.hack//verse seeker《夢追いびとのストラッグル》


03.

『ザワン・シン』。そう呼ばれたイベントがあった。

このイベントのクリア条件はただひとつ。
Ωサーバー 『病める 囚われの 堕天使』の主、
『ザワン・シン』という名のドラゴンを屠ること。
それはとてつもなくハイレベルなイベントだった。
最高レベルに達していて、装備も最強。
そんなひとたちが次々に挑んでは破れていったものだから、
攻略不可能という噂がたったくらいだ。

そのころ、私はといえば、
ようやく初心者から中級者になりかかったところ。
『The World』で遊ぶのも、
友達とちょくちょくダンジョンに出かける程度だった。
だから、そんなイベントのことなんて、まさに雲の上の話で。
関係のないやと思っていたから、
そのときまであんまり気に止めていなかった。
…初めてBBSでそのスレッドを見つけるまでは。

最初はふしぎな詩がひとつ、ぽつりとあるだけだった。
そのスレッドを立てたのは『W.B.イエ-ツ』。
どうやらその筋では有名なネット詩人さんらしかった。

これが、あとになって何度も何度も見ているうちに、
すっかり暗記してしまったその一節。

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醜きもの、形悪しきものの害、甚大にして言うべからず
蒼天のバルムンク、蒼海のオルカ、ともに疾駆す
わが胸の深きおくがに、その名を留む
汝らこそフィアナの末裔

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私は最初、へえ、かっこいい詩だなあ…とぼけーっと見ていただけだった。
それに、みるみるうちにとんでもない数のレスがついていったのだ。
ビッグニュースに純粋に驚くもの。
先をこされたとくやしがるもの。
その真偽をうたがうもの。
それに肯定的な意見をもつものが噛み付き、一気に論争がまきおこる。
さらにそのかたわらで、冷静に情報をあつめ、
さまざまな分析・検証をおこなうものも。
そして、『The World』の発売元、CC社から『ザワン・シン』がクリアされた旨を伝える公式文書が出され、詩のなかで「蒼天の」と名付けられた英雄のかたわれ、バルムンクにイベント賞品が贈られることが確定し、BBSの興奮は頂点に達した-------------

その様子を、私はただ呆然と見つめていた。
更新ボタンを押すたびに書き込みはどんどんふくれあがっていく。
どこまでも増殖していくそれは、
まるで植物の成長する様子を早回しで見ているかのようだった。
結局、その日の夜は興奮しすぎて眠れず、ネットをずっとのぞいていた。

とても、わくわくしたのだ。
いろんな噂をひろいあげながら、想像をふくらませる。
英雄たちの戦いの様子を。
目の前で物語が組み上がっていくような、感動。
まるでその誕生に立ち会っているような、誇らしさ。
ライブ感覚、というのだろうか?
それは本の中に封じられていない、
生き物のように姿を変え、成長し続ける伝説の姿、だった。

夢中で情報をおいかけながら、
私の中で、ひとつの願望がふくれあがっていった。

『ザワン・シン』と、『フィアナの末裔』が戦った、
本物のそのエリアに、行ってみたい。
どうしても、自分の力で、その場所にたどりつきたい…!

それから、必死でレベルをあげて、ひとりでの戦い方も研究して、
ついにここまでたどりついたのだ。
あこがれの場所へ。


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ずいぶん熱中してしゃべりまくってた気がする。
はっと気付くと、
さっきまであんなにかしましかった目の前のほくとが、
すっかり黙りこんでしまっていた。

やば。やっちゃったかも…
どうもこの話になると理性がとんでしまって困る。
…あれ、それにしても、彼女ぴくりとも動かないし。

「ちょ、どうしたの?もしもーし?」

あわてて大きな声をかけても、うつむいたまま反応がない。
目の前で手をふってもだめ。

「おーい…って」
もしかして、とはたと思いつき、私は半目になる。

「…寝落ち?」
「…はひっ!?」

唐突に、ほくとのキャラがばねじかけのようにびくんと動いた。

「…あ、うん、いや、全然ちゃんと聞いてたよ?ほんとだよ?」

焦ったような早口でまくしたてつつ、
うんうんとはげしく首を上下させる。
絶対ねてたな…
私がむすっとして黙っていると、ほくとは
いやだってハナシ長すぎるし、とごにょごにょつぶやきながら、

「えっと、なんかすごいイベントがあった場所なんだよね?」

ものすごくすっぱりと要約した。
どうやら肝心なところは聞いていたようだ。
授業中いねむりしてても困らないタイプだな…
ある意味うらやましいけど。

「んで、しらべて、ここに来たわけ?
イベントは終わっちゃってるのに?」
「う…いいじゃないよ。来てみたかったんだから」

ふしぎそうに聞かれて、思わず言い訳がましい口調になってしまう。

確かにここは、かつて二人の英雄が凶悪なる龍と戦ったフィールドそのものではない。
イベントがクリアされた後、ごく平凡な(それでも適正レベルは相当高いのだが)エリアに変化してしまったのだ。
かつて、ここは『ザワン・シン』のイベントエリアに特有のものだった気候、
『猛吹雪』が吹き荒れ、視界がほとんどきかなかったそうだ。
でも今、草原にさすうららかな日差しに、そのおもかげはどこにも感じられない。

「ふーん、ファン心理ってやつかなあ。ジャニちゃんて、マニア?」
「…悪い?」

つい、思いっきりぶっきらぼうに返事してしまった。
何でそこまで、ってあきれられることも多いんだけど。
…いいもん。私にとっては本当に憧れなんだから。

「ううん、でも…なんかさあ」

ほくとは、不可解そうにちょっと小首をかしげてみせる。

「何?」
「それにしてはジャニちゃん、必死すぎな気がして。
なにも、ひとりでぜんぶやることないじゃん?
ゲームなんだし、もうちょっと楽しめばいいのに」

「…それは」
はっとして、言葉につまった。
最近。まわりによく言われることだ。




最初は伝説を追いかけるのが純粋に楽しかった。
だけど、それが徐々に曇っていったのは、いつからだろう。
思うに、私はこの物語に「参加している」気持ちでいたのだ。
だけど、知れば知るほどわかってくる。
『英雄』になりえたフィアナの末裔の凄さが。
それにひきかえ、自分は…ただ『英雄』の誕生に居合わせただけの、
一般人だということが。
興奮が強すぎた分、夢からさめたときの衝撃は大きかった。

小説とか、漫画とかをを読んでいて、かっこよく活躍する主人公に感化され、
まるで自分がひとまわり成長したような気分になったことはないだろうか?
だけど、ページをとじてしまえば、
私はもとの、いまいちぱっとしない自分のままだ。
そのたび、私はただ、安全なところにいて、傍観してるだけで、
どんなに憧れても、主人公には、決してなれないのだと。
思い知ってしまう。

あの人たちは遠すぎる。
私とは、違いすぎる。
だから、せめて自分の力で、この場所にたどりつきたかったのだ。
そして、自分の力でモンスターを一体でも倒すことができれば、
少しだけでも、彼らに近付けるような気がしていた。

「あー…もしかして邪魔しちゃった?シンケンショーブの」

居心地わるそうに肩をすくめるほくとに、苦笑をこぼしながら返事をする。

「ううん、いいんだ。あのまんまじゃ、どうせやられてたし…」
声に自嘲の色がにじむ。

私にできる精一杯の挑戦だった。
でも、それさえ私の手にはおえなかった。
あーあ。
ホントにたいしたことないんだなあ、私。

なんだか泣きそうになってしまって、上をむいてこらえたその時。

「あわわわ!?ジャニちゃん!!あ、あれ…!」

突然、ほくとがとっぴょうしもない声をあげた。

<つづく>
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やっとこさ書けたー!.hackのオリジナル小説第二話です!

※ネタバレはありません。
 「.hackって、なに?」という方にも読めるよう対処したつもりです。
(.hackについて詳しく知りたい方はこちらから!)
 では、どうぞお楽しみください…


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02.

「ひぃああああーー!」
叫んで走った。全力疾走!
ずどおおぉん、と、すぐ後ろで足音の爆撃。
でかいスケルトンとの追いかけっこが再びはじまってしまった。
「ああもう、あとちょっとなのにいぃいっ!」
必死で走りながら苛立たしさをぶちまける。
敵のライフゲージはもう、ほんのちょっぴりしか残っていない。
あと一撃を叩き込めば!というところで、SP(スキルポイント)切れになってしまったのだ。
あわててアイテムで回復している間に、敵の接近をゆるしてしまった。それで、この状況なわけ。
(やっばいなあ。どうしよ…)
このままじゃ攻撃の手段がない。
距離をあけないと、呪紋はつかえないのだ。スキルの発動までわずかなタイムラグがあるから。
今立ち止まろうもんなら、背後から爆走してくる骨のかたまりにぺちゃんこにされてしまう。
こいつに一撃でもくらったら、致命的だ。
さらに言うと、呪紋使いは魔力関連以外の能力値がひくいから、当然スピードも…足もおそいわけで。
このままただ逃げても追い付かれるだけだし…
(せめて、なんとかこいつを足留めできれば…!)
視界を飛び去る景色を必死でチェックする。さっきみたいな障害物があれば、どうにか…!
(…ん?)
その視界のすみを白い影がよぎった。
次いで声が飛んでくる。
「…シュビレイ!」

と、背後の爆音がいきなり消えた。
「!? うわっ、とっ…と!」
勢いあまってつんのめりそうになりながら振り返る。
灰色の巨大な指が、ぐわっとつかみかかろうとする形のまま…目の前で凍りついていた。
思わずごくり、とつばを呑み込む。
きわどかった。
さっきのマヒ効果の呪紋がなければ、確実にやられていただろう。
ただし、あまりぐずぐずしてると持続時間が切れてしまう。
ふー、と息をつき、気合いを入れて杖を構えなおす。…これで、決めるっ!
「メライ…ロ-ーームっ!!」

雷の呪紋がまばゆい稲光とともに炸裂した。ゲージの数値がぐいぐいと力づよく下がっていき、そして。
骨の巨人はぶすぶすと煙をあげてくずれおち、すうっ…と影色に染まり、消えた。
同時に経験値が目の前にポップされる。…つまり。
「や…った…!!」
勝ったんだ…!
思わずその場にへたり、と座りこむ。
今頃になって一気にどっと冷や汗があふれてきた。
あああ…やばかった。

「…おぉーい、だいじょーぶー?」
遠くから、のんきな声と、さくさくと軽い足音が近づいて来た。
私と同じくらいの背格好の、金髪の女の子がぱたぱたと手をふっている。
とんがり帽子に長い杖。私と同じ呪紋使いだ。
ええと…
「さっきのシュビレイって…あなたですか?」
「そうだよ~!あぶなかったねぇー」
彼女はそう言って、ひとなつこく笑いかけてきた。ほくと、と名前の表示が画面に表示される。
「ああ、やっぱり!どうもありがとう、おかげで助かりました…!」
私はぺこりと頭をさげるモーションをした。しょっちゅう使うから、さっと出せるようにショートカット登録してある。呪紋使いがひとりでふらふらしてると、今回みたいにアシストされることが多い。
「まあ、いいっていいって☆」そう言ってから、相手はへへん、と胸をはるモーション。妖精みたいな長い耳がふよん、と揺れる。
そして、彼女はのんきな表情のままおもむろにこうのたまった。
「ふうん、きみ…じ…じゃに…っていうの?…なぁんか、へんな名前ー」
…うっ。
いきなりそうきたか。
(いや…ふつう、思ってても口にださないもんでしょーに…)
胸のなかでごにょごにょとつぶやきながらも、
「そ、そう?まあ、よく言われるけどね~」
軽く流してしまうことにする。
こういうところでいちいちもめるのも嫌だしね…とか思ったんだけど、甘かった。さらなる追い討ちがきたのだ。
「それになんか、ツタンカーメン?みたいなキャラ~」
「うっ」
脳天気な口調でいわれてぐさっとくる。
…たしかに私のキャラは、色合いが少々派手だ。
たとえば、ルートタウン(冒険の拠点になる街のこと)でいうと、文明都会カルミナ・ガデリカの夜の景色にはしっくり来るけど、おちついたセピアカラーの水の都マク・アヌではけっこう浮く感じ。
特に、かぶっている帽子がコントラストの強いストライプで、ところどころに金の飾りがきらきらしているものだから…エジプトのファラオっぽく見えてしまうのだろう。
(…だけどこの子にそこまで言われたくないぞ)
相手も、デザインがなかなかすごい。
金髪、服は白でところどころに黒い皮ベルトのアクセントと同色のロングブーツ、と色合いこそ普通なものの、ビキニタイプの服は水着みたいに布地がすくなくて、いっそ潔いくらいのへそ出しっぷり。きわめつけに大っきな帽子を頭にのっけて、魔法少女キャラのできあがり、だ。
目立つことにかけては、彼女も私もどっこいどっこいだろう。
だからちょっと小声で反論してみる。
「あのお…ツタンカーメン、はちょっと…」
「えー、だってただの正直な感想だし」
「…」
「あ、怒った?怒った?」
こっちが完全に沈黙してしまったので、彼女は私の目のまえでひらひらと手をふってみせる。
うう…苦手なタイプかもしんない、このひと。



「やー、見晴らしいいねえ♪」
ぎしぎしと音を立ててまわる風車の根元。高く盛り上げられたた土台からの眺めに、ほくとが歓声をあげる。
私はといえば、その隣でため息。
結局あのあと、強引にパーティを組まされてしまった。
だって、私がしぶっていたらこのひと、思いきり頬をふくらませてだだをこねはじめるんだもん。
『ぶー!ぶー!ちょこっとくらいいいじゃん!さっき助けてあげたんだからあ!』
…なんだかえらいのに捕まってしまったかもしれない。思わず額を抑える。
とっておきのこの場所まで教えるはめになっちゃったし。
ここは静かに雰囲気にひたれる場所なのに、今日、草原からの風にのって運ばれるのはほくとのはしゃいだ声だけだ。
手でひさしを作り、つま先立ちで地平をみわたそうとしながら、彼女は気楽に話し掛けてくる。
「ねえねえ~」
「なに?」ぶっきらぼうにならないように返す。
まあ、何だかんだ言って悪い子じゃないしね。たぶん。
「このフィールドってさ、有名になったんでしょ?」
「うん、そうだけど…?」
「でも、あんま人いないねえ。もうみんな飽きちゃったのかな~?」
「そ、そんなことないよっ!!」
思わず、自分でもびっくりするような大声が口から飛び出してしまった。
ほくとが振り返り、目をまるくしてこちらをまじまじと見てくる。
「…なんでそんなムキになるの?」
「それは…」
目をそらす。とても、ひとことでは言えない。ここは…私の憧れの場所だから。
煮え切らない私に、土台のふちに腰掛けてブーツの足をぶらぶらさせながら、ほくとはさらに問い掛けてくる。
「ねーねー、ここ、なにがすごいのー?ぜんぜんふつうじゃん!」
「んなっ!?」
今度は私がすごい勢いで振り返った。
…今のは聞き捨てなりませんよ!?
「ち、ちょっと、まさか知らないで来たっての!?」
「んー。なんか、面白いものあるかなあって、来てみただけ」
「って!いま、レベルいくつなの!?」
あああ、パーティ組む時にちゃんと確認しなかった私がばかだった!!
返事を待たず相手のステータスを凝視する。

レベルが…ひとけた、だ…。

くらくらする。む、無茶苦茶だよこのひと~!
「初心者さんじゃないのーっ!」
ここはベテランでも苦戦するエリアだっていうのに!!
わめきたてる私に、彼女はつまんなさそうに肩をすくめてみせる。
「べつにー、モンスターにあわなきゃいいじゃん?」
「だ、だからってー!」
(…私がここまで来るのにどんな努力をしたと!?)
「だからあ、結局なにがすごいの?」けろっとして、ちっとも悪びれずに言う彼女に、私の中の何かがぷちっと音をたてて切れた。
「…」
「あれ、地雷?地雷踏んだ?」
うふ、うふふ、とぶきみに低い笑いがこみあげてくる。
「え、と…あの…ジャニちゃん…?」
微妙に揺れた声がきこえる。おお、この子がうろたえるとは。これは一矢報いたかしらん。
「…そんなに聞きたい?」にやり、と顔を上げて笑った。
…なら、たっぷり聞かせてあげようじゃないの!

(つづく)
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ながいこと更新してませんでしたが…これを書いてました!
はじめて本格的に書きました….hackのオリジナル小説です。
実はまだ最後までできてないのですが…(汗)
自分をたきつけるためにもアップしちゃいます!
ちゃんと書くぞ自分!!(>o<)

※ネタバレはありません。
 また、かんたんな世界観の説明を入れました。
 「.hackって、なに?」という方にも
 読めるものになるよう対処したつもりです。
 では、どうぞお楽しみください…


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.hack//verse seeker
《夢追いびとのストラッグル》


01.

最初にするべきことは深呼吸だ。
それから、汗ですべりそうなコントローラをいったん手離し、気持ちをおちつけること。
目を閉じて息をととのえる。
ここから先はパニックにならないことが何より肝心。
さっきから、やたらばくばくと心臓が踊り狂ってるけど、気にしないことにする。
…てのひらに力が戻って来た。だいじょうぶだ。行ける。
目を開ける。鼻先すぐにあざやかな緑の草むらが見えている。視点が近いのは、しゃがんでいるから。
ずしん、ずしんとヘビーな足音が近づくたびに、細くしなやかな草たちはびりびりと振動する。
とてもFMD---フェイスマウントディスプレイ---ごしの、ゲームの画面とは思えない。
(…リアルだなあ)
のんきな感想。だめだ、現実逃避してる場合じゃないって。
…ふいに、足音が耳を覆いたくなるくらいにでかくなった。
もう、“ずしん”じゃない。“どかん”だ。ほとんど爆発音。
(…あとちょっと。ぎりぎりまで引き付けないと…)
耳に意識を集中する。自分の鼓動の音がうるさい。
…足音がとぎれた。
今だ!!

「それっ!」
思いきって隠れていた岩場から飛び出した。そのままフルダッシュ。距離を取る。
目の前に広がっているのは、いくつもの風車がまわるのどかな草原の景色。
でも、それをのんびり眺めているひまはない。
一瞬でも気をぬいたらやられる、私にとってここはそんなフィールドだ。

**********Ω(オメガ)サーバー 『病める 囚われの 堕天使』

コントローラをあやつり、くるりと方向転換。視界のはしを、かるくウェーブした青緑の髪と涙滴型(ティアドロップ)のアクセサリーがかすめる。
近くにだれか他のPC(プレイヤー・キャラクター)がいれば、あるいは三人称視点に画面を切り替えれば、赤とむらさきのしましま帽子をかぶった小柄な女の子が見えるだろう。
これが私。
PC名は『ジャニ』。この“世界”--『The World』--での、私の名前。

敵は思ったより近くにいた。
魔方陣から登場させられてから、ちょこまかと逃げ隠れするターゲットを、
どかんどかんと歩き回り根気良く探し続けていたのは、巨人の骸骨だ。
…ほんとにでっかい。風車とおなじくらいの背の高さから見下ろされると、かなり迫力がある。
奴はとがった牙のならぶ口をかっと開き、ようやく出て来たひよわそうな獲物に威嚇の咆哮をあげた。
「く、来るならきてみなさいよっ!」
思わずすくんでしまい、ひっくりかえる声をどうにかひねり出し、身構えた。
巨大な骨の兵士は、長い腕をぶうん、ぶうんとふりまわしながらこちらに掴み掛かってくる!
…と、その動きががくん、とつんのめった。
さっきまで私が隠れていた、岩場に足元がひっかかっているのだ。
(よっし、狙い通り…!)
このために、こいつが接近するまで岩陰で待っていたのだ。
出て行くのが早すぎれば巨人のばかでかいストライドに追い付かれてしまうし、
逆に遅すぎれば、その腕のひとふりであっというまに戦闘不能状態にされてしまうところだった。
つまりは作戦を考えなければ勝てない相手ということ。
(ギリギリだったけど、何とかなったみたいね…!)
長いことじっとしていたかいもあって、“呪紋使い”にとっての生命線…SP(スキルポイント)のゲージは完全に回復している。
この世界には“魔法”は存在しない。あるのは“呪紋”と呼ばれる、ちからある紋様を生かしたシステムだ。
私のほっぺたにあるペインティングや、白のパンツスタイルに染め抜かれている鮮紅色の模様ががそれのこと。“呪紋使い”はそこからふしぎな力を引き出してくる…という設定になっている。
…敵がスキルの射程距離に入った。
さっき回復優先から切り替えたばかりの、とっておきの杖をかまえる。
あとはもう、心おきなくぶちかますだけだ。
思いきり息を吸い込む。スキルを発動!
「メライローームっ!!」

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『The World』。
それは、2010年現在のところ、世界でもっともメジャーな多人数型オンラインアールピージーゲーム---MMORPGのこと。
私が中学生になりたてのころ、とあるコンピュータウイルスが世界中のネットワークを停止させてしまった。
それが『Pluto Kiss』と名付けられた、史上最悪のサイバーテロ事件だ。
その時、ネットの世界は、いちど全てがこわれてしまった。だから、それまでたくさんあったMMORPGはすっかり一掃されてしまったのだそうだ。
そしてネットが復活するまでの空白の2年間(『新たなる神々の黄昏』というかっこいい名前がついている)の直後、唯一登場したのが『The World』だったから、ネットゲームをやりたくてうずうずしてた人は皆これに飛びついた、というわけ。
プレイ人口は世界で2000万人。何だか実感がわかないくらい大勢の人々が、今もこの“世界”を楽しんでいる。
私も、その中のひとりだ。
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