馬鹿にするのもいい加減にして

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私の用意した書面を見ながら、
プランBの念書を書き始めた彼。

やはり、空欄にしていた金額の箇所で
手を止めました。

「いくらで書けばいい?」


彼の仕事がうまくいっていないことは
知っています。

でも、それだけではありません。

あの日話した奥様の格好を見れば、
いかに慎ましやかな暮らしぶりかは
想像に難くありませんでした。

見かけじゃない、そうよく言うけれど、
女は、嫌でもそういうところに
目がいってしまう。
そして、敏感に生活を感じとるのです。




私は、言いました。

「気持ちの範囲でどうぞ。」

金額を吹っ掛けることは簡単でした。 
でも、私はお金がほしい訳ではないのです。

彼を念書の存在で怯えさせたかっただけで、
実際に請求する気はありませんでした。


なぜ、あえて金額を空欄にしておいたか、、

それは、ただ彼の誠意が、
彼の気持ちが知りたかっただけ。

せめて最後に、少しは彼のことを
いい人だと思いたかったのもしれません。


金額を記入出来ずにいた彼は、
私に尋ねました。

「いつ請求するの?」

私は答えます。

「さあ?私がその気になったら。
 明日かもしれないし、一生、
 そんな気にならないかもしれない。」


でも、次の瞬間、私は忘れるところだった
事実を思い出すのです。

この男が最低だったということを…。


彼が口にした金額は「3万円」。

笑っちゃう金額でした。

溜め息にも似た小さな深呼吸をして
私は彼に言いました。

「あのね、その額じゃ、
 手術代にもならない。
 馬鹿にするのもいい加減にして。
 何なら出るとこ出ましょうか?」

私の言葉に、彼がひるむのが
はっきりと分かりました。
 

実は、事前に調べてありました。

法的に、どこまでこの念書が通用するのか。
法的に妥当な金額の範囲も。

高額な提示があれば、
彼の誠意を確認出来ただけでよしとして、
念書は破り捨てたかもしれない。

でも、そのチャンスはなくなりました。

「20万円でお願いします。」

心情的には、もっと高い金額を
言いたかったけど、
法的に通用しない念書を作成しても
仕方がないのです。

それでもきっと、20万円と言えど、
彼には大きな負担なはず。

これで納得するしかありません。

彼は渋々、その金額を記入し、
渋々、署名捺印しました。




別れ際、供養の日にちを、
私は彼に告げました。

それは、約2ヶ月後の日付。

彼は、もっと早い日にちにしてくれと
言いましたが、私は譲りませんでした。


なぜなら、それは、あの子が逝った日。
忘れることの出来ない日でした。


彼は、果たして、
約束の日に来るだろうか…。

そんな一抹の不安を感じながら、
彼の書いた念書をバッグにしまったのです。


そして、座ったままの彼を残し、
私はカフェを後にしました。






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