なぽのブログ

お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。


テーマ:
書きかけで寝入ってしまい、メンテでぶっ飛び・・・
気合を入れ直して書きます!

3/2の4箇所目は高幡城跡です。
下調べでは場所だけはよく調べておいたので迷いませんでした。
何せ、モノレール沿いに走っただけなのであせる

高幡城/遠景
▲モノレール沿いの道から見た遠景

高幡交差点を曲がって高幡不動尊の前を通り過ぎ、あとはひたすら左折。
山を回り込んで住宅街の中にある登城口に辿り着きました。
ここも駐車場なし。
バイクだとこういう時にあまり困りません^^

さて、住宅と藪に挟まれた細道を30m程進むと一気に視界が開けました。
どうやら登城路は山の稜線上を辿るようです。
高幡城は独立した1つの山にあったのですね。

山といっても標高は126m。
U字型・・・に見えました。
稜線を歩いていると、下の方にいくつかの広場とそれをつなぐ道がよく見えます。
全体像が見えると、在りし日の城の姿を勝手に妄想してしまいます。
もっとも、城としての歴史は不明な点が多いのですがあせる

高幡城/お不動さん
▲城内には番号付きのお地蔵様が並ぶ

城跡は高幡不動尊金剛寺の敷地のようで、そこかしこに番号付きのお地蔵様が。
「88箇所巡り」と銘打っているところから、88体あるらしい。

そのせいか、道がとても整備されていて歩き易いです。
城への道とは思えないくらいに。

軍事拠点に通じる道であれば、堀切や土塁などで通りづらくするのが普通。
そういった「障害物」は片っ端から撤去されたのでしょうね・・・

しばらく歩くと案内図に遭遇。
しかし、どっちがどっちなのか全く分からず。
近くにあるお地蔵様の番号と案内図を見比べても首を捻るばかり・・・
その案内図のすぐ脇に本丸に通じる道がありましたw

高幡城/本丸への入口
▲堀切から二の丸への階段

その場に居てもピンと来ませんでしたが、ここが二の丸と三の丸を隔てる堀切の跡だとか。
傾斜が緩く道も平坦で、「ここが堀切だよ~!」なんて言われても「えっ、そう?」という感じです。

でも、やっと「城」の文字が現れて一気にテンションアップ
足取りも軽く階段を登りました^^

階段の上は「二の丸」・・・のはずですが、ただの広い通路みたいな感じ。
色んな図だと、こんもり盛り上がった所が本丸だよな・・・とテクテク進みます。
テクテク進み続けると、木の隙間から素晴らしい眺めが!

高幡城/本丸からの眺め
▲本丸跡からの眺め

山城の醍醐味はやはり眺めの良さ。
・・・ということはここが本丸?

高幡城/本丸
▲本丸跡

確かにさっきまでの二の丸よりは広い(気がする)のだが・・・
二の丸と本丸の境目がわかりませんでしたあせる

数年前までは「本丸」と書かれた板があったそうですが、今は何もなし。
そういえば、二の丸から本丸までの間にはお地蔵様もありませんでした。


◆お城の歴史◆

日本史で戦国時代のはじまりといえば応仁の乱(1467-77)。
しかし、関東地方の戦国時代は、それよりも12年も早く始まっていました。
それが1455年に勃発した享徳の乱です。

享徳の乱は鎌倉公方・足利成氏と関東管領・上杉憲忠の家臣どうしのいざこざが元で始まりました。
当人どうしは仲良くしようと努力していたようですが・・・
ところが、上杉憲忠が騙し討ちで暗殺されたことで両派の合戦が始まりました。

書き始めると長くなりそうあせる
・・・なので省きますが、いくつかあった戦いを総称して「享徳の乱」と呼んでます。

この時、高幡城の近くでも戦がありました。
分倍河原の戦いです。
さらに細かく分けた中に、立河原での戦いがあります。
この戦いで関東管領方の有力者・犬懸上杉憲秋が致命傷を負いました。
憲秋は敵の手にかかるよりは、と自刃したのが高幡城でした。

ということで、要するにその頃にはお城があったということですw
高幡城からは多摩川がとてもよく見えます。
ここを抑えていた上杉方が有利な筈なのですが・・・コテンパンに負けちゃいました。

後北条氏が本格的に支配する1500年代には平山氏が高幡一帯を治めていたようです。
平山氏は檜原城を本拠としていましたが、平山城を築いて日野市一帯も支配していました。

一方、城跡の東側の麓には高幡不動尊金剛寺があります。
金剛寺は701年に開基し、平安時代中ごろには高幡山の中腹に不動明王を祀っていました。
ということは、享徳の乱以前にすでに高幡山にお寺があったのですね。
1335年に大風で倒壊していますが、1342年には現在地にお寺を建て直しています。

・・・ということは、お城の存在自体が怪しくなってきますが・・・

多摩川は大きな川なので、勢力同士の境目になりやすそうです。
その多摩川を一望できるので、軍事的な拠点としては無視できないはずです。
遺構もそれ程無いので、戦時だけ兵を置いたのかもしれませんね。


所在地:東京都日野市高幡町

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