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2005-10-30 18:15:21

栃の実と民俗学

テーマ:本の紹介

隣家の栃の木を小さいときから見ながら育ってきた。栃の実は硬くて渋いが、縄文時代は主要な食べ物であったらしい。また江戸時代、飢饉の際に飢えを救う救荒食材であったも言われている。コメの取れない山間でクリやドングリ、木の実と同じく有力な食料であったようだ。しかし戦時中この栃の実に齧りついたが、とても食べられるものではなかった思い出がある。

最近、民俗学者の野本寛一氏が「栃と餅」という本を著した。この本は食の民俗世界を注意深く眺め、「生存のための食」「儀礼のための食」「楽しみのための食」という構造の骨格を描いたものである。「栃に生きる」章では飢餓が身近な時代、人々は生き抜くために、採集した植物の根や実を扱い方などの工夫について、「餅の霊力」では年中行事の儀礼食としての「餅」について述べられている。

野本さんは関西ネット日経版(8月17日号)で記者のインタビューに答えてこの著書について次のように述べている。―近著「栃と餅(もち)」では、食の伝承の衰退を嘆かれています。「私が記したのは、大量の輸入・生産・消費・廃棄以前の食の世界です。先人たちは、まず『生きるための食』に懸命でした。そして、この『食』の世界には、日本人の体験知と伝承知が集積されています」「滋賀県のある地域に、いまも各戸が米を持ち寄り、一緒に餅をつき、それを家ごとに分け、家族そろって食べる行事がある。ここには『共食』『家食』とも言える考えがあって、共同体の連帯、家族のきずなを確かめているんです」

また岩波ものこの本を「今やグルメブームの名のもとに,ファストフードとスローフードが入り乱れ,食文化は大混乱している.しかし食の民俗を注意深く眺めてみると,食とは何よりも生きるためにあり,そこから儀礼のための食が生まれ,楽しみのための食にいきつく.長年の調査から先人たちの食に関する伝承知を描き,この列島の人々の食に関する嗜好の伝統が姿をあらわす」と紹介している。

最近民俗学は好事家の趣味的な研究(?)が多く役に立たないという声を聞くが、今日の毎日新聞の「文化という劇場」の欄で伊藤和史記者この著書に触れ、「ここに民俗学徒の持続する志がみえないか。今の日本の飽食、いまだ飢餓が日常的な海外の実情をなどを考えるとき、民俗学は役に立たないどころか、実に示唆にとんでいる」と述べている。すっかり葉を落とした隣家の栃の木にも深い歴史があったわけである。

野本 寛一【著】 栃と餅―食の民俗構造を探る 岩波書店 (2005-06-24出版)

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2005-10-28 17:30:38

君子は豹変せよ

テーマ:読書雑感

養老孟司氏が今日の地元の新聞(共同通信配信か?」の識者コラム「現論」に「君子はサッサと豹変せよ」という題のコラムを載せている。君子豹変は悪いことではなく、「誤っては改めるにはばかることなかれ」で、間違ったときはサッサと意見を変えるのが君子である。本質的に意見が変わるとは脳が変わるということである。それを「悪いこと」だと思っていたのでは脳の鍛えようがない。要するに「君子豹変」は「脳を鍛える道」であると述べている。養老さんらしい明快な論であるが、引っかかるものがあった。

元東大全共闘議長で長年駿台予備校の講師をしている在野の物理学者、山本義隆が「磁力と重力の発県」(みすず書房)を著し,平成15年度毎日文化出版文化賞を受賞したとき、養老さんが次のような要旨のことを言ったことを覚えている。「この著作は、西欧科学の持つ盲点を見通している。しかし、私自身は、この著作をこれ以上には論評する気がない」といわば論評を拒否する発言をしている。

1968年~1969年、全国的に全共闘を中心として大学紛争が起きた。いわゆる「全共闘運動」である。東大ではその1年前から医学部自治会や研修医の組織「青年医師連盟」を中心として医学部教授会および病院側にインターン制など医師法改正反対の無期限闘争に入り、大量処分を受けそれが飛び火し全学反対闘争に広がり、最後には安田講堂に篭城していた学生が逮捕された事件がおきている。その中核に山本義隆がいたわけである。

養老さんは1937年生まれ、東大闘争のころは31・2歳である。そのとき彼が東大医学部でどんな地位にいたのかは知らないが、自治会側は医局長のカンヅメ、暴行を加えていることから、この闘争に嫌悪を感じていたことが推察される。

山本らの全共闘運動は確かに反省点が多い。彼は湯川秀樹にその才能を買われながら大学院卒業後は大学研究者として戻ることなく予備校講師をしながら在野の物理学研究者として「磁力と重力の発見」という古代から近代に至る科学史の大著をものしたのである。それを養老さんはまともに論評しなかった。いつまでも過去をを背負っているとしか思われない。だとすれば「君子はサッサと豹変せよ」という彼の言葉は素直に聞けないのである。豹変しないで自己を貫いている山本義隆のほうに魅力を感じてしまう。

山本義隆著  磁力と重力の発見(3巻) みすず書房 2003年5月刊

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2005-10-27 16:48:44

蹌踉と老いて候

テーマ:読書雑感
鶴見俊輔氏が岩波の書評誌「図書」に毎月「一月一話」として思いついたエッセーを載せている。その10月号に「自著自注」という題で、「もうろく帖」と称して自作他作の区別なく目に付いたことを書きとめておくことについて書いている。そしてそのいくつかの例を紹介している。その中に次のような下りがある。

「・・これより現代の社会によくなじんでいると思うのは草野比佐男「老いて蹌踉」で見つけた次の一首「わが臓器他人の中に安らがば 君が代なども思ひださむか」そのとき私も君が代を思い出すかもしれない。」
まことに鮮烈な草野の歌である。鶴見さんんのが慧眼はこの歌を見逃さずメモしていたのだろう。草野比佐男とは何者か?知る人ぞ知るで知らない人が多いのではないか。私が彼の詩(歌)に出会ったのはかなり前である。NHkの映像ドキュメンタリー「村の女は眠れない」という詩をバックに流しながらの映像に衝撃を受けたのを鮮明に覚えている。その詩を書いたのが草野比佐男であることを知り、早速「詩集無の女は眠れない」を購入しそれを読み感銘を受けことも忘れない。

草野は福島県在住の農民で、農業をのかたわら詩作に励んでいる詩人であった。昭和47年5月に上梓した詩集『村の女は眠れない』は45年からの減反による無策な農政に対する農民の激しい怒りを歌い、大きな反響を呼びベストセラーとなったことを後で知った。この詩集は佐高信が「「現代を読む 100冊のノンフィクション」(岩波新書)の中の一冊として紹介している。この詩集については2003年12月4日の日記「村の女は眠れない」 で私も感想をに書いている。

帰ってこい 帰ってこい
村の女は眠れない
夫が遠い飯場にいる女は眠れない
女が眠れない時代が許せない
許せない時代を許す心情の頽廃はいっそう許せない

と叫ぶ草野の詩は切ない。草野は農村から村の現実を直視し発信続けた稀有の詩人である。鶴見さんが書きとめた歌は「老いて蹌踉」の中にあるが、草野は「蹌踉と老いて候この村に支離滅裂に老いて候]の歌も詠んでいる。まだ老いる年齢でないのに彼は昨年9月、78歳で亡くなった。彼の臓腑の「君が代」は誰が宿すのか?

草野比佐男著  老いて蹌踉 同時代社発行  2001年2月刊
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2005-10-25 16:09:58

みずほ(瑞穂)ロード

テーマ:読書雑感

先日新しくできた秋田県田沢湖町(現仙北市)から横手市を抜ける山道(奥羽山脈の山麓)を通った。標識には「みずほロード」と書かれていた。おそらく「瑞穂国」から命名したものと思われるが、田畑の少ないこの道になぜ「みずほ」とつけたのか疑問に思いながら車を走らせた。

古事記や日本書紀に日本を「豊葦原瑞穂国」と名づけたのは、おそらく弥生時代に日本列島に伝えられた水田耕作を基礎とした国家がなりたち、その歴史が続いてきたものからと考えられる。ところが、早稲田大学の先生方が書いているブログWASEDA COMの中で早稲田の歴史学者、海老澤衷教授は、「とよあしはらみずほのくに」再考 という文章で従来我々が考えていたものと違う見解を述べている。

それのよると、中世の研究者として知られている藤木久志氏の研究を紹介し、777年から1699年までに史料上で延べ13298回に及ぶ災害が記録されている。「それらの多くは干害と風水害で、水田農耕を中心とする生業が著しく妨げられる状況が示されている。このような環境を考えれば、記紀編纂の時代から称されてきた「豊葦原瑞穂国」は決して日本の風土そのものを指すものではなく、すぐれて思想・宗教的かつ政策的な語彙であったことがわかる。」と述べており、その例として対馬は日本の中でも稲作に恵まれたところであるが、中世から近世にかけて朝鮮半島から多量の米を輸入していた史実があると指摘している。

「瑞穂の国・日本 四季耕作図の世界 」という本は初期狩野派によってレパートリー化され、時代とともに多種多様に展開していった四季耕作図を集め、その流れを美術史と農業技術史の両視点から見つめ、瑞穂の国の人の心に迫った本として話題を呼んだことがあるが、海老沢氏の説によれば、日本の自然条件は決して恵まれたものではなく、その克服のための条里制水田・溜め池・石積み棚田など「豊葦原瑞穂国にしたいという日本人の強い願望が、自然に働きかけるさまざまな知恵と工夫を生み出したものが多い」という考えかたにも頷ける面がある。だとすれば、私が通った「みずほロード」も恵まれない土地を開発し耕作した農民の歴史の道であるとすれば納得させられる命名といえる。

岩崎 竹彦・河野 通明・冷泉 為人・並木 誠士著  瑞穂の国・日本―四季耕作図の世界  淡交社 (1996-12-23出版)

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2005-10-23 18:49:28

古池に蛙は飛びこんだか

テーマ:本の紹介
怪談」など日本文学を英訳した小泉八雲は、松尾芭蕉の俳句「古池や蛙飛びこむ水の音」を次のように英訳している。Old pondーfrogs jumping inーsound of water. この英訳で蛙が複数(frogs)になっていることが問題になったようだ。しかし、日本においては句意が「春日の昼下がり。水の淀んだ古池は森閑と静まり返っている。と、一瞬、ポチャッ一匹と蛙の飛びこむ水音がしてあとは再びもとの静寂」というのが定説のようである。

最近、長谷川櫂氏が「古池に蛙は飛びこんだか』 という本を著した。それによると長谷川さんは「古池に蛙は飛び込んでいない」という説を披露している。「この高名な句は通常「古池に蛙が飛び込む水の音が聞こえる」と解されているのであるが、これは切れ字「や」の働きを見落とした解釈である。・・そうではなくて、この句は「どこからともなく聞こえてくる蛙が飛びこむ水の音を聞いているうちに、心の中に古池の面影が浮かび上がった」といっているのである。

Sankiwebでもインタビューに答えて長谷川さんは「飛び込んでいない理由」を三つあげている。第1に前述のように「や」は切れ字で、古池と水は違うものである。第2に弟子の支考の聞き書き『葛(くず)の松原』によると、芭蕉は蛙が水に飛び込む音を聞きながらまず「蛙飛こむ水のおと」と詠んだ。このとき、屋内にいた芭蕉は蛙が飛び込むところを見ていない。つまり、古池は蛙が水に飛び込む音を聞いて芭蕉の心に浮かんだ幻である。第3に「蛙飛こむ水のおと」はこれだけでひとつのまとまった意味をなしており、それに『古池』を“取り合わせた”句である。この取り合わせこそ、「日本の文化は単一志向ではなくて、いろんなものを集めてつくられてきたのである」と述べている。

「実際に聞いた音と、心の中の風景。次元の異なる二つを取り合わせて、豊かなイメージを生み出す。芭蕉は実にダイナミックな手法を編み出していたのである」と長谷川さんの解釈は 単なる写生句ではなく心象風景も描いているというもので、新しい芭蕉の俳句観である。

室内で蛙が飛びこむ音を聞いたとすれば,八雲はfrogsと訳したことも意味があるようにも思われる。なぜなら一匹の蛙では音が小さすぎる。これは風情のない下衆の知恵というべきか。長谷川さんは93年には俳誌「古志」 を創刊。そこでも「古池観」を展開している。

長谷川櫂著 古池に蛙は飛びこんだか 花神社 2005/06出版
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2005-10-21 22:08:29

紙メディアと電子メディア

テーマ:時評

総務省は19日、インターネットの国内ブログ登録数(9月末日)は約473万人に達したと発表した。3月末に比べて約4割増加し急増していることが分かる。またブログに似たSNS(social networking service)も半年で3倍以上増え399万人になったそうだ。ホームページよりも利用しやすく、登録者が日記や随筆あるいは意見を書き、それに対するコメント、トラックバックができる仕組みになっており、私も利用している。

最近は世に倦む日日 のように鋭い社会評論のブログが多くの読者を集めている。またこのブログの提唱でSTOP THE KOIZUMI に参加するブログも増え、ブログの横のつながりも出てきている。これは今までにない世論形成の形態である。従来はオピニオン・リーダーと言えばマスコミ、特に新聞が大きな役割を果たしてきたが、木鐸としての性格を失い、これに飽き足らない層が増えてきたのではないか。

最近,元毎日新聞社編集長の歌川令三氏が「新聞がなくなる日」を著した。それによると紙メディアと電子メディアの違いは,後者が桁外れに情報発信量が大きく、伝達速度が速い事。さらに受信、発信ができる双方向性ができることであると述べている。ブログはまさにそれである。歌川氏はこれに危機を感じてこのような題名になったものと思われるが,ブログのような電子メディアがすべてよいというわけではないと思う。

新聞は「公器」として確かな意見を述べることができるのに対してブログのほとんどは「匿名性」が強いということである。いわば「私的」な言説で責任が伴わない危険性がある。これが世論となることは恐ろしいことである。「STOP THE KOIZUMI」に集うブログは真面目なものが多く世論形成の役割を果たすのではないかと期待している。しかし、かって電子メディアから発した「自己責任」が飛び火しマスコミを席捲したこは記憶に新しく、単なるプロパガンダに終わる危険性もある。問題は私的意見がどのように公共性を築くのかにかかっているような気がする。そして新聞も電子メディアより優位性を保つためには権力に左右されることなく主体的にオピニオンリーダーとしての役割を果たすことではないか。

歌川令三著  新聞がなくなる日  草思社 2005年9月刊

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2005-10-19 16:32:59

多すぎる外来語

テーマ:読書雑感

国立国語研究所 は第4回 「外来語」言い換え提案の 中間発表をした。この中にバイオテクノロジー(biotechnology)は「生命工学」、ヒートアイランドは(heat island)は「都市高温化」、トラウマ(trauma/Trauma)は「心の傷」など日本語にすると分かりやすいものもある。またクライアント(client)は患者とばかり思っていたが、もっと多様に使われることを知った。「より高い見解・見識を示さないとクライアント〔顧客〕から信頼と敬意を得られない状況になっている。」という文例のように「注文や問題の解決のために,専門家や専門機関を訪れる人や組織」の意味に使われるようだ。これも時代に趨勢からきたものか。

また外来語とばかりでなく和製英語も紹介されている。メディカル・チェック(医学的検査)、ディサービス(日帰り介護)、スケールメリット(規模効果)、ノンステップバス(無段差バス)などは日常的に使われているが、これが日本で作られた造語だそうで日本人の言語感覚に驚く。

しかし、和製英語も場合によっては外国人には誤解される場合もあるようだ。最近日本でAET(Assistant English Teacher)をしていたウォルシュ,スティーブン・ジェームズという人が「恥ずかしい和製英語 」という本を出した。その本の紹介によると,討論会でのパネラー(paneler)は車の車体を修理する人のことを言い、正確はパネリスト(panelist)だそうだ。我々は親しいふれあいをスキンシップ(skinship)というが、これはまさに「皮の船」の意味になり、またペアルック(pair-look)という言葉は日常化しているが、英語ではpearーlookにで洋梨体型になってしまう。ダンプカー(dump-car)も正確にはdump-truck)など誤解して使っている場合も多い。

しかし、欧米諸国の人々に通じないが 国内では通じるのならばそんなに目くじらたてることもあるまい。ただ外国語をすぐ使いたがる最近の風潮はいかがなものか。今回の外来語に「野菜や果物が不足気味と判定され,数種類のサプリメントを食事に合わせて取るように指示された。」という言葉が紹介されているが、サプリメント(suppliment)は「栄養補助品」でわざわざ英語をつかうこともあるまい。

ウォルシュ,スティーブン・ジェームズ著  恥ずかしい和製英語  草思社 (2005-10-07出版)

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2005-10-17 13:51:51

ふりむけば韓流

テーマ:読書雑感

季刊誌「小説トリッパー」は最新号で「ふりむけば韓流」を特集している。政治的には日韓関係は過去の問題が清算できず必ずしもしっくりいっていない。反日、在日韓国人問題など抱えている。それにもかかわらず「ヨン様」ブームなど一部日本人の韓国スターへの熱狂ぶりをどう解釈したらよいものか。

信田さよ子(臨床心理士)は日本の家族関係の視点から、中高年の女性たちの韓流のドラマの熱狂は「成人した子どもへのエネルギー集中を避け、子離れするための「ヨン様」が使われたのだ。子どもたちからすれば熱狂の対象を外に向けてくれただけで大歓迎。そして何よりもヨン様の存在はうんざりしながらあきらめるしかない夫との生活を絶えるために実に役にたったのである」と論じている。

また韓国男性と同棲しているという岩井志摩子(作家)は「差別されている朝鮮人」が「素敵な韓国男」になるまで日本の「おばはんたち」は葛藤を経て克服したのでもなく思想矯正教育を受けたのでもなく「日本人と韓国人、男前に上も下も右も左もないいいものはいい。男前は男前」余り思索せずにその境地にいたったとの見方をしてる。

韓国哲学者の小倉紀蔵は「愛」の視点から韓国ドラマを分析し、それに惹かれる日本人の心情を述べている。韓国ドラマは愛という私的なものと「国を愛す」とか公的なものと連結させてメッセージをしている。日本のドラマは私的な「愛」しかないとして、「日本の俳優もかっては「私」「公」を連結させたモダンな俳優がいたが、ポストモダンの時代に突入してから「公」が消えた。そのような世界観のドラマにあきたらなくなった日本の視聴者は「私と公を同心円に描くというテーゼをひっさげて登場した韓国俳優と作品にいとも簡単に吸引されてしまった」と分析している。

それぞれ違う視点から「韓流ブーム」を論じているが、日本社会の変化がこのような社会現象をもたらしたといえる。しかし岩井志摩子が「韓流スターに殺到する暴徒化しそうなおばはんををみるとかって関東大震災で朝鮮人暴動のデマで無辜の朝鮮人が大量に逆殺されたことを思い出し、「おんなじような闇雲な熱気と勢いと群集心理で、無実の朝鮮人に殺到しているのは一緒、と見えてしまうからな。・・・・そんな見方、私だけかいな。」と過去の歴史と関連付けた発言が気になる。

小説トリッパー  2005年秋季号 朝日新聞社 2005年9月

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2005-10-14 20:51:15

チェルノブイリは今

テーマ:読書雑感
医師鎌田實さんが週刊朝日に「がんばらなけどあきらめない」の題でエッセーを連載、10月21日号では「ベラルーシに坂田明とミジンコをとりに行った」というエッセーを載せている。坂田明氏はジャズマンとして知られた方で鎌田さんとは友人である。

ベラルーシ共和国はチェルノブイリ原発事故で汚染された地域である。汚染地であるゴメリ州立病院で坂田さんの演奏をお願いするため、ミジンコを集めている彼をベラルーシに連れ出したというのである。鎌田さんはボランテアで14年間も汚染地域の治療をしている。それを承知で坂田さんもそれに乗り出かけて熱心な演奏をしたそうだ。

そのエッセイーの中に、二人が汚染の村「ブジシチェ村」を訪ねたことが書かれている。この村は地図から消え老人と障害者だけ残っており、ガイガーカンターで測定しても放射能が検出されない泉、村人が「百年の水」と呼んでいる泉がある所である。坂田さんはその泉からオカメミジンコを見つけた。坂田さんは「このミジンコは環境が悪くなると、休眠卵になって状況が好転するまで水の底にじっと待って種のDNAを守る」と首をかしげた。鎌田さんはきれいそうに見える泉も村の環境が破壊してミジンコにとって厳しくなってきているのかもしれないと述べている。

これを読んで私はハッとした。実は写真家、本橋成一氏がこの村を訪れ、「アレクセイと泉」という写真集を発行し、さらに映画まで撮った場所であったからである。東京でその映画「アレクセイと泉」 を見て感動し、2年前仲間と本橋さんを地元にお呼びし、映写会を計画・実施したからである。これについては「アレクセイと泉」上映顛末記 に詳しく述べている。

「泉があるからここに残った」。そして「このふるさとで死にたい」という村人たち。この映画アレクセイという一人の青年と55人の老人の生活を通していのちの大切さを歌い上げている。そのもととなった写真集もモノクロで私たちに感動を与える。

その生活の中心である「百年の水」の泉が汚染されているとは!?アレクセイは今どうしていいる?そして老人たちは? 本橋さんは? 写真集をみながら考え込んでしまった。

本橋成一著 アレクセイと泉 小学館 (2002-02-01出版)
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2005-10-12 17:33:40

続・詩歌の待ち伏せ(書評)

テーマ:書評
北村薫氏の「詩歌の待ち伏せ」の上巻が出版されたのが2000年6月である。この本を読んで感銘を受け「読書録」 に書いている。残念ながら下巻が読まないでしまったが、この4月続巻が出版されたので読んでみた。

今回はプレヴェールの詩、藤原実方の和歌に紙数を割いているが目立つ。プレヴェールは言わずと知れた「枯葉」など多くのシャンソン の作詞者,さらに「天井桟敷の人々」などの脚本家としても知られているフランスの詩人である。

著者は彼の詩「朝の食事」が日本では内藤濯氏はじめ5人の翻訳者に日本語訳がなされその微妙な違いを指摘している箇所が面白い。演劇では演出家の意図と融合して演じ手がその表現を解釈して自らの演技によって伝える側に回ると同じように翻訳家も原詩に自分の解釈が加わり表現の違いが出てくるという見方が参考になる。ともすればある翻訳家の日本語訳だけでその作品のイメージをしている場合が多いが、本当の原作者の意図を読み取っていなのではないかという危惧を感じる時がある。著者もそのことに触れ、萩原朔太郎が詩の翻訳の不可能性について「訳された詩は原作者のものでなく翻訳者のものである」という指摘を紹介していることに成る程と思う。

また藤原実方の歌、「五月闇倉橋山の郭公おぼつかなくも鳴きわたるかな」は「五月闇は」「くら」の枕詞、「倉橋山」の「くら」は「暗」と掛けられ、「闇」や「暗」からは「おぼつかない」という言葉を引き出している。また「鳴きわたる」の「わたる(渡る)」は「倉橋山」の「橋」と関連するというように、この歌は著者はかなり技巧に走った歌である。この歌については当時の大歌人、藤原俊成が「素晴らしいが、あまりにも技巧に走りすぎる。むやみに真似すべきではないと」と述べていることを紹介している。その批評眼の確かさに感心してしまう。実方は陸奥守として不遇にうちに生涯を終えている。「年を経てみ山隠れの郭公聞く人もなき音のみぞ鳴く」陸奥の国での歌であるがその心境が伝わり、実方をもう少し調べてみたいと思った。

このようにこの本は詩歌の解釈、作者の境遇、逸話などが書かれ興味尽きない本である。まだ多くの詩歌(作者)が紹介されているが、特に印象に残った二人について書いてみた。

北村薫著 続・詩歌の待ち伏せ 文芸春秋社 2005年4月刊
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