです。お疲れ様でしたぁ。
 
・5月25日(水)・・・・・
 ILCのSさんが、今朝高円寺校の階段から落ちたそうです。正座をしたような格好で階段の上から途中まで。後で見たら足にひどい痣(あざ)ができていたそうです。痣で済んでよかった、まさに若さが成せる業でしょう。私だったら間違いなく2005年骨折第二弾・・・と、ご当人のSさん、そしてMさんに言ったら、骨密度の検査を勧められてしまいました。今日は誕生日、一つ年をとってさらに骨粗鬆症が似合う年頃になりました。心地よい夜風に吹かれながら大根を丸ごと一本買って帰りました。
 
・5月23日(月)・・・・・
 日曜日に万歩計をつけて家を出ました。駅に着いたところでもう千歩、これなら楽勝で1万歩いくぞと楽しみにしていたのですが、一日中歩き回って家に帰りついて見ると、我が万歩計はつけてあったはずのウエストから外れて姿を消していました。金曜日に100円ショップで買った200円という安い万歩計で思い出も思い入れもないどうでもいいものだったのですが、気が抜けました。でも、何歩歩いたか知ったからどうなるわけでもなく、いや、自分の性格だと今日何歩だから明日は何歩とかと目標を決めちゃいそうなので、失せてくれてよかったのかも。

 
・5月21日(土)・・・・・
 昨日は大養協(大学日本語教師養成課程研究協議会)のシンポジウムのために横浜国大へ、今日は日本語教育学会のために関内ホールへ行きました。教育学会の春季大会に行ったのだけれどシンポジウムは聞かずに、夏にある実践研究フォーラムのラウンドテーブルで話題提供する人たちと打合せをしたり、某老舗の日本語学校の校長先生と日本語学校の来し方行く末について話したりしていました。学会は全国の人たちと一堂に会すことのできるいいチャンス。そこいら中で“学会外交”をしている姿が見られました。明日もまた横浜、学会2日目。「ビジネス日本語のCan-do-statementsの記述-目標設定・プログラム作成・評価のために」、「日本語教師の実践能力の育成・評価に関する再検討:研修と評価のあるべき姿の探求」、「協働学習における教師の役割と教室デザイン-創発を引き起こす「内省」について考える-」の発表を聞こうと思っています。今日一日だけでも、たくさんの刺激を受けました。自分の世界にだけいたら気づかないこと、たくさんあると思います。大会のプログラムはこちらです。
 
・5月20日(金)・・・・・
 一昨日、高円寺校にふらっとリュックを背負った男の人が入ってきました。「どーもー!悪いけど、はさみとのり貸してくんない?」。去年の秋に辞めたTanakaTakaoさんでした。日振協の事務担当者・生活指導者研修(確かそんな名前)の実行委員長をしていたということもあり、関係した学校の人たちから今でも時々、彼の“今”について聞かれます。具体的にどうしているかはご本人に直接聞いてほしいですが、と、このように突然学校に現れました。カウンター越しに彼を囲むように並んだ1階ロビーのスタッフ全員としばし喋って「じゃあね!」と去った後、信濃町校にも出現したそうです。かなりスリムなボディーに変身していましたけど、基本的には変わらない“自由人Tanakaさん”、~らしい現れ方でした。昨日からまた海の向こうですよ。

 
・5月19日(木)・・・・・
 今日、サナトさんという人から学校に電話がありました。サナエと名前が似ているからではないと思うのですが、サナトと聞いてすぐに顔が浮かびました。インターカルトの非常勤教師だった1988年に、掛け持ちをしていた渋谷の日本語学校で教えた学生です。17年ぶりの突然の出現に「どうしたのー?」と聞いたところ「あれからずっと日本にいるんです」という答え。間髪入れずに「ビザは?」条件反射。嗚呼、我ながら悲しき習性。「ビザありません」「えー?」「冗談です」。旅行会社に勤務、永住ビザをとり、結婚もして娘さんもいるそうです。その学校で彼のクラスを一緒に持っていた先生と偶然成田空港で会い、私の連絡先を教えてもらったとのこと。インターカルトの今はない早稲田校と原宿校とこの渋谷の学校、それに高田馬場にあった学校・・・日本語学校計3校4校舎、さらに夜は所沢の英語教室で小学生相手に「Hello, everybody!」、なんてやって数ヶ月で倒れたあの頃、20代だった私をしばし思い出させてくれたサナトさんからの電話でした。

 
・5月18日(水)・・・・・
 「楽しく学ぶ韓国語」と「楽しく学ぶ中国語」。開講日迫る!なので、急ぎ宣伝させていただきます。 2005年4月開設(復活)のILCインターカルト・ランゲージセンターが皆様にお届けする外国語講座です。興味のある方、まずはお問い合わせを。何か特典があるかもしれません。お待ちしています。近く、異文化体験講座も開講予定。インドネシア舞踊、いかがですか~。

 
・5月17日(火)・・・・・
 「教師は女優(または男優)であれ」とはよく言われることです。けれど、それより言い得ているのは「コメディアンであれ」かなと思います。落語でも漫才でもコントでも、間の取り方、落としどころ、メリハリ、そして突っ込み、ボケ・・・。数年前にカイ日本語スクールと新宿日本語学校と、教師の実践力についての共同研究をした時、新人教師とベテラン教師の授業の比較をして、最も大きい違いが出たのがこのパフォーマンスの能力でした。ところで昨日、2004年の高額納税者の公示がありました。報道によると「俳優・タレント部門」のベスト10にお笑いタレントが6人も入っているそうです。いつか日本語教師も高額納税者たれ。この業界人の地位向上・待遇改善の土台作りも今の時代の自分の役割だと思っています。が、作っているのがもしかしたら砂上の楼閣かもと言ったら、夢も希望もないちょっと笑えないお話ですね。ははは。以上、哀しいお笑いを一席。ちゃかちゃんちゃん。

 
・5月16日(月)・・・・・
 最近の野菜は本来の味がしないとよく言われます。これは、だからよくないと言いたいのでしょう。けれど、本来の味がしないから食べられるということもあります。たとえば私の場合。一番絞りの最新のコマーシャル見ましたか。俳優の佐藤浩一が近所のおじちゃんおばちゃん、おにいちゃんおねえちゃんと縁側に一列に座り、巨大なきゅうりをほおばりながらビールを飲んでいます。どこかの地方の自然の中で堂々と育ったという感じのあの大きなきゅうり、青臭さがテレビの画面から漂ってきそうで、思わず目を(鼻を)そむけました。今のきゅうり、味も臭いもほとんどしないから、トマトも果物のようになったから食べられます。さて、どちらがいいんでしょう。個性的で主義主張があるのと、角がとれて丸くなったのと、どっちがいいか。人だったら前者、野菜だったら後者がいいです、私は。
 
・5月15日(日)・・・・・
 先週の今日まで10日間もあった今年のゴールデンウィーク。「何もしなかった」ということを「した」充実した日々でありました。何もしないということをしながら、このぐうたらの日々を絶対に後悔しないぞとちらっちらっと思っていました。心身ともに休めていい休暇でした。なんですけれど、手帳を見りゃあわかる先週今週に立て込んだ色々のために、ほんの少しくらいは何かやっておいてもよかったのではないかと、今思っています。日曜日だけれど、気合いを入れるために書きました。ファイト一発。
 
・5月14日(土)・・・・・
 私は生まれた時から股関節が脱臼していて、生後1年の間ずっと硬くて丸い座布団のようなものを足の間にはさんで固定させていました(と聞きました)。その後、別段異常を感じることなく成長したのですが、今、胡坐をかいたり女の子座り(正座から両足を左右にべたっとくずして座ること)をしようとすると股関節が痛いのです。整形外科の先生は「おそらく骨折中に使わなかった股関節の辺りの筋肉が固まってしまったのだろう」とまずは言い、続いて生まれた時の股関節脱臼の話をしたら、「なんだそれに違いない、老化と共に関節がずれたのだ」ということになり、先日レントゲンを撮りました。さあて結果は―私の股関節、「年をとっても股関節で悩むことはまずないだろうというくらい完璧に治っている」んだそうです。「とてもきれいな股関節」とも!ちゃんと病院通いをして完治させ、股関節美人にまでしてくれた母に感謝です。・・・はいいのですが、固まった筋肉が痛いのでリハビリはまだ続きます。

 
・5月12日(木)・・・・・
 長くて忙しくて慌しい一日がようやく終わりました。もともと二重、三重構造のようになっていたスケジュールに突発的な用事が入り、そのために今日会う予定だったのに会えなくなってしまったTさん、ほんとにごめんなさい。とっても疲れました。けれど、ちゃんとやっている人たちにたくさん会えた嬉しい一日でした。懐かしい昔の同志にも会いました。でもやっぱり疲れた。お疲れ様、私、そしてみんな。ふーっ。今日は早く寝るぞ!と思ったけれど、時計の針は間もなく明日。
 
・5月11日(水)・・・・・
 美空ひばりの「愛燦燦」という曲を学生の前で一人で歌ったことがあります。もう十何年も前、お昼の必修選択「歌」の授業を代講した時、学生たちの「Usugi先生はいつも歌ってくれます」という言葉にだまされて。同じく歌の代講、SMAPの「セロリ」の時は、一度も聞いたことのない曲だったので前の晩に何度も何度も聞いて覚えました。歌は思い出を一緒に連れてきます。今日、仕事を終えて帰ってきたら、CDが3枚、「忘れないで」と「栄光の架橋」と「さくら」が届いていました。数日前に、突然思い立ってインターネットで申し込みました。私の去年の思い出がつまった曲、年とってから懐かしむために忘れないうちに買いました。とりあえず1回ずつ聞きましたが、懐かしさはまだまだ。なので、かぐや姫の「22才の別れ」に変えて中学時代にタイムスリップ。こうして一日の疲れを癒します。写真は、香港のお茶。乾燥した花のつぼみをカップに入れてお湯を注ぐとこうなります。高円寺でAnさんに1つもらって飲みました。おいしかったけれど、見た目はちょっと異様。・・・と、うだうだ長々書いて今日はここまで。

 
・5月10日(火)・・・・・
 毎朝4時に起床、始発電車の中でビジネス書一冊を読破し、その書評をメールマガジンで流している人、早朝出社して残業時間を減らし、帰宅後に子供との時間を確保した人、などなどを先日テレビで特集していました。語学学校の早朝クラスも大賑わいとか。今、「早起き」はトレンディーのようです。実は私も、連休明けから30分早起きして早めの各駅の電車に乗って座って出勤しています。所要時間1時間。いつもはというと、昼間と夜の特急がある時間帯は新宿まで20分なのですが、朝は準急と急行しかなくさらに混雑のために40分もかかります。その間、座るなんてとんでもない、時に片足立ち状態です。わずかな早起きで、寝るもよし、読書するもよし、そして何と言っても疲れなし。早起きは三文以上の得ありです。別に流行に乗ったわけではないのですよ、骨折で得た知恵です。骨折も少しは役に立ちました。今、私、もうすっきり足です、おかげ様で。

 
・5月9日(月)・・・・・
 「We have to work」だと昨日書きましたが、「Shall we work?」という気分の一日でした。学生たちも皆元気にやってきて、なんだかとても楽しかったです。休み明けなので色々あって忙しかったけれど、忙しいのって嬉しいものですね。さて今日は諸々のお知らせ。
■凡人社「日本留学試験対策-タイプ別攻略問題集【日本語科目編】を使って」(5/14)・・・Tsutsui校長が講師です→こちら
■アルク「検定試験に合格するためのセミナー」(6/18)
  ・・・養成講座が出展、Yoshikawa先生とTaniguchiさんがブースにいます→こちら
■日本語教育学会「 実践研究フォーラム」(8/6、7)
  ・・・サブテーマB「教師の自己研鑽と研修」、Kato担当します→こちら
 まず、今週の土曜日は凡人社へ。日本語教師必見、いや必聴という噂です・・・。

 
・5月8日(日)・・・・・
 生まれてから今日までの間に映画館で映画を見たのは10回くらい・・・と言うとびっくりされますが、本当です。映画館のイメージは寒い、暗い、汚い。暗いのは変わらないでしょうけれど、冬は暖かく夏は涼しく、とてもきれいだそうですね、今は。1996年、「Shall we ダンス?」という映画がヒットし、その頃の校長先生だったKimiko先生がそれを見ていたく感激し、駅から家まで線路際をダンスのステップで帰ったと聞きました。いつか見てみたいと思っていたところ、9年後の今年、お正月に香港へ行った帰りの飛行機の中で見ることができました。成田からアン・ドゥー・トゥローの気分。そうしたら今、リチャード・ギアが「Shall we Dance?」。彼は私の好きな、というか、私が名前を言うことのできる数少ないガイコクジンの俳優さんです。「プリティ・ウーマン」と「愛と青春の旅だち」をビデオで見ました。・・・以上、この連休中に映画館に行ったという話じゃありません。明日から、Shall we work?と、ただこれが書きたくて。いや違う、We have to workだ。

 
・5月5日(木)・・・・・
 ぐうたらとは、「ぐずぐずしていて働く気力のないさま。また、その人。なまけ者」(大辞林)。畳の上にごろんと横になって、オリビア・ニュートン・ジョンのCD聴きながら、古今亭志ん生の『びんぼう自慢』なんていう文庫本を、うつらうつらしながら読んでいます。外は大國魂神社のくらやみ祭で、交通は規制され、ちょっと歩く間に大きな太鼓と何基もすれ違います。この連休は、まさに極楽、命の洗濯。ありがたや、ありがたや。といっても、海外の連休に関係ない国々からはメールが届くので、お返事はその都度・・・申し訳程度にですが、ちょっと仕事もしています。
 
・5月3日(火)・・・・・
 私たちのHP、トップページが変わり、新規部門ILCのページができました!
まだまだ完全完成版ではありませんが、とりあえず。ゴールデンウイークなんて関係ない、在香港の広報委員長H氏の働きによるものです。多謝。

 
・5月2日(月)・・・・・
 オーバーランをすると叱責、罰則。だから偽りを言い、だから遅れを取り戻すために猛スピードで走らせた。それで事故。今日のニュースでは罰則を課した上司が悪いと言わんばかりの報道がいくつか。これ変ですね。まずは何であろうとオーバーランをしてはいけないのです。してはいけないけれど、してしまった時の罰則については考え直さなければいけない。そういうことなのに・・・。まだ救出作業をしているとき、現場ではたくさんの携帯電話が鳴っていたそうです。おそらく家族や知り合いから。もしかしたら閉じ込められている人の助けを求める声もあったかもしれません。それが、各局の報道のヘリコプターの音にかき消されていたというのも、気になった報道です。電車、少しくらい遅れたっていいじゃない・・・と思います。遅れるのが当たり前の国、たくさんありますよね。去年の12月13日にもここに書きました。「きまり」は守るためにあるのだけれど、守らない人がいるからあるとも言えますよね。「きまり」に必要以上の大きな力を持たせないほうがいいと、仕事のときにもしばしば思います。今日は♪夏も近づく八十八夜♪だそうです。

 
・5月1日(日)・・・・・
 五月は何色?と聞かれたら、それはもちろん緑色でしょう。「満点星躑躅」―これでドウダンツツジと読むそうです。今月のタイトルの写真です。今朝、実家(栃木県足利市)の庭で撮りました。右の写真は麦畑。これも今朝撮ったのですが、うちのではありません、うちの近くの麦畑です。実った穂が黄金色に染まる今頃を表す「麦秋」は夏の季語で、陰暦四月の異称だそうです。今年のGWは遠出せず、のんびりゆっくり過ごします。妹と一緒に実家に二泊して、夕方こちらに帰ってきました。陰暦五月の異称は「早苗月」。二十二年前、嫁ぐ私に今は亡き祖母が詠みました、「おとめさび薫る若葉よ産湯の日」。

 
2005-04-01 00:00:00

2005年4月

Theme: HP版-blog以前-

・4月28日(木)・・・・・
 この間、日本語教師を目指してから今日に至るまでの日々のことを思い出して文章を書く機会がありました。その中で、1993年から96年あたりの日々を「私が最も輝いていた時期」と書きました。「三十代半ばのあの頃、メンバーと共にゼロからイチを作り出すために土日も夜も惜しんで仕事をしたあの頃が、私自身が最も純粋に輝いていた時期だったように思います。つまり、自由に可能性だけを追いかけることが許された立場の輝き」と。インドネシア勤務を終えて帰国、日本語学校に戻るつもりだったのに配属となったILC(インターカルト・ランゲージセンター)という部門で、私は海外、特に韓国の企業向けに日本研修プログラムを企画して営業、そして運営をしていました。それが、97年のアジアの経済危機の煽りを受けて仕事がぱったりとなくなり、そのままILCという部門も消え失せました。あれから8年、そのILCがこの春復活しました。中心メンバーは、かつて私の輝きの時代を共に築いてくれたMさん、あっちこっちのH氏、香港帰りのSさん。連休明けから本格稼動します。次の世代の皆が、今まで感じたことのないような輝きを実感できる仕事をしていってくれることを願っています。いや、信じています。
 
・4月27日(水)・・・・・
 今日は「振り込め詐欺」のお話です。高円寺校のE先生が住む中野区近辺のアパートやマンションの郵便受けに、「管理会社が変わり、それに伴って家賃の振込先が変更になった」という内容の不動産会社を語る文書が投函されていたそうです。管理会社が変わったとか振込先が変わったとかいう話は全くの嘘。家賃の振り込みをする月末とゴールデンウイーク前という時期を狙った詐欺だろうということでしたが、そのあたりに住んでいる学生も多いので、午前の中上級クラスでは先生が、午後の初級クラスには通訳のスタッフも一緒にクラスをまわって学生たちにくれぐれも注意するように話しました。「こんな手紙を受け取っても、書いてある通りに振り込まないように」と・・・。それを聞いたタイの初級の学生が言ったそうです。「大丈夫、私、書いてある漢字が読めませんから」。ううん、そうでした。「振り込め詐欺は、各国語の翻訳つけなくちゃダメですね」とそれを聞いたスタッフの誰かが言いました。そこにいた皆で「ははははは!」。笑い事ではありません。皆様、どうぞお気をつけください。ほんと、恐い世の中。
 
・4月26日(火)・・・・・
 92年にジャカルタで覚えたインドネシア語、帰国後使うことなく数年たった後にバリ島に行ったら、言いたいことが口をついて出てきたのでびっくりしました。脳みその違うひきだしにちゃんとしまってあったのだと思いました。今年1月からの外国人のための日本語教師養成コースに続き、この4月から養成研究所実践コースの日本人たちの実習授業を持ち始めました。2000年の9月を最後に担当から外れていたので4年半ぶり。文型や表現の意味や機能を考えながら、脳みその違う部分が働いているのを感じています。ところで昨日の朝、目覚めた時に心臓が締め付けられるように痛くて、一瞬心筋梗塞かと思いました。けれど体を動かしてみると、痛いのは心臓のまわりだけではなく、あっちもこっちも。土日に足のリハビリのためのストレッチのついでにダンベル体操をして、十何年、いや何十年使っていなかった筋肉を使った結果の痛みだとわかりました。今日も、ヒノキの花粉のために突然立て続けに出るくしゃみの度に体中の筋肉に激痛が走っています。脳みそも筋肉も常に適度に使っておいたほうがいいんでしょうね。
 
・4月25日(月)・・・・・
 「お腹の傷を忘れて駆け込み乗車ができるようになるには半年くらいかかる」と、去年の手術の後、病院の先生に言われました。その半年後が今年の2月初めだったのですが、1月末に足を骨折したので、結局駆け込み乗車ができないままに毎日を過ごしていました(別にしたいわけではないのだけれど)。それが今朝、新宿駅でとうとう中央線の電車に駆け込み乗車しました。「10番線発車します!発車しますよー!」「駆け込み乗車はおやめくださーい!駆け込み乗車は危険ですから絶対におやめくださーい!次の電車をお待ちくださーい!」とガンガン拡声器を通して注意されてしまいましたが、やっと一人前に戻れたようで嬉しい今日の始まりでした。・・・と、今日は学校でこれを書きました。今朝、尼崎のJR福知山線で大きな脱線事故があり、多くの死傷者が出て、今なお救出作業が続けられていることは帰宅してから知りました。・・・。
 
・4月22日(金)・・・・・
 スギの次はヒノキだそうです。花粉の話です。東京では今日あたりからヒノキ花粉が大量に舞い始めたとかで、私の鼻は突然洪水状態になりました。とうとう私も花粉症かもしれません。今日は信濃町校にも高円寺校にもお客さんが来て、それに合わせて私も移動。私に関係なく、信濃町校では日本人との交流会開催。いや、交流会に関係なく私は移動。お昼ご飯は信濃町校にいる間に出前をとって食べました。薄着の季節が近づき、何とか脂肪を減らさなければと一昨日の晩からダイエットを始め、大物は食べないと決めていたことを高円寺の駅に着いて学校に向かう途中で思い出しました。時すでに遅し、レバニラ炒めと小ライスは胃袋の中。もともと化粧直しをする習慣はほとんどないのですが、いつも以上に鼻のまわりの化粧がとれて皮がむけ、胃袋と贅肉をたっぽんたっぽんさせながら家路につきました。
 
・4月21日(木)・・・・・
 反日デモの影響を案じて養成科事務局のTさんが中国国内で働く日本語教師養成コースの修了生たちにメールを送ったところ、江蘇省江陰市の大学のTさん、河南省鄭州市の大学のIさん、ZIBO一中のMさん、河北省の大学のKさんからすぐにお返事が届き、蘇州のIさんからも恒例のメール通信が届いて、皆さんの無事がわかりました。関係者が無事だったからそれでよかったではないのですが、とりあえずはよかった。皆さんそれぞれのメールからはテレビでの過激な映像ではわからない生の様子が垣間見えました。一方、日本では中国関係の学校や施設が襲われています。私たちの学校の中国からの学生たちには摩擦を起こさない、そして巻き込まれないよう話しました。デモの中心は、天安門事件以降に愛国教育を受けた学生たちとか。16年前の天安門事件は私にとっても大きな事件で、去年の6月2日にその日のことを書きました。思うことは去年と同じです。
 別件。学内の進学情報紙「しんろ」が今週発行の最新号をもって通巻200号を迎えたそうです。1994年5月創刊ということですから、11年になるのですね。継続は力なり・・・でしょうか。今年28周年を迎えるインターカルト日本語学校もただひたすら継続。継続できるのは今日までを築いてくれた皆さんがいるから。そしてこれからの継続は今日からを築いていく私たちにかかっている・・・んでしょうね。継続させるって時々辛いなと思うこともあります。

 
・4月19日(火)・・・・・
 歩道を歩いていたら、若いおまわりさん三人が並んでゆうらゆうらと自転車に乗ってあっちから来てすれ違って行きました。楽しそうにおしゃべりをしていて、制服を着ているから警官とわかるといった感じでした。昔、学生が「日本に来て一番おかしいと思ったのは警官が自転車に乗っていること」と言っていたのを思い出しました。そこにいた学生たちの出身国の警官は皆、恐い顔をして大きなオートバイに乗っているそうです。自転車ではどんな恐い顔も間抜けに見えてしまう・・・。似て非なるもの。刑事とヤクザ。どちらとも親しくお付き合いをしているわけではないのですが、少々長く生きている間に会う機会を得たそれらの人たちを思い浮かべてみると、非常に恐い感じの人と非常に人当たりのいい優しい感じの人と、それぞれがその両極端の人材を有しているように思えます。以前、四谷の飲み屋さんで隣り合わせになった団体、その風体からヤクザだと思っていたら近くの警察署の、恐い感じのグループに属する刑事さんたちだったということがありました。さて話を元に戻しますが、いつから歩道で自転車に乗っていいことになったのでしょうねえ、おまわりさん。ぼーっと歩いている歩行者には自転車は恐い存在なんですが。

 
・4月15日(金)・・・・・
 ファイト一発!リポビタンD100ml×3本パック購入。金曜日終了。
 
・4月14日(木)・・・・・
 嵐の歌。♪サクラ咲ケ ぼくの胸の中に芽生えた 名もなき夢たち ふり向くな 後ろには明日はないから 前を向け♪ この手の歌詞は好みじゃないって方もいるかと思いますが、私は好きです。タイの高校生たちと歌いました。ほんと嵐のように色々な出来事が次から次へと・・・今日やっと木曜日。

 
・4月13日(水)・・・・・
 今日、タイはソンクラーン。お正月のような日だそうです。その休みを利用して高校生たちが28人やってきました。朝からお昼まで信濃町校で元気な彼らの授業をして、私はすぐに高円寺校に移動、外国人のための日本語教師養成コースの授業。そのころ信濃町校の高校生たちは生け花体験、その後タイのダンスを披露してくれたそうなのですが、見られず残念。高円寺校での授業を終えた私は高田馬場に行って全養協の理事会。夕方からW大学。大学院に「日本語教育学特殊研究」という、日本語学校の現状やその役割の理解を内容とする科目が新設され、イーストウエストのShimada先生、新宿のEzoe先生と三人でオムニバス形式の講義をすることになりました。今日はオリエンテーション、画期的な試みですよね、日本語学校が大学院に入り込むなんて。そして今日は7月生の申請書類の入管提出日でした。皆さんお疲れ様。私もお疲れ様、久々に“先生”をたくさんしてしまいました。無性にアイスが食べたくなり、コンビニで買って帰りました。

 
・4月12日(火)・・・・・
 一昨日の日曜日は半そでのTシャツ1枚でその辺をふらふらしていました。なのに昨日今日とコートを着ていても寒くてガタガタ震えがきてしまうような陽気に逆戻り。春よこい、早く来いと念じながら校内を上へ下へと走り回っていました。明日は東京都内東へ西へ、さらに過密なスケジュールが待っています。明後日の午後にはちょっと落ち着く予定。はぁぁぁ・・・。
 
・4月11日(月)・・・・・
 大学を卒業してすぐに就職したのは某私立大学。最初は教務課に配属され、半年後に「コンピュータ導入に関する準備事務局」というところに異動、その後その部署は「情報処理センター」と名を変え、そこで4年数ヶ月を過ごしました。100%門外漢だったのですが、業務でIBMの研修に通い、フォートランとかコボルといったプログラム言語の通信教育を受けていました。その大学が最初に導入したCPUは“IBM4331”という装置で、胸くらいの高さ、両手を広げても届かないほどの幅の、とてつもなく大きな四角い箱でした。はて、記憶容量はどれくらいだったのだろうと思って今インターネットで調べてみたら「最大2メガバイト」。何が言いたいかというと、今日買った“USBメモリ”という超小型記憶装置、100円ライターよりも小さくて軽い、なのに記憶容量は「256メガバイト」、3500円でした。「2ギガバイト」というもう少し高いのも売っていました。2メガバイトから2ギガバイトへ、これ何倍ですか?わけわかりませんが、一台うん千万円・2メガバイトの時代、初めてのことばかりであれはあれで楽しい毎日でした。

 
・4月9日(土)・・・・・
 『入管戦記』(講談社)全254ページを一気に読みました。筆者はこの3月まで東京入国管理局長を務めた坂中英徳氏。ここ数日、Ezoeさんという、とある日本語学校の校長先生に「知ってる?」「もう読んだ?」「絶対読んで」と、電話で話すたび会って話すたびに強く勧められていた本です。本日土曜日、日本語学校のスタッフの皆は、13日に提出する7月生申請者の事前審査のために出勤していました。書類の提出先は東京入国管理局、落ち着いたら皆さんもぜひ読んでみてください。日本語を教えている皆さんにもお勧めします。
 
・4月7日(木)・・・・・
 インターカルトの先生の中にオリエンテーリングを趣味(或いは生きがい)にしている人がいて、最初それを聞いた時、いい年して何やってるんだろうと思いました。オリエンテーリングとは「自然の山野において、地図上に指定されたいくつかの地点(ポスト)を地図と磁石を用いて発見・通過し、できるだけ短時間でゴールまで到達することを競う競技」と『大辞林』にもあるれっきとしたスポーツだということはその後知りました。私の中でのオリエンテーリングは、「自然の山野において」は同様ですが、「木の陰などに隠してあるクイズやなぞなぞを解きながらゴールを目指す」という子供の頃の経験が続きます。「12+10×8÷2+849×・・・」というような問題を一生懸命計算しながら走り、最後に「×0」があるのに気づきがっくりきたことを今でも覚えています。最近のテレビコマーシャル。「例えば日本の算数の問題はこうなっています。1+3=□、2+4=□、5+3=□。イギリスではこうなっています。□+□=5、□+□=7、□+□=4。考えるのがちょっと楽しくなりますね。子供の数だけ答えがある。」・・・ううん、いいなぁと思って見ています。
 いい季節になりました。桜は満開、 今学期から新しく始まった『短期速習コース』の学生たちは授業終了後、皆で新宿御苑にお花見に行ったそうです。私の算数。1+1=2じゃあない。3にも4にも10にも100にもしたいなと思っています。皆もね。


 
・4月4日(月)・・・・・
 日本語学校も日本語教員養成研究所も新学期スタートで、信濃町校も高円寺校もにわかににぎやかになりました。香港ではインターカルトのコースがスタート、香港時間午後8時、Hihara氏による第一回授業が始まります。どうかよろしく、です。そして・・・。始まりがあれば終わりもあります。タイの学校で頑張ってくれていたTabuchiさんの勤務は間もなく終わります。お疲れ様でした。みんなに多謝。コップンカー。

 
・4月2日(土)・・・・・
 足掛け4ヶ月、65日めにして、ようやく松葉杖とさよならしました。杖なしで歩くのは、手持ち無沙汰で何か忘れ物をしたような気持ちです。

 
・4月1日(金)・・・・・
 「13万5千人」って何でしょう?。答えは「日本国内の日本語学習者数」(平成15年、文化庁調査)。では「海外の日本語学習者数」は?。・・・「235万人」(平成15年、国際交流基金調査)だそうです。今日は日本語教員養成研究所実践コース4月期生の開講式でした。13万5千人と235万人とその予備軍が皆さんを待っています!

 

2005-03-01 00:00:00

2005年3月

Theme: HP版-blog以前-

・3月31日(木)・・・・・
 四谷区民センターでの入学式、無事終了です。いつものように新入生一人一人による壇上での一言スピーチもありました。国別人数の割合の偏りがそれほどでもなくなり、新たな国からの学生が増えました。日本語学校こんな時代なので、「各国事務所の皆さん、集めてくれてありがとう!」、何より「みんな、入学してくれてありがとう!」でした、心から。いつも交流会に参加してくださっている日本人ボランティアの方々がいらっしゃり、新入生の出迎えから入学式のお手伝いまでしてくれた在校生たちも会場内にいて、今回はその人たちの紹介もありました。インターカルトの新規部門のメンバーも紹介されました。・・・桜も開花しました。
 
・3月30日(水)・・・・・
 「日本の木にはどうして葉っぱがないんですか」と、南国から来た新入生に聞かれました。冬がある国の木には葉っぱがない時があるんだと彼女が知った瞬間でした。今日は4月生のオリエンテーション。明日は今年度最終日ですが、インターカルト日本語学校は来年度の入学式です。
 
・3月27日(日)・・・・・
 反省。昨日は説明会にもセミナーにも行かず、行けず。紀尾井町と八丁堀は、昨日の私にはちぃと遠すぎました。でも両方ともとてもいい会だったと、それぞれ出席した方たちから漏れ聞きました。残念。けれど午前中の立川の国研にだけは行きました。子供をつれている人、犬をつれている人には自然と人が話しかけてくるといいますが、杖をついている人にもそれは同じです。今日の立川では「私は半月盤」「私はアキレス腱」「私は靭帯」と、自らの過去の負傷の経験をそれぞれ語ってくださいました。以前ここに私の整形外科の看護師さんとそっくりと書いた会長の経験も伺いました。本日、とうとう骨折2ヶ月めです。

 
・3月25日(金)・・・・・
 日本語学校も教員養成研究所も4月生を迎える準備が着々と進んでいます。特に日本語学校は、迎える相手がまだ日本にいない外国人たちなので大変です。今日、卒業生たちが皆学校の寮から出たので、部屋が清掃され、そこに入る新入生たちのための布団の搬入なども始まりました。各国から皆で一度に来てくれればいいのですがそういうわけにはいかず、来日日時・航空便別に空港や新宿まで出迎えに行くためのシフト表も作られています。日曜日に来日第一団が台湾からやってきて、29日がピークとなり、時間差でスタッフや先輩の在校生たちがあっちこっち飛び回る予定です。スタッフの皆は明日、明後日と出勤して、準備や出迎えに当たります。私の明日は別行動で、午前中は国立国語研究所で日本語教育学会評議員会と総会、午後は、これは天候と足と体調により未定の予定なのですが、「ジェトロビジネス日本語能力テスト(ジェトロテスト)説明会」と「入管法・在留資格入門-留学生の就職と在留資格セミナー」に行こうかなと思っています。
 
・3月24日(木)・・・・・
 明日の日本列島は春なのに冬の嵐。このため日本海側では雪、太平洋側も冬の寒さだそうです。気候に関係なく、心も体もひゅーと寒くなることが時々あります。でも今日の夜は心温まる会。4月から遠方の大学に進学するため六本木ヒルズのマクドナルドでしていたアルバイト退職にあたり、社員・アルバイト総勢70名にレストランで送別会をしてもらった(まさに人徳!)という中国の学生が今晩の主賓でした。先日インターカルトを卒業した学生です。私の「養成での教え子76歳」の「中国での教え子28歳」、子どもの子どもだから孫になりますね。子どもが主催して総勢3人でした孫の入学祝いでした。担任の先生、クラスの先生、進学指導の先生、必修選択の先生、たくさんの先生の名前を並べて、彼は「~のおかげ」を連発していました。心も体もほぉと温かくなって家路についた今宵でした。

 
・3月23日(水)・・・・・
 人前ではなるべく「荒城の月」を歌わないようにしていると向田邦子はエッセイに書いています。「春高楼の花の宴」の後の「めぐる盃」を必ず「眠る盃」と間違えるからだそうです。妹さんは幼い時に「泣くな小鳩よ」を「泣くなトマトよ」と歌っていたともあります。私の末の妹は「ひみつのあっ子ちゃん」の主題歌を「あっこちゃーん、あっこちゃーん、とちとち」と歌っていました。正しくは「すきすき」です。「せんもん」の「もん」は門だったか問だったか、「ほうもん」の「もん」はどっちだったか、いつも一瞬迷います。・・・前置き、長すぎますね。さて本題。3月11日のこのコラムに書いた「藁をもすがる思い」は「藁にもすがる思い」の間違いです(今朝誤りを訂正しました)。「藁をも」ときたら動詞は「つかむ」、「藁にも」の時が「すがる」。この失敗、初めてではないので、私はばかばかばかです。去年の3月29日に全く同じことを書いているのです。これ、よく間違えるために自信がなく、ここに書く前に調べたのです。調べたのに入力する時にまた間違えました(本当は調べなくても、「も」をとって「藁をつかむ」「藁にすがる」と考えればすぐわかるんですよね)。自分の職業を考えたらこんなところに長々と書ける話ではないのですが、こういう失敗をする度に「人のこと言えないな」と思います。たとえば学校で、「あの学生、また同じ間違いをした」とか「この間授業でやったのに」とか・・・。ご指摘くださった方へ、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。今日、高円寺校では教務室が2階に引越しをし、1階の学生のスペースがとても広くなりました。

 
・3月22日(火)・・・・・
 「花魁」と書いて「おいらん」と読みます。左が花魁。右が殿。殿はアドリブで「ちこうよれ(近う寄れ)」などとのたもうたそうです。先週の金曜日の日帰り旅行、日光江戸村。行けなくて何が残念だったって、Y局長の飛び入り出演、殿の演技が見られなかったこと以外に何がありましょうか。ライブで見られた皆さんはラッキーでした。見逃してしまった方、写真だけでなくビデオも出回っているらしいですよ。

 
・3月19日(土)・・・・・
 ちょっと身軽になって行動範囲の広がった一日でした。午前中は信濃町校で両校合同教師会、心優しい皆さんは晴れて杖一本になった私にあたたかい拍手を送ってくださいました。お昼は、この春小学校の先生に転職するF先生と駅のレストランで食事、その後同じ場所でY先生と打ち合わせをしてから凡人社に行って、今日の店頭イベント「日本語教師養成講座説明会」で説明をする養成研究所スタッフAさんのアシスタント。実は私の登場は予定外だったのですが、夕方からあるチャリティーパーティーまでの間、はて何をしようかと考え、新刊書を見がてら行ってみることにしたのです。何でも、やって意味のないことはないですね。行ってよかったです。京王プラザホテルでのパーティーは、タイから帰国した旧友M氏が所属する社団法人F協会の主催、インターカルトのI先生、Aさんと中華料理を食べオークションに参加して、私はなぜか九谷焼のお皿を手に入れ、よいしょこらしょと空いた片手にぶら下げて帰宅しました。久々に使った右足のふくら脛、筋肉痛です。

 
・3月18日(金)・・・・・
 日光への日帰り旅行、総勢320名全員無事帰ってきました!と連絡あり。皆さんお疲れ様でした。私は松葉杖が一本減って三本足になりました。
 
・3月17日(木)・・・・・
 卒業式でした。信濃町駅ビルのジョン万次郎が面積を縮小してしまったためパーティー形式での式ができなくなり、久々に牛込箪笥区民センターでの式典でした。我々の挨拶、卒業証書授与、皆勤賞、精勤賞、成績優秀賞の発表に続き、卒業生全員が壇上で一言ずつ挨拶、その顔の一つ一つ、言葉の一つ一つが私の頬を濡らしました。学生たちと、この式を企画運営したスタッフ皆のおかげで、ああ私はいい仕事ができてるなと思えたひと時でした。学生たちがたくさんの感謝の言葉を贈っていた先生方にも感謝です。明日は在校生・卒業生みんなで東照宮と日光江戸村に日帰り旅行。「足手まとい」に当選確実の私は行きません、行けません。
 
・3月16日(水)・・・・・
 私が住む府中の駅前に「くるる」という名の、レストランとマーケットと洋服屋さんと9つの映画館と、それに上の方がマンションという30階建てのビルがオープンします。が、四本足の生活がまだ続きそうなのでこのビルの中を覗けるのはおそらくまだまだ先の話になると思います。今、行動範囲が非常に狭いために正真正銘の運動不足です。最近見かけないもの。ウエストのくびれと骨盤のでっぱり。これはこの間見つけた日本語教師1年目の私、サングラスは学生のです。
 
・3月15日(火)・・・・・
 今、他校の先生たちと組んでやっていることがあります。何かしなければならないことがあった時、余裕をもって期限を決められるとかえってぐずぐずしてしまいます。余裕があってもなくてもやる時はがががっと集中して短時間でやるたちです。明日までに作らなければならない資料があり、12時をまわってから「さあてやるか」と思ってパソコンを立ち上げたところで、自分が作らなければならない資料が何かわからないことに気づきました。骨折の前日、1月26日の打ち合わせの時に役割分担をしたのですが、その分担表をもらっていないのでした。すぐにメンバーの先生に「教えてください」というメールを出しましたが返事がないので、もう寝るしかありません。陰暦三月の異称は「夢見月」だそうです。寝て夢見ます。

 
・3月14日(月)・・・・・
 1月から始まった「外国人のための日本語教師養成コース」の最終日、教室で修了式をしました。一人一人の顔を眺めながら、「やり遂げる」ということをし遂げた人たちには自然と“自信”が身につくものだと思いました。
 11日に書いた迷いごとについて。結局は黙っていられないたちで、一言物を申したところすぐにお返事がきました。過ぎたことはもういいですね。メーン州のKさん曰く、「明日のことを考えよう」。そうしましょう。

 
・3月12日(土)・・・・・
 今日は日本語教員養成研究所から・・・。
「実践コース」2005年4月期生申込み締切り迫る!
「短期実践コース」2005年7月~新規開講します!
「通信コース」復活の声にお応えしました!
実践コース2004年10月期生は昨日、全員無事修了。一部有志たちは来週月曜日、海外日本語教育実習参加のため台湾に向かいます。その台湾では8日(火)に日本語学校4月生たちのオリエンテーションが行われました(写真)。長期生、短期生、その家族、合わせて35名が事務所に集まったそうです。

 
・3月11日(金)・・・・・
 まもなく開催される愛知万博の会場に、アポロ17号が持ち帰った月の石が展示されるそうです。その石とアメリカ・メーン州の大学の先生が何か関係あるらしく、その先生へのインタビューを含む特集記事を某有名新聞社が企画しました。その担当記者が出発を目前にインタビューの際の通訳者調達に難航し、藁にもすがる思いといった感じで私に電話をかけてきたのは去年の11月24日、ここにもちょっと書きました。元インターカルト同僚のKさんがメーン州にいることを書いた私のコラムがインターネットの検索で引っかかったからだといいます。お人よしの私は次の日から出張だというのに、忙しい合間を縫って時差を超えてKさんに連絡をとり、同様にお人よしのKさんがメーン州では数少ない日本語ができるアメリカ人通訳者の調達に動いてくれました。あれから3ヶ月半うんでもすんでもなく、万博開催間近を伝えるニュースを見ながらふっと思いついて検索したら、その記事が載っているサイトに簡単にたどりつきました。
  外国人学生の出演依頼、日本語学校を扱うテレビ番組、ときに外国人問題の報道というように新聞でもテレビでもメディアの方たちからの取材依頼が度々あるのですが、その時に「取材してやるぞ。どうだ、嬉しいだろ」と言われているような気持ちになることが少なからずあります。報道の怖さ、嘘、いい加減さを知っている現代の私たちに対してずいぶんと時代遅れな態度だと思います。けれど「礼を尽くす」ということに時代は関係ないのですよ、人としての最低限のマナー。見返りを期待しているのではもちろんありません、「無事終了。ありがとう」の一言がほしかっただけです。直接頼まれて動いた私はただのバカでいいですが、Kさんは「加藤さんの頼みなら」と言って動いてくれたのです。顔が立ちませんよ、まったく。まだ若いと見たその記者氏に礼儀を教えてやろうかどうか、今迷っています。
 
・3月10日(木)・・・・・
 1983年、「IBMマルチステーション5550」という機器が私の初めて出会ったワープロです。そのころ勤めていた職場に、ワープロの字体の一つ「正楷書」に“温かみ”を加えたような美しく整った文字を書く年配の女性がいました。職場中の対外的な文書の作成を一手に引き受けていたのですが、5550導入の少し後に彼女は職場を去って行きました。ちょうど定年だったのか別の意味があったのかはわかりませんが、何であれ、時代の流れというものを私が初めて感じた出来事でした。そして今、自分もまた年を重ね同じような出来事に何度か遭遇する間に、かつては哀しいと思った事々を違って受け止めるようになりました。「今日」があるための「昨日まで」を作ってくださった・・・特に今日は尊敬する李さんに感謝を込めてお礼を申し上げたいと思います。「生きることで老いる人はいない。人生に興味を失うことでのみ老いるのである」(マリー・ベイノン・レイ)。いつまでも止むことのない興味を人生に!心から、ありがとうございました。

 
・3月9日(水)・・・・・
 夜の10時ちょうどに突然携帯から音楽が鳴りだしたので画面を見たら「宝くじ抽選結果」と出ていました。先月買った「グリーンジャンボ宝くじ」の抽選日を忘れないように、自分でアラームをかけておいたのでした。過去の自分に「おいおい」と声をかけられたようで不思議な気持ち。・・・ある出版社に勤めていた人のことを思い出しました。1985年に17歳だった自分が未来の自分宛に出したポストカプセル郵便を2001年に受け取った彼は、その手紙に書かれた自分との約束を果たすために仕事を辞めて旅に出ました。今まだ旅の途中。彼の人生、その日を境に大きく変わりました(彼に興味がある方はこちら)。10枚買った宝くじは5等、3000円が当たっていました。初めてのことなので嬉しかったけれど、これでは人生は全然変わりません。

 
・3月7日(月)・・・・・
 『問題な日本語』という、そのタイトル自体が問題のように思える本が売れているそうです。私も日ごろ耳障りだと思っている「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」「コーヒーのほうお持ちしました」「私的」「なにげに」といった日本語について書かれているようです。今朝のテレビでは『Giongo gitaigo jisho』という、漢字で書いたら『擬音語擬態語辞書』がとてもおもしろいと紹介していました。タイトルだけでなく装丁もおしゃれで、抱えて歩いたらかっこいいとも言っていました。日本語ブームをいかに私たちの仕事に・・・が課題ですね。さてタイトルの写真、3月は梅だ!と1月から計画していたのに、この足のために撮りに行けず。今日、高円寺校スタッフMs.アンパンマン撮影の梅を分けてもらったので、それを掲載しました。


 
・3月6日(日)・・・・・
 日本中に大雪が降っている間にHongKongに行ってきました。見事に隙間のない超過密スケジュール、皆さんにお世話になりました。明日は春の陽気だそうですが、それは私たちが連れて帰った春でしょうか。一番お世話になった同行の元HK/sasakiさんは、私の車椅子を押してくれた空港スタッフの人と広東語で喋っていました。

 
・3月2日(水)・・・・・
 ライブドアとフジテレビの問題で「企業買収に詳しい弁護士」として『報道ステーション』(テレビ朝日)に頻繁に出演している永沢徹弁護士は、子どものころ家が近所で、同じ小中学校に通った一つ年上の先輩、永沢君です。東京に開成高校というすごい高校があることを私が知るきっかけを作ったのはこの人、さっきもテレビをつけたら出ていたので書いてみました。後輩の私は明日、整形外科から高円寺校に行って授業をし、その後ぴょんぴょんとちょっと遠出です。
 
・3月1日(火)・・・・・
 今年はインターカルトにおひな様が二つもやってきました。高円寺校のは世田谷のあるお宅から譲っていただいたもの、そして信濃町校のは日本語教員養成研究所のスタッフKiDoさん宅からいただいたものだそうです。お内裏様(おだいりさま)とお雛様(おひなさま)、三人官女(さんにんかんじょ)に五人囃子(ごにんばやし)と、両方ともとても豪華で立派です。ありがとうございました。両校とも学生たちが一緒に飾り付けをしました。

Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 | 4 |oldest Next >>