nichirengsのブログ

末法の本仏 日蓮大聖人の著作から、御金言を毎日取り上げます。

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【勧持品十三箇の大事】

 

第七 有諸無智人の事 (注)

 

御義口伝に云く、一文不通の大俗なり、悪口罵詈等分明なり。

日本国の俗を諸と云うなり。

 

有諸無智人

この偈は妙法蓮華経 勧持品の下記の偈に説かれている。

[原文]

唯願不為慮 於仏滅度後 恐怖悪世中 我等当広説

有諸無智人 悪口罵詈等 及加刀杖者 我等皆当忍

悪世中比丘 邪智心諂曲 未得謂為得 我慢心充満

或有阿練若 納衣在空閑 自謂行真道 軽賎人間者

[和訳]

唯、願くば慮(うらおもい)を為さざれ、 仏、滅度の後に於いて、恐怖の悪世の中て゜、我等、当に広く説くべし。

諸の無智の人、法華経を説く人に 悪口、罵詈等、及び刀杖を加える事有とも、我等は皆、当に忍のばん。

悪世の中の比丘(出家僧)は、邪智にして心、諂曲にして、未だ得ざるともこれを得たりと謂い、 我慢の心充満せり。

或は阿練若(注)に有りて、納衣にて空閑に在りて、 自から真の道を行ぜりと謂い人間を軽賎せし者あるらん。

阿練若

人里離れた静かな場所

 

上記の文文は、末法に法華経を弘教する法華経の行者を迫害する

俗衆増上慢・道門増上慢・僭聖増上慢」の三類の強敵を示している。

諸の無智の人は俗衆増上慢、

悪世の中の比丘は道門増上慢、

自から真の道を行ぜりと謂い人間を軽賎せし者は僭聖増上慢をそれぞれ意味している。

 

日蓮大聖人は、松葉ヶ谷の法難、伊豆流罪、小松原の法難、龍の口の法難、佐渡流罪の5つの法難で、勧持品に予言されている三類の強敵からの迫害を全て受け、末法の本仏としての振る舞いを示した。

この事について日蓮大聖人は佐渡で書かれた開目抄

「而るに法華経の第五の巻・勧持品の二十行の偈は日蓮だにも此の国に生れずば・ほとをど世尊は大妄語の人、八十万億那由佗の菩薩は提婆が虚誑罪にも堕ちぬべし」と断じておられます。

 

 

【御義口伝 上】74に続く

 

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【勧持品十三箇の大事】

 

第六 如法修行の事

 

御義口伝に云く、如法修行の人とは天台、妙楽、伝教等(注)なり。

今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは、如法修行なり云云。

 

法華経勧持品では「此の経を書写・受持・読誦し、其の義を解説し、法の如く修行し、正しく憶念せしめん」と説かれているが、日蓮大聖人は末法の修行は、法華経二十八品を一幅の曼荼羅に図現した十界曼荼羅のご本尊に向かいて「南無妙法蓮華経」を唱えることが仏になる唯一の行であると解き明かした。

 

天台、妙楽、伝教

天台大師は中国隋の時代の僧。天台宗の実質的開祖

妙法蓮華経の釈である『法華文句・法華玄義・摩訶止観』説き、一瞬の生命に地獄界から仏界まで十界が備わり、その十界は互いに具しているとする十界互具論を展開した。

妙楽大師は天台宗の第六祖、天台大師の「法華三部作」の解釈本「

止観輔行伝弘決、法華玄義釈籤、法華文句記を書き、十界互具論を発展させ、「一念三千論」を体系化した。

伝教大師(最長)は日本の天台宗の開祖。没後7日目に嵯峨天皇より大乗戒壇設立が許可される。

 

 

【御義口伝 上】73に続く

 

 

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【勧持品十三箇の大事】

 

第五 作師子吼の事 (注)

 

御義口伝に云く、師子吼とは仏の説なり、説法とは法華別しては南無妙法蓮華経なり。

師とは師匠、授くる所の妙法。子とは弟子、受くる所の妙法。

吼とは師弟共に唱うる所の音声なり、作とはおこすと読むなり、

 

末法にして南無妙法蓮華経を作すなり。

 

 

作師子吼の事 妙法蓮華経 勧持品第十三の下記の偈にある。

 

『時に諸菩薩は仏意に敬順し、ならんで自から本願を満たさんと欲し、仏前に於いて、師子吼を作し、弘通)の誓言を発せり』

 

【御義口伝 上】72に続く

 

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【勧持品十三箇の大事】

 

第四 敬順仏意の事 (注)

 

御義口伝に云く、法華経に順ずるは敬順仏意なり。

(仏の)意とは、南無妙法蓮華経是なり。

今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは、敬順仏意の意なり。

 

敬順仏意 勧持品の下記の偈に示されている。

[原文]

時諸菩薩 敬順仏意 并欲自満 本願

便於仏前。作師子吼。而発誓言。

世尊。我等於如来滅後。周旋往返。十方世界。能令衆生。

書写此経。受持読誦。解説其義。如法修行。

正憶念。皆是仏之威力。

[和訳]

時に諸菩薩は、仏意に敬順し、ならんで自から本願を満たさんと欲し、

仏前に於いて、師子吼を作して、誓言を発せり。

『世尊よ、我等は如来(釈尊)の滅後に於いて、十方世界の周りをあまねく往返し、能く衆生をして、此の経(法華経)を書写・受持・読誦し、其の義を解説し、法の如く修行し、正しく憶念せしめん。是らは皆、仏の威力ならん』

 

末法の本仏日蓮大聖人は勧持品の「仏意」について、末法においては「ご本尊に向かいて南無妙法蓮華経と唱えることである」と断じられておられます。

 

 

【御義口伝 上】71に続く

 

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【勧持品十三箇の大事】

 

第三 心不実故の事

 

 

御義口伝に云く、心不実故とは、法華最第一の経文を第三と読み(注)

 

、最為其上の経文を最為其下と読みて、法華経の一念三千を華厳(注)、大日等に之れ有りと、

法華の即身成仏を大日経(注)に取り入るるは、此等は皆心不実故なり。

 

今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、心実なるべし云云。

 

法華最第一の経文を第三と読み

空海は「十住心論」で「第一大日経、第二華厳経、第三法華経」と説き法華経を第三の劣と誹謗した。

 

この事について日蓮大聖人は開目抄

「華厳宗と真言宗とは本は権経・権宗なり、善無畏三蔵・金剛智三蔵天台の一念三千の義を盗みとつて自宗の肝心とし、其の上に印と真言とを加て超過の心ををこす。

其の子細をしらぬ学者等は、天竺より大日経に一念三千の法門ありけりと・うちをもう。

華厳宗は澄観が時、華厳経の心如工画師の文に天台の一念三千の法門を偸み入れたり、人これをしらず」と断じておられます。

 

 

華厳

華厳経 大乗経典の一つで毘盧舎那仏を本尊とする。

華厳経全体のサンスクリットげの原典は存在しないが、その中の、「十地品」「入法界品」はサンスクリット経典がある。

インドで伝えられてきた種々の大乗経典が、4世紀頃に中央アジアでまとめられたものであると推定されている。尚、毘盧舎那仏は真言宗の大日如来と同一の仏となる。また東大寺は華厳宗の大本山である。

大日経

インドから唐にやってきた善無畏(637-735)と唐の学僧たちによって724年に漢訳された。しかしサンスクリットの原本は存在しないので、釈迦が説いた仏説ではなく、善無畏が主導し諸経の優れた要素を寄せ集めて作り出したものと推察される。

 

華厳経は仏説と推察されるが、毘盧舎那仏(大日如来)は阿弥陀如来同様に、釈尊、日蓮大聖人と異なりこの地球上(娑婆世界)に実在した仏でなく、あくまで経典上の謂わばバーチャルな存在に過ぎない。

また法華経が「妙法蓮華経」という、森羅万象を貫く「慈悲の法」を究め解き明かし、其の法(妙法蓮華経)に帰命することで、己心に内在する仏界を開くという具体的な成仏の道を示しているのに対し、無知な衆生に対し、あくまで仮想の仏をありがたい存在として提示し、その仏に対し渇仰させることで救済するという手法を説いている。

 

 

日蓮大聖人は上記の点について「大田殿女房御返事(即身成仏抄)」で次のように解き明かしております。

『今法華経にして有余・無余の二乗が無き煩悩・業・苦をとり出して即身成仏と説き給う時、二乗の即身成仏するのみならず、凡夫も即身成仏するなり。

 此の法門をだにも・くはしく案じほどかせ給わば、華厳・真言等の人人の即身成仏と申し候は、依経に文は候へども其の義はあえてなき事なり、僻事の起り此れなり。

 弘法(空海)・慈覚・智証等は此の法門に迷惑せる人なりとみ候。

 何に況や其の已下の古徳・先徳等は言うに足らず、但天台の第四十六の座主・東陽の忠尋と申す人こそ、此の法門はすこしあやぶまれて候事は候へ。

 然れども天台の座主慈覚の末をうくる人なれば・いつわりをろかにて・さてはてぬるか。

 其の上日本国に生を受くる人はいかでか心には・をもうとも言に出し候べき。

 しかれども釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌・竜樹菩薩・天台・妙楽・伝教大師は、即身成仏は法華経に限るとをぼしめされて候ぞ。我が弟子等は此の事を、をもひ出にせさせ給へ』と。

 

【御義口伝 上】70に続く

 

 

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【勧持品十三箇の大事】

 

第二 不惜身命の事 (注)

 

御義口伝に云く、身とは色法、命とは心法なり。

事理(注)の不惜身命之れ有り。法華の行者、田畠等を奪わるは理の不惜身命なり、命根を断たるを、事の不惜身命と云うなり。

 

今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、事理共に値うなり。

 

不惜身命 

勧持品の冒頭の次の文文にある偈

[原文]

後悪世衆生 善根転少 多増上慢 貪利供養 増不善根 遠離解脱 雖難可教化

我等当起大忍力 読誦此経 持説書写 種種供養 不惜身命

[和訳]

(釈迦滅度)後の、悪世の衆生は、善根、転(うたた)少なく、増上慢多くして、利供養を貪り、不善根を増し、解脱を遠離し、教化すべき事、難しと雖と゜、

我等は当に大忍力を起し、此の経を読誦し、持ち、説き、書写し種種に供養して、身命を惜しまざらん

 

事理

日蓮大聖人は森羅万象の諸法を「事・理」の概念で解き明かしております。

 例えば、すべての衆生は「仏界つまり仏の命」と有するとするのは「理」として有している事を意味します。そして日蓮大聖人が図現された「十界曼荼羅の本尊」に南無妙法蓮華経と唱えることで、冥伏していた仏界が己心に仏界が実際に湧現することを「事=事実上の」仏界を有すると解き明かしております。

 

【御義口伝 上】69に続く

 

 

 

 

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【勧持品十三箇の大事】

第一 勧持の事

 

御義口伝に云く、勧とは化他、持とは自行なり(注)。

南無妙法蓮華経は自行化他に亘るなり。

 

今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経を勧めて持たしむるなり。

 

 

とは化他とは自行なり

 

仏道修行には、自行(自ら仏になるために行ずる行)と、化他行(他の人を仏道に入らしめる行)の二種がある。

 

日蓮大聖人は、末法における自行として、自ら図現した「十界曼荼羅の本尊」に南無妙法蓮華経と唱える事を確立した。

そして末法の化他行は「南無妙法蓮華経を勧めて持たしむる」ことであると断じられておられる。

 

【御義口伝 上】68に続く

 

 

 

 

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【提婆達多品八箇の大事】

 

第八 有 一宝珠の事 文句の八に云く、一とは珠を献じて円解を得ることを表すと。


御義口伝に云く、一とは妙法蓮華経なり、宝とは妙法の用なり、珠とは妙法の体なり。

 

 妙の故に心法なり、法の故に色法なり。

色法は珠なり、心法は宝なり、妙法とは色心不二なり。

 

一念三千を所表して竜女宝珠を奉るなり。

釈に表得円解と云うは、一念三千なり。

 竜女が手に持てる時は、性得の宝珠なり、仏受け取り給う時は修得の宝珠なり。中に有るは修性不二なり。

甚疾とは頓極・頓速・頓証の法門なり、即為疾得無上仏道なり。

 神力とは神は心法なり、力とは色法なり、観我成仏とは舎利弗、竜女が成仏と思うが僻事なり。

我が成仏ぞと観ぜよと、責めたるなり。

 

観に、六則観、之れ有り、爰元の観は名字即の観と、心得可きなり。

 其の故は、南無妙法蓮華経と聞ける処を、一念坐道場、成仏不虚也(注)と云えり。

変成男子とは、竜女も本地南無妙法蓮華経なり、其の意経文に分明なり。

 

一念坐道場 成仏不虚也

天台の法華文句の文言で「一念に道場に坐して、成仏虚しからざるなり」とある。天台の仏となるための修行法は、つまるところ釈迦が菩提樹の下で端座し、己の命を内観して成道したのと同様に、道場に坐して己の命を内観し悟りを極めようとした。末法においては、白法穏もつし釈迦の予言通り、此の修行法は効力がなくなっている。

末法の仏となる道は、末法の本仏日蓮大聖人が図現された「十界曼荼羅のご本尊」に南妙法蓮華経と唱えることが即為疾得無上仏道」となる。

 

【御義口伝 上】67に続く

 

 

 

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【提婆達多品八箇の大事】

 

第七 言論未訖の事
御義口伝に云く、此の文は無明即法性の明文なり。

 其の故は智積難問の言、未だ訖らざるに竜女三行半の偈を以て答うるなり。

 

問の意は別教の意なり、無明なり、竜女の答は円教の意なり、法性なり。

智積(菩薩)は元品の無明(注)なり、竜女は法性(注)の女人なり。仍て無明に即する法性、法性に即する無明なり。

 

今、日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは言論未訖なり。

 時とは上の事の末末の事の始なり、時とは無明法性同時の時なり、南無妙法蓮華経と唱え奉る時なり。

 

智積菩薩を元品の無明と云う事は、不信此女の不信の二字なり。

 不信とは疑惑なり、疑惑を根本無明と云うなり。竜女を法性と云う事は、我闡大乗教の文なり、竜女とは竜は父なり、女は八歳の娘なり、竜女の二字は父子同時の成仏なり。

 其の故は、時竜王女の文是なり、既に竜王の女と云う間、竜王は父なり女とは八歳の子なり。

 されば女の成仏は此の品にあり、父の竜の成仏は序品に之れ在り、有八竜王の文是なり。

 然りと雖も父子同時の成仏なり、序品は一経の序なる故なり。又聞成菩提とは竜女が智積を責めたる言なり、されば唯我が成仏をば仏御存知あるべしとて、又聞成菩提唯仏当証知と云えり。

 

苦の衆生とは別して女人の事なり、此の三行半の偈は、一念三千の法門なり。遍照於十方とは十界なり、殊には此の八歳の竜女の成仏は帝王持経の先祖たり。

 

 人王の始は神武天皇なり、神武天皇は地神五代の第五の鵜萱葺不合尊の御子なり、此の葺不合尊は豊玉姫の子なり、此の豊玉姫は沙竭羅竜王の女なり、八歳の竜女の姉なり。

 

 然る間、先祖法華経の行者なり甚深甚深云云。

 されば此の提婆の一品は一天の腰刀なり、無明煩悩の敵を切り生死愛着の繩を切る秘法なり。

 

漢高三尺の剣も一字の智剣に及ばざるなり、妙の一字の智剣を以て生死煩悩の繩を切るなり。

 提婆は火炎を顕し、竜女は大蛇を示し、文殊は智剣を顕すなり。

 仍つて不動明王の尊形と口伝せり、提婆は我等が煩悩即菩提を顕すなり、竜女は生死即涅槃を顕すなり、文殊をば此には妙徳と飜ずるなり煩、悩生死具足して当品の能化なり。

 

元品の無明

生命の本質を知らないが故の根源的な迷いの命。

仏は森羅万象の作用の根源たる諸法の実相を究め、衆生を無上道(仏道)に導くための法として「妙法蓮華経」を説いた。

この妙法蓮華経で仏道に入らない限り、元品の無明を断ち切ることはできない。

日蓮大聖人は御義口伝【涌出品一箇の大事】で次のように断じておられます。

「此の本法(妙法蓮華経)を受持するは信の一字なり、元品の無明を対治する利剣は信の一字なり、無疑曰信の釈之を思ふ可し云云」

 

 

法性 森羅万象の作用の根源たる諸法の実相

    日蓮大聖人は「妙法蓮華経」であると解き明かされた。

    さらにこの「妙法蓮華経」について【当体義抄】で次のように説かれておられます。

「問う妙法蓮華経とは其の体何物ぞや、答う十界の依正即ち妙法蓮華の当体なり、問う、若爾れば我等が如き一切衆生も妙法の全体なりと云わる可きか、答う勿論なり。経に云く「所謂諸法・乃至・本末究竟等」云云」

 

【御義口伝 上】66に続く

 

 

 

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【提婆達多品八箇の大事】

 

第六 年始八歳の事


御義口伝に云く、八歳とは八巻なり。提婆は地獄界なり、竜女は仏界なり、然る間十界互具百界千如一念三千なり。

 

又云く、八歳とは法華経八巻(注)なり、我等八苦(注)の煩悩なり。

惣じて法華経の成仏は八歳なりと心得可し。

八苦即八巻なり、八苦八巻即八歳の竜女と顕るるなり。

 

一義に云く、八歳の事はたまをひらくと読むなり、歳とは竜女の一心なり、八とは三千なり、三千とは法華の八巻なり。

仍つて八歳とは開仏知見の所表なり、智慧利根より能至菩提まで法華に帰入するなり。

 

此の中に心念口演とは口業なり、志意和雅とは意業なり、悉能受持深入禅定とは身業なり。

 三業(注)即三徳なれば三諦法性なり。

 

又云く、心念とは一念なり、口演とは三千なり、悉能受持とは竜女、法華経受持の文なり。

歳とは如意宝珠なり、妙法なり、八とは色心を妙法と開くなり。

 

八苦

釈迦が釈迦族の王子だったとき王宮を出、出家した動機となった、人間が生きる上で免れることのできない「四苦八苦」の事。

四苦とは生老病死八苦とは四苦に愛別離苦を加えて八苦とする。

釈迦は当初、この娑婆世界はいかに無慈悲であるかと嘆いたが、晩年七十数歳で直弟子千二百人に「唯仏与仏 乃能究尽 諸法実相(唯、仏と仏のみ、すなわち諸法の実相を能く究め尽せり)」と妙法蓮華経方便品で、森羅万象の諸法の実相は慈悲で貫かれていて、全ての衆生には仏の命つまり仏性があることを解き明かし、仏はその仏性を開き・示し・悟り・入らせる(開示悟入)という「一大事因縁」の為に、この娑婆世界に出現したと宣言した。

 

法華経八巻

妙法蓮華経は序品第一から普賢菩薩勧発品第二十八まで全部で二十八品で構成されていて、これを八つの巻物として読まれていた。

下記の画像は日蓮大聖人が生涯、肌身離さず使用され、行間及び裏面に2107箇所の関する釈・論等の書き込みした妙法蓮華経「注法華経に開教・結経の2巻を加え、計10巻」です。尚、,その書き込みの中には日蓮大聖人の後継者日興上人の筆で3箇所書き込みがなされております。

静岡県 玉沢妙法華寺完存(国重要文化財)

 

三業

身業・口業・意業の三業の事。

 

日蓮大聖人は【土籠御書】で、迫害を受け土籠に捕らわれの身となった弟子に対し、「法華経を余人のよみ候は、口ばかり、ことば(言葉)ばかりはよめども心はよまず。心はよめども身によまず。色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ」と説き、身口意の三業で法華経を読まなければならないと諭しておられます。

 

 

 

【御義口伝 上】65に続く。

 

 

 

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