講師の採用が甘いと言うが

テーマ:

朝日新聞20051213日社説「講師の採用が甘すぎる」


京都府宇治市の学習塾で、小6の少女がアルバイト講師に刺殺された事件について、社説は「塾はいまや学校とともに教育の場である」とするが、学習塾にそこまで期待されているの?


勉強の成績が上がることを目的としているだけの塾に、本来的な教育的任務があるのだろうか?


「こんな人間が教育の場にいて子供たちと接していたと思うと、ずっとする。未熟さを見抜けず、教壇に立たせ続けた塾の責任はきわめて大きい」


「採用に当たって、教育の場にふさわしい資質かどうか様々な角度から確かめる必要があったろう」


社説は塾の責任を問うだけで、では具体的な採用の方法を提案しない。


講師がどういう人間であるかを事前に確認する方法として、簡単なものが一つ挙げられる。


人間心理を分析する心理テスト、心理アンケートであるエコグラム。


それでどういう性格、特性の人間か分類できる。


同志社大学のアルバイト講師、萩野裕容疑者(23)はある程度の推測がつく。


明るくて冗談好きで、板書の間違いを生徒に指摘されると「ファイヤー」と叫んで一人で騒いでいたところを見ると自由な子の自我状態が高い。


だが容疑者には批判的親の自我状態が低いとテストで出るだろう。


過去に大学で女子学生の財布を盗み、警備員に暴行を働いたところを見ても、道徳規範が弱い結果が得られるはず。


その結果からして、そもそもこうした人間が子供を指導するのは間違っているのであって、少なくとも教育者としての適格性を欠く結果になっていたことだろう。


★エンヨーの楽エン本舗

http://www.rakuyen.com/

AD