新学期が始まりましたね。

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桜もだいぶ散ってしまって。
新学期は始まったばかり。

去年一年生だった下の息子は2年生。
上の息子は、最高学年の6年生。

上の息子が入学してから、あっという間に6年生。
下の息子もあっという間に、6年生になってしまうのだろう。

上の息子が入学したとき、低学年の間に支援クラスは卒業する考えでいた。
それが5年生までお世話になることになり。

それでも6年生には、普通クラスへ籍を移す予定で準備を進めていた。
けれど、6年生も支援クラスに在籍することを決めた。

理由は、上の息子が望んだから。
普通クラスに移したいのは「普通」という言葉に憧れた私の望みでした。

この先、中学校も高校も大学も就職も、この子が望めば支援クラスが用意されている。
それを上手く取り込んでいくことを視野に入れた。

支援クラスの先生に、この話しをしたら
「勇気ある決断です」
と先生は言った。

そのとおり、私にとってこれは勇気のいる決断でした。
もうずいぶん前から分かっていたのに、認めたくなかった。
「普通」に憧れるのを手放すこと。

私自身、子どものころ「普通」に勉強ができて、「普通」にコミュニケーションもできることに憧れていた。
自分は周りのみんなと何か違う違和感を感じていた。
普通になりたい。普通になりたい。はやく人間になりた~い!!みたいに思っていた。

学校の勉強も運動も、人付き合いも、自動車免許も、仕事も、恋愛も、どうして私はみんなみたいに習得できないのだろうと思い続けていた。

大人になって普通でいるために、日々頑張らなくてはいけなかった。
それは、緊張と疲労の連続だった。
それでも、さも普通であるように振る舞っていた。

子どものころから、できてるように見せる技を習得してまい。。。
私は自分の能力を偽るということに、天才的なのかもしれない。。。

必死に普通を装って、さらにちょっと普通よりできるんじゃないかと思わせるようなフリまで習得してしまい。。。
周りの人たちは見事にだまされ。。。
ここまで来ると、自分の外面の良さに惚れ惚れするくらいだった。。。

でも、どんなに頑張っても乗り越えられない壁を感じていた。
壁の正体が分からなくて得体のしれない苦しみに、もがき続けていた。
普通にできることへの憧れは強かった。

でも、「普通」ってなに?
これに気がついたのは、上の息子が2年生のころだった。

発達障害を持つ息子を普通に近づけること、健常だといわれる子たちについて行けるようにすることが、最善だと思い行動していた。

しかし、そんな中で気が付いてしまった。
健常と言われる子ども達と我が子との追いつけない距離。
我が子が成長しても、健常といわれる子達は、我が子の成長を待ってはくれない。当たり前だ。

私が目指している「普通」ってなんだ?
お前が目指している「普通」って
息子にとっては、すごいつまんないことじゃないのか!?
息子基準で、どうして見てやれないんだ?!

が~んんんんんっ!!!!って頭を殴られた気分だった。
そのショックから、低学年での支援クラス卒業は断念したのだ。

しかし、私自身の幼い時からの「普通」への憧れの思いは、かなりしつこく。
5年生で支援クラスは、卒業しようと諦めれなかった。
我が子が普通に混ざっていくことで、自分の思いを達成したかったのだろう。

息子を6年生で普通クラスに籍を移すには、現実しんどいこともあるのは分かっていた。
でも、じゃあ、いつやるのか?!
踏ん張る時じゃないのか?!
たくさんの葛藤が渦巻いた。

これまで息子に現れた壁を乗り越えるため、私は息子のバランスを調整し続けてきた。
そして乗り越えてきた。
やろうと思えば強行突破できたと思う。
あらゆる手を尽くして、息子を調整し、6年生で通常学級に籍を置き続けるように、バランスを調整し続ける自信もあった。

でもさ。。。この先、中学、高校、大学、就職、ずっと私がバランスを調整して、健常といわれる人たちと並んで頑張らせることって誰のため?

それって「普通」に憧れる私を安心させるためじゃないのか?
息子は望んでいるのか?

息子は、私が薦めることはやるだろう。

息子の人生は息子が決める。

「僕は、支援クラスが好きだ。支援クラスにいたい」
と息子は言った。

割れそうにまで膨らみきった風船がしぼんでいった。
詰まっていた思いが流れていった。

息子が健常といわれる人たちと肩を並べてやっていこうと決める時が来たら。
息子が望むだけ、私の力でいくらでもバランスを調整してあげよう。
そして、息子自ら調整できるように教えよう。

新学期が始まって、2人の息子は仲良く支援クラスで、穏やかな学校生活を送っています。

「お母ちゃんも子どもの時に、こんな素敵な支援クラスに入りたかったな。そうしたら、きっと学校が楽しかったと思うな」と息子たちに話します。
すると
「え?!お母ちゃんも発達障害だったの?」と上の息子が聞きました。

たぶん、そうだったかもね。
でも、今は違う。
しんどい時は、あるけど。
自分のバランスを整えて、行きたい未来に進んでいける。
算数も漢字も音読も、ずいぶんできるようになれたし。
もう、いじめられないしね。

今できなくても、いつかできるようになればいいのだから。
できる日を信じて、今できることをやっていくだけ。

息子たちは、わたしの中で長く続いた「普通」への葛藤を手放させてくれました。











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