今日は、小学校の運動会だった。


運動会の帰り道、田んぼ道を息子2人と歩きながら

「小学校最後の運動会だったね」

と上の息子に、私はしみじみ言った。




最後の運動会はいろいろありまして。


上の息子はリレーで、バトンを落とし、派手にスッ転んで、さらにバトンを次の子に渡すときに上手く渡せず、相手の子を巻き添いに、またスッ転ぶ。

息子の顔は悲痛に歪んでいた。。。


あまりにも衝撃的で派手な息子のパフォーマンスにギャラリーからは、悲鳴に近い声も聞こえる。。。

途中、撮影していたビデオを止めようかと思うくらいだった。。。


そして、出会うママ友たちに

「カンちゃん大丈夫だった?!」

「見ててハラハラドキドキしたよ!!」

「カンちゃん頑張って、諦めないで最後まで走っていたね!」

と同情と励ましを頂く。。。

撮影した衝撃映像を息子の目に触れる前に、削除してしまおうとも思った。。。


それなのに、お昼ごはんに姿を現した上の息子は言った。

「僕のリレーの撮影した?どうだった?どんな風に転んだのか見たいよ!!」

とワクワクしている。

その痛々しい映像を見ると息子は大笑いして

「これテレビ番組の衝撃映像に応募できるかな?!採用されたら衝撃すぎて顔がモザイクかな?お母ちゃんのフェイスブックに投稿してもいいよ!」

とも言う。

どうしたらこんなにポジティブでいられるんだろう。。。感心する。


お弁当は主人のお母ちゃんが毎年作ってくれる。

「お願い!私の楽しみだから作らせて!」と言う義母。

ものすごいたくさん作ってくれるから、夕飯にも回せて大助かりなんだけど。

今年は私が作らなくてはいけないと思っていた。


それは義母の体調があまりよくないからだ。

ボケた飼い犬が、昼間爆睡しているため、夜中に鳴きわめいて近所迷惑だからと、暗い夜道を犬の散歩に数時間出かけているという。

ボケた犬は家族にも噛みつくようになってしまい、唯一 義母だけには噛みつかないということで、誰も散歩をかわってあげられない。


自律神経失調症と医者に言われた義母に、お弁当をお願いできないと思っていた。

私が作りますと申し出たんだけど、義母は

「最近、犬のボケが治まって私も体調がいいから、私の楽しみだから、お弁当を作らせて」

と言う。

犬のボケは、ちっとも治まっていないだろうと分かっていた。

体調の悪さを隠してまでも、そんなに作りたいお弁当。

孫たちに食べさせたいお弁当。

悔いの残らないように作ってください。と思ってお願いしました。

今年もご馳走のお弁当をたくさんみんなで美味しく頂きました。




運動会の目玉の1つは、6年生の組み立て体操でしょうね。

上の息子は、体はデカいが体力がなく、はじめ組体参加が危ぶまれていました。


そんな息子は、夏休み前から自らコツコツと筋トレに励んでいました。

毎日、ドタンバタンと諦めないで逆立ちの練習をして、ブリッジの練習では何度も頭を床にぶつけて。

 できなかったブリッジも逆立ちもできるようになりました。


でも、体力がみんなと揃わない息子は、安全を第一に配慮されて、大技からは外されました。

人間ピラミッドもサボテンも、なんちゃってポーズで、同じ体力が揃わない数人の仲間たちと演技していました。


実は組体最終練習の昨日、息子の演技を時間があれば見に来て欲しいと学校に呼ばれていました。

昨日、みんなと同じ動きで参加できない息子の姿を確認しました。

仕方のないこと、安全を第一に考えた結果であることです。

分かっていたけど、やっぱり正直、動揺しました。


晴れの舞台で、息子がみんなと違う動きをしなくてはいけないこと。

それを観客に見せること。

私は動揺しました。


だけど、その動揺は、すぐに違う感情に変わりました。

ブリッジや逆立ち、その他の息子ができるポーズを精一杯に演技し、みんなと力を合わせている姿を見て安心しました。

頑張ってみんなと演技する息子の姿は、本当に凛々しく。

カッコイイ男の子に育ってくれたなと心から誇らしく思いました。

ぐわっと心の底から込み上げる何かを感じて、涙がこみあげました。

私も我が子の成長に涙する、普通の母なのだなと思いました。


でも、普通の母じゃないのは、こうゆう感動の涙を流す私の姿を絶対に人には見られまいと。

素直に涙できない私は、必死に涙を涙腺に押し込んだのだった。

すげ~ひねくれてる、わたし。。。


運動会は、朝からどんより曇り空だったけど、最後の紅白リレーで、とうとう雨がどしゃ降りになってしまいました。

閉会式は中止になったけど、演目はみんな終わって、白組が勝ちました。

我が家の息子2人は赤組だったけど、2人とも満足な運動会になったみたいです。




さてさて、この運動会に参加していない、おじさんが1人いますよ。

このおじさんは、自分が何さまだと思っているのでしょうか?


ただのおじさんではないのですよ。

小学校最高学年の最後の運動会に、頑張った成果をお父さんに見に来て欲しいと願っている男の子のお父さんなのですよ。


去年、下の息子の初めての小学校の運動会にも仕事を優先して、まさか今年の運動会も仕事を優先するとは思いませんでしたよ。


分かっています。

このお父さんは、我が子の運動会に、とても参加したいと思っていたのです。

去年も今年も土曜日の運動会が、雨で日曜日に延期になってくれることを願っていたでしょうね。


どれだけ思っていても、行動しなくては現実は変わりません。


自分の思いに蓋をして、誰のために生きているのでしょうか?

何を気にして生きているのでしょうか?


自分を生きていれば、何に恥じることもないのに。


このお父さんは、お爺さんになって

「ああ、私はもっと自分のやりたいことをやればよかった。

もっと自分のために生きればよかった。

息子の運動会にも行けばよかった」

と臨終の間際に、後悔するんだわと私は密かに妄想するのであった。。。


そして、私はお婆さんになって、臨終の間際に

「ああ、私は充分に生きました」

と思えるような生き方をしていきます。





























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