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2009年09月08日(火)

墓石材【AG-98】との出会い

テーマ:石材
私と墓石材【AG-98】との出会いは、1980年頃…
ある商社が国産の【大島石】に良く似ている石の原石を
販売していることを知り、どんな石か知りたくて
商社に問い合わせたのですが、教えてくれず。。。
仕方ないので中国の福建省周辺を調べてみたの
ですが、なかなか原石の丁場(採石場)が見つからず
半ばあきらめておりました。。。
そんな折、ふとした所からその原石丁場の写真を手に入れる
事ができ、友人数人と共に「この場所はどこだろう???」
と懸命に考え調査しました。
そして一ヶ月後。。。
ようやく原石丁場の写っている写真の場所を特定する
事ができました。
喜び勇んで現地へ!!!!!!!!!
しかし!!!!!!!!
なんとその原石丁場は、あろうことか海の中の小さな島。。。
しかも、満潮になれば島は2mほど海に浸かってしまうのです。。。
びっくりして島を見ていると、小さな船が一艘こちらへ
やってきます。
何かと思っていると、どうやらあの島から原石を満潮時に
小船で丘まで運んでいるようです。。。
正直こんな原石丁場は初めてでした。
おもしろいので原石の行き先を追いかけて行くと
陸地に運ばれた原石は、海水に浸かっているために
塩水をふんだんに含んでいるので、道路に並べて
塩抜きしておりました。
私は正直「この石材を日本でお墓に使うと、後でクレームが
たくさんくるだろうなぁ…」と思いましたが、
この国産【大島石】に似た石材を使いたい想いがあり、
この小さな島の周辺で、海に浸かっていない、陸地にある
原石丁場を探しました。
ちょうど近くにあった原石丁場を見つけ、原石を確認。。。
これなら塩にも浸かっていないし、石目も抜群!!!
さっそく買付け交渉を始めました。
これが私と【AG-98】との出会い。
なんとも昔の事ですが、【AG-98】を見るたびに
思い出します。



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2009年07月31日(金)

『石材店』を一生の仕事にできたこと

テーマ:経営・戦略
 以前働いていた妻の実家の石材店は、神戸市内に本社ビルがあり従業員が営業・事務員・現場作業員を含めて20人程度の会社でした。
営業マンの人数は少なく、皆20代で営業の経験は少ないものの、そこは『若さ』を武器に朝8:30から夜9時10時まで必死に働いていました。
もちろん『若さ』と『やる気』だけで全て上手く行く訳はないのですが、当時の営業マンは皆、仕事に情熱を向け、必死にがんばっていたように思います。

 さて、そんな中、私が最初に『墓石』の営業を始めたときは
『お墓』とは売って歩くものなのか。。。とか
『お墓』を売るのには、なんて言えばいいのだろう。。。とか
『縁起悪い!!』『いらんわい!!』と文句を言われて追い返されたらどうしよう。。。とか
日々暗中模索の中におりました。
 
 ところが、いざ『墓石』を売って歩くようになると、これまで販売していた百科事典や不動産とはまったく違いました。
なにより私自身が商品開発や品質管理に携わり、自社の商品に自信が持てたことが大きな違いでした。
今までのように商品に対しての知識も少なく、自分自身が商品に自信すら持てずにいたら『墓石』も現在のように一生の仕事にはしていなかっただろうと思います。
 
 そして商品の説明だけでなく、私の知識と経験からお客様に色々なお話をさせていただくよになると、徐々にお客様も真剣に私の話を聴いてくださるようになり、以前『本』『不動産』を売っていた時より、ご契約率も上がり、クレーム減り、お客様が私を信じていただけるようになりました。
私自身の経験や知識をお客様と楽しくお話させていただいて、仕事も上手くいく。。。
そうなった時に、『石材店』が私の一生の仕事になりました。

 今、私の経営する石材店でも、営業マンが自信を持って売れるように、社長として石材・施工・アフターケアについては万全の体制を整えています。
そうする事によって初めて営業マンは胸を張って会社の看板を背負っていけるのではないでしょうか。

 不景気な時代で、どの企業・業種も売り上げ低迷が続いておりますが、そんな時にも営業マンに責任を押し付けるのではなく、営業マンが自信を持って売ってこれるような会社や商品にするべく、社長自らが汗を流し東奔西走するのも大事なのではないかと思う今日この頃です。

お墓のことなら 日中貿易株式会社

2009年07月21日(火)

私の石屋人生

テーマ:経営・戦略
早いもので今年7月で還暦を迎えたました。
24歳で妻と結婚し、その翌年に妻の実家の石材店で勤め始めたのが35年前。
今、ふと昔の事を振り返ってみれば、様々な事が懐かしさと供に甦ります。

その当時の私は田舎者丸出しで、学歴も後ろ盾もなくただただ情熱だけを空回りさせているような青年でした。
そもそもの私の性分は、生まれながらにして飽き性。
次から次へと新しい事に情熱を向ける性質で、その結果、何度となく転職を繰り返し、次から次へと新たな情熱の行く先を探しておりました。

高校卒業後の私がまず就職したのは、住宅地図の調査員。歩いては書き、調べては書き。。。
なんとも地道な作業なのですが、地域の移ろいを感じたり盛者必衰の理を感じたりしたものです。
その後、情熱の行き先は大型タンカーで大海原を航海する事に向きました。
会社でアメリカの保険会社認定の溶接免許を取り、数ヶ月間イランやクウェートなどの産油国に出かけ、航海中のタンカーをチェックしたり修理したりする仕事をしました。
なんとも大きな、夢と意義のある仕事だったと思います。
また、有名な百科事典(ここでは名前は出しませんが・・・)を売り歩いたり、温泉付き別荘地を売り歩いたり。。。
情熱の矛先がとどまる事無く揺れていた時代でした。

何度となく職を変えた私が、一点に情熱を向け、全身全霊で取り組んだのが、現在の石材店でした。

今石材店を経営するようになり、昔に教えられ、叩き込まれた営業魂が今日の私を支えていると心から思います。

当時私に営業を教えてくださった皆様、そして私から商品を買って下さった皆様に育てられ、今日の私があります。
今度は私が次の世代の者を育て、見守っていかなければならない立場になりました。

私を育ててくれた皆様、そしてこれから出会うであろう皆様。過去、現在、未来に向けて
私を包む皆様に感謝。

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