光陰矢のごとし

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東海岸はケアンズ、ブリスベン、シドニー、メルボルン、ゴール地点のアデレード以外は各主要都市に1人は友達がいるので気持的にとっても楽だ。


コウとチエと再会した。


二人とはアデレードで別れて以来約8ヶ月ぶりだ。

ミルドラで出会いアデレードで一日だけ一緒に旅行した。

結局一緒に話した期間なんて一週間そこらなのにミルドラでお互い苦汁を舐めたせいなのか妙な親近感がある。 


 一日車をレンタルして近くの観光地に行きミルドラの疲弊しきった日々をリフレッシュしたものの

 (この後どーなるんやろ?)

ヒッチでパースまで行くと決めていた俺の気分は晴れなかった。


 『一年後どーなってんやろ?』


 タマに仲良くなった友達とヒマ潰しがてら話す議題である。ワーホリビザでは話しても仕方のない話だが

客観的に考えれば


 『わからないから面白い!』


 一生懸命働いてる人からすりゃあ何とも無責任で思慮の浅い考え方だと思われるだろうがこの考え方がワーホリに来ている人らのぱっぱらぱーで一般的な考えだ。ほんとーにどーなってるか想像もできない真っ白な状態だから笑えない。

多分こん時もそんな話したと思う。

 8ヶ月かけてオーストラリアを周りシドニーで二人と再会したら、


・・・二人はなんと結婚していた。


 コウがシドニーで働いていた時に新しい店の店長になる話が出た。必然ビジネスビザが下りる話が出て籍入れりゃどっちも下りる、それか遠距離か学生ビザで戻ってくるという話になったそうだ。かなり急がなくてはならず、急遽籍だけ入れて式はまだ挙げてないとの事だ。何とも合理的な話だ。この国では基本下の名前で呼び合うからチエなんてそれ程実感ないってのも面白い。

 中にはそのビザが欲しくてたまらん人もいるだろうにミルドラでロクに金稼げんかった人に下りたりする。



  『ウチらバカだからさぁ~。』


 まるで他人事みたいにぶっきらぼうにチエはそんな事言った。


 紙一枚と言ってしまえばそれまでだが、それでもやっぱりめでたいモンはめでたい。

状況に迫られたのは間違いないが中にはきっかけを失ってズルズルいってもうてる人もいるだろうし俺はそれでも十分だと思う。

 まぁ、ひょんな事がきっかけでせっかく知り合えた訳である、

俺は世界の平和を願えるでっかい男ではないのでせめて自分の近くにいる人くらいは幸せになって欲しいなぁと思う。


 

 チエの友達でヒッチハイクしたいという男が現れた。

何でも俺の話を聞いて話を聞いてみたいとの事だった。興味本位でよく聞かれる事はあるが大抵の場合は『タダで行けるんやったら俺もやってみよっかな~?』とか言うのが本気かどうか判断つく。

 そんな場合は大抵あんまシャレんならん話は避けて、てきとーな面白い話や、適度に大変な話をする。んで、

『しんどいから辞めといた方がいいよ。』と締めくくる。


 きっと今回もその程度かと思ったが、どうやら違っていた。

質問がかなり具体的で、地味な事ばかり聞かれた。

『アリスまで行けたら、死んでもいいと思ってるんですよ。』


 あっ、これは本物だ。

 ちゃんと答えないと失礼だと思い、期待させすぎる様な、楽しかったり良かった話、出発前からヘコます様なしんどかった話は一切せず、気候天候、生活の役に立つ話、時間のとり方、確率論とかなり具体的な話だけした。


  『そんだけ覚悟あったら絶対楽しくやれると思うよ、

    やってみて自分がアカン思ったらそんときは絶対無理せず辞めたらエエねん。』


口先だけのヤツは多い。もし途中でリタイヤする事になったとしても、やっぱり俺はそっちの方を支持する。
 そして最後に目的地の半分くらい越えるまでは恐らくずっと周りに言われ続けるであろう事と正反対の事をアドバイスした。


 『周りはとやかと言うけど周りが考えてる程危険じゃないよ。

 もちろん危険な事には違いないけどね、実際俺五体満足ここに立ってるしね。』

 アデレードを出発する時誰かに言って欲しかった事をそのまま言ってあげた。俺だけなのかもしれんが出発の前日なんかはかなりビビる。多少でも楽になってくれればと願う。


 まさかシドニーまでヒッチで来てこんな話してるなんて、

 やっぱり半分やぶれかぶれでアデレード出た時には想像もつかない事だ。



 この国にくる少し前、挨拶がてらにクスブった友達とファミレスで話した。 

 エエ年こいてドリンクバーのみだ。


 『一年後どーなってんやろなぁ~?』

それが確か10月だったと記憶してるからそれから一年が経つ。


…悪いが俺は命を質草に五体満足ヒッチでAUSを爆走中だ。

 羨ましいだろ?


 予想した事なんて所詮想定内の事でしかない。

常識のタガが外れてしまうと想定外の事しか起こらんのだ。

 

??


『ちゃんと一年後日本いるよな・・・?』

考えただけで不安がよぎる。

 気を抜くとこういうときの俺の未来予想図Ⅱは腹立つくらい思った通りに叶えられてしまうのだ。





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きんくろ。

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キングスクロスが好きだ。

シドニーで一番の歓楽街のある界隈の名称で夜になるとちょっと妖しい雰囲気がある。

それでも東京の歌舞伎町とかに比べりゃあショボく、あれをかなり小じんまりさせた感じだ。

 ガイドブックとかには『キケン』とかどっかの情報ノートには『男だったらKings cross!』みたいに書いてあったが、何てこたない、タダの歓楽街である。


 金曜の夜にフラフラ一人で歩いているといかにも人相の悪いオッサンが声かけてくる

  『Show time! Show time!!』


 言い方が面白かったのでモノマネしながら歩く。

キワどい格好した立ちんぼのねーちゃんがこっちじろじろ見て声かけてくる


 『Are you looking for a girl?』

 『Do you wanna girls?』

かなりクリアーではっきりした英語。


我想う、

 (う~ん、白ブタ…。)

今回ばっかは選ぶ権利はこっちにあるのだ。


 オージーは小顔な女の人が多い。おまけに顔がはっきりしていてキレイだ。太ってても顔から上だけはキレイな人が結構いる。

顔はモデルなのに首から下はジャバ・ザ・ハットみたいなんもちらほら。

日本の女性の涙ぐましい努力に比べれば簡単にキレイにスタイル良くなれるのに勿体無い。


(もうちょい営業努力せぇよ…。)


 そんな目で見られても少年マガジン辺りのヤンキーマンガに出てくるどっかの怖い人にしか見えない。

多分ケンカしたら10中8.9負ける自信が俺にはある。

歩き疲れたのでインド料理の店でTake Awayのタンドリーチキンを買い裏路地に入るか入らんかくらいの所で頬張っているとプッシャーが声かけてくる。

 『あぁこういう所で買ってんねや…』


 断ってしばらくすると向こう側に座ってる目の座ったオッサンが目合うか合わんかのタイミングで

『コカイン、コカイン…』


『何でもアリやな・・・。』

飽きれた様に呟く。


 ある程度警戒してれば嫌な感じがわかる。

例えば今座ってる所がラインでこっから見える裏路地は明らかに『不穏な空気』である。

周り人の歩く足の速度がこの通りだけ速いのに気づく。実際何か起こるか起こらんかは別としてこういうのを頼りに自分なりの危険回避をするのだ。


 翌朝、景色は一転する。

朝方までギャーギャー騒いでたり車のクラクション音のうるさかったメインのDarlinghurstST は静まり返り

舞台は一つ裏にあるVictriaSTへ移る


 日本で言えば原宿の裏といった所か。大阪でいえば船場?(よりマシ)

別に歌舞伎町にしろ原宿にしろKings crossにしろ詳しく知らないのでその印象は正しいと思う。

 日本より大きいメインの通りにやっぱり大きい並木道。木漏れ日が入り小鳥がさえずる。その日シドニーは埃っぽく風が吹けば木屑が目に入ったりするのは難点だがそれを除けばまぁいい風景だ。


 シャレたオープンカフェが数軒並び、並木道の景色とマッチして日本のそれはかなり背伸びした感が否めない。この界隈はB.Pもかなり多く朝10時ともなればバックパックを背負った旅行者達が我先にとより安い宿、キレイな宿へとやどかりみたいな引越しが始まる。慌しく行き交う旅行者をぼけ~っと眺めがらわずか$3のコーヒーにしてはかなり贅沢な時間を過ごす。




 ・・・こうしてまた一つ堕落してゆくのである。



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紀伊国屋と吉野家

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 遂に最後の都市シドニーに入った。

郊外からcityの中心部まで電車に乗る。

日本に比べればやっぱり劣るとは思うが何となくオシャレな人が多い気がする。

席に座った瞬間向かいに座ってたツンとした感じの綺麗なオージーが席を立つ。

序々に自分が萎縮していく感じ…。


 『何か東京みたいやな…』


 他の街に比べて街のスピードが格段に速い。それでも東京や大阪と比べれば大した事ないんだろうがクラクションの数、信号無視して渡る人々。メルボルンに入った時は『静かな街やな…』と思ったもんだがAUSの主要都市一周したらそれでもシドニーやメルボルンが忙しい街だと感じてしまう。


 都市部に入ると必ず数日stayする。

近場の観光と平行して何かとやる事が多い。軽い暴力みたいなニオイのする洗濯、メールチェック、都市部にしか無い事が多いのでアジア雑貨での日本食の補充。あと100均みたいな極力安く賄えそうな消耗品も大抵都市部だ。

 シドニーには更に他の都市部にはない日本の物が2つある。


  紀伊国屋と吉野家だ。


 紀伊国屋といっても大半が英語の本が置いていて全体の四分の一か五分の一くらいが日本書のコーナーになっている。

普段あんまり本屋に入る事がないので新刊のニオイが懐かしい。本棚の高さ、大きさ、陳列の仕方、客の頭の色、その空間だけ完全日本。欲しかった本の間が抜けていて

 (あっ、無いわ。隣の本屋いこ。)

と普通に思ってしまった程だ。


 久しぶりの本屋。無意識に飛び込んでくる活字が安心する。しっかりカバーのかかったマンガコーナーをうろうろする。

(あれっ!?BECKのコイツ男前なってへん??)

(バガボンド読みてえな…)

(20世紀少年終わったんやろか…)

などなど。


 カウンターのすぐ近くの目立つコーナーに本が積み重なって置いてある。(何て言うのか忘れた。)

売りたいのか、売れるのか、多分どっちともだと思うが成功哲学の本やら癒しの本やらが目立つ。

もちろんどの国にもあるんだろうがこういうのを見ても(日本だな~)と妙に感慨深くなった。

 

 『君はそのままでいいんだよ』的な癒し系の本をペラペラめくってみる。

旅中は感性豊かになってると思うし実際英語のポストカードも集めてるくらいなのでちったあ感じるものあると思ったが


 『もぉ~またそんな事ばっかり言うてぇ~!』

 まるで宿題しない子供の言い訳にあきれるオカンの様になってしまったのに自分でも驚いた。

言うてる事はわかるが曖昧模糊としすぎていて誰にでも当てはまってしまいピンとくるものが全くなかった。

距離的にも南極のペンギンの話の方がまだしっくりくる。


 成功哲学は章ごとのタイトルをペラペラめくる。

 こっちはこっちで成功の定義が極端に狭い。


 『…あっ!!』


 同じコーナーの一角に置いてある相反する二つの種類の本が実は全くおんなじ一つのベクトルで繫がっている事に気がついた。

 そしてそれは一回仕事をやめて来るワーホリビザと英語の次はペキン語を学びたいという学生ビザに通じるオーストラリアの縮図と同じだ。


 『…う~ん、リアルじゃないなぁ。』


 浮き足だったタメになる本より現実離れしたフィクションの世界に没頭するのだった。


 


 シドニーにはジャパレスが多い。やっぱりそこは都会だからなのか物価が少し高い。

それでも地方のジャパレスみたいに達筆なカタカナで『スシ』

と明らかに間違った看板なんかは見ただけで食う気なくす。バイトで日本人が働いてるだけでも何だか安心する。


 吉野家はシドニーを出る前日に行った。

何でも『日本の吉野家より味が落ちる』との事で期待もしていなかった。

 確かに噂通りに店内はガラガラ。黄色い看板じゃなかったし何よりマクドナルドみたいな店の雰囲気や日本と同じ黄色いシャツ着た白人は面白い。

 『Beef Bowl』という名前になっている牛丼の大盛が$5.40で並が$4.40。丼は日本のと全く同じで一昔前の吉野家と思えばそれ程抵抗ない。

 いちいち感動しながら注文するとカウンターの奥の日本人と目が合った。オーストラリアのバイトにしては少し年嵩、学生ならもっと別のバイトするだろうし恐らく店長だ。

 カウンターで

 

 『2分待って下さい』


 昔バイトした事あるのでそれが何を意味するのかわかる。少なくとも日本の吉野家で深夜入って時々失敗するダラダラした店よりよっぽど誠意ある。

 目に見えて違うといえばしょうがが保存の効くパックしょうがを容器に移したくらいでそれだって許容範囲だ。


 『何や!全然食えるやん!!』


 値段も大差無く、露骨に作り置きしてそうなジャパレスより遥かにマシである。もちろん今回だけだったのかもしれない。


 みんな牛丼なんて味全部一緒と思われているが実は作った人によって味違う。

別に自分の舌が正確とかグルメとか言う訳でなくただ単に食った回数、つまり『慣れ』である。

 吉野家のバイトでは賄いで牛丼が食える。毎日牛丼はもちろん飽きる。無意味に太るだけなので多少お金に余裕ある人なら大抵休憩時間はコンビニやら別の場所でメシを買ってくる。

 お金の無い人やケチはそうはいかない。狂牛病がどうのこうの言われてた時代に何百回も同じモン食ってたら嫌でも微妙な味の違いに気づく様になり、

『ちょっと今日のタレすっぱいな~。』

なんて気持ち悪い事言う様になる。

のでマニュアルは確かに同じだがやっぱり入りたての人と作り慣れた人では味が違う。

そして

 『せめて自分の賄いくらいはマシなモン喰いたいよな!』

という動機でお互いの腕を切磋琢磨する様になる。(けっこう不純)


 もちろん国が違うので多少の規制はあるんだろうが大抵の人は『牛丼なんて同じ味』と考えてるだろうし、そんな人が原料の細かい味の違いがわかるなんて俺には思えない。


 『くっそー!こんなんやったらジャパレスなんか行かんでもっとこっち来てたっちゅーねん!!』


 結局俺もまだまだメビウスリングの輪の中にバッチリはまっているみたいだ。


 




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おことわり。

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最近ブログの更新まったくしてませんが

現在地のネット代が10分1$と破格の為更新できません。


 手持ち金も心許なく生活が落ち着いたらまたちょっとずつ更新していきます。

かなりの時差が発生しそうですが悪しからず。


『生きてるか?』

とのメールが届きましたので。

はい、元気でやってます。

ヒッピーの聖地2

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 翌朝、コミューンの全貌がはっきりわかった。

森の奥にはひっそりとした里があったのだ。手作りの家、小鳥のさえずり、遠くからはそれが何の種類の太鼓なのかはわからないが十数人くらいの人数で叩く単調な太鼓の音が聞こえる。


 …桃源郷…。


 その単語は想像上のモノでしかないと思っていたが、それを無理矢理現実の世界に当てはめようとすればこういう風景なんではないだろうか。ここに比べればニンビンはやっぱり観光用という気がしてしまう。

 すぐ近くの海岸にはヌーディストビーチ。全員という訳ではなかったがまっぱに足だけサーフボードを括りつけるのは見てて面白い。4,5歳くらいの子がサーフィンしている。どんな風に見てるんだろう。


 コミューンに戻り昨日話したおばちゃんの家でコーヒーを飲む。

おばちゃん家はガスも水道もちゃんとある。

『ここには猫も犬もいないのよ、ワイルドライフ、素晴らしい。』

おばちゃんはここに3年住んでいる。似た様な価値観の人が集まり現在ここには百数十人が暮らしている。

年間いくらかみんなでお金を出し合ってコミュニティを維持しているらしい。

 こういう世界や思想が素晴らしいのはわかるが少し俺には理解できない所があった。


 旅をしていると遠からず『ヒッピー』という単語にブチあたる。

別に調べたり、それ程書籍を読み漁ったりしないので詳しい事情は知らんが俺の生まれる前にバンダナ、ジーパン、ヒッピーと呼ばれ旅して愛や平和を謡ったりするのが流行りだったみたいだ。(ホンマこの程度しか知らん)

 やがて5年10年、少し世代がずれ、流行に乗れなかった人が憧れを持つのはわかるが俺からすれば生まれる前の話である。

 例えば江戸時代に生まれ明治に大人になった人が侍に憧れる、これならギリわかる。ただ昭和生まれが侍に憧れちょんまげするのは時代錯誤というものだ。人里離れて『ラブ&ピース』と言われてもピンとこない。ちょうど、ラストサムライの謙さんの村の様な印象がある。


 それを30年前からずっと自分の理想を実現するのはすごいと思うが電気、水道、ガスも満足でない所(昨日俺の泊まった所だけだと思うが。)で『ワイルドライフ』というだけでは数ヶ月も俺はもたない。

 愛も平和も素晴らしいが、旅の道中『運悪かったら最悪死』というくらいの胆ならいつでも括れるが、恐ろしくて女はよーつくらん。ヒッチハイクの比じゃなく怖い。

ロクに女も出来んような狭量の男が愛だの平和だの唱えるのはどう考えても順番が違うと思うし、地球救う前にもっとやる事あるだろうとも思ってしまう。心配せんでも地球はオレらよかかなりタフだ。


 どんだけしんどくても折れはやっぱり旅が好きなのでそれが時代の流れと一致するならどんだけいい事かとは思う。根がひねくれてるのでもし流行だったら流行だったで自分がそれに乗ってたかと考えると怪しい。やっぱりその時代に生きた人だからわかる事であってそれが少し羨ましかった。そして自分のレンズを通してのヒッピーの時代の正体が朧げに見えた気がした。



 一つ気になった事があった。

この土地の人となりを見てどう考えてもミーハーな観光客は来そうにない。『歩き方』はもちろん『ロンリープラネット(英語のガイドブック。歩き方に比べてかなり詳しい)』にもまず載っていないだろう。

 ルーク(恐らく仮名)に聞いた。


 『どうやってここ知ったの?』

 『4,5年前この辺通った時車が壊れてな、助けてもらった人に連れて来てもらってん。』

おばちゃんにも聞いた。


 『友達の友達の友達の…』


 どうやらココはそういう場所らしい。

ひょっとしたらこんなん俺が実は日本に引きこもりながら書いたウソっぱちだって可能性もある。(それはそれでスゴいとは思う。)

 できれば次来た時には跡形もなくなっててほしい…。 

ずっと時間の止まった不思議なヒッピーの聖地。

 

 そんくらいナゾに包まれてた方がちょうどいい…。