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2005-06-28 15:52:05

人生の危機に読む本

テーマ:読書雑感

文芸春秋7月号は「人生の危機に読む本」 として31人のかたがたの本を紹介している。その中で元東京地検特捜刑事で現在「さわやか福祉財団」を設立し福祉活動をしている堀田力氏があげた、井上靖の「あすなろ物語」が印象に残った。堀田さんにとってなぜ「あすなろ物語」が人生の危機に読む本なのか。

この物語について亀井勝一郎氏は解説で次のような井上靖の言葉を紹介している。「私の郷里は伊豆半島天城山麓の小村で、あすなろ(羅漢柏)の木がたくさんあります。あすは檜になろう、あすは檜になろうと念願しながら、ついに檜になれないというあすなろ(羅漢柏)の説話は、幼児の私に、かなり決定的な何かを植え付けたようです。この『あすなろ物語』一巻は、しかし自伝小説ではありません。あすなろの説話の持つ哀しさや美しさを、小説の形に取り扱ってみたものです。」

そして亀井氏は、「この小説は井上靖氏の「詩と真実」であり、白紙のような魂にきざまれゆく人生の皺のようなもの、その深まりとニアンスが文章からあざやかにうかがわれるからである」と述べている。

堀田氏は1976年起きたロッキード事件の特捜刑事であった。彼はその5月、ロッキード社のコーチャン副社長の嘱託尋問の証言を得るために渡米する。しかしなかなか交渉がうまくいかず、捜査が危機に見舞われる。「日本の検察の威信がかかっている。国民の期待も大きい」という自負と負担が重く圧し掛かり眠られない夜が続いたという。そのときに若いときからの愛読書である「あすなろ物語」を思い出し、あすなろのように背伸びせず「なんでもない状態にもどればよい」という心境になり、ぎりぎりのところで証言を得ることになる。

堀田氏はこの小説から亀井氏がいわれる「白紙のよう魂にきざまれゆく人生の皺」を読み取っていたのかもしれない。この物語を通して天に達することができない人間の限界を知りながらも虚心坦懐にそれに向かって努力しようという気持ちが堀田氏の中に根付いていたといえる。

堀田氏はこのエッセイの最後に「いま私は71歳なのだが、まだまだ檜には程遠いし、どうすれば檜になるのか分からない。なれないまま死んでしまうだろうが、それでも明日は檜になろうと思って生きていきたい」と述べている。

井上靖著  あすなろ物語  新潮文庫 1958年11月刊

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2005-06-26 19:18:53

愛書家と蔵書狂(書評)

テーマ:書評

テオドール・モムゼン(1817年 ~ 1903)はドイツの歴史家でローマ古代史が専門で第2回ノーベル文学賞を得た著名な学者である。ところが最近彼の蔵書が次々とイタリアで発見された。この蔵書のミステリアスな流転を追ったノンフィクション「悪魔に魅入られた本の城」を最近読み考えさせられた。

著者のオリヴィエーロ・ディリベルト氏はイタリア生まれ現在ローマ大学教授。まず彼はモムンゼンの数奇な運命に触れている。モムンゼンは1880年不用意に蝋燭の明かりで本を見ていて蔵書に火がついて大半の蔵書を火災で失う。これが大きな反響を呼び彼の家には無数の贈呈本が送られ研究を再開する。しかし20年後の1903年またも不注意から自分の頭髪に火がついたのを気づかず再び火災にあい重傷を負いその年亡くなる。著者のディリベルト氏が「悪魔に魅入られた本」というのはモムンゼンの波瀾に満ちた生涯の中の蔵書のことをそのように表現したのである。

本題はこれからで火災に遭いながらも遺されたモムゼンの蔵書が散逸して数奇な運命をたどることを著者は具体的に追求するのである。将に著者の愛書家であり蔵書狂の真髄が発揮される。結局本が散逸、消滅する原因は遺族の売却、戦争で爆撃破壊、図書館の不用意な払い下げという結論に達する。

そのなかで著者は、特にイタリアの国事弁護士のウーゴ・タンブロー二が集めたモムゼンのや他の貴重な本をイタリア国事弁護院図書館などに寄贈したのにスペースがないと「不用品」の扱いで民間に安く払い下げ「蚤の市」に出回ったことを嘆いている。

翻訳した望月紀子氏は「本の存在を脅かすのが本に対する無関心だ。・・・図書館の破壊や焚書は異なる文化への憎悪から、略奪や盗難は本への過剰な愛から生ずる。憎むべき犯罪であるが、そこの本の価値を知り、あるいはそれを恐れる心がある。それに反して、無差別攻撃や本に対する無関心は人間性に対する無関心、過去や同時代の人間が何を苦しみ、どう生きたかという人間の生への無関心だ。それが不気味に浸透しつつあるいま、愛書家や蔵書狂の熱狂はたとえ選別が介入するとしても、大いなる救いであろう」と述べていることに共感。

余談だが数年前ストーブの自然発火で書庫が火災にあう寸前までいったことがあった。大学者モムゼンの火災にあった時の心境を少しは理解できるような気がする。

オリヴィエーロ・ディリベルト悪魔に魅入られた本の城  昌文社 2004年11月刊

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2005-06-23 18:31:17

沖縄戦争体験の風化

テーマ:時評

今日6月23日は太平洋戦争で沖縄を戦場とする戦いが終わった日である。各紙とも県主催の「戦後六十周年沖縄全戦没者追悼式」の記事を載せているが、沖縄タイムスが座喜味和則県遺族連合会会長は追悼の言葉でとして「米軍基地から派生する諸問題が後を絶たず、悲惨な戦争体験も風化されつつある」という言葉と、琉球新報が、「参列者が昨年より2000人近くすくなく、沖縄戦体験者の高齢化などがも微妙に影響しているとみられる」という記事が気になった。つまり体験者の高齢化と体験の風化ということである。

1983年に書かれた当時朝日新聞記者であった榊原昭二氏の「沖縄・八十四日の戦い」を読み返しているところである。沖縄の戦争体験者の聞き取りをした記録でアメリカ兵、そして日本兵の残虐さ、集団自決などは忘れてならない歴史的事実を体験者が語っている。その内容は今でもその生々しい声の記録に胸を打たれる。

特に、新川トミ子さん(取材当時39歳)の「当時3歳の私に戦争の記憶がありません。けれど、銃弾に右目を奪われ、頭や左足におおけがをしました。戦後米軍ジープに右足をひかれました。私の毎日は戦争体験です。私の毎日は戦後体験に他なりません」という言葉は戦後体験としての沖縄にも目を向ける必要を感じさせる。

先日、青山学院高等部の英語の入試問題で、修学旅行で沖縄に来た生徒が元ひめゆり学徒の体験談を聞くという設定で、生徒は元学徒の証言が退屈だったという記述が問題になった。この問題は高等部の30代の英語教師が自身の体験に基づいて作成したものであるという。問題としては確かに適切な表現ではないが、私にはともかくも沖縄に出かけて戦争体験を聞くという行為までを否定しはなならいと思う。無関心の方がもっと恐ろしい。

しかし、次第に社会全体が次第に沖縄を忘れ去ろうとしている危惧はある。平成18年度より使用の中学校歴史教科書は「アメリカ軍は1945年3月、沖縄に上陸した。沖縄では中学生や女学生を含む2万5000人が県民が守備隊に配置されるなど激しい戦闘に巻き込まれた。また日本軍は軍の行動のさまたげなるとして県民を集団自決させたり、スパイと疑って殺害するなど多くの犠牲を強いた。」の記述のうち青線部分が新教科書では削除されている。教科書の中も風化が進んでいると感じざるを得ない。

榊原昭二著  沖縄・八十四日の戦い 岩波同時代ライブラリー 1994年8月刊

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2005-06-21 13:45:31

「ちびくろ・さんぼ」の廃刊と復刊

テーマ:読書雑感
ちびくろ・さんぼ」がこの春復刊になり発売以来3ヶ月で10万部を超える売れ行きだそうである。1988年ワシントンポスト紙の記者が都内の百貨店でおもちゃの黒人サンボを見て驚いて黒人差別であるとポスト紙に載せたので、国内でも大きな問題になったことを記憶している。そこに大阪の家族3人で作った「黒人差別をなくす会」がこの本を発行していた出版各社に抗議行動をおこし、岩波書店が発行停止、次いで関係出版社が後に続き「ちびくろ・さんぼ」の本は消えてしまったいきさつがある。

子供達に「木の周りにグルグル回るトラたちがバターになってしまう」という場面」を読んで聞かせた思い出があり、特に差別的な話ではなかった思っていた。この話は、イギリスの植民地時代のインドが舞台で、「ちびくろさんぼ」は厳密には「黒人」ではないと思っていただけに問題が大きくなったのは意外であった。むしろこの話にあやかった黒人の人形がアメリカに大きな反響を与えたようである。しかし、黒人種問題が話題になったことは人種問題を考える点では有意義な面もあった気がする。

それが今回20数年ぶりで瑞雲舎から発行された。発刊の趣旨について瑞雲舎は「本書はわが国では1953年に岩波書店から発売され1988年に絶版になるまで、日本中のこどもたちに親しまれていた絵本です。その後も復刊を望む声は多くありましたが、岩波書店はもちろん、どの出版社もそれに応えようとはしませんでした。小社でも検討に検討を重ねた結果、その内容や文章表現に何らの差別は無いと判断し、復刊することにしました。※とらとバターの話のみ収録されています。」と述べている。

あれほど騒がれたのにある新聞の書評は「今の物指しで過去の文化を計り、差別を論じることは難しい」とまともに答えていないが、なにか解せない感じもする。あの作品は「人種差別」としてみるか、文学作品としてみるか、やはり今日的問題である気もする。反面そんな肩肘はらないで子供達が楽しく読めばいいのではないかという意見もあると思う。しかし、そんな過去のことは忘れているとすれば、日本人の「喉元すぎれば熱さを忘れる」という国民性を感じてしまうのである。

ヘレン・バンナーマン/文 フランク・ドビアス/絵 光吉夏弥/訳 ちびくろ・さんぼ 瑞雲舎  2005年4月刊
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2005-06-19 15:47:24

「桜桃忌」に寄せて

テーマ:読書雑感

今日6月19日は太宰治の「桜桃忌」である。太宰は昭和23年6月13日に入水自殺を遂げるが、その死体が19日に発見され、その日が奇しくも39歳の誕生日に当たったことから、太宰を偲ぶ日を「桜桃忌」と名付け毎年続けている。今年も太宰の住んだ三鷹、郷里の青森・金木で開かれる。

この「桜桃忌」は勿論彼の晩年の名作「桜桃」 に由来する。短編なのでネットからも読むことができるが、文庫本は絶版で購入が難しい。その最後の部分に桜桃の描写がが出てくる。

「桜桃が出た。 私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見た事も無いかもしれない。食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。蔓を糸でつないで、首にかけると、桜桃は、珊瑚の首飾りのように見えるだろう。しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。」

太宰の自叙伝を書いた長部日出雄氏の著書「桜桃とキリスト」によれば、太宰の描く「桜桃」は彼が心中で強く求めていた「家庭の幸福」の象徴する言葉にに違いないという。この「桜桃」の中に、太宰が4歳になっても未だ1語も発することのできないのを心配していることが書かれている。それにもかわらず、彼は最後に何故「子供より親が大事」といったのか?

長部さんは「自分よりも勿論、子供のほうが大事、とか家庭の幸福こそ全ての本、と当然のことをいかにも殊勝げに述べていたのでは、とうてい表現できない人生の苦く辛い深奥の光景が、逆説とアイロニーによって、初めて鮮明に浮かび上がってくる」と解釈する。

太宰にはタテマエ的に「家庭の幸福」を述べる識者たちの言葉が我慢できなかったようだ。今日は太宰の「桜桃」をもう一度読みその意味をたしかめたい。「桜桃の季節」を迎えたが高値で庶民の口には入りにくい。それは太宰が生きていた頃と変わらない。

太宰治著  ヴィヨンの妻・桜桃 講談社文庫 1982/11出版

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2005-06-17 12:38:26

長崎原爆ルポ60年ぶりで発見

テーマ:時評

他紙には載っていないので毎日新聞のスクープなのだろう。17日の朝刊は「原爆ルポ、60年ぶり発見 長崎ー1945年9月」 」の見出しで1面、トップに載っている。

「長崎市に原爆が投下された1945年8月9日の翌月、同市に外国人記者として初めて入り取材した米シカゴ・デーリー・ニューズ紙(廃刊)の故ジョージ・ウェラー記者の未公表の原稿と写真が60年ぶりに見つかった。原稿は、長崎市の惨状と原爆症に苦しむ市民の様子を克明に記している。ウェラー記者は原稿を連合国軍総司令部(GHQ)検閲担当部局へ送ったが、新聞に掲載されることはなかった。当時、米政府は原爆の放射線による健康被害を過小評価する姿勢を見せていた。この原稿が公表されていれば米世論に影響を及ぼし、核開発競争への警鐘となった可能性もある。」(Mainichi web)

ウェラー記者の原稿が掲載されていれば、米国内で原爆使用を非難する世論が高まり、政府の核兵器開発に対するブレーキになった可能性もあるので検閲で没収したといわれ、まさにジャーナリズムの圧殺がおこなわれていたわけである。ジョージ・ウェラー記者の原稿原文はMainich Daily News からよむことができる。(翻訳文はその1 その2その3 参照)それは長崎原爆投下後の実態を生々しく伝えている。

当時の原爆報道はGHQの言論統制で日本においてもプレスコードは敷かれていたことはしられている。今年3月亡くなられた広島で被爆した詩人栗原貞子さんの46年の詩集「黒い卵」も多くの削除指導を受けている。その栗原さんの全詩集が「刊行をすすめる会」編で出版された。戦前・戦中期」から反戦の思いを強くにじませ、戦後も戦争責任を反省しない日本を批判する創作が貫かれた内容になっているという。今回のルポ発見を機会に栗原さんの詩集も読んでみたいと思っている。

栗原貞子著(刊行をすすめる会編) 「栗原貞子全詩篇」 土曜美術社出版   2005年5月刊

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2005-06-15 21:50:15

倉橋由美子氏を悼む

テーマ:読書雑感
パルタイ」など反リアリズム小説で知られた作家、倉橋由美子さんが10日午前10時9分、拡張型心筋症で亡くなっていたことが分かった。 高知県生まれ。60年安保の年、明治大在学中の24歳で書いた「パルタイ」でデビュー。党(パルタイ)という組織への違和感を描き、観念性に富む作品は、同世代の学生作家大江健三郎氏とともに話題になった。(YUMIURI ONLIINE)

倉橋さんとは同世代で彼女が「パルタイ」を引っさげて登場したときに、自分は既成政党に不信を抱いていたときと重なり衝撃を受けた記憶がある。しかし,彼女の徹底した観念的な小説にはついていけず、ずっと彼女の著書は読まないでいた。

4年前、彼女のエッセーを集めた「あたりまえのこと」 を読み、彼女の作家としての意図、つまり私小説を嫌っていたことがわかりその感想を読書録に載せている。そのとき書かなかったことで彼女が太宰治の「人間失格」を批判していることが忘れられない。

倉橋さんは「小説の効用」のなかで、「小説は何を書いてもよいということになれば病気のことを書こうと思いつく人間も出てくる。・・・最初から廃人である人間をつかまえて公衆の面前でその醜悪な裸体を鞭打って見せる趣向の小説があり、叩かれるにつれてこの廃人は言葉を吐く、そに反吐のようなものが小説になる。例えば「恥の多き生涯を送ってきました」で始まる反吐がある。その題名を「人間失格」という」と誠に手厳しい批判をくだしている。

しかし、「この狂人の反吐以外の何物でもない小説がある種の読者には・・哀しい魂からほとばしる美しい血のごとく見えるという事実である」とも述べそこに救いを求める読者もいるとも指摘している。つまり、太宰を否定しながらもそれに効用を求めている読者もいることまでは否定しない。そこに倉橋さんの作家としての態度を垣間見た思いがした。

近年は体調がすぐれず、創作活動は少なくなっていたが、サンテグジュペリの「星の王子さま」の翻訳にも取り組み、今月下旬に刊行される予定だったという。彼女の翻訳が名訳と言われる内藤 濯氏のものと対比しながら是非読んでみたい。

私小説を嫌い反写実の観念の世界を描き続けた倉橋由美子さん 享年69歳 合掌

倉橋由美子著  あたりまえのこと  朝日新聞社20001年11月刊
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2005-06-13 21:06:10

東北のキリシタン殉教

テーマ:読書雑感

遠藤周作の「沈黙」はキリシタン禁制の江戸時代、日本人信徒に加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめきに接し苦悩するポルトガルから来た司祭の背教の淵にたたされキリスト教の根源の問題を考えた秀作である。

このなかに、モキチとイチゾウが十字架の杭に括られ波打ち際に引き立てられ海につからせられ絶命し、やがて焼かれる場面がでてくる。「夕暮れ役人が馬に乗ってやってきました。その指図で監視役の男たちが湿った木切れを集めて杭から離したモキチとイチゾウの死体を焼き始めました。・・死体は灰にして海に投げ捨ててしまいます。彼らのたく炎が赤黒く、風にゆれ煙は砂浜から伝わって流れ、部落民は身じろぎせず、うつろな眼でただ煙の流れをじっと見ておりました。」

実は私の住む東北の地にもキリシタン殉教があったことを知っていたが、今日その「殉教慰霊の碑」 の場所を訪れた。草むらの中に彼らを祀った小さなお堂にマリアとおぼしき女神と子どもの像があった。

この地は江戸時代栄えた院内銀山の近くの秋田県湯沢市寺沢地区で、寛永元年(1624年)の年は秋田藩佐竹氏は隠れキリシタンを摘発しこの年だけでも百人を超える処刑をしている。特に院内銀山には諸国で迫害を受けたキリシタンの亡命者が入りやすい環境にあったので多数潜入したと言われている。

寛永元年6月20日にはこの地、寺沢信徒15人が久保田城(今の秋田市)外で斬罪されている。今日訪れたのはその殉教者を祀った碑である。その中には70歳の老人から6歳の子どもなでいる。特にその中に朝鮮人夫婦がいたことが注目される。。さらに7月11日には上記の殉教にもれた25名と、院内で逮捕された25名、計50名が斬首されている。

当時の秋田藩鉱山奉行梅津政景は克明な日記をつけている。(梅津政景日記)その寛永元年6月3日の日記に「一、御城御銕砲にて罷出候、一、きりしたん衆参十弐人火あふり、内弐十壱人ハ男、十壱人は女。一、天気よし」誠に淡々と処刑の記録をしており、6月20日、7月11日寺沢、院内の処刑は記録さえしてない。為政者の冷酷さに驚くばかりである。誰も訪れることのない記念碑の側で遠藤周作が描いた処刑の様子を思い浮かべた。

遠藤周作著  沈黙   新潮文庫  1981年10月刊

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2005-06-11 17:16:42

T.K生の言葉

テーマ:読書雑感

「鎖国的な統治は恐ろしいものである。反共的な対決のためには朴政権以外に選択の余地がないという敗北意識が知識人の間にある。新聞は政府とともに北の脅威を語り、民衆に不安をあおること以外に何もしていないといってよい。そして三面記事では物価高や収賄、暴力事件などを深めるのがその仕事であろうか。政府が読むことを義務づけている。「弘報資料」が叫ぶ「国論統一」「主体的安保観」というような虚ろな用語のみが街を流れる。(1975年7月)

冒頭の文章は1973年から88年まで月刊誌「世界」(岩波書店)にT.K生の署名で韓国の朴政権下の圧制に対する民主化闘争の実情を「韓国からの通信」という題名で連載された一部である。

このT.K生とは一体誰か?よく非常戒厳令下の韓国からその網をかいくぐって発信できるもだと感心した記憶が残っている。先日、新聞でT・K生は元翰林大日本学研究所の池明観(チミョングァン)氏であることを知った。池氏は72年から93年まで東京女子大教授を務めている。彼は「世界」の編集長であった故安江良介氏より軍政下の韓国の現状を書くことを依頼され、毎月数人のスタッフを韓国に送って得た情報を元に執筆したのがこの通信の真相であることが分かった。

この半年間池氏は日本文化研究センターでの研究を終え帰国前に京都で講演をしている。池氏は「戦前日本でありえないような亡命知識人として生きる場を戦後日本が提供してくれた。あの通信は韓国内の民主化勢力を激励し、国外に支援を訴える目的であった。日本人は党派性とは無縁の市民的サポートをしてくれた」と述べている。

また最近の韓国の反日の動きにもふれ、「日韓関係では常に韓国の「反日」という国民の心情がある。それを政治が利用するという側面もある。日本も今こそアジア共同体が進む方向を指し示すことはできないか。そこで日本の繁栄が韓国にもプラスという成熟した関係ができてくればよいと思う。」提言している。


韓国は戦後においても政治的に困難を強いられた歴史がある。その民主化闘争に協力した日本人たちがいたことを我々は知る必要がある。最近の韓国の反日の動きに対して、日本では一部の政治家・知識人・市民が感情的に反応しているきらいもなくはない。我々はその歴史を踏まえた上で、T.K生氏のアジア共同体の願いに耳を傾け、日韓のあり方を考えたいものである。


T.K生 「世界」編集部編 韓国からの通信 岩波新書  1977年10月刊

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2005-06-09 16:26:35

フランスの憂鬱

テーマ:時評
欧州連合(EU)憲法条約の是非を問うフランスの国民投票は5月29日即日開票され、反対54.87%、賛成45.13%という予想以上の大差で同条約の批准は拒否された。25カ国に拡大したEUの基本法である憲法条約が、旗振り役のフランスで拒否されたことで、欧州統合の歩みには強いブレーキがかかり、EUは打開策を迫られる。EUでのフランスの威信は低下し、米国や日中に対抗できる多極世界の一翼を目指した欧州の求心力や存在感にも響きそうだ。(5月30日Asahicom)

戦後、欧州統合はフランスが中心となって進めてきた。1992年のマーストリヒト条約が調印され、この年の末までにEC地域内の市場統合が図られ、93年には正式のEU(欧州連合)が発足している。そのころの大統領はミッテランである。当時、朝日新聞のパリ支局にいた清水弟氏は「フランスの憂鬱」というテーマで統合前夜のフランスについてその実態を報告している。

ミッテランは「90年代には旧大陸のすべての国が国家連合の形で再結集し交易と平和のと安全保障のための恒久的な組織、欧州連邦が生まれるこを期待している」と述べ、その実現に努力しているが、その長期政権にはフランス国民の不満が高まっていたといわれる。91年の末には283万人9.8%の失業者を抱え、さらに移民労働者がフランスへのなだれこみ、労働組合の多発ストなど多くの悩ましい国内事情を抱えていたようである。

そのような国内問題を解決しないままに「欧州は一つという理想主義」を掲げ、連合に踏み切ったわけで、ミッテランのあとを継いだ形のシラクもここに来て、失業率が5年ぶりに10%を超えるなか、欧州の競争力を高める形で統合が進めば、人件費の安い東欧への企業流出や、東欧からの労働者流入が加速し、雇用や労働条件が脅かされるとの不安が国民の中に根強い不満として残り、それが今回の国民投票に表れたといわれている。

現実主義が理想主義の前に立ちはだかった感じで、清水氏が描いた90年代の「フランスの憂鬱」はまだなお続いているようである。

清水弟著  フランスの憂鬱  岩波新書  1992年8月刊
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