Sun, October 20, 2013

太玄霊知行学:太玄霊(肚)⇒氣(心頭)⇒(日光⇒)電磁波(生命物質界)

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合
「陰と太陰が区別されるならば、初期PS理論は使用できるのである。
 ということで、初期PS理論を復活させれば、説明できるのである。
 すると、図式化すると、

太陰(太陰霊)⇒陽(日光)/陰陽⇒電磁波

となる。
 しかし、思うに、太陰ではなくて、無双原理の元の太極とすべきなのかもしれない。
 ならば、


太極(太極霊)⇒陽(日光)/陰陽⇒電磁波

となる。
 今はここで留める。

追記:以上のように、三段階で考えると、以前、ガウス平面に直交させた超越軸の考え方が生きてくるだろう。
 超越軸ではないにしろ、ガウス平面を超越した次元である。
 超越次元は、太極霊の次元であり、それから、陰陽極性次元(虚軸次元=氣次元)が生まれ、そして、電磁波、物質次元が生まれるのである。
 便宜的に、超越軸を仮説することはできるだろう。」

陰陽球という祖宇宙とその球面上の実宇宙:1. 太極霊⇒2. 陽=日光/陰陽⇒3. 電磁波
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11644029810.html

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直近で以上のように書いたが、そうならば、陽=凸i、陰=凹iの虚軸はどうなるのか。
 陰陽球面の表面が陽、裏面が陰ならば、虚軸は太陰点から円周への半径を伸ばした直線になるだろう。
 そうすると、電磁波は円周の切線の方向に成形されるだろう。直観では、円と直交するものをイメージするが、考えてみれば、球面の皮膜に相当するのであるから、円上の接線で方向的にいいのである。
 そう、陽凸iは天の方向、太陽、アポロの方向であり、陰凹iは地の方向、大地、デーメーテール(ここに、ディオニュソスと入れたい欲求があるが、どうだろうか。ディオニュソスをここに入れるだろうか。単に、アポロとは対照的なものという意味なら、ここに入れることは可能である。この点は、別に検討する必要がある。)の方向である。
 今、浮んだ発想だが、陰凹iはいわゆる心、胸中の心ではないだろうか。道教、気功で言えば、中丹田である。あるいは、単に、ドキドキハートラブラブである。
 しかし、である(この「しかし」はとても強い強調である)。
 私がこれまで説いていた太陰(太極かもしれないが)は、そこにはないのである。それは、陰=凹iではありえないのである。何故なら、陰=凹iは胸部に定置すると考えられるからである。
 これまで何度も述べてきたように、私が説く太陰は肚のことである。だから、まったく、陰=凹iとは異なるのである。(だから、陽=凸iは人体的には、頭に定置すると言えよう。)
 思うに、そのような肚である太陰に、陰という語を含めるのは、不整合である。何故なら、陰陽論的には、太陰とは陰陽の様態の一部であるからである。つまり、極大の陰が太陰なのである。
 故に、ここで、用語を一新しないといけない。そこで、無双原理や一般の陰陽論から太極という用語が候補になるが、私は「太陰」には、母権を見ているの で、その意味合いを入れる用語であるべきと考えるので、とりあえず、太玄と呼ぶことにする。【だから、理論名称は太陰氣学(太陰氣行学)から、太玄氣学(太玄氣行学)になる。】
 さて、そのように見ると、氣とは、確かに、陽の氣と陰の氣の二種類あることになるだろう。陽氣と陰氣では、語弊があるので、別の用語を考える必要があ る。暫定的に、陽光氣と陰光氣と呼ぶことにする。両者、不可視である。そして、電磁波としての光になって可視化するのである。しかしながら、その光、端的 に、日光には、陽光氣と陰光氣が含まれているし、両者の共振作用も含まれていると考えられる。(考えると、三種類の氣が存するだろう。陽光氣と陰光氣といわば陰陽共振氣である。この問題は、別に考えたいが、これも一種の三位一体と言えよう。
 思うに、私が氣という場合、どうやら、陰の氣と陽の氣との陰陽共振の氣、共振氣を指すように思われる。もっとも、それは、三様態であるが、直観的には、一(いつ)として、感知される。
 そのように氣を捉え直したとき、太玄(これまでの太陰)の力・エネルギーはどう説明できるのだろうか。
 私は、これまで、それをほぼディオニュソスとして捉え、「陽」(これは、上述における氣、三様態の氣である)をアポロと捉えてきたのである。
 上述から、太玄の力・エネルギーは明らかに、氣とは異なるのである。
 氣を創造する根源の力と考えられる。それは、原氣と言えようが、意味的に適切にするために、玄氣と呼びたい。
 つまり、簡単に図示すれば、

玄氣(肚)⇒氣(心頭)⇒(日光⇒)電磁波(生命物質界)

である。(日光の位置が微妙である。これまで、陽=日光としたが、今やそう考えることはできない。日光とは、現象的には、つまり、物質現象的には電磁波であるが、陰陽の三つの氣を超越的に内在していると考えられるのである。
 初期PS理論で使用したMP(メディア・ポイント)の概念であるが、それも使用でき、それは、そう、わかりやすく言えば、渦巻、渦動の中心点である。あるいは、神話的に言えば、天之御中主神であろう。
 さて、玄氣(肚)であるが、いったい何なのか。大根源点である太玄氣点であり、宗教・霊学的には、太玄氣霊と呼ぶこともできよう。
 ここで、イデアの問題が生じるのである。そう、この大根源点である太玄氣(霊)をイデアと呼ぶことができるだろうか。
 例えば、太玄氣イデアというように。イデアとはエイドスと共通し、結局、原形である。超越的原形ないし超越論的原形である(陰陽は内在的超越であるので、超越的とも超越論的とも形容できよう)。
 直観では、太玄をイデアとは呼べない。イデアと呼べるのは、陰陽部である。陰陽イデアである。
 ならば、太玄は何か。少なくとも、元イデアないし前イデアとは呼べる。
 しかし、形になる前のなんらかの「霊」と思える。そう、「神霊」と言えるかもしれない。
 ここで、先に述べた原意識の図式を考えるのが適切だろう。

即ち、

太陰⇒陽

又は、

原意識=太陰(主体)⇄陽(客体)

ないし太陰(主体)∞陽(客体)


である。
 太玄氣学(太玄霊氣行学がいいように思えた)に即せば、


太玄⇒陰陽


原意識=太玄⇄陰陽(氣)

ないし

=太玄∞陰陽(氣)

である。
 思うに、太玄霊を原意識としてもいいだろう。
 先に、原意識を知即存在としたが、それもここにも当てはめられよう。
 とまれ、今の段階では、太玄は、霊力の世界(霊界、神霊界)とし、陰陽は氣の世界(氣界)としておこう。
 では、霊力の世界とは何か。それは、根源的一(いつ)の世界だろう。森羅万象の根源の世界である。氣の世界が諸原形の世界とすれば、それらが一体となった世界である。
 いわば、原原形世界である。
 直観で言えば、未分化多様体である。多様な原形が未分化で融合しているような世界である。一種、混沌界、カオス界と呼べるかもしれない。あるいは、一即 多の混融体である。ここで即非の論理を使用できるかもしれない。一即非多である。(追記:あるいは、一即全、一即非全である。)
 そう、また、超陰陽界、超氣界、超イデア界とも言えよう。超プラトンの世界である。
 D.H.ロレンスがダーク・ゴッドと呼んだものはここを指しているように思える。思うに、一神教の唯一神、超越神とは、このダーク・ゴッドの一の様態の特化のように思える。つまり、極陽化である。これについては別稿で検討したい。
 ところで、プラトンのコスモスとロレンスのコスモスであるが、前者は陰陽氣宇宙であり、後者は太玄霊宇宙ではないだろうか。
 まだ、太玄霊については解明が不十分だが、ここで一時留める。

参考:
http://search.ameba.jp/search.html?q=%E7%84%A1%E5%8F%8CPS%E5%8E%9F%E7%90%86&row=10&profileRow=&target=id&aid=neomanichaeism&author=all&start=20
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