台湾童子軍と小川家☆

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台湾草屯童子軍(たいわんそうとんどうしぐん)と犬山ボーイスカウト・ガールスカウトの交流の場を犬山ロータリークラブと台湾草屯扶輪社(台湾のロータリークラブ)とが主催して、1年ごとに交換で日本と台湾と行き来するイベントが1982年から続いています。
記念すべき1回目の犬山ボーイスカウト派遣団に、当時14歳の主人が派遣されていました。

今回で31回目です。
我が家で2人の台湾童子軍の少年を受け入れることになりました。
2泊3日のホームステイです。

私が面白そうだからという理由でホストファミリーを申し込んだのですが、
ホームステイの日が近づくにつれて、ワクワクソワソワ。。。
掃除が済んでない~!!
英語がぜんぜん上達してない~!!
プレゼント決まらない~!!
食事どうしよう~!!

バタバタとその日は来てしまいました。
18日、夕刻 童子軍は名鉄犬山ホテルに到着。
歓迎セレモニーに参加しました。
犬山市長や犬山ロータリークラブの社長さんたちが参加する豪華なセレモニーでした。

13歳から16歳までの童子軍が少年6人、少女14人の参加でした。
台湾では、ボーイスカウトのことを童子軍(トンツィーチェン)と言います。
我が家に来てくれたのは、プンフーとウェイファンと言う13歳と14歳の男の子でした。
名前がなかなか覚えられずに、毎回へんな呼び方をしては苦笑いされました。

台湾の中学生は日常会話くらいなら英語で話せると聞いてましたが、どうやら二人とも英語は苦手のようでほとんど通じませんでした。
私が英語を話せるわけもないのですが、もちろん中国語も話せるわけもなく。。。

やっと通じた私の英語の質問に、答える彼らの発音がやたら良くて、逆に私が聞き取るのに難儀をしたという、なんともコミュニケーションに時間がかかる。。。
もちろん私の英語の発音にもかなり問題があっただろうとは思う。。。
漢字文化同士なのが救いになり、肝心なやりとりは筆談で乗り切りました。

ホストファミリーとしてやることは、2泊3日の朝ごはんと夜ごはん。
シャワーとお布団を用意して、日中のボーイスカウト活動の送迎をするだけです。
それでも、2泊3日の間、私は地に足ついていないような感覚でした。

いつも頭をよぎります。
日本の習慣や食べ物に心配はないかな?
我が家で寛いでくれてるかな?
言葉は通じるかな?
気を使わせてないかな?
夜は眠れてるかな?
などなど、いろいろな気がかりが湧きます。

油断すると、今 自分が何をしようとしていたのかをすぐに忘れてしまうくらいです。
立ち上がって、何やろうと思ったんだっけ?みたいに。。。
でも、プンフーとウェイファンは、よく食べ、よく眠ってくれました。
それだけで安心でした。

2人とも背が高く、とても13歳14歳には見えない、しっかりした子でした。
プンフーは棒高跳び、ウェイファンはバスケットボールが得意だと言ってました。
とても可愛い男の子たちで、台湾ではきっと良い環境の中で、親に大切に育てられているのだろうなと思えるような素敵な少年たちでした。

2人ともシャイで、あまり話しかけてくれませんでした。
2人が話しかけてきたのは「童子軍の制服はどこですか?」(筆談)と「wi-hiありますか?」(英語)の2つだけでした。
制服は2日目の朝に着ることになっていて、洗ってはいけないのに私が洗ってしまい、慌ててコインランドリーに乾かしにいきました。。。

失敗もあったホームステイだったけど、受け入れて良かったです。
息子たちはあまり関わらなかったけど、台湾の子たちが家に居てくれることで、ワクワクした気分になっていたようです。
別れるときは、息子自身から「握手してくる」と言って別れをおしんでいました。
「また、日本に来てくださいね」と英語で言うと、これは最後、すんなり伝わって、素敵な笑顔を返してくれました。

ホームステイ2泊3日のあとは、可児のささゆりクリーンパークで1泊2日して、そのあとは蒲郡に滞在して。
合計7日間の日本滞在です。
24日の今日は、ショッピングをして帰国すると言っていました。

私は、ホームステイが終わってから2日ばかりは、ちょっとぼんやり気味でした。
とても疲れたようでした。
だって、使ってない脳ミソがフル回転しましたからね。
昨日あたりから、やっと地に足付いた感じです。

私にはやりたいことがあります。
息子たちが学生の間に、海外を見せてやりたいのです。
短い旅行でいい、どこでもいいんです。

海外にはばたく人を育てるとか、世界基準を理解できる人を育てるとか、そんな大それたことではなくて。
ただ、日本の外には、世界が本当にあるんだよ。
テレビや本の中だけじゃなくて、本当に世界があるんだということを肌で感じさせてやりたいと思っているのです。
将来を決めてしまう前にね。

でもね、息子たちは去年いった北海道旅行で、飛行機の移動が怖くなってしまい。
飛行機には、もう乗らないと言います。
船か電車だったら行ってもいいよと言います。
どう言いくるめて母ちゃんの夢を叶えようか思案中です。。。

私が初めて海外旅行に行ったのは、23歳くらいだったと思います。
カナダのバンクーバーに行きました。
「ホントに世界ってあったんだ!!」と衝撃が走り。
でも次の瞬間、周りはみんな西洋人ばかりで、言葉は通じないし、コーヒー1杯注文するのに大変な思いをして。
日本に居る、言葉が通じるありがたさが身に染みて。
帰国してから、人前で以前より自分の考えを話せるようになったことを覚えています。

息子たちは、プンフーとウェイファンから台湾の風を少しは感じてくれたかな?

プンフーとウェイファンには、なかなか通じなかったけど、ひるまず言い続けた私のインチキ直子イングリッシュを息子たちはしっかり聞いていて。
面白いことに、上の息子はちょっと英語に興味を持ったようです。
息子たちは英単語をちょこっとだけ日常で遊んで話しています。

もう、今頃はプンフーもウェイファンも家族の元に帰っているでしょうね。
素敵な体験をありがとう。
2人の記憶の端っこにでも、小川家がちょこっと残れたら幸いです。
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