• 02 Nov
    • クレヨン

      こどもの頃、最初のクレヨンは6色だった。 空はあお太陽はあか月はきいろ草はみどり土はちゃいろ髪の毛はくろ やがて成長するにつれ、クレヨンの色は増えていった。 6色が12色になり、24色になり、36色になった。 そして、青にもさまざまな青があり、青は一色でないことを知った。明るい青、暗い青、薄い青、濃い青・・・・・・空にもいくつもの空があり、一色では描けないことを知った。晴れの日もあれば曇りの日も、雨の日もあって、さらに、同じ雨でも霧雨もあればどしゃ降りもあると知った。 そうして私の中の色はどんどん増えていき、世界は多彩になった。 けれども色が増えれば増えるほど、表現できなくなっていった。 今見ている空が、何色だかわからなくなった。 いろいろな空を描こうとして、クレヨンを使えば使うほど、空は黒くなっていった。 「空は青だ」 と、疑いもなく信じていたあの頃に戻りたい。 歳をとればとるほど言い切れないことが増えていき、迷いが多くなる。 クレヨンは何十本、何百本と持てるようになったけど、何色のクレヨンを使って描こうかって、白い画用紙の前で、今日も迷っている。 

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  • 09 Oct
    • I am a monkey.

      部屋のお掃除しなきゃならないし、夏物しまって冬物出さなきゃいけないし、ストーブの支度も、消雪パイプの点検も!犬の歯磨きにシャンプーあ、予防接種どうする?この夏はとうとうフィラリアの薬飲ませなかったわー足パッドの毛もカットしなきゃだし爪切りも!書類整理に申請書の提出決算に棚卸しあ、ガス代払わなきゃ母のご飯、考えなきゃ秋の写真、撮らなきゃバランスのとれたシンプルだけどおしゃれなご飯作らなきゃ持たない暮らししなきゃ自分軸で生きなきゃこうしなきゃああしなきゃきゃっきゃきゃっきゃ、うるさいなあもう!私は猿かっ!(爆)

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  • 10 Sep
    • 家族LINE

      片貝まつり奉納大煙火花火の動画を家族ラインで送る。最後に4人で花火を見たのはいつだったろう…いつかまた一緒に見られるといいね。

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  • 07 Sep
    • 歩いてる!

      今朝の散歩で知らないうちに撮れてた写真。左足かな、歩いてるー!

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  • 05 Sep
    • タイトル変えました

      「夢の実現ノート」から「My Favorite Things」に、タイトルを変更しました。「夢」を「実現させる」ための今ではなくて、ただ、今、好きなことに焦点を合わせてみます。どこへ向かっていくのかなーその時々で行きたい方向へ行けばいいね、だって何してもいいんだもん、自由だもんね。よろしく~

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  • 04 Sep
    • 信じるかどうか

      心の中でモヤモヤ思っていることを、文章や音楽や絵などの形に置き換えて、自分の外側に出して伝えるということ、それはとても勇気のいること。言葉は浮かんでは消え、音は浮かんでさえも来ず、絵筆を持つ指はびくとも動かない。「私はここで終わってしまうのですか?」何も表現せず、何も伝えず、何も形に残さず、誰にも気づいてもらえず。でもそれは、何も思ってないということではもちろんありません。喜びも哀しみも、感謝も憎しみも、笑いも涙も、毎日毎日こんなに感じているのに・・・言葉が出てこない。「さあ、何でも好きなものを作りなさい」と粘土のかたまりを与えられて、え、何を作ったらいいのかわからないよと、途方に暮れている子供のようで(笑)年を重ねたらもっといろんなことがわかるようになると、思っていたのにそうじゃなかった。ますますいろんなことがわからなくなったから、なにも断定できなくなりました。なにも断定できることなどないということが、わかったのかもしれません。その時の思いを閉じ込めないと形にできないのなら、表現というのは常に風化していく宿命を負っているようなもの。そこを躊躇していたら伝えることなどできないのかもしれません。形という命を与えられた途端、死に向かって進むことを余儀なくされるもの。ならば終わりの瞬間まで、せいぜいあがいてみようか。変化することを恐れずに気持ちは変わってもいいのだ。何も形にならなくても、何も形にできなくても、自分がここに「在る」だけで、「在る」ことそのものが表現なんだと、自分はこれでいいんだと信じるかどうか。なんて美しい歌声でしょう。今日はこれを聴いて過ごしています。

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  • 19 Jun
    • 休憩

      こちらのブログ、少しお休みします。(@ ̄ρ ̄@)zzzz・・・

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  • 15 Jun
    • ものすごく疲れています。気候のせいかもしれません。きのう、また歯を抜きました。できれば温存したかったけれど、限界でした。最近、カエルを撮るのがマイブーム。

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  • 10 Jun
    • 僕が君を困らせるのは、

      君のことが好きだからなんだ。大好きな君に受け入れてほしいから、君が嫌がることをわざとして、君を試しているんだよ。こんな僕でも、好きだよって言って、無条件に受け入れて、っていう僕からの信号なんだ。-・-・-・-・-・-だから?(爆)

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  • 09 Jun
    • 我我我・・・がーん!

      あれが気に食わない、これが気に食わないと、文句を言っているけどさ、ここにいるという選択をしたのはあなたでしょ?嫌なら出て行けばいいのでは?でもあなたの望みはそういうことじゃないよね。「私の気に入るようにこの場所のほうが変われー」ってことだよね。自分は変わらずに環境の方が変われ、と。なぜなら自分は正しいのだから。間違っているのは環境のほうなのだから。↑こういう部分、私の中にありました。いや、今もあります。ここから卒業することは難しいですねー(笑)「我」が邪魔をするんですよねーうふふ・・・でも自分の方が変わってみたら、きっと環境も変わっていくんでしょうね。どんな風に変化していくのかなー今日の自分に何が起こるのかなー楽しみに待ちたいと思います。あ、今とつぜん気づいちゃった。我が慢すると書いて、「我慢」と言う。「我慢」て、「自分」が「慢心」することだったんだ・・・わお!!!

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  • 08 Jun
    • 私を手放しても私は無くならない

      「それをしたら自分じゃなくなる」という物差しをずっと持っていて、「そこだけは誰になんと言われようと譲れない」と頑ななまでに信念を守り通すことが、自分の軸があるということだと思っていた。でも、どうやらそうじゃないみたい・・・他人に合わせること=自分が無いということだと思っていた。でも、どうやらそうじゃないみたい・・・むしろ、自分軸がしっかりしてる人は、他人に合わせることができるのかも。合わせたところで自分が損われることはないと信じているから。「それ」をしたって「あれ」をしたって、自分は無くならないと信じてるから。それくらいのことで無くなってしまうなら、はじめからその程度の自分だったんだ。なーんだ、守らなくていいんだ。貫かなくていいんだ。「私」を手放してもいいんだ。だって手放したところで「私」はいなくならない。そう思ったら、楽になれる。

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  • 05 Jun
    • 花の種をまきました

      こんにちは。ひさしぶりの更新になります。今日も来ていただいてありがとう!先月、本の整理をした際に腰を痛めてしまって、今はだいぶ良くなってきたのですが、まだ少し痛みが残っています。なのにね、仕事行ってしまったり、草むしりしてしまったり、休み下手です(笑)ていうか、休むのが恐いんでしょうねーということで、草むしりしたあとの庭に、花の種をまきました。いろんな種類が混ざったのを買ってきて、ぱらぱらーっと適当にまきました。どんな花が咲くのか楽しみです。

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  • 24 May
    • 繋がっていなくても大丈夫

      夜はスマホのサウンドを切る。寝るときは枕元に置かない。意識して自分から繫がりを断つ。これは訓練。繋がっていなくても、大丈夫。繋がっていなくても、恐くない。繋がっていなくても、私はここに、いる。

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  • 22 May
    • 過去からのメッセージ

      先週の衣類につづいて、この週末は本の片づけをしました。例によって、すべての本を床に並べます。一部抜粋。本は本当に(駄洒落ではない)埃がたまりやすい!空っぽになった本棚は、気持ち良さそうに深呼吸しているようで、掃除機をかけながら、長い間ほっぽらかしにしててごめんよぉ~と謝りました。そして、処分する本と取っておく本を選別している最中に、こんなものを発見してしまうわけです。「1999年3月12日 ○○こ」当時2歳だった娘が、絵本の裏表紙に描いた絵です。日付と名前が記入してあるということは、将来、誰かがこの絵を見た時に振り返れるようにと、私が未来にメッセージを残したということですね。では、過去の私へ返事をしましょう。17年前の私へあなたの子供は実に素晴らしい絵を描くねえ!その娘も今はすくすく成長して、大学生になってるよ。だから大丈夫だから、何も心配しないで、子育てしてね。我が家のバイブル同じように、サザエさんの背表紙にも、子供たちの落書きや、ルークのかじった跡が(笑)それこそ皆で、何度も何度も読んだ、我が家のバイブルです。おかげで紙はボロボロですが、表紙は健在です。買ったらすぐに外して保管していました。表紙だけは綺麗なままとっておきたかったのです。ということで、何年ぶりでしょうか、本体に表紙をかけました。その作業の途中で・・・「裏側を参照のこと。」1冊だけ帯の残っていた表紙の、その帯の内側に、5年間に亡くなった父の文字を見つけました。「○○君、○子へ」  7.8.11約束のSpoon、他同封しました。Salmonは難しい。とくに川に入ってきたタイプは・・・。最初はボーズが普通です。バイト13gを主体に再挑戦してみて下さい。今度は かならず 釣れるよ。   父より。父が日本から送ってくれたのでしょう。21年前、私はこれを読んでいたのでしょうか?記憶にありませんが、この表紙だけ帯が残っていたということは、読んでいたからこそかも。でも、その時の私と今の私とでは、同じメッセージからでも、受け取るものが全然違います。お父さん、ありがとう。いつだって、気づくのが遅いんだよ、子供ってやつは。かんべんね。苦笑いする父の顔が、見えた気がしました。本棚には、過去からのメッセージが保管されています。それらを開いて、返事をして、お別れをしました。

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  • 18 May
    • どっちでもいいのね

      あー、でも、いっそ電話かけて自分の憤りを伝えて、結果、ちょっと痛い人になってもよかったのかなーなんて、今になって思う。被害者になりたかった自分を・・・←前記事参照まあ、どっちの自分でもいいってことか。

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    • 被害者になりたかった自分を見た

      きのう少しショックなことがあった。他人にとっては別にどーってことないことなんだけど、本人にとっては結構こたえる、という類のこと。どうも私は「自分が忘れられた」ということに対して、強く反応するクセがあるみたいだ。たとえば、私の順番を飛ばされて次に行っちゃったり、来るはずのものが私だけ来なかったり。もちろんそれは偶然で、「そんなことはよくあること」なのはわかっているのだけど。で、昨日は「そういうことがあったかもしれない」ということがわかり、終わったことだから今さらどうしようもないのに、この憤りだけは伝えたくて、ある人に思わず電話をかけてしまった。(もー、こんなことがあってさー、ぷんぷん!と訴えたかった。そして、ごめんねーと謝ってほしかった。でもその人が原因をつくったわけではない。おいおい。汗)幸か不幸か相手は電話に出ず。スマホの発信履歴を見て、しばし考えて、二度目をかけるのをやめて今日にいたる。あー、しつこく発信しなくてよかったー!その時は、すごい悲しくて、腹が立って仕方なかったけど、夜が明けて今日になったら、もうどうでもよくなりましたとさ(笑)なんか吹き出物みたいなものかもしれないですね。できちゃうと気になる気になる。触れば痛いし。なんとかして治そうと試みるも劇的には治らない。そのうち他のことに紛れて忘れていたら、いつの間にか治ってた、みたいな。だから嫌なことが起こったら、そこにフォーカスしないのが一番の解決法なんですね、そのことは考えないのが一番。と、わかってはいるつもりでも、いざそういう場面に出くわすと難しい。被害者意識に囚われた時って、なんか自分が得した気分になれるから。相手を堂々と責められる権利を手にしたぞ、みたいな。そういうのって振り返ると恥ずかしー(赤面)だから昨日は電話に出なかった友人に本当に感謝!

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  • 14 May
    • そうしたいのは誰?

      2ヶ月前、「人生がときめく片づけの魔法」という本を買いましたが、今日、ようやく重い腰が上がりました。こんまりさんによれば、「家にあるすべての服をまず床に並べる」のだそうで・・・ひぃぃぃー(>_<)あっちこっちに分散している服を、引っ張り出してきて並べました。山の彼方の空遠く 幸い住むと犬のいう・・・私にとって片づけとは、「=家族の物を処分・整理する」という意味合いが強く、これが億劫で仕方ありませんでした。自分の物だったら捨てる・残すを判断できるのに、人のものは勝手に決められない・・・捨てたりしたら怒られるかもしれないし・・・それに、なんで私が片づけなきゃなんないわけ?という思いもありました。寝てるーでも・・・「間違ってもいい」「怒られてもいい」と腹をくくりました。だって、片づいた家で生活したいのは、他の誰でもない、「私」なんだから。主を失って所在なさげにしていた娘や息子の服、もう何年も袖を通していない夫や私の服に、「今までありがとう」「大丈夫、物はなくなっても思い出はなくならないから」と言って、さよならしました。すっきり!次は本かー(^_^;)

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  • 13 May
    • 予感

      ・・・あれ?もしかして・・・もう探さなくていいのかな?もしかして、もう準備しなくていいのかな?もうそういうことにして、始めちゃっていいのかな?なりたいものに、なっちゃっていいいのかな?何かをするために必要なものなどなくて、何かをしたら必要なものが与えられるんじゃ・・・あとから・・・必要なものは始める前に与えられるのではなく、始めてみてから与えられるんだ。だから、始めない限りはいつまでたっても与えられないわけで、だから探しているうちはいつまでたっても始められないんだ。え?こんなの当たり前のこと?気づくの遅すぎ?(爆)

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  • 09 May
    • 言ってみるものです

      きっかけは、私が夫に何気なく言ったひとこと。「新しいカメラほしいなあー」その2日後に到着(爆)言ってみるものですねーありがとう!

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  • 29 Apr
    • キャッチボール

      投げられたボールを受け取ったら、同じボールを相手に返す。球の速さや向きは一定ではなくても、基本的に1個のボールをやり取りする。それが、私の考えているキャッチボールだ。でも世の中にはそういうキャッチボールだけが存在しているわけではない。たとえば、ボールはキャッチしたけど、それを返すのではなくて、別に用意したボールを投げ返す、とか、そもそもボールのキャッチさえしないで、自分のボールだけ投げる、とか、えー、ボールってなにー?それって投げるものなのー?とか、いろーんなパターンのキャッチボールがある(って、ホントか!?爆)それはそれでボールが行ったり来たりはしている。でも私は、投げたボールと別のボールを返されたり、投げたボールを無視されたら悲しい。なぜなら、自分のことをないがしろにされたと感じるからだ。だけど返すほうは多分そうは思ってないのだ。別に相手をないがしろにしようとしてそうしているわけではなく、それがその人の考えるキャッチボールだからそうしているだけだ。やっとそんなことがわかりかけている。だからボールが返ってこないからといって、悲しんだり傷ついたりする必要はない。おうおうにして、傷つくってのは、自分が自分に傷をつけているのだ。だからなおさら思う。キャッチボールができるってすごいことだし、投げたボールがバシーン!と相手のミットに決まって、今度はそれが真っ直ぐ自分に向かって返ってきたら、こんなに気持ちいいことはないよね!

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