2005-03-30 19:13:26

日本語の起源はタミル語?

テーマ:読書雑感
インドネシアのスマトラ島沖で起きた地震・津波の被害は、インドのとなりの島国スリランカまで拡大したが、その被害甚大地域の多くが、反政府組織「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」の支配地域ということで、復興の遅れが懸念されている。タミル人は古くから住んでいる民族(18%)である。

タミル人の言語であるタミル語は日本語の起源ではないかという説を唱えたのが著名な国語学者大野晋氏であることを思い出し、その本「日本語の起源」を読み返してみた。大野さんは①すべての音素にわたって音韻の対応がある。②対応する単語が基礎語を中心に500語ある。③文法上ともに膠着語に属し構造的に共通である。④基礎的な助詞・助動詞が音韻と用法上対応する。⑤歌の五七五七七の韻律が共通に見出されなど5つの共通点をあげている。

専門的なことはさておき、②の対応する単語の紹介が興味深い。日本語 のFat_とタミル語のpat_の語根を比較すると、日本語の布、旗 凧(昔は布製)はFata(ハタ)と発音し、どれも糸を織って生み出すもの意味があり、タミル語のPat_am(ハタ)と共通するという。*日本語のFはタミルごではPと発音する)まだまだ類似点があげられているが、大野氏は朝鮮語とも共通点があり、タミル人が大陸から日本にも渡ってきたのではないかとみている。

現在タミル人はスリランカでもう一つの民族シンハリ人と対立状態にあり、多数派であるシンハラ人の優遇政策をとるスリランカ政府に独立運動をおこし対立しているようだ。我々の日本語と関係ある民族が受難の時代を迎えている。

大野晋著  日本語の起源  岩波新書  1994年6月刊
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2005-03-29 20:29:40

16世紀の画家ブリューゲルの見方

テーマ:本の紹介
16世紀フランドルを代表する画家ピーテル・ブリューゲルは、写実的な農村風景や活力溢)れる楽しい農民風俗を描いていて日本でも彼のファンが多い。特に少し前のオランダの画家ヒロエムニス・ボスの影響を受けた彼の絵の中に隠された意図があるのではないかと興味を持っていた。

最近、国立西洋美術館学芸課長、幸福輝さんが「ピーテル・ブリューゲル ロマニズムとの共生」という大著を著した。朝日新聞で中世イタリア史研究者の東大の池上俊一氏がこの本について書評を載せている。それによると、幸福さんが「ブリューゲルがフランドル画家として代表者扱いされているのは、19世紀末以来の美術史研究の偏重によってもたらされた異常事態であり、同時代には、人気の点でも画題の一般性の点でも、マイナー画家にすぎなかったと主張。それどころかアントウェルペンの知識人サークルに属していた彼を、農民画家と呼ぶことさえおかしいと、ブリューゲル神話解体を宣言している」と紹介している。気になる文言である。

しかし、幸福さんは「ブリューゲルはイタリア修行を経験したにもかかわらず、他の画家のようには古代遺跡や神話の物語を描かずに、ただひたすら精緻な再現性をもつ自然風景描写にこだわった初期ブリューゲルに、イタリア的理念とフランドルの伝統との融合を見出すことができる」と述べている。これが幸福さんのロマニズムとの共生ということらしい。

私にはブリューゲルは社会世相を鋭敏に感じ取り当時の圧制をそれとなく批判し農民の生活、子供の遊び、自然の風景を描きだしているように思われる。彼の描いた「バベルの塔」は、画面が小さくて見えにくいが、塔の建設に従事する多くの労働者を蟻のように描き出し、人類の営為のむなしさを風刺したと言われている。彼の絵の中に隠された何かとはこのようなことである。その点を幸福さんがどう見ているのか、是非読んでみたい本である。

幸福輝著  ピーテル・ブリューゲル ロマニズムとの共生 ありな書房 2005年2月刊

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2005-03-28 19:09:22

富山太佳夫氏の絶妙な書評

テーマ:読書雑感
富山太佳夫氏といえば、書評家として定評のある方であるが、毎日新聞の今週の本棚での「2004年度 学校をつくる活動記録集」の書評には唸った。これは「金八先生」の脚本家で知られている小山内美江子さんが主宰するカンボジアに学校を作るためのNPO法人JHP学校をつくる会の小冊子「2004年度 学校をつくる活動記録集」を紹介しそれについて感想を述べた書評である。この会はボランテアの協力によりの学校建設に計画しは36校54棟を建設。教材の整備、教師派遣をしている。そのためにな汗水たらして努力した2004年度の若い人たちを中心としたボランテアたちの記録である。


富山さんはその記録について「一人ひとりの心の想いを語るそうした文章の合間に、ハッとするような、つまり、いつかは歴史の証言となるような言葉がはさまれているのだ。これらは決して感傷的な言葉ではない。これこそが、国際ビジネスの知識や英語を話す能力以上に、今の時代に必要な国際的なセンスであることを、この記録集は生々とした言葉で語っている。現場でためらったり、笑ったり、悩んだりしながら、そのことを知ってゆく若い人々の、そして社会人と呼ばれる人々の証言集である。そのためには、プロの作家のレトリックよりも、文章を書くことにかけてはシロウトのひとたちの言葉の方が力強いことを認めるしかない。」と感動を込めて書いている。

また、文章のはじめにこの本の出会いについて「この本はあるとき人混みの中で、知らないオバちゃんからもらった。どうして私がこの本をもらう破目になったのかよく分からないが、まあ、それはそれとして、ともかく。」ではじまり、最後にこの本で隊員の寸評を書いている小山内さんいついて「どうもシロウトらしくない書きっぷりだと思ったら、このひと、例の『金八先生』の脚本家である。要するに、この一言寸評は彼女から隊員一人ひとりへの御礼の言葉であるが、どんな人物かと冊子掲載の小さな写真を見たら--ワッ、あの人混み中のオバちゃんにそっくりだ!」。軽妙洒脱、そしてツボを押えた書評に感心するともにこの記録集を是非読みたいと注文した。

この本は500円、郵送費300円を添え、計800円で希望者に頒布する。住所はHP参照されたし。

小山内美江子編  2004年度 学校をつくる活動記録集」JHP・学校をつくる会 2004年刊
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2005-03-27 21:03:40

ドン・キホーテ400周年

テーマ:読書雑感
今年は、セルバンテスの傑作『ドン・キホーテ』が出版されてから400周年にあたる。物語の舞台の中心となるのは広大な大地が広がるラ・マンチャ。騎士道物語を読みすぎて自分を騎士と思い込んだ主人公ドン・キホーテが、悪を成敗しようと遍歴の旅に出るという話で、発表は1605年。全世界に読まれている。

昨日騎士道の典型としてイングランドのマーシャルについて書いたが、セルバンテスはドン・キホーテという狂気に襲われた道化的人物を描くことによって,「騎士道物語」に登場する英雄達を諷刺しているという見方がある。レバント海戦で負傷、海賊船に襲われ捕虜生活、帰国後の深い孤独を味わったセルバンテスにとって中世の忠誠を誓う騎士道精神は偽善と見えたのかもしれない。

また空想と現実の混沌とした彼の精神状態は現代にバーチャルなネット社会のそれと似てなくもないが、「拙者は自分が何者であるかを承知している」といいながら自己のアイデンティティを求め苦悩したする姿を読み取ることもできる。我々自身「自分が何者であるかを」わからないでいる現在、ドン・キホーテの生き方について、現代の視点から見直す必要もあるような気もする。

それにしても、WEB検索すると激安店「ドン・キホーテ」がずらりと並び肝腎のセルバンテスの小説の「ドン・キホーテ」はなかなか出てこない。これも現代の側面というべきか。

ミゲル・デ・セルバンテス・サアベドラ/牛島信明 著 ドン・キホーテ(前・後編) 岩波文庫 2001年3月刊 
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2005-03-26 20:41:11

ホワイトナイト

テーマ:時評
ライブドアとフジテレビ抗争にホワイトナイトが現れたと話題になっている。株式用語では敵対的買収者から企業を守る白馬の騎士だそうだ。今日の毎日新聞、朝日新聞のコラムは中世の「騎士道物語」からこのことを論じている。毎日はリチャ-ド・バ-バ-の「騎士道物語」から12世紀イングランドの騎士ウィリアム・マーシャルのことを紹介している。

ウィリアム・マーシャルはリチャード一世(獅子心王)に騎士として仕え、リチャード王の死後,弟ジョンと甥アーサーの間に相続争いが勃発したが、ジョンを支持してジョン王即位に貢献している。一時ジョン王に疎外されるが造反せず忠節を守り、、ジョン王が亡くなり、幼いヘンリー三世が跡を継いだときは摂政として助けている。さらに侵略を企てたフランス王フィリップとそれに加担するイングランド諸侯を懸命な処理でまとめフィリップを抑え込みイギリスの平和秩序を回復している。

海外のサイト では彼を次のように述べている。

Marshal's entire life was governed by his oaths of fealty and by his own innate sense of honour. his undefeated knight had become a great statesman in the last years of his life.

マーシャルの生涯は生まれつきの廉恥心と忠誠の誓いに支配されていた。彼の挫けぬ騎士道精神は彼の晩年を偉大な政治家にさせた。

まさにマーシャルはイギリスを救ったホワイトナイトであったわけである。今回の事件でフジテレビ筆頭株主となったソフトバンク系投資会社はマーシャルのようにフジテレビに忠誠心があるはずはなく、ナイトと思っているフジが上手く利用されてしまうのではないか。

リチャ-ド・バ-バ-/田口孝夫  図説騎士道物語冒険とロマンスの時代 原書房 1996/11出版



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2005-03-25 20:24:23

山田方谷と河井継之助

テーマ:読書雑感
幕末の長岡藩の河井継之助を描いた司馬遼太郎の「峠」の中で、継之助を備中松山藩の山田方谷(1805―77年)を訪ね教えを請う場面がある。方谷は陽明学者でもあり、借金で苦しむ松山藩の財政改革をしたことで知られている。給料減額、賄賂の禁止、質素な衣服など徹底的な節約令、大阪商人への借金棚上げ、鉱山、新田開発、特産物の奨励などで財政難を救っている。

方谷研究家の矢吹邦彦氏は「ケインズに先駆けた日本人―山田方谷外伝」を著し、「山田方谷による奇蹟の藩政改革は、20世紀の天才ケインズの不況対策論に先立つ自作自演の革命だった」と述べている。矢吹氏の勤務する吉備国際大学には「 山田方谷のホームページ」というサイトがあり、方谷について詳細な研究を載せている。

それによると「日本の借金は国、地方合わせて900兆円を越え、1990年以降続く平成恐慌からいまだ脱け出せないのが日本経済の現状」の中で山田方谷の財政改革が注目を浴びていることが書かれている。3月15日の山陽新聞は「山田方谷の生誕200年にあたり、その業績を多角的に研究して現代に生かそうと、岡山県内の経済、歴史研究者らが中心となって「山田方谷研究会」を設立したことを伝えている。

小説「峠」では継之助が方谷に門人の願いをするが断られる場面が出てくる。ようやく屋敷にとおまる事を許され起居を共する。継之助は講義を受けず彼の行動、雑談の中から学ぼうとする。その中に中国の唐帝9代之徳宗に仕え、最大の税制改革をした首相陸宣公の書いた「陸宣公演奏議集」のことが出てくる。この本を方谷の継之助も読んでいたのである。そしてお互いに財政改革のあり方について共通の願いがあることを確認する。2人の歴史から学ぶ姿勢が印象的である。現在の政治家にこの姿勢があるのか?方谷は明治になってからも子弟の教育に精をだすが継之助は北越戦争で自決したのが惜しまれる。

司馬遼太郎著  峠(上下)新潮文庫 1975年刊
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2005-03-24 19:51:57

司馬遼太郎の怒り

テーマ:時評
国土交通省は23日、05年の公示地価 を発表した。全国平均では住宅地、商業地とも地価が14年続けて下落したが、東京都心部では住宅地が17年ぶりに上昇に転じ、バブル崩壊後に急落した地価の下げ止まりが都心部だけでなく地方にも波及しつつあるという。

国内の土地の評価額の合計を示す「土地資産額」がバブル経済末期の1990年末には2452兆2000億円が、2003年末に1298兆9000億になのだから、如何にバブル期の地価が高かったかに驚く。(内閣府調査)

司馬遼太郎は1991年、その著書「風塵抄」の中の「国土」というエッセーで、[土地問題が、日本国とその社会と日本人のくらしを責め苛んでいる。高度成長期の日本人は、もはや国土について神聖感覚をうしなかったかのようである。土地を投機対象に考え、買い占めて値をつりあげたり、銀行などの金融機関はも必要なカネをかしつづけてきた。こんなことが資本主義とか市場主義といえるだろうか」と怒りを込めて書いている。

司馬さんはこのころから「韃靼疾風録」を最後に小説を書くのをやめ、紀行集「街道をゆく」の執筆に転換している。ある評論家に言わせると、今まで司馬さんには坂本龍馬などの革新の意気に燃えた幕末・明治の人物を多く取り上げ、近代日本の国づくりに焦点をすえた小説を多いが、日本の現状に失望を感じ、日本のよさの再発見のために「街道をゆく」に傾斜していったのではないかと述べている。

日本の各地を回っている合間に書いたのがエッセー「この国のかたち」「風塵抄」である。この「風塵抄」当時の産経新聞(若いときこの新聞の記者であった)に載せたたもので平易な文章ながら、日本文化のよさ、現状に対する提言をしている。司馬さんが生きていたら、現代の株価騒動をどうみるだろうか?ホリエモンに明治期の若い改革者たちのイメージをもつだろうか?

司馬遼太郎著  風塵抄  中央公論社 1991年11月刊
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2005-03-22 19:39:48

いのちを伝える児童文学

テーマ:本の紹介
昨日のNHKTV「ホリデーにっぽん」で、「とどけ“いのちの児童文学”~70歳老夫婦の出版日記 」(NHK静岡放送局制作)の放映があった。これは浜名湖の南、静岡県舞阪町に児童文学作家の夫那須田稔さん(72歳)と妻敏子さん(70歳)が「ひくまの出版」 を立ち上げたルポである。この出版社は、地方唯一の質の高い児童文学を出版し全国に知られているそうである。うかつにも知らなかった。

戦時中、稔さんは中国ハルビンでソ連参戦など戦争の悲惨さを体験し、敏子さんは浜松で大空襲を体験。2人が40歳を過ぎてからこの出版社を立ち上げ、戦争体験からくる「命の大切さを」をテーマとした児童文学書を発行しづけてきたのである。TVではその出版の様子を追跡したもので、夫婦2人が妥協せずに討論をしながら出版までこぎつけるその迫力に圧倒されてしまった。

TVで元小学校の先生であった依田逸夫さんという方の「スミレさんの白い馬」という本を立ち上げるまでの様子が描かれていたが、内容、挿絵、本の帯まで検討していき、完成したときのその喜びの表情が映し出されていた。ある学校に依田さん、那須田ご夫妻が招かれ、この本の読み聞かせと戦争体験についての講話があったが、真剣にきく子どもたちの姿が印象的あった。稔さんが書いた大戦末期の国境を舞台に、日本人少年と中ソ混血の少女の交流を描き、日本児童文学者協会賞を受けた「シラカバと少女」は、30年を経た今も書店に並ぶロングセラーである。機会をみて読んでみたい。

この2人が戦争体験ばかりでなく精一杯生きている人の姿を物語化した本も出版している。滋賀県信楽の陶芸家神山清子と、白血病に倒れた息子との命の記録を綴った那須田稔・岸川悦子・共著の「母さん子守歌うたって」が「火 火」という題名で映画化され話題になっている。またご夫妻の次男・那須田淳氏も児童文学作家で「かれの「ペーターという名のオオカミ」 は平成16年度の「第20回坪田譲治文学賞」を受賞している。彼は現在ドイツ在住でそこから「ベルリン青熊ラジオ那須田淳のBLOG」 を発信している。

那須田稔著  シラカバと少女 講談文庫 1976/11刊
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