2012-01-18 16:45:02 posted by nathalienonikki

懐かしい気候

テーマ:日記

BONJOUR!晴れ



乾燥した冬晴れが続いており、だんだん肌がパサパサになりますね。。。

困りますが、とても懐かしい気候ですニコニコ



子供の頃の通校を思い出します。

出身地のLYONでは、冬はずっと乾燥した寒さです。

雪がかならず降りますし、マイナス気温も珍しくないのです。

特に、私達の子共の頃には、現在よりもずっと寒かったのです。


朝は、温かいブーツや厚い靴下をはいたり、ダウンやハイネックのセタやお帽子や手袋を着たり、

そして、長いマフラを首の周りにぐるっと巻いたりしたまま学校へ向かっていました。

顔からは目しか見えなかったのです(=⌒▽⌒=)


フランスでは、小学校生や中学校生の頃には自宅からの一番近い学校を通うのは一般です。

そして、近所の同級生と一緒に、皆で学校へ向かうのもよくあるパターンです。


私は、弟と同じマンシオンに住んでいた従姉弟達と一緒に、毎日小学校に通いていました。

計6人で、二人毎に、道沿いに歩いていました男の子女の子

一番年上の二人は従姉と私でしたので、一人ずつちびっ子の手を持ちながら進んでいました。


学校までは、10分もかからなかったが、とても楽しく過ごしていました。

ちびっ子達は、朝から元気いっぱいで、ずっとはしたがたり、とび跳ねたりしていました。

しかし、すぐそぼには、車が通っていたので、かなり危なかったのです。



姉達の私達は親からちびっ子達を任せていた訳なので、とても責任感を感じて、ずっと注意していた

訳です。

学校に着いていた時には、まず、弟と末の従弟を保育園に預かってから、他の4人は隣の小学校へ行っていました。



保育園にちびっ子達を預けている時には、よく姉達を間違われていました。

つまり、どちらかと言いますと、従弟の方が実姉よりも私に似ていて、弟は私よりも従姉に似ていたからです音譜

まあ、同じ家族ですからね。。。



従姉とは7ヶ月違いますが同じ学年だったので、2年間、同じクラスでした。


体質もせっかくもぜんぜん違がった為、当時の先生はいつも、母に、私達のことを


”c'est le jour et la nuit!'(セ・ル・ジュール・エ・ラ・ヌイー、直訳すると、昼間と夜だ、つまり制反対の二人との意


味です)と言っていました。


確かに、その通りでしたね。




今でも、そうですね。

全く違う人生を送っています。


私は長年間勉強しましたが、彼女は高校を卒業し、早速、契約社員になり、20歳で長女を生みました。



今、彼女は相変わらず、未婚ですが、7人の子共達がいて、主婦をやっています。

なぜこんなに子供がいるかと言いますと、初めての5人は全員女の子で、彼女はどうしても男の子がほしくて、頑張った訳です!


結果、私の分まで産みましたね。。。かお2



一つだけの交通点が有ります。二人共、フランスを離れました。

私はアジアを選んだが、彼女はフランスのお島、グアデループに暮らしています。


住んでいる場所も制反対なので、彼女の長女以外は他のお子さんに会ったことがないのです。

そして、彼女とは20年以上会っていないと思います。


そろそろ会えたらいいなあ~と思いながら。。。



冬晴れの日は、いつもあの頃の楽しい時期を思い出している訳です。



BONNE FIN DE JOURNEE!


ペタしてね




nathalieの日記


コメント

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1 ■ça va ?

とっても良い話をありがとうございました。
凍りつくような寒い日に、心がほっこり温まりました。

何年か前までは子供たちだけで登下校できた、平和な時代だったんですね。

どんなに遠く離れていても、従姉妹の方とは心がつながっていると思いますよ。

2 ■リヨンは

温暖な(日本でいう四国みたいな)イメージでした(笑)ビックリ♪

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