2005年04月20日(水)

私的選手名鑑:下柳剛【阪神】

テーマ:私的選手名鑑

shimo


※下柳、3勝目記念。今のところタイガースでは彼が「勝ち頭」です。

身近にいる野球ファンに「阪神のピッチャーで、髭面の小汚い人ってだーれ?」と聞いてみてください。ほぼ間違いなく「ああ、下柳のこと?」という答えが返ってくるでしょう。(ほんまかいな)

私的選手名鑑へようこそ。本日は阪神タイガースの最年長投手、下柳剛投手をご紹介します。ようやく阪神の選手の登場です。(ようやく阪神の選手を紹介するわけですが、最初の選手がまさか彼だとは思いませんでした。)

上の質問をするとき、注意してください、「髭面の」が抜けると「井川」という答えになってしまう可能性があります。

下柳剛(しもやなぎ つよし)
通称:シモさん、シモ
1968年5月16日生まれ(今年37歳)
長崎県長崎市出身
瓊浦高→八幡大(中退)→新日鉄君津→ダイエーホークス(現ソフトバンク・91年ドラフト4位)→日本ハムファイターズ(96年・トレード)→阪神タイガース(03年・トレード)
左投げ左打ち
投手 先発(後述)
身長:184kg 体重:94kg(今年のオフの自主トレでかなり鍛えたらしく、下半身がますますたくましくなっています。90kg超、いいですね。)
背番号:42(ゆえに小町的には「死神」)

2004年成績(138試合、22試合に登板)
7勝5敗0S(セーブ:後述)
防御率(後述):5.12

「アイアンホーク」
ダイエー時代、中継ぎ(後述)中心だった彼は連日の登板もなんのその、そのタフさぶりから「アイアンホーク」と呼ばれていた。ホークス、だけに。
しかし、95年交通事故により登板機会が減少、ついに日本ハムにトレード移籍。日ハムでもその鉄腕ぶりは健在でその後先発投手に転向。
02年、成績不振に陥り、03年阪神タイガースにトレード移籍。その年、下柳の活躍もあって阪神タイガースは18年ぶりのリーグ優勝を実現する。久米宏に「日ハムにいたときの下柳なんてこんな(いい)ピッチャーじゃなかった」と言われる。これには星野元監督も苦笑い。

球界一の阪神ファン?
自ら現役のプロ野球選手でありながら、「中野猛虎会」(タレントのダンカン、松村邦洋らが参加する阪神タイガースを応援する会)に入っていたことがあるほどのトラキチらしい。オールスター出場時、タイガースのキャップをかぶってマウンドに行こうとして止められたエピソードを持つ。現在はそのタイガースのユニフォームを着ているが、あまり球団愛は感じられない。

犬命
無類の犬好き。ブラックのラブラドール・レトリバーのラガーくんと二人暮らし。そう、彼は独身なのだ。そのせいか、去年のバレンタインデーには球団一チョコレートが集まったそう。それはともかく独身でプロ野球選手をしながら犬の世話はかなりたいへん。日ハム時代は遠征するときなど、知人宅にラガーくんを預けていたそうだが、関西に移ってからは「単身赴任」状態が続いていた。
03年オフに取得したFA権を巡って阪神、横浜両球団と交渉した際、球団側からラガーくんへの待遇案が出されたほど。どうやら球団は下柳ではなく、ラガーくんが欲しかった模様(ウソ)。
チャリティを行い収益金を寄付したことで、日本聴導犬協会より感謝状が贈られたことがある。同協会のHPのトップに下柳.com(自分のサイト)のリンクが貼られている。

マウンドの格闘家
今となってはなぜ野球選手になったのか不思議なくらい格闘技好き。高田道場に通い格闘技トレーニングを取り入れている。けがをしたらどうするのかは、とりあえず考えない、のか。
03年オフには『PRIDEスペシャル男祭2003』で親友・桜庭和志のセコンドを務める。
マウンドでもその闘魂が活かされ(??)昨シーズンアテネ帰りの福留【中日】の左人差し指を“粉砕骨折”させる。その後、残りのシーズンを棒に振った福留の契約更改を巡ってのごたごたの根源になっていたとしたら、それはそれで輩なピッチャーである。

酒豪? へべれけ? 不法侵入?
04年オフ、沖縄で自主トレ中、民家の庭先に入ったラガーくんを追って行った下柳はその家の住民に不法侵入で訴えられる。両者の言い分が食い違い、さらに不正確な報道が相俟って泥沼化しつつあったが、その中で当時下柳は酔っていたという一文があった。ところが別のところで彼は相当な酒豪で、酔っぱらったのを見たことがないとの証言もある。これはいったい……。
あ、そうか。一緒に酒を飲む仲なら証言者もよっぱらっているので、下柳が酔っぱらっているのかいないのか、正確な判断ができないだけなのだ、きっと。いかにも酒癖が悪そう。←偏見。

合い言葉は「ノラリクラリ」
立ち上がりが異様に悪いピッチャー。3~4回くらいまでは失点があったり、毎回ランナーを背負ったり。そのくせ4回くらいから突然人が変わったようなピッチングになり、ぴしゃりと抑える…ことも。調子がよいのだか、悪いのだか分かりにくい。相手打者も今日はいける、と思ったら、ミスをしたわけでもないのに決定打が出ないので首を傾げる。「かわされるというか、気がついたら下柳さんのペースだった」(荒木【中日】談)。
降板後はベンチの前列に座ってメガホンで味方を激励する姿がよくTVに映されるが、どんな檄〈ヤジ〉を飛ばしているのかは不明。「川○出さんかい!」「岡○ひっこめえ!」??? (このあたりのお話は昨日4/19、川藤氏が解説の中で敬意をこめてお話されていました。)

本当はシャイ?
03年4月20日以来。何が? 実は下柳が最後にヒーローインタビューを受けたのがこの日である。それ以来、ご指名があっても決してお立ち台には上らず今日にいたる。シャイらしい……。甲子園球場の阪神ファンに気圧されるようだが、このあたりなど桧山選手の爪のあかでも煎じて飲むべきだろう。


アイロンプリント用紙を使って下柳をモチーフにしたトレーナーを作ってみました。洗濯を重ねるとはげたり色落ちしたりでみっともなくなってしまったので、今ではパジャマ代わりにしています。(冒頭の写真)
ここまでするということは、好きなのでしょうね、わたし。でも今イチ自覚がありません。こんな不思議な選手も始めてです。
阪神タイガース公式サイト
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2005年04月01日(金)

私的選手名鑑:川上憲伸【中日】

テーマ:私的選手名鑑
kenshin

開幕いきなり完封記念!

そろそろいいですか? 憲伸ですよ。はい、中日ドラゴンズの川上憲伸投手をご紹介します。もしかして私が今一番好きな選手かもしれません。ですが彼のこととなりますと脱線に継ぐ脱線が予想されますので、できるだけさらっとご紹介いたします。

(本当はもう少し寝かせておくつもりの記事でしたが、4月1日開幕初戦でいきなり完封勝ちした勢いでアップします! 『完封勝ち」とは相手チームの得点を"0"に抑えた勝ち方のことです。)





川上憲伸(かわかみ けんしん)

1975年6月22日生まれ(今年30歳)

徳島県徳島市出身

徳島商→明治大→中日ドラゴンズ(97年ドラフト1位)

右投げ右打ち

投手 昨年は当たり年で特に優れた投手に与えられる「沢村賞(後述)」を始めなんやかやで10冠に輝く。その他新人王(98)も。

身長:179cm 体重:90kg(90kg超、いいです。順調に成長してます。)

背番号:11



2004年成績(138試合、27試合に登板)

17勝7敗(最多勝)0S(セーブ:後述)

防御率(後述):3.32



憲伸と由伸

由伸(よしのぶ)とは読売ジャイアンツの高橋由伸選手のこと。二人は同い年で大学時代はそれぞれ明治大、慶應大で活躍する選手だった。ふたりはライバルと看做されたが、憲伸のいた明治大は慶應大を寄せ付けることはなかった。

プロ入りも同時の98年、新人王を争ったが由伸は憲伸を打てず結局その年14勝をあげた憲伸が受賞。だが、翌年から2004年まで憲伸もタイトルから見放されることに。



悲運の男

翌99年は8勝9敗と負け越し平凡な成績に終わった。そしてさらにその翌00年、巻き返しを図る大事な年だったのだが、開幕直前に原因不明の突発性難聴(急性感音性難聴)を煩ってしまう。



02年ようやく調子を取り戻した彼は8月1日の対巨人戦でノーヒットノーラン(1試合同一投手がヒットを一本も許さない試合。四死球、エラーはあってもよい)を達成。当時の詳しい様子はこちらのサイトで読めます。



03年、また悲劇に見舞われる。シーズンもこれからという5月、右肩に痛みを訴えて1軍登録抹消される。病名は「右肩関節唇損傷」。結局シーズンを棒に振って4勝3敗に終わる。



04年は出来過ぎのシーズンだったのかもしれない。チームもリーグ優勝を果たし、エースの仕事もきっちりとこなした。沢村賞を始め10冠に輝く大活躍。

だが、日本シリーズで一戦目に登板したものの、西武・和田に打たれた本塁打が決定打となって敗戦投手に。5戦目にふたたび登板したときは6回1/3までパーフェクトペースという好投で中日が3勝目を挙げた大事な試合の勝ち投手になった。



本人も言うように、彼は2年連続で活躍したことがない。昨シーズンよすぎたことを考えると今シーズンはあまり期待できないのかもしれないが、自分の体と相談して常にイケイケのピッチングをしなくなったと話す通り、焦らずマイペースの調整を心がければ昨年ほどではないにしろエースの仕事ができると信じたい。(※そして何度も言うように初戦完封!)



超強気 負けず嫌いの調子乗り

思わず七五調になってしまったが、さまざまな話を総合すると憲伸の性格は上の通りかと。一見温和でまじめな性格に見えるし、実際そう思われているけれど、ユニフォームを脱ぐと「けっこう三枚目ができ」て「マイク持ってバカできる楽しい男」(山本昌【中日】談)だとか。

しかし、一旦マウンドに上ると人が変わったように厳しい目つきに。昨年の日本シリーズ第5戦でもノーヒットに抑えていた6回までより、西武・細川にヒットを打たれてからの方が鬼気迫るものがあった。緊張の糸がいい具合に切れたのか、ガッツポーズも大きくなりマウンドの土も力強く蹴り飛ばす。あの迫力と美しさには息を飲んだ。



また02年、憲伸が登板した試合で味方のミスや打撃不振が多かった現状に「やっとれんですわ」とやや切れ気味に口にしたことがあった。自分に負けがつくのがいやだったのではなく、力投しているにもかかわらず味方が足を引っ張る形でチームに勝利をもたらすことができないのがいやだった。自分が負けてもチームが勝てばいい、とにかく負けたくない男なのだ。



我が愛する憲伸

一部で、頭髪が薄いことがネタにされていますが、トレイ・ムーア(元阪神→オリックス→米球界)投手のファンだったわたしにはそれがまったくもって理解できません。ふっさふっさに見えます! というのは言い過ぎですが、「ありすぎて井川【阪神】」もイヤだと思うのです。

憲伸のどこが好きといって、あの「どっ尻」ぶりですね。いかにも重たそうな、存在感のあるオシリには思わず視線が釘付けに……あっと、脱線警報です。

あとほのかに阿波訛りがあるところでしょうか。訛りのある男性に弱いもので…。



絵が得意らしいです。



さらっといきました?



中日ドラゴンズ公式サイト←落合監督が苦手でなければどうぞ。




追記:憲伸情報を広く求めます。コメント・TB欄をご利用ください。ただし、プライバシーに触れるようなものはご遠慮ください。見つけ次第削除させていただきます。
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2005年03月23日(水)

私的選手名鑑:中島裕之選手【西武】を紹介します

テーマ:私的選手名鑑
私的選手名鑑へようこそ。本日は地元(兵庫県伊丹市)出身の選手ということで、西武ライオンズの中島裕之選手を紹介します。

中島裕之(なかじまひろゆき)
通称:なかじ(と呼ばれているらしい)
1982年7月31日生まれ(今年23歳)
兵庫県伊丹市出身
伊丹北高校→西武ライオンズ(00年ドラフト5位)
右投げ右打ち
内野手 昨年は遊撃手としてレギュラーに定着
身長:180cm 体重:77kg
背番号:3

2004年成績(133試合)
打率:.287(2割8分7厘)
本塁打:27本
打点:90点

小学生時代
小学3年の頃から地元の軟式野球チームに所属。当時のポジションは投手。6年のとき、県大会で優勝して全国大会に進出する。その頃バッテリー(投手&捕手のコンビ)を組んでいたのが、現在ソフトバンクホークスの山崎勝己捕手。

中学生時代
硬式野球チーム「宝塚シニア」に入団。「宝塚シニア」といえば、阪神タイガースの今岡誠選手も所属したことがある。

高校生時代
県立伊丹北高校で野球部に所属。外野手兼投手として通算43本塁打を放つ。3年春は北阪神地区優勝で県大会に進出したが、初戦で仁川学院に破れる。同年夏、県大会4回戦で姫路工にやぶれて甲子園への道が断たれる。同じ伊丹北高校出身の選手に、昨年限りでユニフォームを脱いだダイエー(現ソフトバンク)ホークスの田中総司投手がいる。

ドラフト5位で西武に指名
甲子園経験はないものの、見ている人は見ていたようで西武ライオンズのスカウトの目にとまり、熱心に誘いを受ける。00年ドラフト5位で指名され、めでたく入団、現在に至る。

内野手としてプロ入りし、初年度の2001年は2軍スタートで翌02年10月6日公式戦初出場。しかし、爆発的に活躍したのは04年。メジャー移籍した松井稼頭央の後を継ぐ形でショートのポジションを得た彼は、パ・リーグの規定試合数133試合(ストライキ中の2試合を除く)フルイニング出場したたった一人の選手に。加えてプレーオフ8試合、日本シリーズ7試合にもフル出場して、日本で最も多いイニングに出場した選手ということになった。その他オールスター戦や日米戦にも出場。

その裏には伊東ライオンズの「ミスをしても使い続けて育てる」方針があった。事実、04年の失策(エラー)数はリーグ3位の17個。しかもむずかしいショートというポジションで使い続けるには勇気がいったはず。だが、土井正博ヘッドコーチが「必ず監督に恩返しをする時が来ます。だから、それまでは我慢して使ってやってください」と頼み込んでいたこともあって、堂々と全試合フルイニング出場を果たした。

※土井ヘッドコーチは松井稼選手をスイッチヒッターに転向させた人物。御年62歳で、ライオンズベンチの白髪頭の「おじいちゃん」といえば、思い出す人もいるはず。

ポスト松井稼頭央の看板に、かつては清原がつけていた背番号「3」。彼が凡庸な選手ならば押しつぶされてしまいそうな重責に「プレッシャー? 全然平気」と言ってしまうあたり、将来大物選手になる予感がする。
高くバットを掲げ右肘を張り出し、左足を大きく上げる豪快なバッティングフォームも、若干23歳の大柄とは言えない彼が見せると一種のミスマッチを感じてしまう人も多いのでは。だが、それが違和感なく受け入れられるようになったときこそが、中島選手が真に一流選手になった証しと言えよう。

今年の目標はもちろん「1軍定着」。今年は昨年のような特別待遇はないのだから、正味実力で勝ち取っていかねばならない。打撃は言うに及ばず、守備にも厳しい目が向けられる。昨年以上に正念場になりそうだ。

ちなみに、昨年7月に脳挫傷で無くなった作家の中島らもの本名は「中島裕之」で、こちらは「なかじまゆうし」と読むそうです。出身も伊丹市の隣の尼崎市と近く、通称「らも」って誰か呼ばないかなと思っていたのですが、「なかじ」が定着したみたいですね。

ルックスは男前とはいかないまでも、かわいさが残る風貌で婦女子に人気があります。ここ重要、ですね。

冒頭の画像提供:青葉和さま
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2005年02月27日(日)

私的選手名鑑:佐伯貴弘【横浜】

テーマ:私的選手名鑑
sa_ecky

私は阪神ファンです。ですが、横浜ベイスターズの佐伯貴弘選手のファンでもあります。そこで佐伯選手をここに紹介します。なるべく用語に説明をつけますが、もっと詳しい説明は後日追加します。



佐伯貴弘(さえきたかひろ)

通称:ハマの男前(ベイスターズの選手は愛称の頭に「ハマの」と付くことが多い)

1970年4月18日生まれ(今年35歳)

大阪市東成区出身

尽誠学園高校→大阪商業大学→横浜ベイスターズ(92年ドラフト2位)

 ※高校ではあの伊良部投手の後輩で、ルームメイトだったそうです。

左打ち左投げ

内野手ですが、外野守備もこなします。



彼の野球人生は語り継がれるべき伝説の宝庫です。



大商大時代

 通算12本塁打(ホームラン)で当時関西六大学リーグの本塁打記録

 三冠王(本塁打王、首位打者、打点王)2度



横浜入団

 92年ドラフト2位で横浜入団。だが彼は本当は阪神に入団したかったと周囲に漏らしていたそうです。ですが、入団を希望する球団はと聞かれて「どこでもいい」と、本心を明かすことはありませんでした。

 その入団会見のあと、事件は起こります。記者会見に姿を見せたお母様がおもむろに「うちの息子は女の子を見ると股間をふくらませてしまう若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします」と発言してしまいます。佐伯の心中はいかに……。ですが、小学校2年生のとき父親を亡くして以来女手ひとつで佐伯を育て上げたお母様を誰よりも大切にしている男・佐伯でありました。(「女の子のため…」ですが、どうしても紹介しておきたかったエピソードだったもので。すみません。)



 97年オフ、契約更改で佐伯は球団の提示した金額を保留します。これはよくあることですが、そのときの佐伯の発言が「標準語を話す人とは話がでけん。大阪弁を話す人を用意しろ」というもの。早速球団は大阪出身の交渉人を連れてきて「これでどないや」「サインします」の運びとなりました。後に「球団もプロでした」と懐古。



 2001年、彼の愛車からタイヤ4本が盗まれるという事件が発生しました。タイヤのなくなった車を見た佐伯は「(バック・トゥ・ザ・フューチャーの)デロリアンかと思った」と、その傍で記念写真を撮影したとか。



 2004年11月11日、日米野球に出場。日本チームで唯一、しかもK.ロッド(奪三振王のロドリゲス)からホームランを打ってしまうという快挙を達成します。しかし、それまでこの大会で無安打が続いており、直前には外野守備時、打球を後逸していていかにも微妙なタイミングだったせいか、「やってもた……」という顔で走っていたのが印象的でした。インタビューはほとんど逃げ腰で「もうええやん」と言いたげでした。



 2004年オフ、FA(フリーエイジェント)権を取得していた佐伯は残留の条件として横浜スタジアム入場料の値下げを提示。しかし球団側は「お前の野球人生だから好きなようにしてくれていい」と、積極的に引き止めなかったと、涙ながらに佐伯は訴えました。結局、牛島新監督の引き止めがあってFA権を行使することなく、無事残留が決まりました。(私は阪神入団のチャンス!と思って密かに期待していたのですが)



なんだかネタ的な話ばかりになってしまいましたが、この選手紹介を読んで佐伯に興味を持たれた方がいらっしゃったら、今シーズンは是非「横浜ベイスターズ」を応援してあげてください。
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