なぽのブログ

お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。


テーマ:
馬越城はかなり藪に覆われた城跡です。
訪問日は2015年12月29日です。

【写1】馬越城

馬越城跡への登城口です。
ちゃんと道が見えています。
事前に拝見したサイト様では、城址碑の周りは綺麗に草刈りされていました。
これは楽勝!!と思っていました。

【写2】馬越城

ちょっと傾斜はキツイものの、階段まで付けられています。
山城としては、かなり登りやすい部類に入ります。

【写3】馬越城

坂を登り切っても道が続きます。

【写4】馬越城

だんだんヤブが激しくなってきたものの、高台に向けて細々と道が続きます。
確かこの上に城址碑があったハズ、もうすぐ♪もうすぐ♪とココロを躍らせます。

【写5】馬越城

しかし、登り切った所は平らに馴らされていたものの、一面草で覆われています。
たしか、ここだったハズ・・・
しばらく探してみましたが、城址碑らしきものが見当たらず。
ここではないのかもしれないと、一度高台を下りました。

【写6】馬越城

奥の方がちょっと堀っぽい感じだったので、下ってさらに奥へ進んでみました。

【写7】馬越城

高台の所から先は完全にヤブで、だいたいこんな感じに茂っています。
ちなみに、写真は堀跡ですw

【写8】馬越城

さらに奥へ進むと、かなり広い平坦地がありました。
写真で見るとそうでもなさそうですが、かなり歩きづらかったです。

【写9】馬越城

ここまで紹介しているサイト様があるかどうかは?ですが・・・
平坦地の端っこはこんな感じになっています。
これって、ゼッタイに土塁ですよね?

【写11】馬越城

さらに堀跡まで!
竹竹竹で超歩きづらかったです。
事前にネットで見た、綺麗に草が刈られた場所は、奥へ進む程に無さそうに思えてきました。
ということで、かな~り諦めが悪かったのですがUターンです。

【写12】馬越城

そして、もう一度事前にココだ!と目星を付けた高台に戻ってみました。
諸兄のサイト様の文章を読み返せば読み返す程、城址碑はココにあるようにしか思えず・・・
とても歩けるとは思えない密度の雑草を掻き分けて、とりあえず行ける所まで行ってみました。

【写13】馬越城

すると、一番奥にありました!
事前のリサーチでは楽勝だと思っていたんですけどね・・・あせる


◆歴史◆

菱刈氏の城でした。

築城は鎌倉時代に、菱刈氏から派生した馬越氏によるとされます。
菱刈氏はちょっと南の太良城を本拠として、戦国時代まで栄えました。
・・・とひと言では片付かない程色々ありますが、書ききれないのでご容赦下さいw

1567年、島津軍に攻められ落城しました。

菱刈重州は相良氏や祁答院氏、東郷氏、蒲生氏らと組んで、島津貴久と争っていました。
しかし、次第に島津貴久・義久の勢力が拡大し、1557年には蒲生範清が降伏。
菱刈重州とその子・菱刈重猛、隆秋兄弟は、相良義陽を後ろ盾に島津貴久に抵抗し続けました。
しかし、1567年に馬越城が島津軍に攻め落とされました。
島津軍は菱刈軍が籠る大口城を攻めるため、馬越城を拠点として利用しました。
そして、1569年には大口城も島津軍により攻め落とされました。

その後、馬越城がどうなったのかわからず・・・
江戸時代には馬越麓があったので、落城後も島津氏が城として使ったかもしれません。


所在地:鹿児島県伊佐市菱刈町前目

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