京都大原その2〜来迎院、謎の三人衆は三世仏? | 奈良大好き主婦日記☕

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鎌倉在住
奈良や仏像が好きで子育て終了と共に学び直し大学院博士課程修了、研究員になりました。
テーマは平安後期仏教美術。

明日香村、山の辺の道等万葉集の故地が好きです。
ライブドアにも書いていました(はなこの仏像大好きブログ)http://naranouchi.blog.jp

三千院に行く前に道の分岐点で直進
来迎院に先に行くことにしました
photo:01



来迎院は、平安初期、円仁開創の天台声明音譜の根源地だそうです
その後、藤原時代に良忍上人が天台声明魚山流音譜うお座としてまとめた「魚山声明」発祥の地なんですって
声明についての知識がありませんが、いろいろな派があって違いがあるのでしょうね




花粉症カゼなのに、杉林を上り、白壁が見えてきたけど、これは別の建物
photo:07


思ったより遠いかも


まだかいな?


この辺り、京都の匂いがする…


あと20メートルだ
photo:10


頑張れ



ようやく着いたショック!ニコニコ
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本堂
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ここは常行三昧堂=修行道場だったそうです
photo:12

(↑絵はがきの写真です)
藤原時代
寄木・漆箔の3つの坐像
中央が薬師如来、左に阿弥陀、右に釈迦
重要文化財
比較的小さなお像

内陣の天井には二体のふくよかな天女おとめ座、その周りの長押には天女や楽器音譜の絵が描かれ、日野の法界寺を思い出しました


ところで「来迎院」という名前なのに中尊と思しき仏像が「薬師如来」で、脇侍的位置に「阿弥陀」と「釈迦」というのが不思議で、お寺の方に聞いてみました
(私は、来迎キラキラと聞けば、阿弥陀が主役音譜=真ん中、観音・勢至菩薩=脇侍音譜と思ってしまっていたので…(^▽^;))

お寺の方のお話では
このお寺には、もともとたくさんの伽藍があり、それぞれに仏像が置かれていた…焼失メラメラ等でお堂が失われ、現在は仏像を一箇所にまとめたそう…なので、現在はこういう仏像の配置になったのだそう…(このお堂も比較的新しいらしいです)

さらに、この仏像の配置には、「過去・現在・未来」という意味もあるそう

ふーん、「三世仏」ってやつか…と一旦納得したのですが

過去・現在・未来を表す三世仏って、「阿弥陀、釈迦、弥勒」だったんじゃない?
京都の泉涌寺や、鎌倉の浄光明寺、浄智寺なんかにも、三世仏があるけど、阿弥陀、釈迦、弥勒の順番ではなかったのかなー⁇

そしたら、ちょっとメンバーが違うけど…あせる

わからなくなってしまった汗


だいたい、来迎三尊はどうなった?
三世仏にもいろんな組み合わせがあるのかしら?
三世仏なら大きさは同じなんじゃない?
時代はあってる?

お堂に集められたいきさつからして、三世仏は後から考えついたのかな?もし集められたのが昭和だったらキャンディーキャンディーズキャンディーでもよかったのかな?[みんな:01](キャー、急にたのしードキドキ)←おいコラむかっあせる

馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと調べたほうがいいねにひひ


このお寺は、ひっそりとしていて、素朴で良い感じのお寺でした


このあと、三千院に辟易することになるなんて…(^▽^;)



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