算数オリンピックというものが存在する。
数学、幾何学、論理の問題が出題され、競うものだ。
オレも、ちょっと興味を持ち、ハイスクールの4年と5年のとき参加してみた。
日本でいえば、高2、高3の年である。ラプラタ区最優秀&全国大会参加(※注)
という結果を残した。更に、アルゼンゼンチン海軍主催の算数コンテストで準優勝。
その間参加したカシオ主催の数学セミナーで、成績優秀でハイスペック電卓を受賞。

 自慢話終了。
これだけを聞けば、凄いなぁ~と思えるが、実はこういう大会に参加する
日はハイスクールの授業を休んでも欠席にならなかったのである。
もともと面白そうだと思っていたオレは、こりゃいい、と参戦。

 まずまずの結果は残すものの、ここで初めて天才なる存在に出会う。
はっきりいって太刀打ちできるものではない。何なんだ、コイツら。

 一人は、社会的事象にも精通し、ユーモアセンス有り余るタイプだった。
この豪快なジニアスは、優勝したときも、「これがこうで、こうで、
こうあるから、ここまで絞り込んだ。後は手作業で答えを出した」と、
そう観衆に説明をした。戦場で絶対に死なないタイプだ。

 もう一人は数学=存在、という感じだった。
数学の話題になると饒舌だが、それ以外の会話は皆無。
ある意味ピュアな存在。戦場では真っ先に死ぬタイプだ。
科学者として力を発揮するのかも。

 共通しているのは、数学・算数への興味と、それを勉強し、
吸収する能力。


 サッカーでも、やはり天才というのは存在する。
シトンは、テクニシャンではないが、ゴールを決める天才である。
既にかなりのゴール数を決めているが、まだまだ本領発揮とはいえない。
オレがそう断言する。

 この前、シトン宅で去年のゴール集DVDを観た。
ブラジルのサッカー史を塗り替えたシーズンである。凄すぎる。
過去のデータを見ても、決めまくっているし、ゴールに対する意欲は
並大抵のものではない。

 日本の、ブラジルをさえ凌駕する質の高いボール回しと、ブラジルの
ゴールに対する渇望とさえ呼べる意欲を融合させたいとバドンは語っている。
カズキの最近の姿をみて、その実現に確実に向かっているとオレは感じるが
どうか。今後の試合が楽しみである。

 次は、友人でもある好調マルクスとの対戦だ。
ギャフンといわせてやりたい。「ギャフン」というかな? ブラジル人。

                    つづく


※注:3問+3問の二日開催だったが、初日に集団食中り。
   下痢で苦しんでいるオレらに、二日目は中止との通達。
   初日ダメダメで二日目に望みを繋いでいたオレは、その時点で
   敗北宣言&帰宅。後日、オレとは無関係の授賞式を見に行く。
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故郷

 実家から出て初めて一人暮らしを始めたのが、1995年に日本へ
来たときだ。最初の1・2週間は住まいの周辺の探索などで、慣れる期間。
普通に過ごした。しかし、それを過ぎると、夜、布団に入ったとき、
「オレは両親から2万キロも離れたところで、独りで、何をしてるんだろう...」
と、急にネガティヴになり、同居人(※注)に気付かれないよう枕を濡らしたりした。

 だが、それも3ヶ月目までだ。
その環境での過ごし方を身に付け、その生活が日常として感じられると、
一皮剥けたオレがいた。本当の意味での自立の始まりだ。

 便りが無いのは良い便り。そう思うオレも、たまにはアルゼンチンへ電話してた。
しかし、オレが日本へ来たばかりの10年前は、KDD(当時)を使用して
アルゼンチンへ電話をかけた場合、1分360円ぐらいだった。た、高い...

 今は様々なプリペイドカードなどが存在し、その頃の30分の1ぐらいで通話
できる。更に、メッセンジャーなどのインターネットのコミュニケーションツールを
使えば、無料である。時代も変わったなぁ... とか思ってる自分はおっさんだろうか。

 最初から日本語を話せたオレでもこんな感じだったので、日本語が話せない
人たちはもっと大変だろうな、と思う。日本語が話せないからこそ、本国の
言語に接しようとするのも自然か。

 ブラジル人はスカパーのIPCというチャンネルで故郷に触れることができる。
ジウとジェルシーンニョの住まいにも本日設置される。昨日まで、ジウは
このチャンネルを観るために、シトン宅へ入り浸っていた。

 シトン自身も、ブラジルではドラマを全然観ていなかったが、日本へきて、
3本も観るようになったらしい。

                    つづく


※注:派遣会社を頼って日本へきたため、3DKのアパート(会社の寮みたいなもの)
   で、5~6人で共同生活をしていた。
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