なぜだろう、なにかしら?

ふんわり霊感でゆったり、ゆる~くスピ探求


テーマ:

お手間でなければクリックをいただけると励みになります

 

昔、まだネットがなかった頃のことですが、ある霊能者の本を読んでいました
中身はよくあるパターンの本だったので特別目新しいことが書いてあるわけでもなく、ただの平凡な啓発本だったのですが、

「道を示す」「導く」「使命」

という今のぷち教組がブログに書きそうなことが繰り返し書いてありました、すると急に


「導く、示す、とか言ってても自分が一番の迷子」


と聞こえ、思わず笑ってしまったことがあります

この時の声は町人だったのですが、確かにそうかもなぁと納得させられました


声が聞こえて来るのはスピ系ブログを見ていてたまにあるのが、写真(神社などで撮った「神さまが写って~」「この光は龍神さまで」「高位な波動が~」系のやつです)を見ていると

 

「これは神仏でもなんでもない良くないモノ」

 

と注意が入ることです
本当に神仏や高位な霊の光などが写った写真もあるのですが、多くは良くないものが偽装しているもののようです


「わたしは特別」


な意識の強い人は自分でそういうものを引き寄せ、相手も偽装してとりいろうとしてきます
「写ってほしい」という「欲」を利用されてしまうということですね

そういう写真をもっていると(スマホのデータなどで)知らずしらずのうちに似たようなモノを引き寄せますので注意したほうがいいです
普通に神社などの写真をとる分には問題ありません(もちろん撮影禁止のところは駄目ですよ)


霊格の高い方々が嫌うものに、人間の考えで

 

「わたし一人くらいは大丈夫だろう」

 

というものがあります
これは最近のスピブームでかなり多くの人がやらかしているような気がします(撮影禁止、立ち入り禁止など無視して入ってしまうなど)

 

長くなったので続きます

 

お手間でなければクリックをいただけると励みになります

AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(1)

テーマ:

お手間でなければクリックをいただけると励みになります

 

自分の過去世(と思われる)守護霊と、何年もかけて少しずつ信頼関係を築いていったわけですが(寺尾玲子さんのコミックでも似たような描写がありますね)よく言われたのが


「俺の言ったことも一度は疑え」(町人)
「鵜呑みにしないでよく考えてね」(町娘)


のふたつです、言葉こそ違いますが両者とも

「自分で考えろ」

というわけですね、あと
「水を大切に」
は両方からステレオ状態でよく言われます(笑

 

町人は(現代語に訳しますが)
「立場や見方が変わると違ってみえることもある」
ということをよく言っています

 

寺尾玲子さんのコミックで信頼関係ができてきた後は


「ときには冗談もぶちかます」


と描写されていましたが、これは本当にそうで町人はよく(わかりにくくなるので現代語にしています)

 

「ストライクゾーンが広いと人生楽しいぞ、外に出れば右を向いても左を向いてもいい女ばっかりだしな」

 

としょっちゅう言っています(笑

早世はしていますが人生に思い残しがほとんどなく、貧乏長屋住まいながら、なんとか生きていけるくらいの仕事をして、仲間と遊び、お姉ちゃんと戯れ、時にはご飯も食べさせてもらい(笑、爺ちゃん連中の将棋の相手などしつつ人生を謳歌したようです

 

町人曰く、楽しいことは「待つ」のではなく「迎えに」いくのだそうです

町娘は商家の娘で、子供の頃から習い事で忙しかったらしいのですが本人は充実していて楽しかったようです、こちらも早世しているのですが町人と違い、唯一の心残りが


両親より早く亡くなってしまい親不孝をした


ということが心残りのようです(ですがこれも本人と両親の魂の学びに必要なため寿命が決まっていたわけですが)
魂の部分は「学びのため」と理解はしていても「魄」の部分で心残りということですね

 

長くなったので続きます

 

お手間でなければクリックをいただけると励みになります

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

お手間でなければクリックをいただけると励みになります

 

 

 

 

守護霊の声で胸にストンと落ちたものを書いてみます
スピ本やスピブログでも陰徳のことは色々と書いてありますよね、僕も自分のブログで陰徳をコツコツ積んでいくのが遠回りに見えて実は一番の近道、と書いています

 

この陰徳、なぜ陰で徳を積むのか?


スピ本やスピブログでは

「それが一番崇高な行為で~」

という書き方が多いと思います、こういう書き方は昭和時代の新興宗教の教組が書いた本でもほとんど同じように書かれています


「一番崇高な行為」


正しく、まさにその通りなのですが、なんというか、その他の記述部分を読んでいくと、その言葉が?ということが多いです

昔なら新興宗教の教組の本、今ならスピ本やスピブログを読むとわかりますが、結局、自分がいかに開運し、現世で成功するかがほとんどで、陰徳を積むが耳障りの良い飾り程度に思えてしまいました

今流行りのスピブログ発ぷち教組の神社仏閣本も結局

 

いかに自分が神仏と縁を繋いで開運するか

 

なので、やっていることはエナジーヴァンパイアと変わらないような気がします

ですので正直胸に落ちません(その前に響かないですが)

 

昔、聞こえた声が守護霊かどうか疑っていた頃、

「もしかするとこの声は本当に守護霊かも」

と思ったのは、陰徳を何故

「陰で積むのか」

と考えていた時に

 

「それが粋ってもんだろ?わざと人に分かるようにやるなんて野暮もいいとこだ」(現代語に訳しています)

 

と返ってきたからです
これは胸に綺麗にストーンと落ちてきました
これだ!という感じです、崇高な行為云々の前に「粋」、自分はこれを無意識に求めて(目指して)いたんだな、と自覚出来たからです

この時の声は過去世系守護霊の町人で(でもこの頃はまだ街娘と同一視してました)こんな感じのやり取りが少しずつ増えていきました

続きます

 

 

お手間でなければクリックをいただけると励みになります

AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。