コミュニケーションデザイン研究!藤田尚弓のブログ

コミュニケーションデザインを研究する藤田尚弓のブログです


経営する会社が10期目にはいります。

皆さんのおかげです、ありがとうございますm(_ _)m


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今日はコミュニケーションの切り口から考える

「すみません」という言葉についての考察です。

 

 

さて、皆さんは感謝を伝えるとき、どちらの言葉を使いますか?

ありがとう?

すみません?

 

謝るときはどうでしょう。

すみません?

それとも、申し訳ありません?

 

依頼するときの声掛けはどうでしょう。

すみません?

お願いします?

 

感謝のときは「ありがとう」、

謝罪のときは「ごめんなさい」

依頼の声掛けのときは「お願いします」

 

なんにでも「すみません」を使うのはやめましょうと

マナーの先生は言うかも知れません。

 

 

私も「ありがとう」「申し訳ありません」を意識して使う派。

依頼の「すみません」の後には「お願いします」を重ねるようにしていました。

なるべく「すみません」という単語を

使わないようにするのがよいと思っていたのですが。

 

 

コミュニケーションや相手への心理を勉強するうちに

「すみません」擁護派になりました(^^;

 

 

 

日本人はなぜお礼を言うとき、

謝罪の意味のある「すみません」を使うのでしょうか。

 

それは相手が自分のために何かをしてくれたコストを意識して

負債感をもつからです。

 

 

例えば時間であったり、費用であったり、

自分のためにしてくれたことのコストが想像できてしまうと

咄嗟に「すみません」のほうが出やすくなるのだと考えます。

(仲間に協力してもらった簡易的な予備実験でも、有意な関係がみられました)

 

 逆に言うと、相手のしてくれたことの重みを感じないケース

あたりまえと感じるようなケースでは、

「すみません」より「ありがとう」を使うことが多いのでは?

 

 

マナー的に「すみません」は間違っているかも知れません。

でも、相手がしてくれたことを慮(おもんばか)る気持ちは

日本人として大切にしたいものの一つのように思えます。

 

 

そうはいっても、

御礼に「すみません」という言葉を用いられて

不快感を抱く人がいることも事実。

 

 

ウチの母は、極端な受け取り下手で

私が旅行に誘ったり、食事に誘っても

「悪いから」というセンテンスが先に出てしまう人です。

 

 

以前は「どうして気持ちよく受け取ってくれないのだろう?」と

残念に思う気持ちのほうが強く、

時にはイラっとしてしまうこともありました。

 

でも母は相手のコストを想像できる人で、

若干セルフイメージが低い人。

私のしようとしていることが「あたりまえ」ではないと

理解してくれると共に、

自分がしてもらう価値がないように思ってしまう人なのだと思います。

受け取り下手なことに悪気はありません。

 

 

しかし極度な負債感は残念。

 

 

自ら人に何かをしてあげる行為には

多くの場合、快の感情が伴います。

 

 

自分のためにお金を遣うときよりも、

プレゼントなど他社に対してお金を遣ったときのほうが

幸福度が上がるという調査もあります。(アメリカギャロップ社の調査)

 

好意を断られることを、恥ずかしく感じたり、残念に感じる人もいます。

 

極度な負債感はもったいないですよね。

 

 

御礼のときに「すみません」が癖になっている人は

「ありがとう」という言葉を加えればOK!

敢えて直さなくてもいいと推奨するのは、

心理的負債感の表現が、大事なシーンもあるからです。

 

 

ふと、某有名会社の会長が、

長男の嫁を褒めちぎっていたことを思い出しました。

「あいつは寿司屋で何でも好きなものを注文しなさいと言ったのに

申し訳なさそうに頼むのだと」

 

 

銀座のお寿司は決して安くないです。

それをわかってくれたこと、

そしてそんな女性が嫁いでくれたことが、

会長は嬉しかったんじゃないかな。

 

 

 

 

先日。

最近ネットで話題になった

「優先席でお年寄りに席を譲らない問題動画」

を見る機会がありました。

 

優先席をめぐった高齢者と若者の映像だったのですが、

高齢者は

「日本語が読めないのか」という表現を用いて

席を譲らないことを批判しました。

 

 

これに対し、若者は

「もう一回言ってみろよ」という表現を用いて

コストをあたりまえだと考えることへの批判を伝えました。

 

 

高齢者の感じた「優先席に若者が座るべきではない」

という正義もよくわかります。

若者の「あたりまえの態度は失礼」

という正義もわかります。

 

 

是非については皆さん、

それぞれに思うところがあると思いますが、いかがでしょうか。

 

私はミスコミュニケーションの典型的な事例として

興味深く拝見しました。

 

 

残念なポイントが満載の動画でしたが、

その一つが負債感。

 

 

 

優先席に若者が座るべきではない

(座るのなら負債感を持つべき)

老人が来たのなら、立つのが普通

(座り続けることに負債感を持つべき)

 

 

高齢者は席を譲られたら感謝するもの

譲るのは好意なので強要するのはもってのほか

(譲るのはあたりまえではないので多少の負債感を持つべき)

 

 

 

お互いがもしも「申し訳ないな」という、

ほんの少しの負債感を表現できていたらどうだったろうと思うのです。

あれほど売り言葉に買い言葉とはならなかったのではないでしょうか。

 

 

人によって正義は違います。

ここの刷りあわせは、実に難しいです。

だからこそ、ちょっとした負債感の表現というのが、意外に大事。

それがないだけで損をしてしまうこともあれば、

そこを表現できるだけで許容されることもあります。

 

 

「すみません」じゃなくて「お願いします」

これは確かに正しいと思うのですが、

忙しいのに呼んで悪いなという気持ちを表現する

日本人の編み出した言い回し、

私は嫌いじゃないです。

 

 

 

コミュニケーション研究をやっているくせに

正しくない日本語とも言われている「すみません」擁護する背景は

ざっくりいうとそんなところです。

 

 

「ごめんなさい」「申し訳ありません」の代わりに

「すみません」を使うのは、謝罪を深堀りして学ぶにつれ

なんとしても避けたいと思っていますが。

 

 

これだけ多様的な生き方、考え方に溢れている現代。

わかりあうのが難しくなっているからこそ、

負債感の表現は大事かなと思います。

 

こういう記事を書くと厳しいご意見もいただくと思いますが、

それ以上に日本人が使ってきた「すみません」を

悪者扱いしたくないなと思う今日この頃です。

 

 

 

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私が死ぬ前にやりたいと思っていることの一つに

「専門性があるのに発信ベタな人の応援」があります。

 

 

現在私は、専門家として活躍したい人たちと、

クローズドな勉強会をやっています。はじめて丸二年が経ちました。

(少人数しか応援できないので、現在メンバー募集はしていません)

 

 

専門性のある人は、

その知識や経験を活かし少しでも社会にインパクトを与えてほしい。

そういう気持ちから、僭越ですが、

WEB、テレビ、雑誌といったメディアで活躍できるよう応援しています。

 

 

ここのところ、メンバーが次々と成果を出してくれて

とても嬉しく思っています。

 

 

夏からコツコツ一緒に頑張ってきて秋にブレイクしたのは

テレビや雑誌で大活躍の、ハロウィン料理研究家まさっちんさん

 

 

(*写真はまあさっちんさんのHP http://fivescuisine.comからお借りしています)

 

 

大手企業さんとのお仕事が決まるなど、

彼女の活躍は、私たちの勉強会仲間にとっても刺激的でした。

 

それまであまり活動していなかったメンバーも

彼女の活躍が励みになりモチベーションがあがったようです。

僭越ながら、私がアドバイザーとなり、

メンバー向けに無料でやっている個人相談もだいぶ忙しくなりました。

 

発信するということは、

「私にもできるかも」という勇気を与える行動でもあるのだなと

嬉しく感じました。

 

彼女の活動を見て、

イヤな家事が楽しくなるお母さんが増え、

明るい家庭が少しでも増えたら嬉しいです。

 

子供の手が離れたら働いてみたい。

そんな人が一人でも増えたら嬉しいです。

 

 

 

ベストボディの日本大会に出場した、疲労回復の専門家屋代佳織ちゃんは

昨日、茨城で講演だった模様。

 

 

 

(*写真は屋代佳織ちゃんブログからお借りしています)

 

うちの会社主宰のイベントで講演のお仕事をしてもらったこともありますが

彼女の講演は、わかりやすくてオモシロイです。

 

屋代佳織ちゃんは、私に出演依頼が来た番組の制作さんにご紹介して、

一緒にテレビに出たこともあります。

初めて出演でも緊張することなく、しっかり役割を全うできる

メディア向きの女性なので、胸をはって紹介できます。

 

身体や心に疲労をためている人はたくさんいます。

彼女の活動で、少しでもラクになる人が増えたら素晴らしいと思います。

 

 

 

細菌の専門家の門間千枝さんは

私もお世話になっているWEBマガジン「CITRUS」で

本日、執筆者としてもデビューしました。

http://citrus-net.jp/article/9768

 

 

 

勤務先の諸々の規定をクリアしなければならないので

時間はかかりましたが、

人の命を救えるかもしれない大事な情報を

彼女はこれからもきっと発信してくれると確信しています。 

 

ウチの会社でもよく使っていた店が

昨年、死者まで出る食中毒を出してしまいました。

食中毒は防げる病気なのに……悔やまれてなりません。

 

門間さんはカタイ専門職ですが、やわらかい文章、切り口で

食の安全性をどんどん発信してほしいなと思っています。

 

 

 

ジャズ評論家の大須賀進さんは

先日、資産形成の専門誌にインタビュー記事が見開き2ページ!

インタビューの様子はWEBサイトでも、公開されていました。

 

 

 

生涯未婚率や孤独死の問題などを見ていると、

趣味を持つことの大切さを思い知らされます。

自分の趣味を活かして、副業をしていくというスタイルも

時代に求められている一つのケースなので、

こういう活躍を発信することには意義がありますよね。

 

 

皆さん、本当におめでとうございます!

 

さて。

結果を出した人たちの裏側には

その人たち自身の地道な努力があります。

サボりたくなる気持ち、よくわかります。

 

 

なのでモチベーションを保ってもらえるよう、

わずかばかりの事務手数料を会費としていただき、

勉強会をたちあげ、器をつくりました。

 

その会費を使って、

メンバーの提供する商品やサービスを購入し、

足りない分は自腹で払っているのですが(笑

 

 

フェイスブックでメンバーの皆さんにTIPSを紹介したり、

月に一度勉強会をしたり

ブログカスタマイズを無料でやったり、

個人相談も無料でやったり。

 

 

それでも、メンバーに呼びかけを無視されることもあり。

それでも続けているのには理由があります。

 

 

それは、恩師が亡くなった後の後悔です。

 

 

恩師が亡くなったとき、お別れと同じくらい辛かったのが

素晴らしい先生の才能や経験を、

もっと多くの人に発信して欲しかったという後悔でした。

 

幸い私は先生に指導いただき、引き上げていただけましたが、

先生の指導を必要とする人は、

もっともっとたくさんいたはずです。

もっともっと発信をして欲しかった。

 

大きな損失だと思いました。

 

 

昨年は若い友人が亡くなり、今年は叔母が亡くなりました。

人はいつか必ず死ぬのだなと改めて感じたとき

別の先生が言っていた

「専門性や経験、知見を次世代に残さないのは日本の損失」

という言葉が思い出されました。

 

 

私ができることなんて、些末なことでしかありません。

でも、専門性はあるのに発信ベタな人の応援は、

「死ぬ前になんとしてもやらねば」と思うことの一つだと確信しました。

 

 

亡くなった恩師を、

発信の面で応援できなかった贖罪、意地でもあります。

 

 

仕事としてやっているわけではないですし、

時間も、かけられるお金も限られていて、

多くの人は応援できません。

 

今いるメンバーをまずはなんとか応援したいので

新規メンバー募集はしていませんが。

 

 

もしも、専門性があり、才能もヤル気もあるのに発信ベタな人が、

もしも、偶然このブログを読んでくださり、

もしも、自分の知見を世のために役立てたいと思っているのなら

そういう方とは是非知り合いたいなと思います。

 

 

ピンと来た人だけ、こちらのフォームから ご連絡ください。

空きが出たときに、詳細などご連絡いたします。

営利目的のセミナーやコンサルではありませんし、

誰でもいいわけではありませんが、

私たちの刺激になるような人とのご縁があれば嬉しいです。

 

 

 

 

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先日、人生で稀にみるイヤな言い方の人と知り合いました。

友達には絶対になれませんが、サンプルとして興味津々。

その人の言動は、NG例の蓄積だけでなく、自分を振り返るいい材料になっています。

 

同時期に、こちらが悪いのに

失礼のない言い方をする人に知り合いました。

対照的な二人に学ぶことが多い今日この頃です。

 

 

 

 

ある先生に

「嫌悪感を持つ相手には、自己嫌悪の感情が関係している」

と言われたことがあります。

 

ずうずうしい振る舞いをする人に嫌悪感を抱くのは、

自分も過去に、程度は軽いけれど

ずうすうしい振る舞いをしたことがあるから。

 

イヤな言い方をする人に嫌悪感を抱くのは

自分も過去に、程度は軽いけれど

イヤな言い方をしたことがあるから。

 

 

イヤな言い方の人に対して嫌悪感情を抱くのは

自分もイヤな言い方をしたことがあるからかも知れません。

友達にインタビューしたいところですが、そうもいかないので

過去に私が社員に送ったメールをチェックしてみることにしました。

 

 

すると、やはりありました。

程度は軽いけれど、思いやりのない指導メールが。

 

 

==========================

 

最近、○○のミスが目立ちます。

○○は信用にもかかわります。

今後減らせるように自分でチェックリストを作ってみてください。

 

チェックリストの例:

**********

**********

**********

 

==========================

 

 

注意すること=自分の仕事=正しい

という思い込みは、いくら配慮をした物言いのつもりでも

行間に滲むものなのだなと反省しました。

 

イヤな社長でごめんなさい。

 

 

 

 

部下が注意を受けるような行動をするのは

「自分の指導が足りなかった」ということ。

ミスの指摘や信用うんぬんの話は

相手をイヤな気持ちにさせる効果が大きい割には

改善が更によくなるといった効果はありません。

 

 

 

「今月は○○のミスをなくす強化月間にしようと思います。

チェックリストを作ってください」

 

 

これでも充分、期待する行動をとってもらえたはず。

 

 

自分も厳しく指導されて育ったとか、

部下になんで気を遣わなければならないとか、

考え方はいろいろあると思いますが。

 

厳しく言わなくても改善してもらえることは多いですし、

ちょっとした言い回しが人を傷つけることは少なくありません。

 

 

私も注意は必要なことだと思いますし、

仕事に厳しさは必要だとも思います。

でもこの考え方は、もしかすると

配慮のない自分への免罪符なのかも知れません。

 

注意は必要ですが、

相手を不快にしなくても行動改善は促せます。

それができない能力不足を棚にあげるのは残念ですね。

 

仕事に厳しさが伴うことは、

配慮のない物言いをしていいこととは違います。

 

 

今後は「どんな行動をしてもらいたいか」だけをシンプルに考え、

思いやりのある伝え方を徹底したいと思いました。

 

 

歳をとると、気づくことも反省も下手になってきます。

気がつけてよかった!

イヤな人との出会いも、

学びがあって、案外いいものです★

 

 

 

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