なぽのブログ

お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。


テーマ:
曇りのち雨の天気予報。
部分的には青い空も見える春の休日。
・・・ということで、残り少ない山城シーズンを有効活用してきました。

本日2発目は小沢城。
「こさわじょう」と読みます。
県内にあるもう1つの小沢城は「おざわじょう」。

築いた人は全くの赤の他人です。
同じ秩父一族なので、遠い親戚ではありますがw

小沢城/遠景
▲高田橋の手前から見た遠景

小沢城は小沢古城のすぐ南にあります。
相模川に架かる高田橋の手前から見るとよくわかります。
峰続きに見えますが、それぞれ別々の丘(小山?)に築かれています。

小沢城/登城口
▲登城口

高田橋を渡ってすぐに左折→右折。
するとすぐに右手に崖を登る道があります。
その入口には親切にも説明板がありました。

小沢城/説明板
▲説明板

この説明板によると、築かれたのは室町時代はじめ頃。
山内上杉氏の家宰・長尾氏の家臣・金子掃部助が城主でした。

しかし、1477年にあった長尾景春の乱で太田道灌に攻められ落城。
相模って山内上杉氏の勢力圏だったんですね~w

武蔵は扇谷上杉氏なのでてっきりそっちだと思っていました。
ただ、この乱を契機に山内→扇谷に移ったのかもしれませんが。

小沢城/第六天社
▲城坂の途中にある第六天社

急な坂道の途中にポツンと高台があり、そこには第六天社がありました。
ここも祠の中に祠があります。

小沢城/第六天社から見た相模川
▲第六天社から見た相模川

地形的には出丸か物見台のような感じです。
・・・とは言っても、上の本丸の方が眺めは良さそうですがw
古城と同じく、高田橋など相模川が一望できます。

小沢城/城坂
▲城坂

登城路の坂は急な上に曲がりくねっています。
当時からあったっぽいな~と感じてはいましたが・・・

後で知りましたが、この登城路の急な坂は「城坂」というのだそうです。
小沢城の大手筋に当たる道なのだとか。

北と東は断崖で西は台地で地続きです。
普通に考えれば西から平坦な道を通ってお城に入ればいいのに、とは思います。
でも、すんなり通れても困るということで、わざと不便な道を通るようにしたのかもしれません。

小沢城/城坂の上にも説明板
▲城坂の上にも説明板

坂を登り切ると、フェンスの中に下にあったのと同じ説明板があります。
これがあると「あっ、ここも城跡なんだ!」とわかってとても親切に感じます。

小沢城/城跡は畑に
▲本丸跡は畑となっています

坂の上にはまっ平らな土地が広がっています。
台地の先端を利用して築かれてはいますが、その先端自体がかなり広いのです。
ですが、平地ゆえか・・・一面に畑と住宅が埋め尽くし、遺構らしきものは見当たらず。
川岸段丘の台地と城坂の地形から、往時を想像するほかありませんショック!


◆お城の歴史◆

小沢城は鎌倉時代から室町時代にかけて金子氏により築かれたと考えられています。
金子氏は武蔵国入間郡金子郷を本拠とし、全国各地に所領を持っていました。

小沢城が歴史に登場するのは、1477年にあった長尾景春の乱です。
乱の詳細は割愛しますが、相模の領主達はこぞって反乱軍である景春側につきました。
この乱の鎮圧をしたのが扇谷上杉氏の家宰・太田道灌です。

道灌は小磯城(大磯町)や溝呂木城(厚木市)を1日で攻め落としました。
しかし、小沢城には手を焼き、攻め落とすのに2ヶ月かかりました。
この時の城主が金子掃部助です。

落城について悲話が残っています。
それが有鹿姫伝説です。

有鹿姫は海老名氏への輿入れが決まっていました。
人生で一番期待に胸躍る時期だと思います。

それが戦によって城が落ちて台無しに。
絶望した姫は、崖から相模川に身を投げました。

・・・長くなりそうですねw

当時の史料では小沢城を「小沢の要害」と記しています。
それが古城なのか小沢城なのかはハッキリしていません。

ただ、城の造りを考えると古城の可能性が高いように感じます。
古城は館の北側の山を砦とする殿谷戸形式で、主に平安時代末期の造りです。

これに対して小沢城は、台地の先端部分を利用しており、後北条氏によく見られる造りです。
後北条氏が当地周辺を支配下に収めたのが大体1520年頃なので。

翌年、豊島氏が小机城で蜂起すると、掃部助も小沢城で挙兵しましたが再び落城します。
金子一族は奥三保(津久井の辺り)に落ち延びたそうで、その後も追討を受けています。

ですが、後北条氏の時代にも金子氏が小沢の地を治めていました。
津久井城は武蔵国の中では早くから後北条氏の支配を受けていました。
そのため、後北条氏が相模東部~武蔵を攻略した際に手柄を立てて復帰したのかもしれません。

その後、小沢城は歴史の表舞台には登場しません。
後北条氏と運命を共にしたものと思われます。


所在地:神奈川県愛甲郡愛川町角田

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