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2005-09-28 20:10:32

サッポロビールの祖、村橋久成

テーマ:読書雑感

北海道新聞は明治時代、日本初の官営ビール工場を札幌に造った開拓使官吏、村橋久成(1942~92)の胸像「残響」の除幕式が23日、札幌市中央区北一西一六の知事公館前庭で行われたことを報じている。 薩摩藩出身の村橋は1871年(明治4年)に開拓使となり、東京に内定していた官営ビール工場計画に反対し、札幌への建設を実現させるなど、北海道の産業発展に尽力した人物として知られている。

しかし、彼の生涯はけっして順風ではなかった。彼について初めて知ったのは吉村昭著「夜明けの雷鳴」である。この本は明治時代の医師・高松凌雲について書いたもので彼がは旧幕臣として箱館戦争に身を投じ、壮絶な戦場において敵味方の区別なく治療を行った、博愛と義の人として描いている。

この小説に薩摩藩士、村橋久成が征討司令官の黒田清隆の命を受けて反政府軍の榎本武揚との和平交渉を凌雲に頼みに行く場面がある。榎本は凌雲の説得に応じて箱館戦争を終わらせた。村橋は薩摩藩の上級武士の家に生まれ薩摩藩のイギリスに留学を命じられた俊才であった。しかし明治政府では下級武士の黒田清隆のほうが重用され、要職につくことができず、北海道開拓史として札幌に赴任。そのときに彼は前述のように札幌にビール工場を建設したわけである。

黒田の北海道官有物払い下げ事件がおき、開拓使廃止の動きの中で村橋は明治14年辞職し、忽然と姿を消してしまう。雲水のような身なりに姿を変えて各地を行脚。 故郷、家族を捨て、放浪の後明治25年、神戸の路上で病に行き倒れているのを発見され息を引き取っている。

吉村の「夜明けの雷鳴」にも村橋のその後を気遣う凌雲の場面が出てくる。吉村は「村橋がなぜ野垂れ死のような死に方をしたのかおそらく五稜郭が落城した時、夥しい数の士卒の腐乱した遺体が収容されることもなく、野犬に食い荒らされて散乱していた有り様が、胸に焼き付いて離れなかったのではないか、討幕、維新で倒れていった無数の命を忘れる事が出来なかったのではと」凌雲に推量させている。

そればかりでなく明治政府への不正事件などの腐敗への落胆もあったものと思われる。彼の伝記「残響」を著した札幌在住の作家田中和夫さんはこの除幕式に参加して「村橋久成は官財癒着を許さない信念を貫く人。今の政治家に見せたい」と話しているように、明治初期の慌しい動きの中で愚直に生きた日本人のひとりであり、その生き方に惹かれる。

吉村昭著 夜明けの雷鳴―医師・高松凌雲  文春文庫 (2003-01-10出版)

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2005-09-26 19:01:09

NHKに望むもの

テーマ:時評

NHKは20日、「新生プラン」 を発表した。冒頭に公共放送の役割として「NHKは、視聴者のみなさんのために、公共放送としての使命をしっかりと果たします。何人からの圧力や働きかけにも左右されることなく、放送の自主自律を貫き、みなさんの判断のよりどころとなる情報や豊かな文化を、いつでも、どこでも、誰にでもわけへだてなく伝えます」と述べ、また改革の柱として次の3点を挙げている。

1.視聴者第一主義に立った『NHKだからできる』放送の追求」
2.「組織や業務の大幅な改革、スリム化の推進(06年度から全職員の10%、1200人を削減)
3.受信料を公平に負担していただけるよう全力を挙げる。(受信料支払い拒否・保留世帯に対し、法的措置の「支払い督促」を導入)

どうもこもこの「新生プラン」は一連の不祥事に伴う受信料の支払い拒否・保留件数の増加に対する対策とも受け取れる。その支払い拒否・保留件数が、9月末で130万件になる見込みであり、年間500億円の減収) そのため、視聴者第一主義を掲げながら、その信頼回復の熱意が伝わってこない。特に「何人からの圧力や働きかけにも左右されることなく、放送の自主自律を貫き」の一節は本当にそうなのか?と疑いたくなる。

松田浩氏の著した「NHK 問われる公共放送」によると、NHKは過去に時の権力にいろいろな圧力を受け屈した歴史があることが詳述されている。1947年から始まった「日曜娯楽版」が時の政府(吉田茂首相)に猛烈な圧力を受け、中止の憂き目にあい抗議した聴取者から受信料不払い運動が起きている。その他現在までそのような事実が他にもあり、逆に権力に擦り寄っていった会長も多くいることを指摘している。

松田さんはNHKは政府から独立した放送機関であり、かつ放送の自由と自律を認められた言論・報道機関であり、国民の「知る権利」と文化に直接の責任を負う公共放送機関として「権力を監視」し、民主主主義の社会の基幹メディアとしての役割を果たさなければならないと述べている。

このような役割をきちんと果たした上での「新生プラン」ならよいが、財政確保のための「支払い督促」が主のような感じがしてならない。これでは不信を買うのみである。イギリスのBBC放送は受信料が支払い義務制で罰金が科せられるが、視聴者に対し徹底して情報公開を貫き説明責任を果たしているという。NHKの受信料体系や公共放送のあり方を議論する有識者の「デジタル時代のNHK懇談会」が9月16日開かれた。政治的介入があったとされた従軍慰安婦に関する特集番組について、第三者を交えて編集過程を検証する提案が委員から出されたが、NHK側は提案を拒否したという。これでは説明責任を果たされていず、BBCとは雲泥の差である。

またイラク戦争の大義名分とされた「大量破壊兵器」をめぐる報道でもBBCは政府と鋭く対立し窮地にたたされたときに視聴者はBBCを支持し、支援したという。残念ながら今のNHKには「中立」を装いこのような姿勢が見られない。何よりもNHKに望まれるのは自ら「新生プラン」に掲げた「放送の自主自律」を貫き、情報公開と説明責任を果たし、国民の信頼回復を得ることが先ではないか。NHkには優れた記者、プロジューサー、ディレクターが多いという。彼らが思う存分に優れた作品、真実の報道ができる体制を作ってほしいものである。

松田浩著 NHK 問われる公共放送  岩波新書2005年5月刊

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2005-09-23 15:34:10

選挙の真の敗者は?

テーマ:時評
今日の地元新聞(秋田魁新報)は、佐伯啓思氏(京大教授)が今回の衆議院選挙にからみ「選挙の真の敗者は?」と言う題で「保守が見えない閉塞政治」について興味ある論説を載せている。今回の小泉首相の主張する「改革」は「自由主義」といわれるものであり、個人主義や自己責任、競争原理や市場論理の重視はすべて自由主義の原則であると指摘している。

それに対して元来保守政党が依拠する保守主義は急激な社会秩序の変化を嫌い家族や地域、さまざま組織、伝統的な文化や生活様式を重視する。だから自由主義と保守主義は基本的に対立する面をもっていると論じてうえで、従来の自民党の存在意義はその保守的スタンスであったのに、小泉自民党は革新的な政党のイメージをつくり、自由主義的政策に行きついたと分析している。

とすれば、「自民党圧勝という現象にかかわらずこの選挙で真に危機に陥ったのは本来保守をめざすはずの自民党のほうだったともいえよう」と選挙の真の敗者は「自民党」ではないかと論じている。

佐伯さんは著名な保守主義、現実主義の思想家であり、彼の論述はやや逆説的で戸惑いを覚えるが、一面の真理をついているように思える。我々は革新と守旧とを対峙させ、自由主義的な面に目を奪われ、守旧を退けてしまった。しかし本来的には捨てられない保守も必要ではないかというのが佐伯さんの考えのようである。

彼のアメリカ批判は定評があり、その著書「新帝国アメリカを解剖する」を読むと、「アメリカの自由は個人の能力主義、競争による選別、さらに自己責任原則などに具体化され、・・今日のネオ・リベラリズムを貫く理解が出てくる」と述べている。まさに日本の自由主義はアメリカ型の市場競争へ向けた社会構造の転換、いわゆる「経済構造改革」をその要請により実施しようとしているというのである。しかしその理念と国益が果たして一致するのかに佐伯さんは危惧をもっているようだ。

佐伯さんの「民主党も含めてすべてが「改革」一色になった政治状況の中で「保守」が見えなくなってしまったところに今日の政治の閉塞がある」という指摘を今一度かみ締めてみたい。しかし、今回バブル当選した人たちの一部には「改革」というお題目だけを唱えるているだけのような気がする。

佐伯啓思著 新帝国アメリカを解剖する  ちくま新書 2003年5月
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2005-09-21 21:31:49

秋田蘭画の始祖「佐竹曙山」(書評)

テーマ:書評

naotake
(「東叡山不忍池図  小田野直武作)

「秋田蘭画」といえば日本最初の洋風画としてして知られている。江戸時代中期の洋風画は鎖国のため中国人、オランダ人以外の交流を認められなかったので、明治以降の近代洋画とは違い限界があったが、客観的、写実的な西洋画法を取り入れた秋田蘭画は日本絵画史の位置づけられるておくべき事象である。

この本はその秋田蘭画の理論的支柱であり、自ら画家として活躍した秋田藩8代藩主・佐竹義敦(1748~85)(雅号は曙山(しょざん)を中心に、秋田蘭画とのかかわり、その起こり、発展と特色を述べたものである。

秋田蘭画といえば佐竹藩北家の家臣であり画家の小田野直武を忘れてはいけない。秋田に鉱山開発の指導に来た江戸の奇才、平賀源内と直武のの出会いこそ「秋田蘭画の起こりであることは知られている。この著書でもまずこのことについて詳述している。源内は多くの挿絵のある西洋銅版画を収集しており、陰影のある西洋画法を直武に指導したものと思われる。それを聞いた曙山は直武を秋田本藩の直参に登用し江戸詰めを命じ、源内から直接指導を受けさせている。大名でありながら家臣に蘭画の研修に江戸に派遣するとは余ほどの文化人であったといえる。

ところが直武は1年余りで江戸から呼び戻され謹慎を命じられる。直武の勤務が不真面目、それに彼の異常な出世を嫉妬するものもあり、さらに源内が殺人を犯す事件も重なり、曙山も寵臣をかばいきれなかったようである。直武はその翌年、突然吐血し32歳の若さで亡くなっている。しかし彼は多くの作品を残し、「秋田蘭画」の最高の画家としてその名を留めている。

秋田蘭画の特色とは何か?曙山は「画法綱領」と「画図理解」という絵画理論を残している。曙山の説く絵画論は著者は実用主義と写実主義であるとしている。つまり絵画は現象を記録する実用性とそのためにはまず実物に似ていなければならないという「写実性」(画ノ用タルヤ似タルヲ貴フ)を主張してる。その写実のために陰影法や透視遠近法が必要であること述べており、従来の東洋画法にない西洋画に近い理論を述べていることが注目される。

しかし、実際彼らが描いた絵画はそこまで達っしていないので、西洋画の鑑賞体験から書かれたのではないかと著者は分析している。いずれにして日本画壇を長い間支配してきた狩野派の伝統的絵画を直接批判をしていないが、その画風と違う画論をのべ近代絵画の道標をつくったことは評価しなければならない。

実際の「秋田蘭画」を観てみると、狩野派の花鳥・花木に陰影表現を加えて対象を立体的描写、遠景を加えた風景画などの絵が多く見られる。直武の代表作「「東叡山不忍池図」(重要文化財・秋田県立近代美術館蔵)を見ると遠近法を用いた独特の写実が見られる。(トップ絵)著者に言わせると、近景の鉢植えが拡大描写され右端の樹木の幹も部分拡大されている点は従来の花鳥山水図の余風が残っていると分析しているが、今までにない近代性を感じてしまう。

いずれにしても秋田蘭画は江戸時代最初の組織的洋風画派であるが、郷土秋田の研究家は秋田独自を強調する余りそれを受け継いだ司馬江漢らの江戸風洋画を認めない傾向にあるという。同じ県人として狭い了見は慎まなければならいと感じたしだいである。

成瀬不二雄著  画ノ用タルヤ似タルヲ貴フ 佐竹曙山 ミネルヴァ書房 2004年1月刊

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2005-09-18 19:54:35

詩人が街にやってきた

テーマ:読書雑感

秋田県大館市城西小学校で15日、同市出身の吉田文憲さんら3人の詩人による「詩人ライブ」が開かれた。自らの作品を朗読したほか、児童の詩を鑑賞し、5年生70人に詩の持つ言葉の楽しさや重みを伝えた。ライブの様子は録画され、同時に児童が生の詩に触れる様子がインターネットを通じて、全国に配信された。これは、芸術や情報メディアの創作に取り組む「コミュニケーション未来研究会」主催。同会では「詩人が街にやってきた」と題し、全国の学校などに詩人を派遣する事業を展開。毎回、活動の様子をインターネットを通じてライブ中継している。一昨年、子どもゆめ基金の助成を受けて始まった事業は、同市で7カ所目の開催だという。

そのホームページ「詩人が町にやってきた」 にはその趣旨が次のよう書かれている。
「ほとんどの人が詩と初めて出会うのが小学校の教科書です。その出会いをさらに豊かなものにするのが、詩人の肉声で語られる自作朗読に触れることです。活字だけでは読み取れなかった、感情の襞までも朗読は伝えてくれます。今回の企画は、詩人たちが触れあうことの少ない地方の小学校の教室や、町の小ホールなどで子どもたちを前に朗読し、さらにその情景をインターネットライブにより全国の子どもたちと共有する機会をつくりたいということから出発しました。」

当日秋田県比内町出身の吉田さんは前夜書いた「比内、ピナイ、灰」という詩を朗読した。

ぼくが十歳まで育った町 ぼくの生まれた町
そのピナイが消えたら
ぼくの生まれた場所もなくなってしまったきがした。
名前とは愛するものの呼び名ではなかろうか・・・
比内、ピナイ *比内はアイヌ語ピナイが語源と言われる。

これは市町村合併により「比内」の名前が消え去ろうとしていることへの驚きと愛惜の詩である。吉田さんには「花輪線へ」という詩がある。それは故郷を離れた懐かしさを叙情的に歌いあげている。(吉田文憲詩集)。吉田さんは現在現代詩の最前線にいる詩人であり、宮沢賢治研究者としても知られている方である。小学校の子供たちが詩人たちとお互いに自作の詩を朗読しながら触れ合うという行事は、子供の琴線にふれるまとない機会である。

吉田文憲著 吉田文憲詩集  思潮社 (1993-04-20出版)

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2005-09-16 18:07:43

ロビンソン・クルーソーの実在モデルの住居跡発見

テーマ:読書雑感

ダニエル・デフォーの「ロビンソン・クルーソー漂流記」には1704年から4年4カ月間、ロビンソン・クルーソー島で漂流生活をしたスコットランド人船乗り・アレクサンダー・セルカーク(1676―1721年)が実在モデルではないかと以前から言われていた。秋田市在住の探検家・高橋大輔さん は平成6年から4度渡航。謎に包まれていたセルカークの孤島での暮らしぶりを追跡してきた。この様子については「ロビンソン・クルーソーを探して」という題で出版されている。

私も読書録の中に書評 を載せている。彼は島探検ばかりでなくセルカーク祖先とも会うなどそのあくなき探検魂には頭がさがる。以前にも住居跡らしきもの発見したが、今回、5度目(2005年1月~2月)の渡航で住居跡を突き止め、出土したわずか16ミリの銅製器具の破片を手がかりに大発見につなげたことが、昨15日、高橋さんが東京で会見し明らかにしたことが報じられている。

住居跡とみられた遺跡が、出土した陶器などの分析で1750年以後にスペイン人入植者が建てた火薬庫だったことが判明。さらに遺跡の地下を掘り進めると約2・2メートルの地点でたき火跡と家を支えたとみられる柱穴、長さ16ミリ、幅3ミリの銅製で先端部が鋭利な破片を発掘した。その銅片がセルカークのディバイダ(割りコンパス)ではないかとして「発見から数カ月間、銅片の科学的分析、歴史上の記録との突き合わせなど批判的検証を繰り返した。セルカークのディバイダに間違いないと信じている」と述べている。大発見である。

しかし、セルカークと作者のデフォーとの関わりがはっきりしない点がある。これについては書評に私は次のように述べた。「著者はデフォーがセルカークと出会い、日誌を手渡されたと類推するが、その日誌は遂に出てこなかったし、二人の関係は依然として明らかでない。デフォーはセルカークの無人島の生活をヒントとして、書いたとしても、彼のこの小説の意図は、主人公がさまざまな事件に直面しながらも信仰によって生かされて行く人間の姿を描いたものであり、必ずしもセルカークがモデルであったと言い切れないものがある。」折角の大発見に水を差すようであるが、この解明にも努めてほしい。おそらく探究心の旺盛な彼にはできるだろう。

高橋大輔著 ロビンソン・クルーソーを探して 新潮文庫 2002年1月刊

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2005-09-14 22:18:10

「BC級戦犯裁判」書評

テーマ:書評

靖国参拝問題にからんでA級戦犯の合祀について問題になっている。A級があるならB級、C級があるはずであるが、我々の目は通常そこまではいかない。ドイツの戦争犯罪をを裁いたいわゆる[ニュルンベルク裁判]では、戦争犯罪を三つの類型に分けている。
(A)平和に対する罪)侵略戦争を計画 、共同謀議への参加
(B))戦争犯罪 戦争の法規慣例違反 占領地内の一般人民の殺人_虐待、奴隷労働等
(C)人道に対する罪) 戦前、戦中一般人民に対しておこなれた殺人、殲滅、奴隷化等

BとCは峻別できない点もあるので通常BC級戦犯と呼んでいる。今回アジア太平洋戦争における命令者から実行者までおよそ5700人が裁かれたBC級戦犯裁判(うち死刑最終確認934人)の実態をを明らかにした本が岩波書店から発行された。(林博史著BC級戦犯裁判)

これまでBC級戦犯の裁判は「勝者による裁判」(A級にもいえる)とか「被害者の報復」であるとか、さらに裁判の杜撰さが指摘され否定的な評価したり、感情的に非難したりものが多かった。、著者はなによりも戦争をなくすために、また起きたとしても戦争の犠牲を少なくするために、戦争裁判の経験からから汲み取るものがあるのではなかという姿勢で、多くの調査を実施し、客観的にその事例を説明し、我々に実態を知らせてくれる。

いろいろな事例の紹介があるが、その中で特に印象に残ったのは次に事例である。マレー半島のイロンロン村で日本軍に1000人近くの村民が殺され、村が焼かれた。その責任者として起訴された中隊長は死刑を免れている。(禁錮12年)これは地元の中国人女性と警官が被告の弁護にたち被告が住民を憲兵隊や日本軍から守ったことを証言したからである。稀な例ではあるが、住民は客観的に裁判を見守っていたたわけである。すべてが「復讐裁判」ではなかった事例である。


なによりも日本人として恥ずかしいのは、証拠隠滅のために文書の焼却、はては口封じにために捕虜を8月15日の玉音放送の後に処刑し証拠隠蔽を図った事実である。日本人の醜さが悲しい。さらに上官は罪を免れ下士官やそれ以下の者に責任が転嫁された例も多いという。その点裁判が不公平であると不満をもった人たちもいたようだが、その責任は免れないはずである。

それにしても、「勝者による裁判」であった点は否定できないと著者は言う。米軍の日本都市への無差別爆撃や残虐行為を日本の軍法会議は不法のものとして裁いたが、平等に適用されるべき国際法や正義は連合国軍によって無視されたという。これをもって戦犯犯罪の不当性を声高に述べる人が今でも跡を絶たないが、著者は日本軍の非人道的行為を忘れていけないことを強調している。

裁判が終わって日本政府は米ソの冷戦状況を利用して赦免、釈放を求めているが、アメリカも日本を陣営に留めておくために譲歩し、順次赦免、釈放に応じている事実がある。まさに日本の自衛隊誕生の時期と一致している。著者は「スガモプリズンの中で真摯に日本の戦争を自省した戦犯たちは、侵略戦争に駆り出されて戦争責任を押し付けられ、さらに再軍備の取引材料され二度にわたって日本の支配者に利用され裏切られたのである。」と怒りをこめて述べている。

最後に、著者は「最近の日本社会は排外的なナショナリズムと他者へのバッシングが横行している。日本の戦争責任への自覚も戦争への抵抗感も薄れてきている。そのようなときに過去と現在を冷静に見つめる必要がある。」と述べているが、これがこの本を書いた動機でもあることが理解できた。そしてこの本を読んで改めて戦争犯罪と戦争責任の現代的意味を考えさせられた。

林博史著 BC級戦犯裁判 岩波新書  2005年月刊

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2005-09-12 22:09:06

オーウェルの「新語法」

テーマ:読書雑感

今回の選挙での自由民主党の圧勝について、TVでおなじみの評論家達は、落下傘候補の地域にしがらみのない政治姿勢に賛同した都市部の無党派層に新しい風が吹いたと、したり顔で説いている。また名の知れたブログの管理人、いわゆるブロッガーたちも、小泉劇場のマジックにかかった市民の衆愚性、ワンフレーズの分かり易い「改革」のアッピールを指摘。返す言葉で、民主党の分かりずらい訴えとカリスマ性のないリーダ性など様々な評論を加えている。

いまさら私のごとき田舎者の庶民の端くれが勝利の要因を分析しても始まらない。それよりこれからの日本がどうなるのかさっぱり分からない。多くあるブログの中でいつもは海外新聞のニュースを翻訳して我々に提供している(大変役に立つ)ブログ「暗いニュースリンク」 の今日の書き込みにドキリとした。以下引用してみる。

題「新語法(ニュースピーク)時代の日本」

戦争は平和である
自由は屈従である
無知は力である
(ジョージ・オーウェル 『1984年』)

戦場は非戦闘地域である
裏切りは公約である
広報は報道である
(2005年9月11日後の日本)

このブログの管理人はジョージ・オーウェルの著書「1984年」に出てくる3行のフレーズを引用し、2005年9月11日以後の日本について述べている。「肝にして要」その鋭い見方に唸ってしまった。

オーエルの『1984年』は、スターリン時代のソ連を連想させる全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描いている。そこで描かれている全体主義国家では、官庁や制度に冠された美名と実態が完全に裏腹で、オーウェルはこれを「新語法(ニュースピーク)」という概念で「二重思考(ダブルシンク)」と呼んでいる。そして「二重思考」とは一つに精神が同時に相矛盾する二つに信条をもちその両方とも受け入れられる能力のことをいう」と述べている。これは将に現在の日本の宰相が持ち合わせた能力ではないか。

このブログの「新語法(ニュースピーク)時代の日本」はまさに言葉の裏に潜む真実を鋭く突いている。そこで私も一つ考えた。「破壊は改革である。」]さて今度は何をぶっ潰すのか?

ジョージ・オーウェル著 1984年  早川書房  1984年1月18版

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2005-09-10 17:22:14

戦争民営化(書評)

テーマ:書評

今年の5月、一人の日本人がイラクで死んだが、彼の雇用されていた戦争代行業=民間軍事会社の存在がにわかにクローズアップされた。その数は全世界に300社、総年商は10兆円を超すといわれる。著者は豊富な情報とその実態に迫っている。

戦争代行の歴史は古く古代ギリシャ・ローマにも傭兵がいたようだ。ポエニ戦争でカルタゴは敗れるが、その大半は傭兵軍団で、給料遅配で傭兵達が反乱を起したからといわれる。彼等がビジネスチャンスとして戦争を考えていた事は今でも変わらない。

現代における戦争代行者たちの活躍は「紛争地」においてである。そこには必ずといっていいほどアメリカの介入がある。彼等は元特殊部隊の出身が多く、その才能を買われ紛争地に赴き、アメリカの都合のよい政権確立のために暗躍している。アンゴラ、キューバ、ニカラグア、ベトナム、コロンビアとその場は実に多い。

著者は特にこの「戦争請負屋」たちはアジアの歴史を変えたと強調している。例えばインドネシアのスカルノ政権を倒すためにCIAが介入し、朝鮮戦争で活躍した元米軍兵士を傭兵としてインドネシアに送り込んでいる。またベトナム戦争では現地の山岳民族をプロの傭兵部隊として育成している。

しかし現代はこの傭兵にとどまらず、戦争兵器の売り込みが絡んでいる。いわゆる「死の商人」としての暗躍である。世界の武器主要輸出国はアメリカ、ロシア、ドイツ、中国、イギリス、フランスの順で殆ど国連安全保障理事国の常任理事国である。平和のイメージに強い国連であるが、武器輸出大国によってその方向が決まることを著者は怒りを込めて指摘している。

傭兵部隊は小規模の局地戦争が増えたことでその需要が高まっている。米国防総省は4000種に及ぶ軍の職種を見直し直接戦闘に関係ない職種を民間でできる計画を立てている。だから現代の傭兵組織は近代的な「企業」としてのビジネスを展開しており、直接軍事に携わる事業(戦闘用のマニアル作り、軍事訓練など)と軍隊の補給やサービス部門の企業に分けられるという。ただ正規の軍隊で無いので「使い捨て」の危険性は免れない。

現在巨額で長期にわたるイラク復興事業を世界の企業が不況脱出のためのビジネスチャンスとして事業に参加しようとねらっているという。日本もその例外ではない。「郵政民営化」の後には「戦争民営化」に加担する時代が来ると考えるのは妄想であってほしい。


松本利秋著  戦争民営化―10兆円ビジネスの全貌   祥伝社新書 (2005-08-10出版)

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2005-09-08 19:36:50

保守思想家は小泉政治をどうみているか

テーマ:書評

選挙戦も終盤である。各政党のマニフェストが出揃ったが、その性格からして政策の実現の具体化の内容の羅列はやむをえないが、将来日本の進むべき道が見えてこない。特に政権政党の「郵政民営化」というワンフレーズの雄叫びに、改革が見えてこずこれからの「不確かな社会」を感じてならない。

憂鬱な日々であるが、今日「『昭和80年』戦後の読み方」を読み、いくらかモヤモヤが解消したところである。この本は中曽根康弘(元首相)、西部邁(評論家)、松井孝典(東大教授)、松本健一(評論家)と名うての保守イデオローグたちが、日本の戦後を「日本は国家たるか」「日本人は変わったか」「技術と経済発展がもたらしたもの」「『日本的なるもの』を求めて」の4つの視点からの対談をまとめたものである。明治以来の、特に戦後の政治を振り返り、そのことから敷衍して現代の政治について述べているのが印象的である。ここでは書評としてでなく、現在の小泉政治に焦点をしぼり、彼等の考え方を紹介することにする。

まず中曽根さんの現代の日本は昭和10年代と似ているという考えが目に付いた。「2.26(昭和11年)事件後、歴代内閣が明確な国家戦略がなく漂流し、時によってうまくいったらそっちにのっかかるたぐいの内閣ばかりで、それに拍車をかけたのがジャーナリズムであり、日本の国民性によるところの爆発的な衝動であった。その危険性は現代日本にもある。この10年間、総理大臣が10人もでるがしっかりとした軸心がなく漂流しつづけた。小泉内閣はその漂流を止めた功績がある。しかし、国の基本線とかこれから歩むべき道を何ら示すことがない。本論がなくて「道路」「郵政」に埋没している印象を禁じ得ません。」と述べている。


また、西部さんも日本が漂流した大きな要因は明治このかた福沢諭吉が心配した「言論を塞(ふた)ぐ」つまり「きちんとしゃべらない」ことにあることを指摘している。日本語の言葉遣いが宗教的なバイブルもなく曖昧で情緒的である。宗教がないゆえに言葉を大事にしなければばらない。にもかかわらず言葉が貧困になってしまった。「その典型が小泉首相です。あの人こそ日本の文化的欠陥の権化である。あえていいたくなるぐらい言葉を蔑ろにしていると思いますね」と手厳しい。

松本さんは、イラク大量破壊兵器について米英が調査報告書をだし間違っていたことをのべているが、日本はその反省をしないことを指摘している。「小泉さんは世界はどうなっているかそんなことは知らん。我々の内閣の目標は郵政民営化と道路公団民営化である。これが構造改革であると瑣末な問題にこだわっている。構造改革の結果日本はどういう国家像になっていくのかといえば、ほとんどアメリカの51番目の州をつくるにすぎないのですが」とこれまた手厳しい。

ここで小泉政治ををけなすために抜書きしたのではない。この本そのものは4人が日本が歩んできた道を分析し、これからの日本の国家像をどう構築させるか、その体制維持発展について述べたもので私の考えとは違う点が多くある。(例えば憲法改正)しかし、彼等が優れた保守思想の持ち主として、国家像の見えない小泉政治の本体を見抜いて、歯に衣を着せずに苦言を呈しているのは、体制べったりの御用学者たちにはない確かな哲学と思想に裏打ちされたものであり、参考になる点が多いからである。

中曾根康弘・西部邁・松井孝典・松本健一著 「昭和80年」戦後の読み方 文春新書 2005.8刊

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