2006-05-30 18:01:54

米原万里さんの死を悼む

テーマ:読書雑感

ロシア語の同時通訳として活躍し、エッセイスト、作家としても知られた米原万里さんが25日に亡くなり既に葬儀を親族で済ませていたことが昨日の新聞報道で知り驚いている。

米原さんの著書では、ノンフィクションの内容を含んだ小説に興味を惹かれその中の「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」「オリガ・モリソヴナの反語法」 についてはホームページの読書録に「書評」を載せたことを思い出し読み返しをしているところである。

米原さんの父親昶氏は日本共産党の幹部で彼が国際共産主義運動の機関紙である「平和と社会主義の諸問題」の編集局(プラハ)に派遣され一家がその地に住み、万里さんはそこのプラハ・ソビエト学校(世界の共産党幹部の子弟の学校)に小学校4年とき転入し5年間学んでいる。

「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」はこの学園で知り合った3人の少女と交流を描いたものである。圧巻は、30年ぶりに彼女らと再会する場面である。これについてはNHKの「心の旅」で放映されたと記憶している。米原さんは当時の激動する東欧の政治の動きに翻弄された少女たちを温かい目でユーモラスに描いているが、故国と過去を捨てたアーニャへの彼女の批判が題名にある「真っ赤な真実」の言葉になったものと思われる。

もう一冊の「オリガ・モリソヴナの反語法」はやはりプラハの学校の舞踊の先生の数奇な運命を描いたもので、スターリンの人権を無視した苛酷な時代を背景にそれにも耐えてその悲劇を乗り越えるために生きてきた一女教師とそれを支えた仲間の行動が感動的である。

米原さんは東欧で体験した事実を通してソビエトが指導した国際共産主義体制の矛盾をその内面から声高でなく静かに批判している。「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」はは80%がノンフィクションで20%がフィクションであったのに対し、「オリガ・モリソヴナの反語法」はその逆であると述べている米原さん気持ちが理解できる。

こよなく東欧の人々、そしてロシア人を愛し、ユーモアに溢れるエッセーや小説を残した米原万里。享年56歳 早過ぎる死を惜しむ。合掌。

米原万里著  嘘つきアーニャの真っ赤な真実  角川書店  2002/4再版
米原万里著  オリガ・モリソヴナの反語法    集英社  20002/10発行

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2006-05-28 20:52:44

グーグルの有効性と危険性

テーマ:読書雑感

パソコンを始めて10年目、丁度インターネットが出てきたころである。その後メーリングリストに入ったり、ホームページを作ったりと日常生活の中で欠かせないものなっているが、この10年間のウェブの進展には驚くばかりである。

最初のころはヤフーにHPを認知してもらうことに喜びを感じたが、その後HPに代わってブログの普及しいつの間にかそれが主流になり、誰もが情報発信できるようになった。また楽天などのネット上で買い物ができるようになったショッピングのポータルサイトが出てきたも大きな変化である。しかし、日常一番多く利用しているのは「情報」や「知識」の収集である。そのなかで検索エンジンも進展し、特グーグルが登場し、あっというまにウェブ社会の中心になってしまったことである。

先日 田原総一朗氏が「週刊朝日」の連載の「ギロン堂」で「情報帝国グーグルの危険性」というコラムを載せている。彼が創業者の一人サーゲイ・プリンと会ったとき彼は「グーグルは世界に存在するあらゆる情報を、すべてのウェブ上のデータベースに集めて分解し、重要度のランキング化する」と述べたそうである。

丁度、梅田望夫著「ウェブ進化論ー本当の大変化はこれから始まる」、佐々木俊尚著「グーグルー既存のビジネスを破壊する」を読む機会があり、この本を通してグーグルの活動(営業内容)をしることがでた。梅田氏はこれからのネット社会の3大潮流として「インターネット」、「チープ革命」、「オープンソース」を挙げているが、この最先端をいっているのがグーグルということらしい。



特にグーグルが行っているのは「知の再編成」ということであると梅田氏は述べているが、佐々木氏も「人類の知と呼ばれる分野のデータを2009年までは検索可能になっている」と関係者が述べていることを紹介している。われわれ個人としてはあらゆる情報がインターネット上で検索できることはありがたい。梅田氏は「オープンソース」現象の一つとして、知的内容が無料でウェブを通して知ることできる事例を挙げているがこれは今までないことである。

しかし、問題点がないわけでもない。田原氏に言わせると「グーグルの検索サイトにヒットしない情報は「存在しない」ということになってしまう」と述べているが、すでに検索サイトから削除されている事例が出てきているという。佐々木氏も「グーグル八分」と称し、グーグルから排除されることの恐怖」が生まれているという。

ウェブ社会の進化については、「あちら側」(情報発電所)や「Web2.0」や「ロングテール」の問題などIT企業に関わる問題もあるが、私にとっては「情報問題」が一番関心がある。しかし、梅田氏がいうようにこのよう現象は「ネット社会」に住む人たちの問題で、その社会にいなくてもこれまで生きていける時代が続くのではないか」という冷静な分析も頭に入れておく必要がある。先日も朝市で娘に「ワラビ」を送りたいと近隣の村から歩いてきた89歳の老婆と出会い、帰りに送っていったが、「ネット社会」と全然関係ないこの老婆との話がネットでは得られない暖かい情報であった。

梅田望夫著  ウェブ進化論  ちくま新書  2006年2月刊
佐々木俊尚著 グーグル    文春新書   2006年4月刊

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2006-05-26 19:59:52

司馬遼太郎と愛国心

テーマ:読書雑感

今日の朝日、毎日の朝刊は「国を大切にする」などの「愛国心」表記を通知表の評価項目に盛り込んでいる公立小学校が埼玉県など数県あったことが報じられている。既に教育現場では「学習指導要領」に基づいて社会科などで前倒しして指導をしていたわけである。福岡市の通知表では「わが国の歴史や伝統を大切にし国を愛する心情をもつとともに、平和を願う世界の中の日本人としての自覚をもとうとする」という小学校6年社会科の評価をしていた。(現在は中止)将に今回の改正基本法の「愛国心」の項目と類似している。

しかし、社会科の評価をできるはずもなく、教育委員会など圧力があったものと思われる。



司馬遼太郎は小説の中に「余談」を語るので知られているが、江戸末期の回船商人高田屋嘉兵衛を描いた「菜の花の沖」でこの「愛国心」について述べている箇所がある。嘉兵衛はゴローニン艦長など幕府のロシア人捕虜救出に出動したロシア軍艦と国後島沖で遭遇、拿捕されカムチャツカに拉致される。そこで日本との交渉に関して、副艦長のリコルドに「上国」とはなにかについて説く場面があり「他をそしらず、自ら誉めず、世界同様の治まり候国は上国と心得候」と述べている。

司馬はこれについて、「上等の国とは他国の悪口をいわず、また自国を自慢せず世界の国々とおだやかに仲間を組んで自国の分の中に治まっている国」の意味で嘉兵衛にとって一村一郷を誇って隣村隣郷をそしるという地域が上等の地域であるはずがないということから国家もそうであると考えたとものだという。

そこで司馬は。「現代の言葉に直せば、愛国心を売りものにしたり、宣伝や扇動材料につかったりする国はろくな国ではないという意味である。愛郷心や愛国心は村民であり国民である者のたれもがもっている自然の感情である。その感情は揮発油のように可燃性の高いもので、平素は眠っている。それに対してことさら火をつけようと扇動するひとびとは国を危うくする」と述べている。

教育現場では着々と愛国心教育を進め、それを法制化しようとしている現状に、「ことさら火をつけようと扇動するひとびとは国を危うくする」と警告した司馬遼太郎がこれをどう思うだろうか。

司馬遼太郎著 菜の花の沖(6) 文春文庫  2000年9月刊     

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2006-05-25 21:29:10

書評「ケンカの方法」

テーマ:書評

名うての辛口評論家、辛淑玉氏と佐高信氏の対談と意見をまとめたものである。題して「ケンカの方法」ー批判しなければ、日本は滅ぶーというサブタイトルで、辛辣な批判を展開している。

辛口の小泉批判から始まるが、国民の批判力のなさを二人は嘆いている。世論操作の薄っぺらさのレベルと無知な大衆のレベルがぴったり合っているから確信的なナショナリズムが形成される(辛)。国民の中に「騙されたい、騙され続けていたい」という意識が根をはっているんだろうな。騙されているのだから、自分には責任がないと逃避する。本当に末期的なだね。(佐高)

一面をついているが、私は彼らのこの発言の中に大衆蔑視の意識を感じてならない。進歩的文化人としての鼻持ちならない驕りも感じる。権力を批判するのは結構であるが大衆を馬鹿にしてはいけない。まず最初の二人の対談から感じたのこのことだった。大衆に「批判力をもて」という激励にも取れるが、そのためにはどうすればよいかという提言がほしい

第2章で辛さんは「ケンカのできない野党」とテーマで野党の不甲斐なさを批判している。今の野党が「ケア施設」同然であるという手厳しい批判は当たっている面もある。日本の政党は議員の生活互助組合みたいなものだとという辛さんの考えは極端としても、「国民のために」というのなら、マイノリリティーや弱者に真剣に目を向けるべきであるという意見には賛成である



第3章で二人が「階層化する会社と政治」では辛さんの「プアーホワイト」(高学歴の貧乏な下層労働者)、佐高さんの「社畜」という現代の会社員の見方は面白いが、現状はどうなのか。むしろ正規雇用できない労働予備軍が問題ではないか。二人の考えにステレオタイプとして会社員像を見てしまう。そして弱肉強食の時代を現出したという小泉・竹中を批判しているが、それでは解決にならない。

第4章では佐高さんが「尽きないケンカの相手」について書いている。多くの政治家、文化人を槍玉にあげているが、以前から他の著書にもでてくる人物が多く新鮮味がない。むしろ彼が誉めている凛として生きた反骨の人々(藤沢周平、土門拳、など)に共感する。どうも佐高さんの批判はクサスことであると感じてならない。

第5章では上野千鶴子氏も参加して「2世が日本を駄目にする」の鼎談をしている。2世の政治家のことはさておき、上野さんが在日やアメラジアンなどポストコロニアルの人々の、どっちにも所属しない存在に注目してしてることに惹かれた。ジュニア政治家と違う二世たちの存在を位置づけた上野さんの指摘はさすがである。

この本を読み全体として気負った二人の「生の言葉」には賛同する面も多いが、抵抗も感じる。最後の座談に参加した上野千鶴子さんのの柔らかい言葉の響きにホッとしたところである。

辛淑玉・佐高信著  ケンカの方法 角川書店 2006年4月刊

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2006-05-22 23:02:35

サイード・OUT OF PLACE

テーマ:読書雑感

パレスチナ系アメリカ人として著名な学者、エドワード・サイードが亡くなって3年になる。彼の著書「オリエンタリズム」は、欧米の植民地主義的・帝国主義的支配の視点からの中東・アジアへの偏見的な見方を批判したもので大きな反響を呼んだ論文である。私も彼の著書「知識人とは何か」 を読み、彼の姿勢について知り感銘を受けたことは忘れられず、つたない感想を書いている。

先日、新聞の片隅にサイードの自伝を基に彼の生い立ち、生き方、そして何よりもパレスチナ難民の現状をルポした佐藤真の映画「エドワード・サイードOUT OF PLACE」 が東京アテネ・フランセで上映中であること、酒井啓子(イラク・中東研究者)×臼杵陽(パレスチナ・イスラエル現代史研究者)×佐藤真(映画監督)がこの映画に関連して「〈東洋系〉ユダヤ人とパレスチナ問題」について鼎談することを知り、それに「藤田嗣冶展」も開催されているので、農繁期にもかかわらず秋田の田舎の片隅から上京したことは周りから狂気の沙汰ととられかねない.。



この映画で佐藤は3つの撮影の柱を置いている。第1に複雑なエグザイル(故郷喪失)体験のあるサイードの痕跡をたどること。第2にサイードの多くの友人、知人から彼の記憶をたどること。第3に難民キャンプなど境界線上に住むパレスチナ人、イスラエルに住みアラビア語を話すミズラヒムと呼ばれるユダヤ人などの実態を描くことであると述べている。

以上の3点が交錯しながらこの映画は進むが、最初はその場面転換に戸惑いを覚えたのも事実である。サイードの思想や運動がパレスチナに向けられているのでその一貫性が画面から伺われるが、彼の生い立ち(古いフィルム)や住んだ場所からは、それが彼のパーソナリティー形成にどのような影響を与えたのかを捉えることが出来なかった。印象的にはかなり裕福な生活をしていたのだなと思った。しかし、彼の自伝の「ナレーション」から「父はズールに葬って欲しいという希望をわたしたちに伝えた。だが彼の遺志がかなえられることはなかった。・・わたしたちに土地を譲ってやろうという住民は一人もいなかった。彼は遺体を引き取るにはよそ者すぎると見なされていたのである。」と場面で彼のエグザイル体験を垣間見ることができ、まだが多くのそのような体験があったことを自分が読みきれなかったのではないかと思った。



また知人、友人へのインタビューはサイードを理解するには短かすぎた。友人ノーム・チョムスキーの話は彼が危険人物でいつも警護が必要であったとしかないのでアレと思った。みすず書房から映画と同じ題名の本がでているがその中に中野真紀子さんの訳で「サイードを語る」で全文があるのでこれを読んでサイードの全体像が理解できる。チョムスキーがサイードの他者へのまなざしを強調しているがそこがカットされていた。知人たちの考えの何をいれるか十分検討されたとは思うが、時間の関係上やむを得なかったのかもしれない。

第3点の難民キャンプのパレスチナ人の家族、ミズラヒムの家族の生活の様子はこの映画の圧巻でよくここまで踏み込むことが出来たと感心した。特にミズラヒムのカシーン家のアリ-ザが「アレッポでの生活がイスラム教徒もキリスト教徒も同じ庭で仲良く一緒に暮らしていた」と話していたことが印象的であった。そしてアレッポの食文化を受け継いでいること、他人をもてなす風習が続いていることを知ることができた。佐藤さんは鼎談でも、食べきれないほどの食べ物であったと述べていた。

日本においても異人を「まろうど」(マレビト、客人、賓客)として手厚くもてなす風習が日本古代からあったことが知られている。しかし、異人に対する忌避が戦国から江戸にかけて強くなり、日本民族の体質が確立した反面、内と外への異類への差別意識が確立していったとも言われている。この「まろうど」の視点から、アリーザの行動を考えると、彼女の中に異人への忌避の姿勢(日本人に対してばかりでなく)が薄く、ここにサイードの主張するバイナショナリズムの兆しがあるように感じたのは穿ちすぎか。


境界線上にすむエグザイル(故郷喪失者)を、サイードを通して、そして彼に共鳴する仲間を通して、さらに中東を住むパレスチナ人、ユダヤ人を通して描いたこの映画から、アイディデンティーを求める多様な考え方を認め、共に生きるその生活態度を知ることができた。佐藤さんは「声の共振がこの映画の核である」と述べているが、その共振を十分に感じた。その前日、「「生誕120年藤田嗣冶展」を見たが、彼も故郷喪失者といってよい。彼を異邦人としてフランスに追いやった日本人の偏見意識が、昨今の反アジア(特に中国、韓国)を叫ぶ風潮につながっているような気がしてならない。その意味で、この映画は日本人のナショナリズムの偏狭性への警鐘にもなっている.。


シグロ編 佐藤真・中野真紀子著 エドワードサイード OUT OF PLACE みすず書房 2006年4月刊

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2006-05-17 15:09:12

教育基本法論議

テーマ:時評

教育基本法改正案の審議が昨日から衆院で始まり、政府による改正案の趣旨説明と質疑が行われたという記事が載っていた。今日の毎日新聞社説は「教育基本法改正 必要性と緊急性が伝わらない」という論旨でこの改正について述べている。

東北の片隅に住む私にとっても全くその通りで、もっと緊急な生活問題があるのにと考えてしまう。「情報化、国際化、少子高齢化など教育をめぐる状況の変化やさまざまな課題が生じ、道徳心や自立心、公共の精神、国際社会の平和への寄与などが求められている。新しい時代の教育理念を明確にして国民の共通理解を図り、未来を切り開く教育の実現を目指す」が政府の提案理由らしいが、何も基本法をいじらなくても、それに対応した法令で十分な内容が多い。

その陰には何かあるのではないか。まして時の外務大臣が昨日「教育勅語など日本は昔から公徳心も涵養してきた、勤勉、向学心、向上心に加えてモラルがあったから、この国は治安もいい」と教育勅語の道徳的側面を評価する講演をぶちあげたというから、疑心暗鬼の念が消えない。

またこの改正には「愛国心」の問題が絡んでいる。今日の毎日新聞のコラム「余禄」では、この愛国心にふれ「愛国心といえば「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ以天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」という教育勅語の一節を思い出す年配の方もいよう」と述べているが、私にような老年にはついこのことを思ってしまう。

然し、「愛国心」の問題は今に始まったことではない。法学者渡辺洋三氏が20数年前に書いた著書の中に、昭和56年(1981年)版「防衛白書」の中で愛国心の重要性を訴え、さらに当時の文部省においても「国を守る気概」の教育の見直し、財界においても「愛国心」の提言などあったことが紹介されている。

我々にとって緊急性、必要性を感じないでいたこの改正が用意周到の長い時間をかけた内容も含んでいることに気付くのである。渡辺氏は「広範な国民の心をとらえるためには、戦前型の忠君愛国だけではだめてあるということから、最近では「守るべきものは何か」に焦点をあてて、日本文化の伝統、自由と民主主義、経済的繁栄、活力ある福祉、美しい郷土等色々並べ立て、要するに「日本は優れた国である」という新旧のナショナリズム賛歌と平行しながら、愛国心をもりあげようとしている」と述べている。20数年前の指摘が今でも生きている感じがしてならない。

渡辺洋三著 現代日本社会と民主主義  岩波新書   1982年4月刊

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2006-05-12 19:43:20

池澤夏樹氏の父・母

テーマ:本の紹介

先日、作家池澤夏樹編で原條あき子全詩集「やがて麗しい五月が訪れ」が出ていることを知った。「原條あき子はぼくの母である。生きることは誓いにそむいて心を変えることだ。あるいは捨てられて恨むこと。人間はそこが魅力なのだと原條あき子はいう。」本の帯にあるように原條あき子(本名山下澄)は池澤夏樹の母親であり、父親は作家・福永武彦(1918―79)である。

あき子は学生時代、福永と知りあい、戦中から押韻定型詩を試みた、中村真一郎、加藤周一氏ら文学集団「マチネ・ポエティク」参加している。1943年結婚し、1945年に夏樹が生れ、1950年に離婚している。夏樹は母親の手で育てられ、父親については「親と子の関係というのは、どんな場合でも、普通に人が信じているほど平凡にして単純なものではない。すべての親子はそれぞれに波瀾を秘めている。ぼくの場合、実父との仲は波瀾を秘めるどころか、具体的に奇妙だった。父は最初から遙かに遠いところにいた。一緒に暮らしたのは一、二歳の時にほんの少し、あとは別れ別れになって、高校生になるまでこの父のことを知らなかったぐらいだ。その後、再会して行き来することになったが、共同の生活がないのだから生活感もまるでない」:『堀田善衛全集2』月報初出年月日:1993年6月 池澤夏樹)

マチネ・ポエティクは日本語による押韻詩の可能性を追求し、実際14行詩を制作したが、詩壇からの反応は薄かったといわれる。その後、中村、加藤、福永らは小説、評論の世界で活躍する。原條あき子は再婚しその後は池澤澄として80年の穏やか生活を送り、2002年生涯を閉じている。

鶴見俊輔氏は「池澤夏樹の日本語が自然科学の知識を駆使しながら、柔らかい印象を与えるのは、彼が立原道造についで定型押韻詩を日本語で実現した母親の原條あき子に、はじめて言葉を教わったからではないか、戦時中の閉ざされた結社の中で使われたマチネ・ポエティクの日本語が半世紀熟成されて、今日の日本に再び現われた。そう考えていいのではないか。」と述べている(岩波 図書5月号)

なつきよ おまえの髪には 森の朝
燦く木の葉の匂い 風の息吹
眠りさめたまつ毛は花の茎
揺れて耀いてひらく湖の深さ
(「To my darling Natsuki2」)原條あき子

池澤夏樹編  原條あき子詩集  やがて麗しい五月が訪れ 書肆山田:2004年12月刊

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2006-05-08 22:15:06

荷風と長太郎

テーマ:読書雑感
岩波の書評誌「図書」5月号にに詩人(評論家)平出隆氏が「荷風ヴァーサス長太郎」の題で永井荷風と川崎長太郎について書いている。この名だたる私小説作家の奇妙な出会いがあったらしい。

荷風は1879年生まれ、長太郎は1901年生まれであるから、荷風が22歳年上である。長太郎は、20代の初め文学を志して上京。長太郎は荷風とであったのは「玉ノ井」駅辺りといっている。荷風が遊郭玉ノ井通いを書いた「墨東綺譚」を1937年に朝日新聞に連載しているから、そのころであると思われる。

いつごろ長太郎は荷風について書いたのか平出氏も明確に書いていないのでインターネットで調べてみると、ブログAntique Walker に「群像/昭和34年11月号]に書かれていることが分かったのでその内容を借用することにする

これは、まだ若かりし川崎が、玉の井や電車のなかで永井荷風にあったことを、これまた淡々と書いている。電車のなかであった時に川崎が、いたずら気からこれから荷風のあとを尾行し、玉の井でどんなことをするか逐一みてやろうということになる。そのためにはまずは荷風より後に電車を降りなければならない。川崎が降りる準備をしても、荷風は一向に腰をあげようとしない。しかしこれでは負けになる。川崎が荷風を注視すれども、テコでも動かぬといった感じ。どうするのか。結局、川崎が先に音を上げて飛び出してしまう。そのあとを荷風が立ち上がった。

これについては平出氏も同じ内容ことを紹介している。そして「近代の社会と文学における「群集」と「尾行」の意味をすでに知っている二人の作家は「終着」の玉ノ井駅に停止した電車の中で、どちらも動かない。動いたほうが負けだからである。荷風はさすがに、自分が見られる側に落ち込む危険を察知している。音を上げたのは青年のほうであった。」

しかし、長太郎は駅の空き地に立小便をしながら荷風の来るのを待ったというである。荷風はもはや作家として確立しているが、長太郎はこれから故郷に帰り小説を書こうとした時期である。この相似た作家の対峙の様子が面白い。

荷風の「墨東綺譚」、長太郎の「抹香町」といい、その文体は違うが、「日記の小説化」といわれた私小説である。このような私小説が出なくなって久しい。私小説は価値の混乱期に現出するとある評論家のべていたが、現代は安定した時期であろうか?

平出隆  荷風ヴァーサス長太郎  図書5月号 岩波書店 2006年5月
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2006-05-04 21:15:02

面白い地図帳

テーマ:本の紹介

マスコミで出たがりの自民党Y議員がクイズ番組に出てイラクの位置を間違えたことが話題になったのは先日である。しかもかって参議院外交防衛委員長を勤めたことがあるとはあきれるばかりである。また昨日の外電は 米国の若者でイラクがどこにあるか分かっているのは37%だけの調査結果を発表している。これは全米地理協会の調査で、18歳から24歳までの510人を対象にして行われた。 国名が書かれていない中東の地図を示して、イラク、サウジアラビア、イスラエル、イランの4カ国の位置を答えさせる質問に対して、4カ国とも正しく答えたのはわずか14%。44%は1カ国も正解がなかった。と報告されている。(時事通信)

この全米地理協会は国際的に知られている、National Geographic を発行してしていることで知られている。このオンラインに今回の設問と詳しい結果Young Americans Geographically Illiterate, Survey Suggests が載っている。地理教育の専門家によると、米国の若者は米国以外の世界の国々に関心を示していないのではないかと述べている。

しかし米国に限らずこのような若者は日本にもいるのではないか。絶えず地図帳を開く習慣がいずこの国にもないようだ。それに地図帳そのものが無味乾燥で興味がわかないこともある。

先日WEB上で面白い地図帳を発見した。「バカ世界地図」 である。これは、 全世界参加型「バカ世界地図」プロジェクトとしてその国、地方の説明を書きこんでいくもので、その解説が実に面白い。例えば地図のイラクをクリックしてみよう。その説明1、イクラではない。 3、実はアメリカ領。など皮肉たっぷりの説明に笑ってしまう。

日本をクリックすると種々雑多なことが書かれ、教育基本法を重んずる「愛国心」論者は「バカ世界地図」を見て由々しき地図帳と柳眉を逆立てるかもしれない。しかし笑いながらこの地図を読むと、少なくともその国の位置は頭に入るはずである。なおこの地図は昨年著書としてとして出版されている。また著者の一刀さんについてはブログlWe [love] blog が参考になる。

一刀著 バカ世界地図 -全世界のバカが考えた脳内ワールドマップ- 出版:技術評論社/発行年月:2005.12

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2006-05-02 17:34:49

水俣病50年・石牟礼道子の言葉

テーマ:読書雑感

「公害の原点」といわれる水俣病の公式確認から50年を迎えた5月1日午後、熊本県水俣市内に新たに建立された「水俣病慰霊の碑」前で、「水俣病犠牲者慰霊式」が行われた。患者・遺族や市民など約1300人(主催者発表)が参加し、犠牲者の冥福を祈った。(日経)しかし、各紙ともトップが「在日米軍再編」の日米合意が掲げられ、「水俣病50年」の記事はその下に扱われていた。

しかし、水俣病は未だ解決しない問題がある。2月末現在の認定患者は約2200人で、うち約1500人がすでに死亡。95年の政治解決などを受け、認定患者以外に約1万2000人が療養費支給などの公的救済制度の対象となっているが、認定患者を希望する人が未だ多くいる。審査会が認めなければ未認定患者でなければ補償は受けられない。認定基準のハードルは高く、申請を認められない人は約1万5000人にのぼっているという。16年10月、最高裁は行政の認定基準より緩やかな基準で被害を認め、損害賠償の支払いを命じたが、依然として国は従来の認定基準にしたがっている。

水俣病患者に寄り添ってきた作家・石牟礼道子さん(79歳)は、「国が基準を変えようとしないのは患者が死ぬまで待とうとしているのではないか。潜在患者がいるのにチッソに加勢して故意に患者を見捨ててきた。犯罪に手を貸している」。そして被害者のかたが「自分たちが(チッソを)親、子供、一族のかたきと思っていたが、今になれば人間をそういう目にあわせたくない。我々は一人も殺さなかった」と言った話を受けて、「身内を殺され、自分たちも殺されつつある患者さんの「一人も殺さない」という高度のモラル。これこそが水俣の発信である」と述べている。(毎日新聞)



石牟礼さんが「苦界浄土 わが水俣病」を世に出したのは昭和47年(1972年)のことである。一人の貧しい主婦であった彼女が水俣病の単なるルポルタージュを超えて、極限状況にいきる水俣の人々を悲しみ、怒りの叫びを自らの痛みとして書き綴った文学作品である。

文中にでてくる孫の杢太郎少年が患者である江津野家のお爺さんの言葉が胸に刺さる。「どっちみちわしゃ田んぼも畑も持たんとござすで海だけが、わが海とおなじようなもんでござすが、こんだのように水俣病のなんちゅうことの起これば海だけをたよりに生きてゆくわしどめにゃ行く先の心細でがざすばい。もうわしゃくたぶれた。あねさんかんにんしてきだっせ。わしゃもう寝る。」「あねさん、魚は天のくれらすもんでござす。天のくれらすもんを、ただで、わが要ると思うしことって、その日を暮らす。これより上の栄華どこにゆけばあろうかい」(第3章「天の魚」より)

この作品を発掘した雑誌「熊本風土記」の編集者、渡辺京二氏はこの本がジャーナリズムに評判になり「患者を代弁する企業告発の怨念の書」と取られがちであるがそうではないという。上記の江津野家老人の言葉からわかるように、この水俣に暮らす人間の魂の叫びを素直に表現している。現実から拒まれた人間が必然的に幻想せざるを得ない美しさであるともいう。

石牟礼さんは水俣病患者とつかず離れず過ごしてきた。「一人も殺さない」という高度のモラル。これこそが水俣の発信である」という石牟礼さんの50年目の言葉は我々に重く圧し掛かる。

石牟礼道子著  苦界浄土 わが水俣病  講談社文庫  1972年12月刊

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