歌詞『虹は光る』

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震災発生以来、何故か詩などの創作欲が異常に高まっています。
やっぱり追い込まれると出てくるものなんでしょうか、こういうの。


今回に至っては詩と同時に『曲』まで出てくるしまつ。
歌なんです。メロディついてるんです。作詞作曲自分。
こんなときに一体なに開眼してんのか私、と思いながら、
携帯でボイレコ録音してしまいました。
できればちゃんと曲として仕上げてみたいな…と大それたことを考えています。


…なにやってんだかと思いつつも、これは15日の「覚悟」の延長にある気がします。
今までなら、メロディが思いついても

「どうせなんかの曲に影響受けてカブってるんだろうな。うわあ恥ずかしい!」

と捨ててきてしまったのですが。


後悔しないように、やりたいことはやってやるぞと決めたのです。
さあ、弱気な自分を蹴っ飛ばせ!




『虹は光る』



突然 降り出した雨
すりむけた頬にきつくしみた
「なんでこんな日に限って!」
慣れない靴で走り出す


重なる痛み ダメになりそう
弱気振り切って 足を蹴り出すんだ


虹は光る 嵐の向こうにいる
誰にもわからない場所で
待っている 大きく手を広げて
青空を抱いて 


ちょっと待ってみたけど
ちょうどいいバスは来ないみたい
「いいよ、走っていくよ」
びしょ濡れ平気になったつもり


無理してる、知ってる、震えてるから
空元気でいい 顔を上げてたいんだ


闇に光る稲妻 導いて
嵐を抜けだせる力
大丈夫 言い聞かせている
私 走れるんだから


息がつまる 留めようのない涙 溺れそうになる
でも頑と 泣いてないと言い張る
私 走れるんだから


虹は光る 嵐の向こうにいる
誰にもわからない場所で
待っている 大きく手を広げて
呼んでくれている
虹は光る 押し寄せる闇のどこか 必ず出会える
迎えにいく 走ってく先にきっと 太陽はある
 

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私がパニック状態から抜け出すまでの、3月14日~15日にかけての記録です。


☆要注意!☆
※当日を振り返っての記録ですので、原発事故に関しての情報は、3月22日現在にはあてはまりません。
※私や夫の憶測でものを言っている部分(斜体部分)は事実ではありませんので、この部分の内容は信じないでくださいね!

☆原発事故について、落ち着いて現状を理解するにはこちらをおすすめ!
分かりやすい!放射線や放射性物質を「おなら・うんち」に例えた動画
http://dt.business.nifty.com/articles/655.html


3月15日火曜日、未明。

長い夜だった。
朝起きて、世界が一変していたら…と考えると、眠るのが恐ろしかった。
でも、非常時なればこそ体力を保つために眠らないわけにいかない。
ましてや私はお腹を下したばかりで、あまりのことに胃が緊張でしこり吐き気までする。
これで一睡もしなければどうなるか明らかだった。
こんな場面で体調不良なんて最悪だ。


しかたなく、眠ろうとしてテレビを切った。
でも、今日ばかりは沈黙と暗闇が安らぎをつれてこない。
きりきりとした焦燥と恐怖があるだけ。


結局、テレビをつけっぱなしで眠ることにした。
それに、もし臨界事故になったら、すこしでも曝露を防ぐために、
すぐに家中の換気扇を閉めなければならない。
(※上記の動画を見ていただければわかりますが、現在、避難・屋内待機指示の出ていない地域では、この対応は不要です。皆さんパニックになりませんように!)


長い夜だった。
手を組み祈り続けながら、
時折うとうとと舟をこぎ、テレビの音声が一瞬でも途切れれば飛び起きた。


お願いします。
お守りください。
どうか、最前線で戦っている職員さんたちを無事に帰してください。
どうか、悲惨な被害にあわれた方々にこれ以上の苦しみを与えないでください。
どうか、この国全体に何年も残る傷を刻ませないでください。
どうかどうか、お願いします…


長い2時間の後、午前4時ごろ。
炉心の状況を考えると、いつ致命的な報告が来てもおかしくないころ。
一報が入った。
が、間抜けなことが起こる。
夫のいびきの音が高すぎて全く聞きとれない!
緊迫した場面なのに逆に笑えて来た。
どうにか拾った情報では、高圧状態を解消するための弁は開いた。ただし水が入っていかない。
理由は現在調査中とのこと。
予断は許さないが、一息ついた。
あとは、水さえ入ってくれれば…と思い、また祈りながらうとうととまどろみに入った。


午前6時30分。普段起きる時間である。
しかし、追加の情報がこない。なんだかはっきりしない状況である。
ふだんなら夫は7時に出勤してしまう。
行くなとは言わないが、不安…と思っていたらすこし時間を遅らせてくれた。
ひととおり準備が終わり出勤、という段になって、テレビがまたトンデモなことを言い出した。


2号機で爆発音、圧力制御室破損。


夫婦そろってハア!?と声をあげる。
なんなんだこのドミノ倒しの同時多機能不全は。
現実、おまえいつから『24』になったんだ。


夫は驚きつつもとにかく出勤するという。
不安で不安で、帰ってきてね、と泣きつくと、
死亡フラグやめろ(笑)と空気を和ませて出かけていった。


それにしても、寝不足で体が重い。胃がむかむかする。
食事をしなくては…と思いながらも動く気になれず、
ソファでうとうとする。


テレビを遠く聞きながら、気がつくとお昼ごろ。
なにか聞き捨てならない単語を聞いて目をさます。


4号機火災。使用済燃料再加熱か。


…ぷつりと恐怖の感情が途絶えた。
なんだろう。ぼんやりする。
起き上がる気力すら起こらない。


ぼうっとしたままチャンネルを回す。
安心させてくれる情報がどこにもない。
どの番組ものっぺらぼうの立方体が画面にあるばかり。


と、ふと何気なくまわしたチャンネル。
いつも見ているワイドショーの面子が深刻な顔をしている。


佐野元春さんの詩が紹介される。
…。
聞いて、ずっと我慢してた涙がぽろぽろこぼれてきた。
画面の向こうで、キャスターの方も声をつまらせている。


現実感が戻ってきた。
直接被災したわけでもないのに、情けない。
涙をぬぐって、残り物をあたため、昼食の準備。
食欲は全くなかったが、えづきながらむりやりご飯粒を飲み込んだ。


午後4時現在、4号機の火災は鎮火したらしい。ありがたい。



…覚悟を決めた。

これから、何が起きても、それがどんな最悪のシナリオでも、
それが現実なら、私は全部受け入れる。
そして、同時に希望は捨てない。


どうしてもできなかったこと、
どうにもならなかったことを想像して悔やむのをやめる。
IFの話は、もうやめる。


世界がどんなに変わっても、誰を、何を失っても、私は生きていこう。
私のできることを全力でしよう。


そして、信じよう。
みんな、必死でがんばってる。
そのがんばっている人たちを信じよう。
不安にかられてダメだ、と口にするのをやめよう。
うまくいくのを信じよう。
強く信じることで、その未来を呼び込もう。


それが今、私にできることだ。


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これは、15日に一気に書き上げたものです。

自分の不安や思考を書き出すことで、私は少し冷静になれました。

もし、何かもやもやしたものを溜め込んでいるなら、吐き出すことで少し楽になれるかもしれません。

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私がパニック状態から抜け出すまでの、3月14日~15日にかけての記録です。


☆要注意!☆

※当日を振り返っての記録ですので、原発事故に関しての情報は、3月22日現在にはあてはまりません。

※私や夫の憶測でものを言っている部分(斜体部分)は事実ではありませんので、この部分の内容は信じないでくださいね!

※原発事故について、落ち着いて現状を理解するにはこちらをおすすめ!
分かりやすい!放射線や放射性物質を「おなら・うんち」に例えた動画
http://dt.business.nifty.com/articles/655.html



3月14日、月曜日の夕方。
夫が帰ってくる直前のことだった。
地震や原発が気になってしかたなく、テレビを消せずにいた。
チャンネルは、NHK総合だった。民放の情報より確実だろうと思われたので。
そのテレビから、あるニュースが流れた。


福島第一原発の二号機、燃料棒がむきだしになり炉心融解(メルトダウン)の恐れ。


「えーっ!?」

さすがにやばくないか。半分でもあんなに大騒ぎだったのに全部なんて。
それに聞き覚えがあるぞ、メルトダウンって。
過去の最悪の原発事故で。


あわててケータイで検索。
ちょ。スリーマイル島の事例がすごい似てる。


と、夫から「今から帰るよ」コール。
さっそく現状を話してみると
「えっ…それはもうスリーマイル島越えてる…次はもう、チェルノブイリの段階だ」
なんてこと。
あまりのことに現実味がない。
日本で、日本が、チェルノブイリと同じに?

(※上記の動画を見ていただければわかりますが、現在そこまで状況が悪化するとは考えられていません。皆さんパニックになりませんように!)


もう夕飯の支度が手につかない。
手がかたかたと震えた。
夫に早く帰ってきて、と泣きつき電話を切った後、
今年の初詣&厄払いで頂いた、神社のお札を拝んだ。


初めて、に近い。
本気で神さまに祈った。


どうか、日本国をお守りください。


そして付け加えた。


お礼として来年の厄払いは一番高いのにします!!


…間抜けなことに本気で誓った。



夫が帰ってきて、どうにか食事を作り、食べ終わる。
そのころ、炉心の水位が回復したと一報が入り一安心。
またも間抜けなことに、緊張しすぎたのかお腹を下す私。
湯たんぽで暖め、なんどかトイレに通って、ようやく深夜1時ごろに復活。
お風呂に入った。


さっぱりし、すっかり寝るつもりで寝室に行くと、
…テレビがまた信じがたいことを注げていた。


二時間前からまた水位低下。空焚き状態。


しかも、高圧状態を解消するための弁が開かない。
圧がありすぎて水が入っていかないのだ。


最も恐れていた単語が頭をよぎる。
このまま温度が上がり続ければ…
…再臨界。


そう考えたらもう、眠気などふっとんでしまった。

こんなことが現実に起こるなんて信じられなかった。


無力だった。
神さまに祈るしかない。
お願いします。
お守りください…。

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この3年でいろいろありました。
彼ができたり、短期派遣やったり、引っ越したり、結婚したり、また派遣やってクビになったり、また引っ越したり、また学校へ行ったり、クリエイターズマーケットに参加したりしてました。

2011年に入ってからは、その前年からはじめたニードルフェルトの作品づくりを、順調に進めているところでした。
夏のクリマにも申込をすませ、はりきって量産していました。

あの金曜日も。


午後のワイドショーを流しながら作業していたら、
なんだかくらくらしたのです。


「あれ、何か体調悪いのかな。…!?」


周りのものも揺れていたので地震と気づき、
慌てて窓を開け庭に飛び出してしまいました。
(今考えると危険な行動ですね…ガラス割れてたらどうなってたんだか)


はじめて感じる、大きくゆっくりとした気持ちの悪い揺れかたに、
これは震源は遠い、そのうえ強い…!と焦りながらテレビを見ると、
東北地方に震度7、大津波警報の文字が…
しかも到達時刻が数分後とあり、そんな!と悲鳴を上げました。
そして次々に届くすさまじい被害の一報、現実と信じがたい映像…


テレビの前でがたがた震えながら、
お願い逃げて!助かって!
と念じ続けていました。


その後、毎日不安でしかたなくて、土日はテレビから離れられず、
速報が飛び込んでくるたびに、心臓をわしづかみにされるようで。
無意識に歯を食いしばってひどい偏頭痛になってしまったり、
原発が気になるあまり眠れなくなってしまったりでした。


18日現在、私は少しずつですが落ち着きを取りもどしつつあります。
そのきっかけが14~15日にかけてにありましたので、
次回はその記録をアップする予定です。

ブログ、時期限定(?)復活

テーマ:

3 月 11 日に発生した東日本大震災で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。


幸いなことに、私の住む地域ではなんの被害もなく、
東北在住の親戚も無事との連絡が取れていますが、
原発でのトラブルや現地の深刻な現状を見聞きするにつれ、
ひどく落ち着かない日々を過ごしていました。


ガスも電気も水道もあり、当然のように日常を過ごせている自分に、
罪悪感を抱いたりもしました。
(精一杯節約し、募金に回すと決めてはいますが…)


この状況下で今回、3年も放置していたブログを、

更新してみようと思った理由は以下のとおりです。


1.自分自身がパニックに陥らないようにするため
2.携帯での通話・携帯メールの代替のため
3.今できること、したいことをするため


誰かに今の気持ちを話したい。
でも、携帯での通話やメールは帯域に負荷をかけてしまう。
ここ数日我慢していたのですが、
仕事中の夫を待つ間、1人で自宅で黙っていることに限界を感じました。


なんとか自分を鼓舞しようと、テレビを消して好きな音楽をかけたりしていたのですが、なかなか感情の制御がきかなくて。
情けないことですが、現在取り組んでいるハンドメイド作品づくりがどうしても手につかず、パソコンに張り付いて過ごしています。


このままだと無意味に、体調を崩すまで落ち込んだり、
不安に駆られて買いだめとか馬鹿なことをしてしまいそう。
ならばいっそ、書くことで発散した方が迷惑にならないのではないか、と考えました。


この衝動や意欲がいつまで続くか正直わかりませんが、
書きたいことを書ける限り。書いていこうと思います。