第百四十一話 猫嫌い | ねこバナ。

第百四十一話 猫嫌い

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駄目だね。

誰が何と言おうと、駄目だ。
いくら君の頼みでもそれは聞けないね。何だってあんな気味悪い生き物を飼ってるんだい君は。
え? なんでそんなにあの生き物が嫌いなのかって? そんなこと聞かなきゃ判らないのかい。ああそうか、君はもうあの生き物にすっかり参ってしまって、論理的な思考を失っているんだね。
判ったよそう怒るなよ。今のは言い過ぎた。ごめん。
じゃあ話すよ。どうして僕がそんなにあの生き物が嫌いか。

まずはあの眼だ。
瞳孔が細くなっている眼を見ると、寒気がするんだよ。あれは化け物の眼だ。え? 猫の眼をもとにして化け物の眼のイメージが作られただって? そんなもんどっちが先でも変わりゃしないよ。要するに、人間にとって気色悪いものってことだろ。ああいう奇妙な形をした眼は、他にないもの。ヘビやカエル? あれのほうがまだましだよ。だって丸っこいだろ。え? ヤギやヒツジの眼? そんなもの見たことないよ。それにこれ以上気色悪いものが増えるのはごめんだね。

それからあの身体。
一度、高い塀の上で背伸びをしてるのを見たことがあるんだ。まるでイカかタコの足みたいにぐんにゃり曲がってさ。あれは脊椎動物の動きじゃないよ。きっと身体には得体の知れない仕掛けがあるに違いない。そしてそのあと、隣の家の屋根にジャンプしたんだよ。まるでゴムまりのようにね。高低差は一メートル以上あったさ。信じられるかい? 奴らはきっと、獲物を獲るために悪魔と契約したに違いない。でなければあんな動きが出来るもんか。うう怖ろしい。

おまけにあの爪と牙だ。
鋭く尖って、僕たちを傷付けるためにあるようなもんさ。君だって手にひっかき傷があるじゃないか。じゃれてたら自然についただって? それで君は平気なのかい? 本気じゃなくったって、傷付けるには変わりないじゃないか。人間を平気で傷付けるような悪い生き物は、この世にあっちゃいけないよ。

鳴き声だって駄目だ。
ひどいダミ声で一晩中鳴かれてごらんよ。こっちの気がどうかしそうになる。あれは発情期のしるしだって? ますます気色悪い。ふだんの鳴き声だって駄目さ。変に伸ばすようなあの声。ごろごろ喉を鳴らして甘えるのだって気に食わない。きっと奴ら、人間に媚びを売って、その実人間を支配しようとしているんだ。

それに、昔からあの生き物は、不吉なものと決まってるじゃないか。
西洋では魔女の使いっていうだろ。日本だって化けて出た昔話が山ほどあるしね。何だって? あれを祀った神社がある? しかも全国に? 信じられない...きっとそれは荒ぶる神で、悪さをする神だったに違いない。いいやきっとそうだ。

ちょっとそんなに怒るなよ。
え? そんなに嫌いなのには、きっと強烈な幼児体験があるに違いないって?
何でそんなこと突然言い出すんだよ...。
ふう...そうだよ。でも誰にも喋らないでおくれよ。
幼稚園にあがる前、公園の砂場で遊んでいたらさ、猫が一匹寄ってきたんだ。僕はなでてやろうと思って近付いた。初めはなでさせてくれたのさ。でも僕がふいに立ち上がったら...。
ああ怖ろしい...。ご、ごめんよ、思い出すと今でも寒気がしてね...。
あの生き物が、飛びついて来たのさ。僕の顔めがけて。
きっと僕を捕って喰おうとしたに違いない。
あの時の凶悪な顔...。牙を剥いた顔...。僕のほっぺたに爪がささって...。
はあ、はあ、はあ...。おお怖ろしい...。
僕はびっくりして走って逃げたのさ。でもあれは物凄いスピードで走って追いかけて来た。
周りの大人達は、誰も助けてくれなかった。助けられないほど怖ろしい光景だったのさ。
また思い出してしまった...。うう、今日は一人でトイレに行けないかもしれない...。

何だって? あれはただじゃれようとしただけだろうって?
そんな! じゃあ何で周りの大人達が手を出せなかったんだい? 怖ろしかったからに決まってるじゃないか。
...あれがじゃれついて微笑ましい光景だったから? 嘘だろ! どこが微笑ましいんだ! 僕は捕って喰われるところだったんだぞ。
とにかく、僕は忘れない。あんな怖ろしい思いをさせたあの生き物を、一生恨んでやるんだから。

そんなふくれっ面しないでおくれよ。君が聞きたいというから言ったんだからね。
もちろん、金輪際あの生き物を好きになるなんてことはないね。あんな凶悪な生き物とひとつ屋根の下にいるなんて想像も出来ない。したくもない。
君だって今に判るさ。さあ、あんな生き物を飼うのはやめにして、僕といっしょに暮らさないか。

え? あれと別れるなんて考えられないだって!? 嘘だろお!
十年も連れ添った家族を捨てられない? なんであの生き物が家族なんだよ! 騙されるなよ、あれは凶悪な生き物なんだ。
そんな! 僕を薄情者扱いするなんて! 僕は君のためを思って...ちょっ、ちょっと待って、君は僕よりもあの生き物のほうが大事なのか!?
ああああ当たり前だって!? ちくしょう、何だってよりによってあんな生き物が君と...まっ、待ってくれってば。

待ってくれえええええ!

  *   *   *   *   *

ぜえ、ぜえ、ぜえ...。
判ったよ...。君がそんなにあれと暮らしたいなら...。僕も...。
いやちょっと待ってくれ、いきなり一緒に暮らすなんて無理だ。うん、少しずつね。少しずつ...慣れていけば...いつかは...。
えっ、これから君の部屋に行くのかい? いやあの、ううん、いいけど、いいんだけど...。

さ、最初はさ、玄関からちらっと見るだけで、いいかな?



おしまい




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