漱石『夢十夜』~十人で語る十夜の夢~

~漱石が語る、漱石の夢~

夏目漱石の代表作『夢十夜』は、
漱石が英国留学から帰った後、
40代で教授職を辞し朝日新聞社に入社した頃に書かれています。

「夢には、人が抑圧していた記憶が突然現れる。」

とは、

分析心理学の各流派から多く聞かれる言辞ですが、

自分の見た夢をそのまま書き記してゆくことで、漱石は何を越えようとしたのか…

ひとつひとつの夢に、
漱石の生きてきた人生や関心を持った出来事、時代の世相が透けて見えてくる。

民話とはまた違った語りの世界へ、ぜひお越しください。
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徳島交流会

テーマ:
京都経由で帰省。
徳島で母校の後輩との交流会に出てきました。八分ほどのラジオドラマ制作を高校生に体験してもらおう、という企画で、徳島在住のOBと連絡を取り合いながら、ラジオドラマに仕上げました。
午前中だけで、録音、編集して仕上げ、
という作業を、一二年生の現役生に見てもらいました。(出演は現役生。)
題材は、高校生にとっては、とても身近なシチュエーション、さてみんなどう語り、どう演じるか、と、とても楽しみでしたが…。
淡々と語る中に情感が滲んで、音楽担当者が選んでくれた音楽もぴったりはまって、良いラジオドラマとなったと思います。
徳島では珍しく実家の両親と親戚一同揃ってご飯。
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もうひとつ。

風景とオルゴールから

「風景とオルゴール」を。

ここでは南部馬が登場しますが、

南部馬、ハックニー、サラァブレッド、…岩手では様々な種類の馬が飼われていたそうです。「風景とオルゴール」は、前から好きで読んでみたかった詩ですが、どうにもうまく朗読できませんでした…。こうやって置いてあるものがかなりあります。

             風景とオルゴール

爽かなくだもののにほひに充ち

つめたくされた銀製の薄明穹

雲がどんどんかけてゐる

黒曜ひのきやサイプレスの中を

一疋の馬がゆつくりやつてくる

………

首を垂れておとなしくがさがさした南部馬

黒く巨きな松倉山のこつちに

一点のダアリア複合体

その電燈の企画なら

じつに九月の宝石である

その電燈の献策者に

わたくしは青い蕃茄を贈る

どんなにこれらのぬれたみちや

クレオソートを塗つたばかりのらんかんや

電線も二本にせものの虚無のなかから光つてゐるし

風景が深く透明にされたかわからない

下では水がごうごう流れて行き

薄明穹の爽かな銀と苹果とを

黒白鳥のむな毛の塊が奔り

《ああ お月さまが出てゐます》

ほんたうに鋭い秋の粉や

玻璃末の雲の稜に磨かれて

紫磨銀彩に尖つて光る六日の月

橋のらんかんには雨粒がまだいつぱいついてゐる

なんといふこのなつかしさの湧あがり

水はおとなしい膠朧体だし

わたくしはこんな過透明な景色のなかに

松倉山や五間森荒つぽい石英安山岩の岩頸から

放たれた剽悍な刺客に

暗殺されてもいいのです

(たしかにわたくしがその木をきつたのだから)

………

そんなに風はうまく吹き

半月の表面はきれいに吹きはらはれた

だからわたくしの洋傘は

しばらくぱたぱた言つてから

ぬれた橋板に倒れたのだ

松倉山松倉山尖つてまつ暗な悪魔蒼鉛の空に立ち

電燈はよほど熟してゐる

風がもうこれつきり吹けば

まさしく吹いて来る劫のはじめの風

ひときれそらにうかぶ暁のモテイーフ

電線と恐ろしい玉髄の雲のきれ

そこから見当のつかない大きな青い星がうかぶ

(何べんの恋の償ひだ)

そんな恐ろしいがまいろの雲と

わたくしの上着はひるがへり

(オルゴールをかけろかけろ)

月はいきなり二つになり

盲ひた黒い暈をつくつて光面を過ぎる雲の一群

(しづまれしづまれ五間森

木をきられてもしづまるのだ)

            宮沢賢治「風景とオルゴール」


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風景とオルゴール

テーマ:
宮沢賢治の「どんぐりと山猫」 を、
ベルホールで朗読しました。

花巻の訛りで教えて頂いたので、
それを忘れないため。

その世界に少し浸っていたら、
「風景とオルゴール」からまた、
詩を読んでみたくなりました。

「風景とオルゴール」に収録されている詩は、
風景の色合いを想像すればするほど、素晴らしく、
ひたすら言葉を調べています。
賢治が見た風景はどんな色彩なんだろう・・
いつか朗読してみたい詩です。

第四梯形 宮沢賢治
青い抱擁衝動や
明るい雨の中のみたされない唇が
きれいにそらに溶けてゆく
日本の九月の気圏です
そらは霜の織物をつくり
萱〔かや〕の穂の満潮〔まんてふ〕
(三角山〔さんかくやま〕はひかりにかすれ)
あやしいそらのバリカンは
白い雲からおりて来て
早くも七つ森第一梯形の
松と雑木〔ざふぎ〕を刈〔か〕りおとし
野原がうめばちさうや山羊の乳や
沃度の匂で荒れて大へんかなしいとき
汽車の進行ははやくなり
ぬれた赤い崖や何かといっしょに
七つ森第二梯形の
新鮮な地被〔ちひ〕が刈り拂はれ
手帳のやうに青い卓状臺地〔 テーブルランド〕は
まひるの夢をくすぼらし
ラテライトのひどい崖から
梯形第三のすさまじい羊齒や
こならやさるとりいばらが滑り
(おお第一の紺青の寂蓼)
縮れて雲はぎらぎら光り
とんぼは萱の花のやうに飛んでゐる
(萱の穂は満潮
萱の穂は満潮)
一本さびしく赤く燃える栗の木から
七つ森の第四伯林青〔べるりんせい〕スロープは
やまなしの匂の雲に起伏し
すこし日射しのくらむひまに
そらのバリカンがそれを刈る
(腐植土のみちと天の石墨)
夜風太郎の配下と子孫とは
大きな帽子を風にうねらせ
落葉松のせわしい足なみを
しきりに馬を急がせるうちに
早くも第六梯形の暗いリバライトは
ハックニーのやうに刈られてしまひ
ななめに琥珀の陽〔ひ〕も射して
(たうたうぼくは一つ勘定をまちがへた
第四か第五かをうまくそらからごまかされた)
どうして決して、そんなことはない
いまきらめきだすその眞鍮の畑の一片から
明暗交錯のわかふにひそむものは
まさしく第七梯形の
雲に浮んだその最後のものだ
緑青を吐く松のむさくるしさと
ちぢれて悼む 雲の羊毛
(三角〔さんかく〕やまはひかりにかすれ)
先日
市川市木内ギャラリーにて
11月の夢十夜朗読公演のための演目検討会をひらきました。



集まって下さったみなさんが、
一夜から十夜まで、
とても素敵な夢十夜を披露してくれました。



11月の朗読公演は、
市川市メディアパーク2Fグリーンスタジオで行います。
きららかなイメージの奔流が、
演劇的朗読
王道の朗読
どちらにも充溢して、
「漱石が語る、漱石の夢」
という統一テーマが見えてきました。

このままでも十分面白い朗読会になりそう。



本番は、
照明、音響も入って、漱石の体験した夢の世界をお客様皆さんが、それぞれ濃淡はあれど、
追体験できるようになればよいな、と、そんな風に考えております。

朗読は共有体験、と
昔、聞きに来てくれた人に耳打ちされました。
場を共有する、
能動的に想像力を働かせることで、
よりいっそう深い想像世界を体験することができる。


私は「第一夜」をやらせて頂くことになったのですが、
思いもかけず、最後のシーンに、銀河鉄道の最後のシーンを重ねて見ている自分に気が付きました。

・・・暁の星がたったひとつ瞬いていた。・・・

百合に化身した女性の魂は、星となって輝いていたのかもしれません。

2011年2月
宮島永太良作 詩画集『妙な絵物語』より「何が本当の恵みなのか、今はわからないのだから」

2014年5月 「いのちのものがたり」~絵と朗読と音楽と」~ で、
絵画、ピアノ演奏、朗読
のコラボレーションライブでも朗読させて頂きました。

こちらもとても良い詩です。

「何が本当の恵みなのか、今はわからないのだから」
川の流れに揺られながら、
今日も舟を漕ぐ音が聞こえる。
私たちは知らない間に船に乗せられ、
自然のままに漕ぎ続けていた。
本当に降りたい所に到着するまでは、
どこまでも進まざるを得ない。
その間には腹も減るし、疲れもする。
そんな時天を見上げれば、いつでも恵みの玉が
希望の糧を与えてくれていた。

時には他者を犠牲にしながら、
先を急がなければならないこともある。
そんなことにふと気づくと、
自分を責めたい時もある。

しかしどんなことがあろうと、
舟を漕ぐことを忘れなければ、
その手を止めることをしなければ、
きっと救いの手が差し伸べられるはずだ。
止めてしまえば、行先もわからなくなるだろう。
恵みの玉も見えなくなってしまうだろう。

目の前に与えられた希望の糧に、
今はただ頼って動き続けるしかないのだ。
何が本当の恵みなのか、
今はわからないのだから。
(宮島永太良作 「何が本当の恵みなのか、今はわからないのだから」)


「何が本当の恵みなのか、今はわからないのだから」


「いのちのものがたり」~絵と音楽と朗読と~ リハーサル音源です。

「恵み」
2011年2月
宮島永太良作 詩画集『妙な絵物語』より「いつも大切なものを教えてくれる」

この詩は、何度か読ませて頂きました。
祝「二人展」だったかな?
気に入っている詩です。


「いつも大切なものを教えてくれる」
白い小さな帆船は、
大海をゆっくり進みながら、
今日も月の光に照らされていた。

夜の海は暗くて走りにくい。
辺りをよく注視しながら
進んで行こう。
帆船は思った。
あの月の上に行けば、
いつも明るい海ばかりなのに?
いや、そんなことはない。
月だって、太陽の光を受けて
輝いているんだ。
自分もまた、その光に照らし出されてこそ
進んで行けるんだ。

気をつけていると、
波の静かなうねりの音に、
何日かぶりで気付いた。
自分を支えてくれる波の囁きに。
まわりを見渡せば、
助けてくれる仲間がいっぱいいたんだ。

風があるから波が起こる。
波が起こるから船は進む。
進んでいるから光と影に出会う。
そして光と影は、
いつも大切なものを教えてくれる。
(宮島永太良作「いつも大切なものを教えてくれる」)

光の器

テーマ:
これも同時期2011年2月に録音したもの。
宮島永太良作 詩画集『妙な絵物語』より「街はまた新しい世界を迎えようとしていた」

これも原画を拝見しましたが、
きらきらした光の絵でした。


「街はまた新しい世界を迎えようとしていた」
僕はT君を乗せ、初めての高速道路を通って
都会の街に出てきた。
今日からここが僕らの生活の場になるんだ。
噂で聞いていた通り、僕のようなクルマが
ひしめき合うほどでびっくりだ。
確かにあそこにいた時ほど悠々とは走れない。
しかし、都会がこんなにも華やかな場所だとは思わなかった。
ただごみごみとばかりしている所に、安住できるかな、
と思っていたけれど。

向こうではたまにしか合わなかったが、
僕らとはちょっと違う種類の、電車という仲間も、
ここでは頻繁に出会い、友達にもなった。

建物だって、人の服装だって、
向こうでは見たことないものばかりだ。
何度か来ているT君にとっては、
もう見慣れているかもしれないけど、
僕にはすべてが新鮮だ。
今日も駐車場で、T君はシャワーを浴びさせてくれた。
田舎の湖をちょっと思い出した。
思い出していると、草木の萌える香りが、
どこからかしてきそう。

いつか再びあの田舎に帰ることを夢見て、
今日も僕はT君を乗せて、楽しい都会を走る。
街はまた新しい世界を迎えようとしていた。

「妙な絵物語」絵・文 宮島永太良

2011年 1月から月一回、本厚木にあるギャラリー喫茶「なよたけ」で朗読ライブをやらせて頂く­­ことになり、そこで偶然宮島さんにお会いしました。
絵の展示がとても素敵で、ご挨拶させて頂いたところ、この詩画集のなかからいくつかア­­ップしてもよいとの許可を頂きました。
写真でもっと絵の素敵さが伝わればよかったのですが・・

「そして永遠の輝きをはなっていた」
戦乱によって焼かれた地は
地元の人々の懸命な努力により、
賑やかな繁華街に生まれ変わった。
当時、そこで花を売っていた少女は、
今でも多くの人の記憶に残っている。
籠に乗せられた、遠い外国生まれの花々は、
人々の心の友だった。そしてその少女も。

時は経ち、新しい都市が誕生し、
その繁華街からも次第に
人は離れていった。
今では古ぼけた建物だけだが、
あの同時を偲ばせている。
そして建物の片隅で、
埃にまみれている籠。
花が売られなくなって何十年経っただろう。

戦後の復興も、今は遠い昔。
そんな中、花は咲いては枯れ、
人は生まれては逝った。
あちこちに散っていった運命は
今この場所で、一瞬の、
そして永遠の輝きを
はなっていた。


そろそろ梅雨明けではありますが・・
詩の朗読を。

美術作家 宮島永太良さんの詩画集「妙な絵物語」より
雨と虹の関係って?
原画も見てきましたが、淡い色彩の、家に飾っておきたい絵でした。

このテルテル坊主は薄紙でできているんじゃないでしょうかねぇ・・
ひらひらと風に吹かれている感じがする絵です。


「妙な絵物語」絵・文 宮島永太良 より
「晴れ上がった空に虹が出た」

晴れ上がった空に虹が出た。
さっきまで降り続いていた雨は
どこへ行ったのだろう。
そればかり気になって、こんな所まで来てしまった。
いつも雨が好きだった。ぼくのふるさとだから。
でも僕が来ると、雨はいつも逃げていってしまう。
雨が降れば、草も木も花も、
みんな生き生きとした顔を見せる。
隠れていた虫たちも、舞い上がってくる。
もう一度降ってくれないだろうか。
この虹の先には、きっと雨の果実があるはずだ。
果実の中には、僕を作ってくれた人の
喜びや悲しみ、思い出や希望がすべてつまっている。
おてんとう様を望みながら、みんなに囲まれながら、
いろんな思いを巡らせてきたんだ。
嬉しいときも悲しいときも、
雨のように涙を流したものだよ。
あの虹の道を渡って、僕を作ってくれた人の
心の雨をたっぷりと浴びてこよう。