ブダペストはドナウ川によって中心を二分されている。
旧市街側がブダ、そして新市街がペスト。

フランツ・リスト像があるリスト広場は新市街にあり、広場に面して大きなカフェが何軒も軒をつらねている。

殆どの店がオープンテラスになっている。


私がお邪魔したのは、そのはずれにある〝cafe miro grandeミロ・グラン〟である。
ミロ・グランもオープンテラスだったので、私は外の席に案内してもらい、午後の時間をゆっくりと過ごした。


ちょうどランチタイムを少し過ぎた時間帯だったので、近くで働いているのであろう、ビジネスマンと思われるひとたちがぞろぞろとやってきてはお茶を飲んでいく。

なんだか銀座のカフェみたいだと思った。私が日本で働く街。


そろそろ旅も終わろうとしていた。


#cafe miro grandeミロ・グラン


budapest_cafe_m

AD

アンジェリカは教会のなかにあるカフェである。
その一文に惹かれ、アンジェリカに行ってみた。


なるほどそこは確かに教会で、その一部をカフェに改装してあった。
改装といっても、祭壇がなくしたかわりに椅子とテーブルを並べたという程度。
したがって明らかに教会とわかるつくりになっている。
ところどころに残されたステンドグラス、アールの天井。


ただし飲み物も食べ物もとりたてて教会を彷彿とさせるものはなく、いたってふつうのカフェである。

それでもなんというか、全体のバランスが妙にしっくりとくる、居心地のいい空間だった。


#angelika アンジェリカ[ブダペスト]


budapest_cafe_a

AD

ブダペストの観光名所である〝漁夫の砦〟からは、ドナウ川とその向こうに広がる新市街…ペスト側の街並みが見渡せる。


漁夫の砦の中(というのだろうか)には、カフェがある。
ここの窓際の席はとても気持ちがいい。

観光客でにぎわっている店だから、抵抗する向きもあるだろうけれど。

でもそんなことよりも。

眼前に広がるこの美しい景色をゆったりと眺め、

吹き抜ける風を感じることのほうがよほど大事だ。
窓際のテーブルにつき、あたたかいカフェオレを飲みながら。そんなことを思った。


#漁夫の砦のカフェ[ブダペスト]

(名前は不明です)

budapest_cafe_g1  budapest_cafe_g2

カフェ店内と窓際の席からの眺め。



AD

ウィーンに行ったらやはりウィナーシュニッツェルを食べないわけにはいかない。

それは台湾に行って小籠包を食べないようなものだ。あるいは北京における北京拷鴨。

(まったくの余談になるが、台湾の鼎泰豊:ディンタイフォンの小籠包は日本の鼎泰豊のそれとまったく味が違う。別の食べ物かと思うくらい台湾本店はおいしかった)


私はヨーロッパのひとり旅ではレストランには入らないことにしている。
やはりそれはなんというか…マナー違反というか、作法にかなっているふるまいとは思えないから。
でも今回の旅ではウィーンのウィナーシュニッツェルと、ブダペストのフォアグラだけは特例にさせてもらっていた。


というわけで、ツム・フィグルミュラーに行ってきた。
ここはシュテファン寺院のすぐそばの路地にあるレストラン。
他のメニューもあるのだけれど、訪れるひとの殆どはみなウィナーシュニッツェルを食べている。
午後の遅い時間に行ったのでとてもお腹が空いていたこともあり、私はウィナーシュニッツェルとサラダを注文した。

しかしその十数分後、サラダを頼んだことを激しく後悔することになる。

というのも、運ばれてきたウィナー・シュニッツェルが信じられないくらい大きかったのだ。何しろ、お皿が隠れて見えないくらい。
肝心の味はというと、使い古された表現を敢えて使うと、外はさくさく、中はジューシーでとてもおいしい。
この一軒でしか食べていないので、他のレストランのウィナー・シュニッツェルと比べることはできないけれど。


#zum figlmuller ツム・フィグルミュラー[ウィーン]


wiena_winnner

あまりに空腹だったため食べかけで撮影。すみません。。。

本当はsacherで、かのザッハトルテを食べながらお茶をするつもりだった。
ウィーンにきたからにはホテル・ザッハでザッハトルテを食べたい。
いくらおのぼりさん的だと嘲笑われようとも。


しかしその日は、近くのオペラ座で有名な演目があったせいもあり、夕刻のこの界隈のカフェはどこもとても混んでいた。
私はsacherをあきらめて、たまたま隣にあったこのカフェに入った。

だからこのカフェと出会ったのは、単なる偶然だ。
結果的に、この偶然を私は祝福したいと思ったのだけれど。


このカフェはとても親密な感じがした。
旅をしていると…特にヨーロッパでは…ちょっとした蔑視の気配を感じることがある。
あるいはそれは蔑視などではなく、あくまで作法の問題で、こちらがそれを踏み外しているからなのかもしれない。
ただ、遠く異国の地において、しかもほっとしたいカフェなどでそういう負の感情を背負うのは結構つらいものだ。


私が好きだと思ったこのカフェでは、そうしたことがまったくなかった。
フロアをとりしきる年配の男性は、何国人であろうときちんした敬語と尊称を用い、それがとってつけたようでもない。
壁際の座り心地のいい椅子に腰をうずめていると。
この男性がいかにさりげなくあたたかく店全体に気を配っているかがとてもよくわかる。

杖をついた高齢の男性にはそっと手を差し伸べ、常連と思われる初老の女性には気安い冗談をいい、小さな子供には笑顔を見せる。
彼のその空気が伝播するのだろうか。時折顔を出す若い店員さんもとても感じがいい。


いつかまたウィーンを訪れることがあったら。
私はきっとまたこの店に行くだろう。

もしかしたら隣にあるsacherよりも。


#sacherの隣のカフェ(名前はわかりません)[ウィーン]


wiena_cafe_?