2005年10月06日

小田和正さん:卒業設計

テーマ:小田和正さん

小田さんの建築学科の卒業制作を見ました。
広い製図室に卒業制作が所狭しと掲示してあります。
小田さんの作品はたしか出入り口近くの壁にあったと思います。


小田さんの作品のテーマはアートスクールだったか・・・・?
こまかい内容はもう忘れましたが、全体の印象は憶えています。
たいへん品の良い設計・・・、パースなども力まずサラッと・・・。
爽やかなセンスが溢れたデザインでした。


小田さんの卒業作品は、後年の小田さんの曲とよく似ています。
爽やかなハイトーン、サラットとした情感、胸がキューッと、・・・。


05091906


小田さんは卒業で仙台を去り、東京に向かいました。
私は修士課程2年生を2回やり、2年遅れて上京しました。
「さよなら、さよなら、さようなら、・・・・」


私の小田さんに関するささやかな「思い出話」も、ここで途絶えます。
その後の小田さんはメージャーとなり、情報はメディアを通してです。
したがって私がみなさんより詳しく知っていることは、
もう何にもありません。

いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2005年09月27日

小田和正さん:歌を唄ってくれる

テーマ:小田和正さん

私は1年先輩ですから、「俺が歌ったんだから、お前も歌え!」、
というような調子だったんでしょう。


今度は、小田さんの番です。
小田さんは、机に腰掛け、私のギターを弾きながら、歌いました。

下の写真がそのとき小田さんが弾いた私のギターです。


05091905


もう何の曲だか忘れまてしまいました・・・・。


「また、寄ってもいいですか?」
「ああ、いいよ」
帰っていく小田さん。
しかしこのようの機会は二度と訪れずれませんでした。


小田さんは、研究室のコンパなどでは、決して歌いませんでした。
歌に関しては既にプロ意識で、いいかげんの所ではNOでした。

いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2005年09月24日

小田和正さん:歌を聴いてくれる

テーマ:小田和正さん

なんでそうなったのでしょう?
気が付くと私は小田さんの前で歌っていたのです。


私はその当時歌を作っていました。
友達のロックバンドが舞台で演奏してくれたこともあります。
同期の腰原君の詩に曲を付けたこともあります。
ですから研究室には何時もギターが置いてありました。

下の写真がそのとき私が弾いたギターです。


05091905


なんと私は、小田さんの前で、ギター片手に自作の曲を歌ったのです。
1年先輩ですから、「俺の作った歌を聴け」とでもいう様な調子・・・、
いまから思うと本当に冷や汗ものですね。


聞き終えた小田さんは、上手いとも下手とも、何にも言いませんでした。
あまりの素晴らしさに感激して声が出なかったのか?、
あまりの詰まらなさにアキレテ声が出なかったのか?、
いまとなっては確かめるスベはありません。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年09月20日

小田和正さん:深夜のドライブ

テーマ:小田和正さん

やがて私は修士1年生で小田さんは4年生になりました。
二人とも同じ研究室所属です。
工学部も街中から青葉山に移転しました。
青葉山の建築学科の建物は8階建ののっぽビルでした。


05091904


ある日のことです。
私は研究室に同期の錦織君と夜遅くまで居ました。
その時何をしてたのか、もう忘れました。


すると突然、小田さんが現れたのです。
「こんな夜に、何で来たの?」
「いや、ドライブしてたら、研究室に明かりが点いてたので・・・」


かっこいい、ですね。
深夜のドライブ、山の上のキャンパス、建物の頂部に明かり、
エレベーターを1人で昇っていく小田さん・・・。


このようにして私のドラマチックな思い出場面が始まったのです。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年09月15日

小田和正さん:全国?位

テーマ:小田和正さん

小田さんがヤマハの音楽コンテストの全国大会から帰ってきました。
全国大会はたしか東京の方で開かれたと記憶しています。


私は小田さんに「どうだった?」と聞きました。
すると小田さんは「全国2位だった」と言いました。


私は「全国1位になるんじゃなかったっけ?」と問い詰めましたところ、
『外国(PPM)のコピー曲というのがどうも・・・、
赤い鳥グループがオリジナル曲の「武田の子守唄」で1位だった・・・』
という元気のない返事でした。


05091903


音楽コンテストの結果発表は、ラジオだったと思います。
小田さん達のグループの歌っているのを聞きました。
PPMの、たしか、「ア ソーリン」というではなかったかと思います。
たいへん素晴らしい演奏で、感激しました。
メインボーカルの小田さんのことを、その時初めて、
これはただ者ではないな、と思いました。

いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2005年09月13日

小田和正さん:音楽コンテスト

テーマ:小田和正さん

小田さんと私は趣味が一致したので、いろいろ音楽話を交わしました。
小田さんはフォーク・ソング・グループをつくっているとのことでした。
そんな音楽談義のある日、小田さんは次のように言い切りました。

「俺達はヤマハの音楽コンテストで全国一位になる」というのです。
私は、大きく出たなと、たいへん驚きました。
「ヤマハの音楽コンテスト」ってわかります? 昔、ヤマハ主催の
ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテストというのがあったのです。


05091301


当時のヤマハの音楽コンテストは、全国で予選会がありました。
実は私もグループを結成し、仙台の予選会に参加した経験があるのです。
同期の飯淵君と私、そして仙台の女子大生の方の3人グループでした。
後見人(介添え人、付添い人)は同期の萩尾君と女子大生仲間の2人です。
我々はPPMの曲を一生懸命コピーして、たしか2曲歌ったと思います。
結果は、残念ながら、仙台予選会止まりでした。


「じゃあ、がんばって!」と、私は小田さんを励ましました。
とはいっても、そんな高成績なんて、失礼ながら、半信半疑でした。
さあ、結果はどうなるでしょうか。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年09月10日

小田和正さん:カーステレオ

テーマ:小田和正さん

小田和正さんといえば、元オフコースで今はソロシンガーです。
ですから私の話も、ミュージックに関するものです。
私が大学4年生で小田さんが3年生の、ある日でした。


校舎の脇にとめた車のドアが開き、中に小田さんが腰掛けていました。
小田さんは学生ですがマイカー通学でした。
数十年前ですから、車を持っている学生は当時では珍しいのです。


「なにやってんの?」と近づくと、カーステレオを聞いているのでした。
カセットで鳴っている曲は、当時大人気のPPMのものでした。
私も大好きでしたので、直ぐに分かったのでした。
これをキッカケに私達は接近していったのです。


05091902


皆さん、PPMって、分かりますか?
アメリカのフォークソング・グループです。
ピーター、ポール&マリーという名を頭文字で略したものなのです。


小田さんのこのような風景はその後もちょくちょく目にしました。
小田さんはその頃からたいへんな音楽好きで、
講義の合い間のわずかな休み時間でさえ、
音楽に浸っていたかったんですね。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年09月03日

小田和正さん:知合い

テーマ:小田和正さん

小田和正さんは私と同じ東北大学建築学科卒です。
そして私が属していた研究室の後輩でもあります。


小田さんが今日の朝日新聞・朝刊・生活欄に文章を書いています。
「小田和正さんからあなたへ」という欄で、
「これからは思い出と友達が勝負」という見出しです。
小田さん達の同級会のことが面白く書かれています。

05090801

その新聞記事を私と同期の片山君がFAXで送ってくれました。
久し振りに仙台の街を思い出しました。
何十年も前の学生時代のことも思い出しました。


学生時代の小田さんには私は幾つかの「思い出」があります。
たいした話ではありませんが、そのことを少々書いてみましょう。

いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)