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2015-06-29 06:53:36

負けをどう感じ、そして取り入れるか

テーマ:雑談
 タイトルはあるTV番組でジョコビッチ選手がインタビューに答えていた言葉の内容です。実際に発した言葉は違いますが、ニュアンスはあっていると思います。その番組の中で私が一番感銘を受けた内容でした。ジョコビッチ選手は「私も数々の辛い敗戦をしてきた」というようなことも言ってました。

 「相手が強かった」「今日は調子が悪かった」「ペアに問題があった」などなど、敗戦の理由をその場の気分を沈めるために探し、または作っていないでしょうか。そういうことも精神衛生上必要なことだと思いますから、否定はしませんし、むしろ良いことだも思います。ただし、強くなる、上手くなるためには、そこでストップしていてはならないのでしょう。

 「敗戦」という貴重な経験を生かしてこそ明日があるのだと思います。それは自分のレベルが上がるに従い、他者からは見えにくい内容になっていくものと思います。

 強くなるために、逆境にどう立ち向かっていったかが大切だと思います。どういうレベルであるかは問題ではないのです。そして、このことは年齢に関係ないと私は思います。死ぬまで誰にもチャンスはあるのだと思います。

 私は「年相応にしたら」とかいうのが大嫌いです。自然からみれば人間の0歳も100歳も大して変わりはないと思っていますので。


 
 

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2015-06-02 18:33:42

現代テニス???

テーマ:雑談
元プロなんかがTV番組で「現代テニスは」なんて話をしている。

しかし、これはちょっと違うんではないだろうか。


日本のテニス業界が文部省のような頭のテニス教育の頭しかなかった。四角四面の何を根拠にしたのか定かでない「テニス技術」を展開してきた。

そこにポツポツ国際的に活躍する選手が現れ、そこで目がさめる。「日本人でもできるんだ。日本人でもできるのは現代テニスなのだと」。

別に現代テニスというほど、現代に特化したテニスがあるわけではない。要は日本のテニス業界が島国に閉じこもって世界やテニスの本質を吸収、探求できてこなかっただけの話なのだ。

オープンタンス、ワイパースイング、スピンサービスにエトセトラ。そんなものはとっくのとーちゃんで行われてきたのである。なーんも現代テニスじゃない。

まあ、ラケットがウッドからカーボンになったところは「現代」といって差し支えないと思う。しかし、その後のラケットなど大した進化はしていない。30年前のカーボンラケットだって十分使えるというものだ。

まあ、軽くて反発力のあるラケットはできたから、それを使って楽にテニスはできるようになったのだろう。いい加減に打ってもそこそこできるのが「現代テニス」なのである。強いテニスはしっかり打っていかないとならないところは変わらないのである。

「現代テニス」というと聞こえがいいのだろう。
しかし、正確には「日本のテニス業界関係者が漸くテニスを知るようになった」ということだと思う。


ちなみに。それでも日本のテニスはまだまだだろう。その部分を列記する。

・世界では通用しないオムニコートの常習
・ダブルスのTVメジャー中継なし
・デビスカップのTVメジャー中継なし
・硬直化したスクールでのダブルス戦術指導。
・シングルスが弱いくせにダブルスにさえも真面目に参戦しない日本プロ
・テニスの個性を楽しむ様子はない。錦織だけが騒がれる。
・ネットのテニスに関する情報公開の有様を見ればわかる。海外はユニークな人達がユニークに情報発信している。
・などなど
である。



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2015-05-31 15:22:53

成長しない一つの理由

テーマ:雑談
何故、テニスを続けるか。
面白いから。

何故面白いか。
時にポイントを取れるから。

「何故」の理由なんて沢山あります。ここでこれをテーマにしようというわけではありません。


ただ、この「ポイントを取れるから」
の部分で勘違いをしている人が多いということです。


自分と同じかちょっと上のレベルの人と練習で試合をやっていて、そこでポイントを取るとそのことが体験、経験の事例としてインプットされます。

まあ、悪いことではないのですが、そんな成功体験しかインプットされず、失敗体験がインプットされないのです。されてるようでされていません。先般でも書きましたが、自分にだけ通用する言い訳でこの失敗から目を背けているのです。そして成功のみにすがるのです。

ところがどっこい、その成功がどういう場での成功なんだかさっぱりわかっていません。
あくまであるレベルで通用しているだけの話であって、確実に上のレベルに行くと全く役に立ちません。それどころか、それが仇となって、よりメタメタなテニスとなるのです。

成功体験には謙虚でなければなりません。
成功することが多いなら、その精度を常に磨くことをしなければなりません。

「私は勝てません」「私は上手くなりません」。
こういう方は、何にどのように向き合っているのか、今一度確かめてみることです。
原因は自分の中にあるものです。

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2015-04-15 19:02:23

餌に群がる金魚

テーマ:雑談
例えは悪いのですが。

タイトルは
「餌に群がる金魚」


この情景は読んで字のごとしだと思います。

さて、テニス多くの人がこの金魚だったりします。プロもアマも関係ないかもしれません。


ボールは餌にあたるわけですが。

自分にとって美味しい餌、つまり美味しいボールというのがあるでしょう。

やってきたボールが自分に無理ない体勢で打てるものならば、それは全部美味しいという人もいるでしょう。

こんな美味しいボールに対して打ってくわけです。後先考えずに打つわけです。それが相手の罠とも知らずに。

「美味しいボールが来た!」
と強打します。コントロールはまあまあです。

すると相手からボールが返ってきました。
前に来たボールと同じです。
それでまた強打しました。

するとまた同じようなボールが来ました。
それでまた強打しましたが、今度はミスして
終わってしまいました。

強打を繰り返し、自ら少しずつバランスを崩して
いたのです。相手からのボールは変わらないのに
自分が駄目になっていったのです。
なお、相手からのボールも威力はイーブンかアップ
していて落ちることはなかったのです。何故なら相手
は無理せず予測だけをきっちりしていたのです。


チャンスなのに自らバランスを崩し時間を無くす。まるでブラックホールに吸い込まれるように。

同じ餌でも自分がまかせた餌なのか、それとも意外なところにやってきた餌なのか、そのへん気をつけたほうがいいのです。

そして、逆にこちらから餌をまきましょう。相手がフォアのパッシングが得意ならフォアに絶好球を打ってあげましょう。きっとあなたの想像するところに強打がくるはずです。それを待ち伏せしカウンターショットでジエンドです。予想どおりいきすぎて喜びすぎたり力が入ると元の木阿弥です。あくまで冷静に。










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2015-04-03 18:59:14

人間は楽をするものですね

テーマ:雑談
 家から駅までの経路。途中、明らかに私有地であり通ってはいけない所があるが、そこを通ると大幅に時間節約できる。多くの人はそこを通る。やがて「通行禁止」の看板が立つがそれでもまだ通る。完全に通行できなくしないと通る人は無くならない。スクールの練習からこんなことを連想したわけです。

 スクールの練習は上手くなるためにやるのだと思います。これは一般論であり、他の理由もあると思いますが、とりあえず「上手くなるため」としておきます。最初は何もできないのでコーチの言う事をしっかり聞きながら各種習得していくことでしょう。この最初の段階で何かが習得できるとその後の継続になりますが、そうでないと「テニスは合わない」となるのでしょう。特にストロークがなんとか続けられるようになることは継続のための必須だと思います。サービスやボレーがいくらできても、ストロークができないと他者とラリーができず面白くないからです。

 ストロークができるようになってから、そこから人によって得意が分岐、異なってくるというのが一般的だと思います。「フォアが得意」「バックが得意」「スマッシュが得意」などから始まって、「バックのクロスが得意」とか「ボレーのロブが得意」など得意の分野が詳細になっていったりすることでしょう。

 さて、人間は前述の近道の話ではないのですが「楽」をするようにできていると思います。まあそれは単なる怠慢ということだけではなく、安全の確保、安定の確保でもあったりするでしょう。ですから「楽」がいけないことだとは思いません。が、テニスの向上のためにはこのへん自分自身に厳しくなっていかなければならないのでは、ということなのです。

 例えばボレーボレーの練習。コーチがよく生徒同士でやらせておくやつです。ボレーの基礎の習得方法にも問題があったのかもしれません。ともかくネットにつめるのです。正確にはつめてしまうのです。恐らくボレーは来たボールに面を当てる、というインプットばかりが多く、運ぶとか上げるというインプットが不足しているのだと思います。ネットにつめれば相手のボールが上にこようが下に来ようがとりあえずボールにあてることができ、それを相手コートにかえすことができます。だからネットにつめます。しかし、こうした時、頭を超えるボールには全く対応できません。そして、いつまでたってもローボレーは習得できません。実践では(実際の試合では)ロブあり、ローボレーありですが、どちらにも対応できません。結果として「ボレー苦手」「ストローク好き」みたいになっていくのでしょう。

 やれることをきっちりやるのはいいのです。が、やれないことはやれるようにしないといつまでたっても進歩しないのは明白です。やれるようにするためには、やらないとなりません。やるには失敗はつきものです。失敗しながら、やりながら、やれるようになるのです。これは、楽でもないし、安定でもありません。

 ストロークのコントロール力に比較するとボレーが杜撰(ずさん)な人は少なくありません。スクール等でいかにボレーが適当に教えられているかを現しているとも思います。一般人にはすることの多いダブルスにおいて、チャンスをつくったり、チャンスを決めたりすることがほとんどできていないといっていいのではないでしょうか。

 得意なことをするのは大いにけっこう。しかし、テニスが守備から攻撃まで5段階あるとすれば、その得意なことはそのどこかの段階にあてはまるのであって、他の段階でも使えるオールマイティなものではないでしょう。他の段階で必要最小限の技術は身につけるべきなのです。ネットから1メートルしか離れていないロブをスマッシュが苦手だからとボレーで返すのはいくらボレーが得意だからといっても問題なのです。「そんなことわかっているよ」と人は切り返して言い返してくるでしょう。しかし、よーく考えてみると見えてきます。如何に自分が楽をして取り組まなければならない課題や問題から目を背けているかがです。

 進歩するためには遠回りをすること。楽をしないよう自覚すること。テニスに限ったことではないでしょう。



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2015-03-19 19:09:24

気をつけよう

テーマ:雑談
スクールでコーチや周囲から「ナイスショット」と言われることがあると思います。

こういう時は要注意です。

この言葉をまともに受けて喜ぶと、それは間違った自信へ進むことが多々あるからです。




テニスにおける良いショットとはどういうものをいうのでしょうか。
私は
「相手からのショットが予測できるように配給されたショット」
と定義します。
これこそが「ナイスショット」ということです。

ダブルスであれば、ペアがボレーに出れるような球が相手から返ってくるような球を配給したショットです。
サービスであれば相手からのリターンのコースが限定されるようなサービスです。



安易な「ナイスショット」は鋭いボールでエースをとった時に特に出るでしょう。しかし、冷静になればわかります。そんなショットは相手のレベルがあがれば通用しないのです。


ですから勘違いして「俺のフォアは鋭い」とならないように注意したほうがいいということです。


こういう話をしていると
「そうはいっても、実際に芯で捉え、伸びのあるボールだったんですよ。ナイスショットでしょっ?」となるでしょう。
であれば、どうしてそのようなショットが打てたのかトコトン追求することです。それで何度も同じようなショットを再現できるようになった時、そんな時のあなたにとって、そのショットは普通のショットになっていて、ナイスでもなんでもなくなるでしょう。それどころか「あー、もっともっとよいショットの選択があったよな」と赤面するでしょう。



スクールは商売ですから、生徒が楽しくなればいいのです。
「ナイスショット」と言われれば悪い気はしません。


本当のナイスショットは私の考え方からすると実に地味なものなのです。
この地味な部分に注目できるようになれば一段と上手くなると思います。

そういう意味では、皮肉でなく、コーチが生徒に対して正確に適度にボールをコントロールして打っているところなど、注目すべきところだと思います。私たち素人にとってナイスショットの連続なのです。
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2015-02-11 15:58:01

頭の位置

テーマ:雑談
インターネットでストロークの強打に自信のある人が自らか、または誰かに頼まれてかビデオで登場しているのに時々おめにかかります。

確かに強打なのですが、プロ選手と比較して圧倒的に見た目で違うところがあります。それは「頭の位置」なんです。ボールをミートしてから振り切るまでの間、プロの頭は上下にも左右にもほとんどぶれないのです。しかし、強打自慢の方々は頭がぶれぶれです。試合になるとコントロールの点から見て確率の悪い強打しか打てないと推測できます。

人の手本になる強打とは頭がぶれずに軸もぶれないものでなくてはなりません。といいますか、そういう動画などを参考にしたほうがいいでしょう。賢いコーチはぶれない範囲で手本を示していると思いました。
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2014-10-25 10:34:49

形状記憶合金

テーマ:雑談
友人が言ってた言葉です。
言い得て妙でしたので紹介します。

自分達も含めての話です。
進歩しない人のことを指して「形状記憶合金」と言う訳です。

人にいろいろ注意されてある時期は進歩したようになるのですが、それがそのまま続かず元に戻るという話です。

良いことに関して元に戻らないよう繰り返して練習することは大切です。その練習のところを理解しておかないと元に戻るということです。

まあテニスに限ったことではありません。三つ子の魂百までとはよく言ったものですね。
人は柔軟なようで柔軟でないのですね。何かしらの努力や工夫、知恵が変革には必要なんだと思います。

「私たちのテニスは欠陥付きの形状記憶合金」であると認識することは誰にも必要な気がします。
テニスに新鮮に触れる人は記憶が浅いわけですから良い記憶を蓄積できる喜びがあります。テニス歴の長い人で上手くなりたい人は自分の未熟さ(欠陥)をきちっと認識できるかどうかと、その修正には努力が必要なことを知るべきだということです。

「俺は上手だ」「私は上手よ」という方。あなたはどこでどのように満足しているのでしょうか。自ら進歩を止めるか、それとも先に進むのか、それはもちろん自由であり、それぞれの楽しみだと思います。




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2014-10-13 15:08:42

上手な人

テーマ:雑談
表題の件ですが。

どのようなレベルの人とも、安定したボールでラリーのできる人だと思います。
安定したボールとはラリーのために相手が打ちやすいボールを打てるということです。

レベルがかなり下の人とプレーをする時、相手が返せるようなボールを打とうと手先打ちになり、ふわふわボールになる人がいると思います。とりあえずボールは供給できますが、精度の高いコントロールは難しいでしょう。

上手な人はどのような相手に対してもフォームは一定しています。ボールへの回転と押しをしっかり調整できます。

自分のレベルが上昇中の時、自分よりもレベルが上の人とやりたいと思うのは一般的なことかもしれません。自分より下のレベルの人とやりたくないと思うわけです。しかし、これは本当に上手くなるための機会を自ら消しているのです。

多少スピードボールを打てるようになり上手くなったと勘違いしている人は多いでしょう。そういうスピードボールはコントロールもあまく自分よりも上手な人には簡単に切り返されるものです。ボールに緩急をつけ、あらゆるところにしっかりとコントロールすること。このためにはどのようなレベルの相手とのテニスもとても大切な練習となるのです。

よく「相手のサービスが弱くって」「相手のボールが遅くって」、それで「速いボールは大丈夫なんですが」と言っている人は多いと思います。そう言っている人の中で自分が下手だと心から思っている人は意外に少ないのではないでしょうか。弱いボールを速くも遅くも、そして当然ですがコントロールして打てることが上手な人への第一歩だと思います。

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2014-10-08 20:06:40

高齢になればなるほど上手くなる

テーマ:雑談
「高齢になればなるほど上手くなる」
というのは単に経験を積み重ねるとかそういうことだけではありません。
70歳になってから始めた方も対象なのです。


ここでいう高齢とは50歳を過ぎてからでしょうか。まあ個人差があるので、厳密に考える必要はありません。


50歳を過ぎるとどうなるか。体に無理が効かなくなる率が高まるのです。体に無理が効かないので無理なことはできません。つまり理にかなった打ち方じゃないと打てなくなってくるのです。


若いうちは体に無理ができてしまいます。もちろんトップレベルで無理は通用しませんが、草レベルでは無理しながらでも試合で通用しちゃったりします。多少どこかが痛くてもちょっと養生すれば回復しちゃったりします。


しかし無理して打っている人は加齢とともに、しぼんできます。無理が効かなくなりますから、それに比例してパフォーマンスも衰えてくるのです。無理が効かないというのは、例えば痛くて動かせないとか、いくら頑張っても球が伸びないとかそういうことです。


自分の技術を常に見直していく人は、加齢に比例して自分の体と自分の技術の精度、この両者の対話を感じながら上手くなっていくことでしょう。しかし過去の、体を無理していた頃の実積に固執し向上できない人にはしぼんでいく道しかないと思われます。


高齢になると一度痛めたところが治るまでに時間がかかります。走りきって勝てるほどの体力は衰えていきます。ですから、痛くならないように、余計な体力を使わないように、テニスの技術は洗練されていくのです。


このように考えていくと、日本における若い頃の練習というものには考え直さなければならない多くの点があると思います。無理な打ち方を認識せずに、闇雲に精度を高めようと打ち続けるのは自ら限界を作ることに他ならないと思うのです。

テニスの練習はもっともっと考えながらやっていいものだと思います。結果を性急に求めてはいけないのです。



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