なぽのブログ

お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。


テーマ:
まだまだ続きます、八王子w
次は大江氏館です。

大江氏館/広園寺の入口
▲廣園寺山門

大江氏館は廣園寺の場所にあったとされます。
山田駅前を通る都道506号の交差点からまっすぐ進むと、大きなお寺があります。

大江氏館/説明板
▲説明板

山門の脇には東京都教育委員会の説明板があります。
これによると・・・何度も火事で焼けてしまったようであせる

大江氏館/総門
▲廣園寺総門

それでも立派な総門があります。
江戸時代に再建されたものだそうです。
何度焼けても、大事にされているって事ですね^^

大江氏館/鐘楼など
▲鐘楼など

参道をまっすぐ進むと、石垣に乗った建物群があります。
何度火事に遭っても、建物の配置は変えてないのだとか。
だとすると、館はここにあったのでしょうか?

大江氏館/家紋が見えます^^
▲本堂?

参道の先には本堂らしき建物がありました。
そこにはあの家紋が!!
中国地方の覇者・毛利氏も使った「一文字三つ星」紋。
毛利氏は大江氏の子孫ですから、こちらが元祖ですねw


◆歴史◆

廣園寺は大江広元の子孫・長井広道が開基し、大江氏の館跡ではないかと伝わっています。
明確な史料が存在しないため、口伝の域を出ないそうですが・・・。

大江氏は元々は朝廷に仕える下級貴族で、歌人・大江千里を輩出した家柄です。
また、大江匡房は八幡太郎・源義家に兵法を伝授したといわれています。
その匡房の孫が広元で、源頼朝に請われて御家人となりました。

広元は鎌倉幕府草創期の大物中の大物で、全国各地に所領を持っていました。
そのため、子孫が各地で土着して栄えました。

最も有名なのが中国地方の毛利氏で、広元の4男・毛利季光を祖としています。
また、出羽国米沢には広元の次男・長井時広がおり、伊達政宗に滅ぼされるまで続きました。

本家は広元の嫡男・親広が継ぎましたが、1221年にあった承久の乱で朝廷側につき失脚。
行方をくらましたのですが、出羽国の弟・時広のもとに居たという伝承が残ります。

本家が失脚した後の旧領は、幕府側についた長井氏が引き継ぎました。
そして南北朝時代の1390年、廣園寺を開基しました。
当時の当主は長井道広のため、開基は彼によるという説が一般的です。

室町時代の長井氏は扇谷上杉氏に仕えており、関東の戦乱に巻き込まれました。
1504年にあった立河原の戦いで、一族の大半が山内上杉氏に討たれ没落しました。

ただ、その後も子孫は続き、片倉城下で暮らしたそうです。


所在地:東京都八王子市山田町

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