なぽのブログ

お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。


テーマ:
関戸城は天守台とも呼ばれ、多摩川の渡し場を見下ろす高台にありました。

関戸城/城址碑
▲城址碑

いろは坂と呼ばれるヘアピンカーブが連続する坂道を登り切った所に城址碑があります。
この城址碑、何だか安っぽい・・・なんて文句言ってはイケマセン。
遺構が何も無い中、こういうのがあるだけで、城キチとしては満足なのですw

この城址碑の側面に、簡単な説明文があります。
以下丸写し

桜ヶ丘一丁目の金比羅宮(琴平社)付近と「天守台」などといい、一帯の山を「城山」ともいう。多摩川に面し、武蔵野台地を一望できる絶勝の地であることから、鎌倉幕府以来の物見的城砦として敵を察知したり、急変を狼煙などで知らせる通信拠点であったとも考えられる。一帯は関戸城跡とされているが、今はわずかにその一部を留めるのみで、山頂は削られ地形も変わっている。(多摩市教育委員会)

関戸城/金平羅宮
▲金比羅宮

この城址碑から少し坂へ戻ると、眼下に武蔵野を見下ろす金比羅宮があります。
ここも関戸城の一部らしいです。
城を構える目的が物見なら、絶好の立地ですね^^


◆歴史◆

関戸城は築城年、築城者ともに不明です。
立地的には鎌倉街道、多摩川を見下ろすため、北からの侵攻に備えるのに良い場所です。

1333年に鎌倉幕府を倒そうと挙兵した新田義貞と、北条泰家が関戸で戦っています。
義貞はそのまま鎌倉に攻め込み、鎌倉幕府を倒しました。

1494年には長享の乱の一環として扇谷上杉氏と山内上杉氏の戦がありました。
この時は、扇谷上杉軍が山内上杉軍の「関戸塁」を陥落させた記録があります。
この「関戸塁」が関戸城なのか霞の関所なのかは特定できていません。

時代は下り戦国時代になると、後北条氏家臣の佐伯氏が関戸城を守っていました。
守将としては佐伯一助道永の名がわかっていますが、1569年に奥州で討死しています。
道永は領民に慕われていたらしく、彼の館周辺は「佐伯谷戸」と呼ばれるようになりました。
関戸城から北東に下った延命寺辺りが佐伯氏の館の跡だそうです。

そして1995年、スタジオジブリの映画「耳をすませば」に金比羅宮が登場します。
映画の舞台はこの辺りということで、映画を見た方には見覚えのある風景かもしれません。


所在地:東京都多摩市桜ヶ丘1丁目

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