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2014-05-20 13:23:26

「ビジネスの着地」を改めて考えた

テーマ:社長業
昨日ビジネスの大先輩である方との始めての2人だけでの会食でした。
前半は一緒に行ったプロジェクトの話やこれからの展開などを楽しく会話していたのですが
やはりそこは大先輩。現在の日本のビジネスを憂う声や企業のあり方へと話がシフトしていったのです。

そんな最中、
「始めたビジネスを着地まで持っていける人と仕事したい」
という言葉がありこれは私の中でも非常に腹落ちするものだったので早速久々のブログ投稿と
あいなりました(笑)

その他にも
「結局は最後に残った2ミリ位の部分をぐっと押し込める人が少ない」
であったり
「ITは見栄えとか、つかみは抜群なんだけど・・」
という厳しい言葉もありました。

仕事とは当然の事ながら「成果」を求められるものではあるんですが
しっかりと最後までやり抜く人と、やはり途中で投げ出してしまう人とで
分かれてしまう岐路でもあると思います。
また反対に、
期待していない「成果」が出るのも仕事の厳しいところではあると思いますが、
昨日の話の中ではそうした中でもしっかりと決着をつける所までが仕事だという事を
改めて考えた1日となりました。
※これって当然だよと思われると思いますが、案外難しいんです。。笑

最近ではどこを「ビジネスの着地」として仕事を進めるかで出る結果が変わるため
うちのビジネスやスタッフにおいてこのマインドをどう伝えるか、
そんな事を考えている最中にこういったお話がもらえるというのは幸せな環境だなと改めて思いました。

今、クラウド向けの新たなビジネス立ち上げに向けて始動していますが
しっかりとお客様を見た着地を捉えてやり抜きたいと思います!
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2011-07-13 21:03:23

創業記 最終回(発進の時)

テーマ:ブログ
早いもので最終回を迎えました。ここまでお付き合い頂きました皆様、
ありがとうございます。

さて、決心が固まり企業に向けての準備を着々と進めていくのですが、
オフィスの場所、PC準備、登記準備、資本金準備、自分たちの給与
など諸々これまで会社勤めしてきた時には考えていなかった事を
ひとつづつ、そして抜けがないように万端の準備をと思い進めていきます。
(結局それでも全く足りないことを後々痛感するのですが・・)

前にも少し触れたんですがこれでも学生時代から起業は意識してましたし、
ビジネス書などは一通り読んで知識をつけていたつもりだったのですが、
実践となるとやはり違うなーという印象を持ったことを覚えています。

定款も書かないといけないし、もう社名にもなってくるとそれだけで
大騒ぎですにひひ
IT企業なのでドメインが空いているかも非常に重要ですし、当時は
結構e-****の様にeをつける社名が流行ってました。

まず有限会社(今はもう無くなった法人格ですが)として最低資本である
300万でスタートすることは決まってました。
そして各自の当時の給与を計算すると足りない・・、そうです、圧倒的に
資本が足りないことに気づきます。
オフィスは僕の自宅を兼任することにしました。そして給与はというと
最低金額をそれぞれで話し合い、5万円からスタートする事になりました。

よく経営者はせっかちだとか、結果をすぐ求める等と言われるのですが、
これは必然だと思います。
なぜなら自身で出資したお金がみるみる底をついていくのがわかるから
です。これで焦らない人もなかなかいないのでは無いかなと。
そして
「一日も早くお客さんを見つけて売上を上げないと」
と倒産という終わりを迎えたくないと腹をくくるのです。

社名はネセサリーとしました。訳すと”必要とされる”という意味に
なるのですが、これでも決めるのには数日を要しました。

そうするうちに徐々になぜか気持ちが前向きになっていく自分が
いたのですが、だんだんワクワクしてくる感覚でいよいよだなと
感じるようになってくるのです。周りからは大反対の中だったため
不安もあったわけですが、その気持を上回り楽しくなってくるのです。

そしていよいよ最後に残されていたのが、ビジネスモデルです。
どの様にお客さんを見つけ、売上を立てていくのか。

コネ無し、人脈無しで始めることを覚悟してましたので、
とにかくここは必死に決めなければいけないと思い、試行錯誤を
繰り返しました。
元々候補として上がっていた介護施設をターゲットにしたシステム
開発を考えてみました。
どの様な機能をつけていくのか、システムのメンテナンスはどうするのか
などです。当時インターネットはダイヤルアップが主流で遠隔での
サポートという選択肢はなかったため、現地での対応が必須となるわけ
ですが、そうなると幅も狭く、インターネットならではのビジネスには
ならないと判断し、早々に諦めました。
何よりも売上がつくイメージが持てなかったのが大きな要因です。

そして次に目をつけたのは人のマッチング、いわゆる出会い系のサイト
ですが、ExciteやYahooといった大手も出会い系を展開しており
ユーザーが相当ついて盛り上がっていました。
安易ではあるのですが、ここには需要があると考え、起業1発目の
仕事として出会いサイトの運営にすることを決め、システム開発に
着手していったのです。

アキバへ行き、サーバとなるPCを選び、そして自身のPCはあったので
ノートPCを1台だけ作業用に購入しました。あとはシステム開発の為に
技術書を4,5冊買って帰ったと思います。
これだけでも資本として準備したお金が減っていくので、
プレッシャーを感じながら買い物をする体験を初めてしました。

そして会社が休みの日などは起業準備としてシステム開発を継続したり
売上を作るためにアフィリエイトの仕組みを覚えたりという事をしていき、
退職が近づく12月頃に職場の上司へ退職の意志を伝えに行きました。

当時のその上司というのはスーパーエンジニアと呼ぶにふさわしい様な
僕からみると本当に化物のような人でした。同じフロアにいると
キーボードを叩く音が永遠に聞こえてくるだけで、普段はあまり会話がないタイプの人であったため、緊張したおもむきで話し始めました。

これまでお世話になった事や、突然の決断で迷惑をかける事、
自身のこれからの方向性について一通り伝えました。
またこれまでの様に反対を受けるであろうと覚悟していたのですが、
返ってきた言葉はあまりにも意外なもので、
「そこまで考えてるんだったらしょうがないよね」
「ところで何の会社やるの?」
といった感じで、親身に相談に乗っていただいたのです。
起業後もいろいろと相談に乗って頂く事にはなるのですが、
やはり共に戦ってきた職場の仲間というのは本当に絆が強いんだなと
当時の経験を振り返りそう感じる事は良くあります。

そしていよいよ4月を迎え、意気揚々と今度は社会へ一つの企業として
勝負を挑んでいくのです。僕はCTOとして。(あれ、代表者じゃない??)

最後なので多少長くなってしまったのですが、このような形で
会社を興しました。もちろん起業した後も様々な出会いや経験を
していくのですが、そちらについてはまた機会があればこちらの
ブログででも書いていければと思います。

なぜ起業したんですか?と聞かれれば、
「ずっと起業すると決めていたから」
という事に尽きます。

※あとがき 創業記を書き終えてに続く。
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2011-07-02 13:33:16

創業記 その9(起業への決心)

テーマ:ブログ
新しい環境で半年ほどが経ち社内での自分のポジションやスタイルを
確立しつつあった夏を迎え、いよいよ佳境に迫っていきます。

きっかけは本当に些細なものでした。今も当社の役員として共に
やっている西野から会社の立ち上げを誘われたのです。
神保町駅近くの白山通り沿いにあった三菱銀行のATM前あたりだったと
記憶していますが、その日何となしに飯に誘われ終わったあとに
道端に座りながら1時間ほど話していました。
彼とは学生時代からの友人でお互いの休みの日にたまに会い、
飲みながら仕事の話を語り合うような間柄でした。
学生時代はいわゆるグループも分かれており、知っている方はご存知だと
思いますがタイプも違う人間です。

当時の時代背景として少子高齢化が新聞などで取り上げられており、
この先介護需要が大幅に伸びる事や国からの支援もあり多くの企業が
参入していたため、それらの介護施設向けにPCやシステムを導入していく
といったプランを考えているといった内容でした。
つまりIT業界にいた事で白羽の矢が立ったのですが、
彼は財務畑の出身という事もあり資金計画など含め現実的な話として
受け止め、その場で即OKという形で返答したのです。
前のブログで書いたとおり今までも何度かこの様な機会はあったのですが、
会社を作れるというイメージは一番強く持つことが出来たことを覚えて
います。

ただし心境として今の仕事が順調に進んでいる点や介護向けのビジネス
プランに対して迷いが残りそこから葛藤の日々が始まりました。

半年間ほど計画や準備を進め、4月には起業という計画ではあったので
考える時間は十分にありました。もちろん本当に起業するかを含めです。

まず始めに行ったことは相談です。

考えていたビジネスプランの反応、会社をやっていくにあたって必要
な知識などを親兄弟含め、信用できる人数名に聞いて回りました。
起業の相談を身内など周りの人間にしたことがある人は経験があると
思うのですが、大抵の人から猛反対をされます。
「もう少し今の仕事を続けてから」
「生活はどうしていくのか」
「パートナーには問題が無いのか」
など大きくはこの辺りですが、様々な角度で反対されると思います。

当時面白かったのはたまに賛成意見を言ってくれる人がいた為、
その事を反対派へ伝えると
「あまりお前のことを本気で心配してないからだよ」
といった様なことも言われました。
確かに言われる事は一理あるかもと感じたりリスクを並べられる為に
思い直したほうが良いのかなどと葛藤をとにかく繰り返していました。
統計としても倒産社数が多いですし、倒産=死といったイメージも
多くあるためだとは思います。(決してそんな事もないんですけどね)

様々な人の意見を聞くことができたので、ここからはいよいよ自問自答
として自身との戦いが始まるのですが、自分自身の性格も手伝って
マイナスを並べられ思考がそちらに圧倒されそうになると大きな反動が
生まれ突然開き直るのです。
(ただのアマノジャクともとれますが。。)

「よしそこまで反対するならやってやろうじゃないか」と。

22歳の冬でした。失敗を恐れること無く思い切りやってやろうと
決心しました。
誰に何かを言われたわけではなく、最後は自身で腹をくくりました。
今でもこれはすごく重要な事だったと思います。

気の迷いが無くなったため、そこからは準備作業が加速していきました。
そしてまず始めたことは・・

※つづく
 (次回いよいよ最終回の予定ですので、もうしばらくお付き合い下さい!)
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2011-06-27 15:16:51

創業記 その8

テーマ:ブログ
社長に言われた言葉はあまりにもあっけないものでした。
「うん、大丈夫だと思うよ。」
お?と思ったのもつかの間。
「今のまま働いてれば300万は行くでしょう。年収。」
あ。。。。。(いやー、年収じゃなくて・・・)
と聞きなおす気持ちにもならずそこで決心しました。

自分の中ではもっと成長したいという意欲がある一方で、
天井を決められてしまったたような思いが強く
翌日に退社の意思を告げ、次の職探しを始めました。

まずはインターネットを中心に事業を展開しているところ、
そしてWebプログラミングの知識は乏しかったので
OSやネットワークの知識を活かせるネットワークエンジニアで探しました。

その時に見つけたのが前職であるフレックス・ファームという会社でした。
住友三角ビルの39階に入っており当時から携帯のクロスキャリア向けに
コンテンツを変換するエンジンを製造、開発しており京都にもラボを
持っている点などに魅力を感じ面接を受け就職しました。

この時の転職時に給与は前職の給与が低かったということもあり
60%増程度になっていました。

多くの人と同じようにこの時の僕も働くモチベーションの多くを
将来の大きなサラリーに求めて動いていたのでこの昇額は大きな
モチベーションにつながりました。

そして自分が思っていたよりもその新しい世界は刺激的でした。

野心というか向上心というかはとにかく今でいうモチベーションの
高い人の集まりで、金銭に貪欲な人は一攫千金を狙い、IPOを見据えて
ストックオプションを勧めてきたり、朝出社すると歯磨きをしながら
現れいかにも会社に寝泊まりしていた様な人がゴロゴロといたのです。
しかも性別問わず。女性であっても徹夜作業をしてというのが
当たり前のようになっていました。

とにかく自社内にもサーバーラック40台ほどの専用スペースがあり、
その中でSunのバカでかいサーバーが何台も動いている様な環境で
正直あまりの環境の違いに驚きつつもここで得るものは大きいと
実感しました。

何よりもこういったモチベーションの高い人に囲まれていたので、
いつ出社しても会社には誰かいてそこでのコミュニケーションを
取ったりという事もすごい楽しかったところです。
※何せ先にも書いていますが週100時間勤務という人がざらでしたので。。


ここに入ってからの最初の仕事としてはCTIシステムという電話の
自動音声をコントロールするサーバの保守でした。
このシステム保守を4名のチームで24時間体制を作り交代で
勤務するといった内容です。
まれにシステムがフリーズする事があるため、サービスを止めないように
障害対応を行うという事をしていました。

最初は週3日という変則シフトで勤務していたのですが、
慣れてくると前職と変わらず休みの日も出社したり
勤務中の空いている時間を利用してスキルを上げるための
勉強をしていたりしました。

この時に勉強していたのが、後にサーバOSとして主流となる
LinuxOSであったり会社ではjava言語を中心に開発を行っていたので
勉強会に加わったりしてWEBシステムの知識をつけていくという
事をしていました。


徐々に勉強会や独学などでWEBシステムの知識が付いてきたので、
社内システムのリプレースを任されたりということをしていき、
開発チームへの転籍という話ももらうようになっていきました。
ここでは前職で覚えたsqlの知識が活かされていたと思います。

ベンチャーらしく3ヶ月に一度の昇級制度があり、
上司評価をもって社内でのランキング形式により昇級額を決めるやり方
になっていたため、他部署であっても競争意識をもって仕事を
していました。
※100人いる中で最優秀賞の人が最高額のような形です

全てが充実していましたし、このままキャリアを積み、
ゆくゆくはディレクターになろうと意欲を燃やしていたのです。

他にも社内で名前が売れてきたせいか、中途採用の際のサンプルとして
インタビューされたりといったことをしていました。

あっという間の半年が過ぎ、8ヶ月目を過ぎようとした時に、
いよいよ運命の時を迎えるのです。

※つづく
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2011-06-20 21:17:58

創業記 その7

テーマ:ブログ
では話を戻してこの業界に飛び込んだ頃の話しの続きを。

とにかく忙しくはしていました。
当時はホームページ全盛の頃で雑誌などでは必ず新しいサイトを紹介する
記事が載せられそのURLを見るという流れです。
当時からすでに今のITの中心となっていくベンチャー企業はいくつもの
媒体に取り上げられその会社の成長が手にとってわかるような時代でした。

僕自身もいつかは自分の考えたサービスを世に出すんだという思いで
日々2,3年後をターゲットにどの様なサービスを展開すべきか、受け入れ
られるのかという事を考えていました。
まだiモードも始まり出した頃の時代です。

この時に少し立ち止まって考えていたら違った方向性が
あったのかもしれませんが、当時は業務アプリを作り続ける日々を
送っていました。休みの日に見よう見まねで個人のHPを立ち上げたりと
いう事もしていましたが、覚えたばかりの知識を友人に説明して感心され
てというレベルのものでした。

そんな矢先に一つのあるきっかけがありました。
そうです、職場での上司との衝突です。(ありがちですいません。。)
上司と言っても明確な役職や編成があったわけでもないので、先輩という
表現が正しいのかもしれませんが、業界にすでに7年ほどいるキャリアの
持ち主です。入社して直ぐの頃にはやはり宇宙語を話しされているような
印象でエンジニアはすごいんだなーと感心していたのですが、自分の業務
範囲が広がっていくに連れ、同じプロジェクトを共に進めるような形に
なっていきました。

作成していた業務アプリというのは画面ごとにマスタ登録や
サブ機能、帳票出力といった構成で作っていくのですが1つの画面を
作成するのにおおよそ3日間という目安を持って進めていました。

週末に差し掛かり修正が必要なバグが見つかり、自身では解決できずに
ハマってしまったために、その先輩が対応する事となりました。
週末の休みを奪ってしまう形となってしまい、申し訳ないなと思いながら
も対応を依頼し、そのまま日曜日を迎えました。
当時はメールでのやり取りも今ほど発達はしていなかったので、
日曜までに電話が来ないことに不安を覚え、出社してみましたが
特にメモ書きなども無く無人の状態であったため、そこから翌日の
朝までかけてバグの修正に取り掛かりました。
なんとか修正は間に合い事無きを得たのですが、
実はその先輩もすでに修正を終えていたと言うのです。。。

これには流石に会社からもコミュニケーションをしっかり取れと先輩と
共に並べられ言われたのですが、「この朝までの半日を返せよ!」という
気持ちになったのは言うまでもありません。

最初はそういったささいなことがきっかけだったのですが、
自分の中では徐々に不信感が強まってしまい、いつしか自分と重ね合わせ
このままでは7年後に自分もこうなってしまうのではないかと不安を
感じるようになってしまいました。
また、職場ではメール禁止などというルールもあり、この様な古い
体質ではこの業界では置いて行かれてしまうんじゃないかという思いも
ありました。

今になって振り返ると僕自身の反省点も多いのですが、当時から気が
短くせっかちな部分があり(決して怒りっぽいという事ではないです(笑 
とげとげし始めたことを察知した社長が自宅まで面談に来たのです。

家の近所のファミレスでご飯を食べながらということで話をしたのですが、
不満を聞いてもらえるものの僕自身は「先輩とどちらを取るんだ」位の
気持ちで臨んでいたために、釈然としない部分があり、ついに決定的な
質問である収入について聞いてみました。
「このまま勤めて月収300万稼げるようになりますか?」
と。(本当にアホウですいません。。)
そして帰ってきた答えは、、

※つづく
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2011-06-15 21:59:33

ソーシャルアプリもカバーしたアプリ監視サービス(APM)をリリースします!

テーマ:社長業
以前にこちらの記事でも書いたのですが、
APMと言われる従来型の監視よりも踏み込んだ形での
手法が求められるようになってきています。

エコシステムが当然のように言われるようになってきている中で、
ローンチされるサービスもほとんどが外部サービスとのAPI連携であったり
ECなどのクレジット決済であれば外部サービスのモジュールを呼び出していたりなど
稼動しているサーバは正常であってもユーザがサイトの機能を使用している際に
「買い物が出来ない」
「リストが正しく表示されない」
といった事象が発生することがあると思います。
⇛しかも気づかないうちに。。


そこをカバーする仕組みとして通常のユーザがブラウザやスマートフォンを
使ってサイトを使っているのと同様の動作をツールで実現し、
チェックするといったものです。

$24/7の仕事が好きな社長ブログ @nariken-stm


今回提供のサービスの特徴は、
・エラー発生時に画面キャプチャ取得
・シナリオ内の遷移したページごとのレスポンスチェック
が挙げられます。

このサービスをサイト運営者やシステム開発会社が利用することで、
予期せぬリリース時のエラーや先述の外部サービス停止といった
エラーを検知し、送られてくる画面キャプチャを見ることで状況を
把握し、修正することが可能となります。

ここまで具体的にサイト遷移をチェックしているサービスも無いと思うので、
一考の価値ありだと思います。(手前ミソですいません。。)

さらに!
この作成したスクリプトをそのままJmeterを使用した負荷テストが
可能となります。
⇛重複ログイン制御などは解消する必要がありますが

サービス名は社内で公募しSTM(Screen Transition Monitoring)に
決まりました。

機能面はほぼクリアできているのであとは営業体制を
構築していざリリースとなります。

6/30開始です!!


価格も1シナリオで6,000円と安価なのでぜひご検討ください!
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2011-06-11 14:24:17

創業記 その6

テーマ:ブログ
その後自分の中では決定的なことがあり、起業する前に務めたフレックス
ファームという会社へと移っていくのですが、そこからは一気に起業する
流れとなるので先に、
「そもそもなぜ起業するという考えに至ったのか」
というバックヤードを書いておきたいと思います。

小学生の時に思っていた将来の夢は
「宇宙飛行士」   ← 小学生の時に息を1分以上止められず断念
「代議士・弁護士」 ← 興味が無くなっていき断念
という割と一般的なものでしたが、
独立心そのものは14歳の頃に持っていました。

まずは家や親からの独立、そして社会に出てからもいずれは独立し
自分で会社を興すと16歳の頃には考えていました。

出身は東京の江戸川区というところで、5人兄弟の末っ子として
生まれたときには父は自動車解体業の会社をやっており、母は
自宅を美容院として運営していました。
$24/7の仕事が好きな社長ブログ @nariken-車

家には父の会社の従業員がいつもいて、家族同然の付き合いをしていたと
いうこともあり、常に家族以外の大人に囲まれた生活というのが
当たり前になっていました。
兄弟の中で5番目ということもあり、上の姉や兄は良く父や母に
怒られていることを目にしていたのですが、運良く僕まではそれが
届かなかったり、上の兄弟が代わりに怒られたりという環境だったので
何をやるにしても自由には育てられていたと思います。

ただし何をするにしても5分の1、もしくは他の兄弟よりも
質量が減った状態で与えられるため、そこには不満を持っていました。

こういった環境から、
「早く一人で自由にできる環境が欲しい」
と思い始めたんだと思います。

中学生にもなると父の仕事の手伝いを始め、
部活が終わってから21時まで働き、月5万程度の給与(小遣い!?)を
もらっていました。
その為、まわりの友達よりは羽振りがよく、おごらされていたことを
覚えています。
余談ですが夏休みや冬休みになるとほとんどずっと働くため、
さらに稼いでいたので高校進学と共に一人暮らしをすると決めて
いたんですが、親に預けていた事があだとなり、実現はしませんでした。

また、1つ上に兄がいた影響もあり当時から年上の先輩や、大人と付き
合う機会が多く、同年代の友人は数限られていたため、結構ませた
考え方を持っていたと思います。
(僕の老け顔のルーツはそこからきてるのかもしれません。。(笑 )

いわば、
幼い頃から経営者の父を見て、中学生の頃には給与を稼ぎ、
将来の独立へ向けアンテナを張っていた状態が7年間ほどあった訳です。

実際に会社を起こす以前にも、
「飲食店」や「運転代行」の会社を一緒にやらないかと言われたことが
10代の頃にはありました。(実現はしませんでしたが。)

今、なぜ会社をやっているのかと聞かれれば、
「新しい常識を作りたいから」
となるのですが、起業前の想いはこの様な漠然としたものでした。
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2011-06-04 17:26:27

創業記 その5

テーマ:ブログ
まず就職活動から始めました。大学は途中でやめてしまっており、
人脈・コネも特に無かった為、自身一人での活動開始です。

$24/7の仕事が好きな社長ブログ @nariken-b-ing

当時の募集媒体はWEBではなく、DODAやビーイングといった雑誌が
主流だったのでそれらを買い集めひたすらチェックしていきます。
募集職種としてはPG/SEといった開発系が多く載っており、
その中で業界未経験OKといった所をピックアップし、いざ面接と
いった流れです。

面接での質問内容は、
「どの様な学習をしているのか」「これまでに制作したものは」
というものから、
「将来の方向性」「なぜうちの会社なのか」
といった内容でした。

数社、不採用を受けた際に専門学校へ行って資格や経験を積んでから
という選択肢で悩みもしましたが10社は受けると決め、面接を
繰り返し行なっていたところ、業務系のアプリやクライアントHPを
制作受注していた会社に就職が決まりました。

入社後、最初の3ヶ月は研修期間ということでプログラムの基礎や
ビジネスマナーを学びつつ、OJTとして打ち合わせに同行したり
といった事をしていました。
ただし10名未満の小規模な会社であったので、研修期間にも
実際に覚えたばかりのプログラム知識を使い、販売管理システムを
作ってはチェックを受けという事を行っていました。

元々研修というのは勉強という意識が強く、早く業務を通して経験を
積んでいきたいという思いだったので、肌に合っていたんだと思います。
また、土日を使って知り合いの会社へ行き、在庫管理や派遣社員の
管理システムを売り込み、自身のプロジェクトとして提案するという
事をしていました。
当時はやはり覚えながら業務をこなしてという日々だったので、
平日は15時間程度働きながら、土日に勉強や自分のプロジェクトの
進捗状況を説明しに行くといったことをしていました。

これまでもアルバイトなどは学生時代からいろいろ行ってきて
いたのですが、これほどはまり込んだ仕事は無かったと思います。

他にも新しくサーバを入れ替えるという際には木更津のクライアント
本社へNTサーバOSをインストールしに行ったりといったことを
行いながらも社内で徐々に信頼を勝ちとり、ポジションを作って
行くことが出来てきました。

こうなってくると、新しくHPを立ち上げる際の意見を求められたり、
自身のプロジェクトも納品に至っていた為、次の営業を期待されたり
と周りの環境が変わってきました。
※ちなみに当時の給与は月給20万以下でした。。

この頃すでに1年ほど経過していましたが、また自分の頭の中では
自問自答が始まっていたのです。

「このままでいいのか?」と。

※つづく

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2011-06-03 20:46:03

リアルタイムでステートフル!!(html5)

テーマ:インフラ・エンジニア
先日のIVSでのLaunchPadで1位となった
enchant.jsのスライドでも紹介されてましたが、
html5対応が広く取り上げられるようになってきましたので、
html5とサーバサイドについて調べてみました。

改めて関心を持って調べてみると、
HTML5ってすごい!
という事でした。
これは早く対応進めなければとあせりながらも、
その実現できる内容を調べていくうちに、ワクワクしてきましたので、
皆さんとも共有しておきたいと思います。

html5自体は様々なサイトで説明されていますので、
その中でもサーバサイドに特化してピックアップしていきます。

特にインパクトが強いのが、
node.jsを使ったwebsocketの技術で
なんとステートフルなんですよ!!

ということは、
・セッション管理を意識することがなくなる(はず)
・リアルタイムWEBとサーバサイドからのpushが可能
・サイト閲覧の高速化、不要なセッションが減りサーバの省力化
・マルチスレッド+アクティブユーザ数をサーバサイドでリアルタイムに
 把握することが可能。
などが考えられます。

※元ネタはこちらなので、ぜひこの記事を一読してもらうとすごさが伝わってくると思います!

その為、ゲームプラットフォームとも相性がいいのも納得です。
これは本当に画期的ですよね。

正直これまではFlashの代替程度にしか捉えていなくて、しっかり
調べていなかったので、猛省してます。。


すでに海外ではnode.js用のクラウドサービスが始まってます。
Pusher

ファイルアップロードもステートフルなのでそのメリットを活かし、
この様なサービスも開始されている。
Transloadit

また、
AWS環境を使ったwebsocketサーバ構築を10分で
などもあります。

今後対応するブラウザやクリアしなければいけない課題も多いのですが、
ぜひhtml5を活用したサイトが増えていくことを期待したいと思います。
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2011-06-02 19:46:58

ITインフラ保守に求められるもの

テーマ:ブログ
改めて今求められる運用保守とは
何なのかというテーマについて考えてみました。
※最近大規模な障害も多いですし。

いくつかあるので、何回かに分けて書きたいと思ってますが、まずは

「標準化」

です。

大規模・小規模、新しい言語やフレームワークといった様に
システムはどんどん複雑化していきますし、流動要素の高い
フレキシブルな対応がまさに運用保守には求められています。

そうした中でもやはり必要なのは標準化で、(複雑だといったばかりですが)
システムが複雑であっても「情報のアウトプットやインプット」を標準化
しなければいけないと思います。

ソリューションや企画は尖っていないと生き残れない時代ですが、
運用はそうではなくて、多くの人が理解る形でインフラや運用の情報を
提供して、ツッコミをうけて、そして改善していくのが正しい姿勢だと
思います。
その為には、ブラックボックスは徹底的に排除して行う必要がある。

そう考えるとクラウドインフラというのは少し相反するところがあって、
構成や機器がオープン化されている訳でもなく、今後競争が激化していくと
より差別化が進んで共通仕様が取れなくなっていくので、標準化が難しくなっていくと・・・

だからITインフラはよりシンプルに分かりやすくしなければいけないし、
「出来て当然」というレベルに落としていかないといけない。

サーバって何ですか?とか、
ハウジングとホスティングの違いって何ですか?
といった質問をより身近に感じられるように咀嚼していく必要があります。


こういった本が流行る時代ですしね。

小悪魔女子大生のサーバエンジニア日記 ――インターネットやサーバのしくみが楽しくわかる/aico

¥2,079
Amazon.co.jp

この様なわかりやすさや親しみやすさが
今、非常に大事なんでしょうね。

アラートメールも現状はテキストだけの無機質な形だけど、
イラスト入りのHTMLメールなどに変換できたりすると
ぐっと身近にもなるし、眉間にしわをよせながら障害対応しなくても
よくなるかもしれない。

まだまだイノベーションが必要な業界だと改めて再認し、今日も行く。
それがエヌネットワークス。
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