2006-07-30 21:46:09

解せない田原総一朗の発言

テーマ:時評

週刊朝日に連載中の田原総一朗の「ギロン堂」(8月4日号)で「マスメデアは感情に訴えるだけでいいか」のテーマで、最近のマスメデアは「首相や閣僚について真っ向からその政策を取り上げて批判していては視聴率はとれない。結局揶揄してからかって感情的に非難しないと視聴者は乗ってこない」というある報道番組のプロデューサーの話を紹介して最近感情的に批判する番組が増えている(新聞も含めて)ことを指摘している。

そして少なからぬ国民は政権政党、権力者に不満を覚えている。「感情的な批判」は国民の不満のガス抜きにはなるだろう。だがそればかりやっていては国民が構造的、政策的な問題を考える機会を奪ってしまうことになる。言ってみれば国民を政治の現実から遠ざける役割を演じてしまうことになると」と、もっともらしい警告をしている。

「郵政民営化」の衆議員総選挙では、マスメデアは「感情的な訴え」で小泉劇場を演出し、そのお先棒をかついだ一人が田原氏ではなかったか?その彼が小泉首相への「感情的批判」はお気に召さないらしい。特にこのコラムでは小泉首相の訪米を例に出して、「日本の首相の訪米をアメリカメデアが好意的で歓迎したのに日本の少なからぬマスメデアは小泉首相のパフォーマンス(エルビス・プレスリー邸でのプレスリーの物まねなど)をまるで日本の恥であるかのように報じ、アメリカとまったく逆の情報を日本の国民に与えてしまった」とえらくご立腹の様子。

はたしてアメリカは小泉首相を本当に歓迎したのか。アメリカの情報提供で定評のあるブログ「暗いニュースリンク」 7月3日号に「恥を忘れた日本人:小泉首相の遠足外交に全米が仰天」 という記事をを載せている。(参照)



それによるとTIMSONLINの英タイムズ紙記者、リチャード・ロイド・パリー氏が「今後、数百万人のアメリカ人が小泉純一郎に対して抱く唯一の記憶は、エルビスを歌う不気味な日本人ということになるだろう」と、またニューヨークタイムズ紙の人気女性コラムニスト、モウリーン・ダウド氏が「東京から来た興奮しすぎの客人をブッシュ大統領が制止しようとする一幕もあったが、小泉は止まらなかった。」さらにワシントンポスト紙のピーター・ベイカー記者は「日本の首相である小泉純一郎を、今ではメンフィスの国家最重要観光地である場所に友人として連れて行くのは一興であった。しかし金曜日に、ウェーブのかかった髪を持つ日本の指導者がエルビスの歌を囁き始めると、大統領は一歩引いた」ことを紹介している。

田原氏の話と大分違うアメリカメデアの反響である。なぜ、「感情的批判」の例としてわざわざ小泉訪米を持ち出したのか?小泉首相擁護のためと勘ぐりたい内容である。「感情的な批判」を批判するのならば、その前提として真実の報道をすべきではないか。

原寿雄氏はその著書で、「新聞も放送も「権力の番犬」としての役割を果たそうとすれば常に権力者にとってうるさい存在でなければならない。非統治者=人民の立場に立って権力を監視するのがジャーナリズムの基本的役割なのに、しばしば吠える事も噛み付くことも忘れた番犬になってしまったり、いつもいねむりばかりして監視の役に立たない番犬もいる。時には「権力の応援団」になる番犬もいる。田原氏は誰に向かって吠え付き、噛み付いているのだろうか?

原寿雄著 ジャーナリズムの思想 岩波新書  1997年4月刊

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2006-07-27 18:15:05

A級戦犯広田弘毅と靖国合祀

テーマ:読書雑感

靖国神社へのA級戦犯の合祀をめぐっては今月、昭和天皇が不快感を示したとされる88年当時の宮内庁長官のメモが明らかになった。今日のASAHI・COMによると、東京裁判でA級戦犯として起訴、処刑された広田弘毅元首相が靖国神社に合祀されていることについて、孫の元会社役員、弘太郎氏(67)が朝日新聞の取材に応じ、「広田家として合祀に合意した覚えはないと考えている」と、元首相の靖国合祀に反対の立場であることを明らかにした。「靖国神社は、遺族の合意を得ずに合祀をしている。処刑された東条英機元首相らA級戦犯の遺族の中で、異議を唱えた遺族は極めて異例だ」だという記事を載せている。靖国神社広報課は「広田弘毅命に限らず、当神社では御祭神合祀の際には、戦前戦後を通して、ご遺族に対して御連絡は致しますが、事前の合意はいただいておりません」としている。要するに遺族の意向も聞かずに合祀しているわけである。

広田弘毅は絞首刑にされた7人のA級戦犯のう唯一文官出身であった。彼の生き方については城山三郎が小説「落日燃ゆ」に詳しい。判決内容は広田が首相や外相として「共同謀議」に加わり、日中外交の努力を欺瞞政策と決め付けらている。そして判決は6対5の1票差であった。

教誨師の花山信勝が死刑の間際に「何かありませんか」という聞いたときに「すべて無に帰して、言うべきことをいって、つとめ果たすという意味で自分はきたからいまさら何もいうことは事実ない。自然に生きて、自然に死ぬ」と述べ、家庭の手紙も不満や愚痴めいたことは一切書かなかったといわれる。

板垣征四郎や木村兵太郎 が「バンザイ(万歳)」を叫び断頭に上がったとき、広田は意識して「マンザイ(漫才)」といったことを花山教誨師は記録している。城山さんは「これは広田の最後の痛烈な冗談ではなかったか。万歳!万歳!の声、それは背広の男広田の協和外交を次々とつき崩していく悪夢の声である。生涯自分を苦しめてきた軍部そのものである人たちも心ならずも一緒に殺され行く。このこともまた、悲しい漫才でしかない。」と述べいる。しかし広田の戦争責任は残る。それを毅然として受け入れ一切弁解しなかった彼に愛惜の念は残る。

城山三郎さんは「広田さんのご遺族の思いを聞いて、やっぱりそうか、との思いが深い。ご遺族の言葉に付け足す言葉はない。広田さんだったらどう思うか、どうしただろうか、熟慮したうえでの考えだと思う」と話している。

城山三郎著  落日燃ゆ  新潮文庫  1986年11月刊

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2006-07-24 18:59:46

岸信介のDNA

テーマ:読書雑感
自民党総裁選挙も福田氏の辞退で、安倍信三氏が独走であることを各紙が報じている。その安倍さんが23日の横浜市の講演会で靖国参拝について「サンフランシスコ平和条約を受け入れたから参拝すべきではないというのは飛躍した議論ある意味でとんちんかん」だと述べ、東京裁判を受諾するとした同上第11条に関して「国際法で平和条約が結ばれたら戦争裁判の判決や刑は無効だ。日本が勝手に戦犯を釈放できないようにするために書いたもので独立のためにやむを得ない決断だった」と語っている。

平和条約11条は「日本国は極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の判決を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものである」と規定している。いわば日本政府はすべての戦争犯罪の判決を承認し刑の執行の義務を負うことになったのである。よく勝者中心の極東軍事裁判批判であり、それなりの正当性があること知っているが、「戦争裁判の判決や刑は無効である」とは恐れ入った。

確かに戦争犯罪は個人の刑法的責任を問うものである。しかし法律で処罰できない責任もあるはずである。政治的責任や道義的責任もある。いわゆる「戦争責任」は関係した者が負わなければならない。私もこれを安易に靖国問題に結びつけて考えるのは飛躍があるとは思うが、日本の戦後の歴史を一部分だけを切っての発言に危惧の念を覚える。実際には条約締結後、戦犯釈放運動が起こり、世界の冷戦構造を背景に連合国側も日本を西側陣営にひきつけておくために、日本政府の要求に応じ戦犯釈放を行っている事実も忘れては「なるまい。

安倍さんの祖父岸信介(元首相)は東条内閣時代の商工相として対米開戦に副署し、戦争遂行に協力したとしてA級戦犯容疑者として逮捕され、巣鴨で獄中生活を送っている。ところが東京裁判には批判的で、今次戦争における日本側の「正当防衛」を主張したという。そしてこの裁判は国際法によって戦争犯罪を裁くのでなく政治的報復であると批判し、国際法上の戦争裁判は「戦争の法規また慣例の違反」に限られるという弁護側の主張を支持したといわれている。東京裁判の不平等をついていることも事実であるが、今回の安倍さんの考えと類似していることに驚く。これもDNAのなせるワザか?

原彬久著  岸信介ー権勢の政治家ー  岩波新書   1995年1月刊
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2006-07-21 19:33:00

「医療崩壊」を読む

テーマ:書評

先日ブログに「赤いひげ的医者はもういないのか」という書き込みに対して勤務医の方から医療の現状はそう単純ではないとのご指摘を頂き、勤務医の現状を知るために「医療崩壊」という本の推薦を頂いた。早速その本を読み、自分が現代医療の状況にいかに無知であったか思い知らされた。

著者の小松氏は大病院の泌尿器科部長である。まず日本の医療機関は「医療費抑制」と「安全要求」の相矛盾する強い圧力にさらされていることを指摘し、医療が崩壊の危機に瀕している現状を述べている。

特に、患者は医学万能を信じその回復を期待し、一方医師は医療の限界、危険性を知っておりそこの医師と患者の考え方に齟齬が生じる事を指摘している。そこで著者は医師の医療ミスに対する患者の訴え、さらには刑事・民事訴訟、ジャーナリズムの医師批判と針の筵に座らされている現状を具体的事例(事件)を通して述べている。

現在「週刊朝日」で久間十義の「生命徴候(バイタルサイン)あり」の連載中である。今週号に、心臓手術に失敗した患者を心カテーテルで緊急治療したが、容態が悪化し、遂に死亡する場面がでてくる。患者の家族の一人が「遅かれ早かれ早晩心臓がダメになるはずである。その早晩の1,2年をこの病院の先生がたがよってたかってウチの父からとりあげたじゃないですか」という医師に対する家族の身勝手な訴えに対して夜を徹して真剣に説明する医師の態度には頭が下がった。著者によると、最近患者の自己本位の訴えが増えていることを具体的な事例は通して説明している。



最近では医療現場に警察が立ち入り、善意の医療が結果次第で犯罪になり、また患者の権利意識は社会の後押しのために肥大化し多くの医師は口ごもることが多くなっているという。これは著者の医師としての自己弁護ではなく真剣な訴えになっている。というのは勤務医が厳しい勤務条件のなかで我慢して患者のために頑張ることを放棄しはじめている現状があるからだという。私が地元の公立医院の循環器科の医師が辞めていくことに怒ったが、その背景は単純でなかったことに気付いた。

現在、日本全国で勤務医が楽で安全で収入の多い開業医にシフトし始め、病院で医師が不足しており、小児救急の崩壊、産科診療の崩壊も進行しているという。著者はこの現象を「立ち去り型サボタージュ」と名づけ、この本のサブテーマにもなっている。かって中世・近世に農民が土地を捨てる「逃散」があったが、この医師のサボタージュはそこまでいかなくても社会からの攻撃に対する医師の消極的対抗手段ともいえなくないという。しかし私には対抗というより逃亡としか写らない医師もいるように思われる。

最後に著者は日本の医療の崩壊を防ぐためには医療事故・紛争に関して現状改革、医療への過剰な攻撃を抑制をあげ、さざまな提言をしている。これは日夜勤務医として頑張っている著者はじめ多くの医師の要求でもあることは理解できる。この本は医師の置かれている現状(特に勤務医の苦悩)を知る上に格好の著書であり多くのことを学ぶことができた。

しかし、私には当面する地方の医師不足をどするかという問題意識があり、この本は直接には答えていないが、大学医学部・医局の医師派遣問題、厚生労働省の医療行政に触れておりそこから問題解決の糸口をつかむことができる。特に辺地医療をどうするのか、一人暮らしの年寄りなど老人医療をどうするのか。患者の権利肥大はわかるにしても、弱者の医療問題についても著者の考えを聞きたいものである。

小松秀樹著  医療崩壊「立ち去り型サボタージュ」とは何か  朝日新聞社 2006年5月30日刊

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2006-07-17 18:49:08

「松本清張と昭和史」(書評)

テーマ:書評

松本清張の著書、「昭和史発掘」と「日本の黒い霧」を通して彼の昭和史観を分析した本である。「昭和史発掘」は、昭和前期に起きた20の事件を通して昭和の時代に迫っている。著者の保坂さんはその視点としてまず清張の恵まれなかった不遇な経歴から、「底辺の視線」からものを見ていることに注目している。清張はこれらの事件を収集した多くの資料に基づいて、歴史の中で生き抜いた人間、軍部が巨大な権力をを獲得し日本が誤った方向に進めていく方向を描き出したとしている。

特に興味を引くのは、アカデミズムからするとこのような在野の研究を基本的に認めない方向であったといわれる。つまり実証主義的検証をしているが、アカデミズムが持っている演繹的な史観から距離を置いていたからと保阪さんはいう。また清張は既成左翼の文化をになうという意識をもっていなかったからこちらからも警戒の目をもたれたようだ。私は戦後のアカデミズムや既成左翼の驕りと教条主義を感じてならない。しかし、証言、収集資料に迫真性や衝撃性や多くの読者を惹き付けたようだ。

特にこのの中で「2.26事件」に力を入れている。清張は現在の日本の保守政治が旧体制に回帰する懸念から、2・26事件の青年将校の歪んだ愛国主義、統制派の歪んだ高度国防国家構想を見抜き、これを実証することによって歴史の教訓にせよとの訴えであったという保阪さんの見方は納得できる。

後半は「日本の黒い霧」についての分析である。戦後占領期において下山・松川事件など奇怪な事件がおきているが、ここでは清張は「謀略」の視点からこれらの事件に迫っているのが特色である。しかし保阪さんは清張の謀略史観は説得に値する資料、論理があり他のものと一線を画していると見る。しかし彼の文学に親しんでいない人間からすると「日本の黒い霧」は余りにも都合のよい史実で繋ぎ合わせているという批判を保坂さんは否定しない。いずれにしても占領期に起きた事件は未だ謎の部分が多い。清張はそれに敢えて挑み占領期の魑魅魍魎を我々に提示したのは彼の功績である。

この本は昭和史の視点からの松本清張分析であるが、何故彼が敢えて昭和史の断片追求に挑んだのか?保坂さんは「彼が日本人の性格は過去を忘れ急角度にその性格が変わっていく面がある」という危機感があったからという指摘は重い。日本の現状を見るとき思い当たるフシが多い。過去の問い直し検証が今こそ必要である。

保阪正康著  松本清張と昭和史  平凡社新書  2006年5月刊

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2006-07-14 20:19:07

赤ひげ的医者はもういないのか?

テーマ:時評

昨年8月移転新築したばかりの地元の公立病院が危機に瀕している。循環器科で昨春まで8人いた常勤医が辞めて1人だけになったのだ。辞めた7人のうち、4人は東北大学医学部付属病院から派遣されていたが、一昨年スタートした臨床研修の必修化に伴い医局の医師不足が深刻化し引き上げ、3人は開業である。現在入院患者の受け入れを休止中である。

現在は常勤医1人のほか、近隣病院や秋大医学部付属病院、開業医の応援を得て、外来診療に当たっているほか、循環器系の救急患者については、消防と連携し近隣病院などに搬送している状態である。

医師不足による地域医療の危機は日本の各地で起きている。医師の都市集中のためである。かって新人医師には、医師免許取得後10年以内に1年以上の「地域医療研修」を義務化してはどうかとの声もあったが立ち消えになったらしい。

ふと、山本周五郎の「赤ひげ診療譚」を思い出した。この小説は幕府の御番医という栄達の道を歩むべく長崎遊学から戻った保本登は、小石川養生所の“赤ひげ”とよばれる医長新出去定に呼び出され、医員見習い勤務を命ぜられる。貧しく蒙昧な最下層の男女の中に埋もれる現実への幻滅から、登は尽く赤ひげに反抗するが、その一見乱暴な言動の底に脈打つ強靭な精神に次第に惹かれてゆく。傷ついた若き医生と師との魂のふれあいを描いた作品である。

赤ひげの言葉として「医が仁術だなどというのは、金儲けめあての藪医者、門戸を飾って薬札稼ぎを専門にする、似而非医者どものたわ言だ、かれらが不当に儲けることを隠蔽するために使うたわ言だ。仁術どころか、医学はまだ風邪ひとつ満足に治せはしない、病因の正しい判断もつかず、ただ患者の生命力に頼って、もそもそ手さぐりをしているだけのことだ、しかも手さぐりをするだけの努力さえ、しようとしない似而非医者が大部分なんだ。」

私は地方を見捨てる医者が全てこのようだと思いたくない。しかし、医者としての人間の命を守るという使命感を忘れてほしくない。東北大は自分の医局の危機で派遣医を引き上げたことも、いわばお家大事のためである。せめて使命感を考えれば半分は残せたはずである。「赤ひげ的医者」は最早望むべきもないが、命を守る医師としての自覚に待つのは不可能なことだろうか。今日も近くに救急車の音がした。搬送される病院は?と人ごとながら心配になった。

山本周五郎著   赤ひげ診療譚改版 新潮文庫   2002年8月 刊

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2006-07-11 22:23:08

ジダンの頭突き

テーマ:読書雑感

サッカーワールドカップ決勝でのフランスの名プレーヤー、ジダンのイタリアの選手マテラッツィへの突然の頭突きには驚いた。確かに試合中の暴力行為は厳に慎まなければなならない。しかしマテラッツィがジダンに何を言ったのか興味があり海外のサイトを調べてみたらこんな記事を発見した。

family members, in telephone interviews, said they believed the Italian defender Marco Materazzi had called Zidane, the son of Algerian immigrants, a terrorist(家族のメンバーが電話のインタービューに答えてマテラッツィがジダンに「アルジェリア移民の息子、テロリスト」と呼んだと確信している。ニューヨークタイムズ)また「お前の姉は売春婦であった」というサイトもあった。マテラッツィは否定しているが民族差別的言辞をはいたものとおもわれる。

これをいわれてジダン怒るのも無理がないように思われるが、BBCニュースによると、France's Liberation says Zidane's apparently crazy, senseless gesture serves as a brutal wake-up call. (フランスの新聞リベラシオンはジダンは明らかにクレージーでそのセンスのない行動は下品な目覚めのコールとして役にたった)と厳しく批判し、Liberation, now calls for a return down to earthFor a month, France dreamed with Zidane, it added. This morning, she's waking up with Chirac. (今地上に呼び戻された。フランスはこの数ヵ月ジダンと共に夢をみて、今朝シラク(大統領)とともに目が覚めた。)と述べている。

このセンテンスが面白い。これからフランスのエスプリを感じた。河盛好蔵の「エスプリとユーモア」によるとespritには機知の意味であるという。フランスの小話にエスプリにとんだもの多い。例えば有名なパスカルは医者嫌いで、お抱えの医者同士が決闘することを聞いて「あの連中は我々を殺ことだけでは最早満足できないとみえる」といったという。

さてシラクがジダンのミスマッチにもかかわらず、次のように述べている。You are a virtuoso, a genius of world football, you are also a man of heart, of commitment and of conviction. That is why France admires you and loves you.(あなたは世界サッカーの超人天才、心のある、説得力のある行動の持ち主である。これがフランス人があなたを尊敬し愛する理由である。)

リベラシオンはシラクと国民にエスプリをもって皮肉っているのが面白い。

河盛好蔵 エスプリとユーモア   岩波新書1969年6月刊 

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2006-07-07 20:35:54

太宰治「女生徒」の日記提供者

テーマ:読書雑感

太宰治の「女生徒」は昭和14年一女学生の日記風の作品で、少女独特の感情の揺れ、気まぐれ、焦燥感、大人への憧れと嫌悪などを描いた太宰の代表作の一つとも言われている。なおこの作品は未知の愛読者の女性から送られた日記をもとに書かれたものであることで知られている。

秋田魁新報の文化欄に(平成18年7月7・7日)に秋田県大館市の成田健氏が〃太宰治「女生徒」と秋田〃という題でこの事情について詳述している。これは東京の女生徒の昭和13年から8月8日の日記で、長らく太宰夫人の津島美知子さんは所蔵したものが平成18年青森県近代美術館に寄贈され、平成12年復刻公刊されている。太宰はこの日記に共感した部分に丸印をつけており、成田さんは「太宰は女生徒の清新な日記の記録に触れ、その心情に同化して一気に小説の筆を進めたように思う」と述べている。

実はこの日記の提供者は有明淑(しづ)という方で、両親と夫が秋田県出身である。淑は当時東京に住み、太宰の作品を愛読し19歳のときに小説の題材にしてほしいと日記を届けたという。「女生徒」単行本になった昭和14年末、太宰は有明宅を訪問しその後淑との手紙の交換が行われている。

有明淑の日記は4ヶ月に亘るものであるが、太宰の作品「女生徒」はある夏の一日の語りである。少女らしい生き生きとした文章が随所にでてくる。「鏡を覗くと、私の顔は、おや、と思うほど活き活きしている。顔は、他人だ。私自身の悲しさや苦しさや、そんな心持とは、全然関係なく、別個に自由に活きている。きょうは頬紅も、つけないのに、こんなに頬がぱっと赤くて、それに、唇も小さく赤く光って、可愛い。」などは日記からの引用と思われる。

また永井荷風の「墨東綺譚 」の感想がある。「墨東綺譚 読み返してみる。書かれてある事実は、決して厭な、汚いものではないのだ。けれども、ところどころ作者の気取りが目について、それがなんだか、やっぱり古い、たよりなさを感じさせるのだ。お年寄りのせいであろうか」とあるが、これは太宰そ自身の荷風観ではないか、文章の中に太宰の顔が見えるのも興味深い。

有明淑は昭和56年亡くなるが、義父の孫娘たちの語る有明淑の人物像は川端康成が「女生徒」を読んで表現した「可憐で魅力的で高貴である」の言葉にピッタリの女性であったと成田さんは述べている。


太宰治著   女生徒 (角川文庫 ) 1983/07出版 絶版






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2006-07-04 20:38:21

ある日中戦争体験者の言葉

テーマ:読書雑感
毎日新聞は「戦後60年の原点」シリーズを連載していたが、その総括編を載せるに当たって読者の原点を募集したところ250点の投稿があったそうである。その一部が昨3日の新聞に掲載された。どれも自分の体験を率直に書き感銘を受けた。その中で大坂の田端宣貞(90歳)さんの言葉が特に胸に響いた。(以下投稿文)

昭和20年5月ころ、中国湖南省の一小村に初年兵として駐屯した私は上官の命じるままに捕らえてきた一農民を銃剣術の稽古と称して刺殺した。まだ死にきっていないのに、土中に埋めた彼の「先生(シーサン)先生」といううめき声が今でも聞こえる。私の戦後の原点はこのうめき声である。私は戦争は二度としてならないと、中国語を懸命に学びに日中友好協会に入会した。日中関係はおおむね友好に経過したが、今も底流に反中国の動きがあることに心を痛めている。

日中戦争は何だったのか、かなり前に読んだ古屋哲夫氏(当時京大教授、日中戦争など、アジア近代史の研究者として知られている。)の「日中戦争」を読み返してみみた。1935年、当時の広田外相は中国側に1、排日言動の徹底的取締り、欧米依存製作からの脱却と対日親善政策の採用、2、満州国の事実上の承認と接満地域での経済的文化的融通提携、3外蒙古方面のからの赤化勢力の脅威を排除するための協力を要求する。所謂「広田三原則」であるが、他人の屋敷に踏み込んだまことに虫のよい要求である。これを機会に日本は中国への全面戦争へと拡大していく。

最近、投稿した田畑さんもいっているように「反中国」の動きを肌に感じている。靖国問題での干渉、尖閣諸島付近での中国調査船出没、中国内での反日暴動など日本を刺激する言動があるのも事実である。これが「反中国」の動きの一端になっているように思えるが、もう謝罪は済んでいると嘯いたり過去の日本の行動を忘れている方がいるのも事実である。

古屋さんは「近代日本の最大の戦争はあった日中戦争はわれわれに負の遺産を残しているにちがいないのであり、われわれは現在も清算しきれないことを自覚していかなければならないように思われるのである。」と結んでいるが、未だ忘れてならない課題である。その意味で、私は90歳の田端さんのような日中戦争体験者の言葉を(証言)大切に受け止めたいのである。

古屋哲夫著  日中戦争   岩波新書  1985年5月刊
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2006-07-02 23:07:11

マッカーサーの無念

テーマ:読書雑感
日新聞の「日曜くらぶ」に戦跡巡礼が連載中である。今日の題は「因縁の島コレヒドール」である(写真江成常夫、文荒井魏)コレヒドールはマニラ湾の入り口の水路の中央にある小さな島で1942年、日本軍が島の北側に位置するパターン半島から砲弾を打ち込み攻撃し、島を守っていた米軍マッカーサーがI shall returnの言葉を残し撤退したことで知られている。

角田房子氏の著書によると「この島の要塞は、 フィリピンがアメリカに割譲されてからは大規模な建設計画が進められ1914年に完成したが、当時の最強力の軍艦による海上からの攻撃に対抗する目的で設計されたもので,その後の軍用航空機の発達は,この要塞の防御力を著しく低下させた。またワシントン海軍条約が,要塞の増加と既設工事の改修を禁止したため,アメリカは,一部の改修しかできなかった。 こうしてコレヒドール要塞は,空と陸からの攻撃に弱いという欠点を持ったまま,日米開戦を迎え、バターン半島を日本軍に占領されてからは側面掩護を失い,砲爆撃に晒され最後に決死の第4師団上陸によって陥落した。」と書いている。

このような欠陥のある要塞であるがマッカーサーにとっては屈辱の撤退であったわけである。日本軍はその置き去りにした米比軍捕虜を約百キロメートルにわたって歩かせ、約一万七千人を死亡させたいわゆる「バターン死の行進」したと非難された。(移動手段とやむをえなかたという説あり)

新聞では新井さんは「マッカーサーがこの脱出にこだわりをみせ、日本の降伏調印式にコレヒドールで敗れた捕虜になったウェートライト将軍をともない最初に署名したマッカーサーがそのペンを彼にプレゼントしたこと。バターン死の行進の責任を理由に本間雅晴中将処刑されたのはこのこだわりと無関係でないかもしれないと」述べている。

また角田さんはその著書で本間雅晴中将の夫人が裁判の前にマッカサーとあったことを書いているが、そのことについて「助命を嘆願にいったのではない。本間家の子孫に、本間雅晴はなぜ戦犯として軍事法廷に立ったかを正確に知らせるため、裁判記録がほしかったのです。あれを読めば雅晴に罪のないことがわかり、子孫は決して肩身の狭い思いなどしないはず、と思いましたので」と述べている。

マッカーサーの無念が本間雅晴中将処刑なったのか、その真実は?

角田房子著  いっさい夢にござ候 本間雅晴中将伝 中公文庫 1989/03出版
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