Sat, January 26, 2013

光・陽のもつ闇と闇・陰のもつ光:光の影を他者に投影し、他者と敵対する自我:万人の万人に対する戦争

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合
以下、簡単に図示する。

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Ⅰ:陽・光・頭(知)・父権・西洋・
自我・同一性
    
              
             
アポロ

      
      ↓   ↓   ↓   ↓   ↓   
     影   影   影   影   影   影

ー⇅ーー⇅ーー⇅ー胸・境界・浸透膜ー⇅ーー⇅ーー⇅ー

     光   光   光   光   光   光
     ↑   ↑   ↑   ↑   ↑   ↑


          ディオニュソス

 
Ⅱ:陰・闇・肚(魂)・母権・東洋・他者・差異



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



Ⅰの領域は、Ⅱの能力がⅠとは一致しないので、Ⅱの領域を抑圧するのである。
 つまり、Ⅰは自我の光であり、それは、他者の闇を抑圧するのである。そこで、ⅠとⅡの境界のⅠの面、あるいは、Ⅰの底面に影が生じるのである。これは、光の影(シャドウ)である。このシャドウが光のもつ闇なのであり、その影が光には見えないのである。自分の影に気づかず、返って、それを他者に投影するのである。
 言い換えると、光の影(スクリーン)を通して、自己は他者を見るのであり、他者は自分の影が映った存在となり、自己は他者に敵対的になるのである。
 では、光に生じた影(シャドウ)・闇を取り去るにはどうしたらいいのだろうか。
 それは、Ⅱの領域を肯定する意識をもつことである。
 思うに、ⅠとⅡとの境界は、言わば、浸透膜である。ⅠはⅡに触れ、ⅡはⅠに触れている領域である。
 この浸透膜的境界を介して、Ⅰの光・陽・頭はⅡの闇・陰・肚を肯定し、ⅠとⅡとの共振、つまり、陰陽共振を目指すべきである。
 しかし、最高に注意すべきは、Ⅰの同一性でⅡの差異を認識することはできないということである。Ⅰは認識ならば、Ⅱは存在なのであり、相互に異質なのである。ただし、ⅠはⅡを否定するが、ⅡはⅠを包摂することができるという非対称性があると考えられる。ジェンダー的に言えば、男性原理は女性原理に包摂されるということである。おそらく、生物的に、女性原理の方が先行していたことを証すように思われる。
 無双陰陽原理の原点である不連続的差異論がここで重要になる。
 即ち、Ⅰにとって、Ⅱとは不連続なものであるということであり、ⅠはⅡを同一化できないのである。つまり、Ⅱは絶対的差異、絶対的他者であるということである。
 この点を具体的に言えば、Ⅰは知性とすれば、Ⅱは性(セックス)である。Ⅰの精神はⅡの身体を理解できないのである。そう、Ⅰを西洋・父権で、Ⅱを東洋・母権と見てもいい。
 今日の世界、日本の闇・悪は、実は、光・善から生まれたものであることがわかる。光の支配による暗黒化なのである。
 価値逆転的に、Ⅱの陰・闇・肚をベースにすれば、光の悪の支配は終焉し、陰と陽との和解・調和が生じるのである。新しい母権の世界である。
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