lost my voice

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私の強みは身体が丈夫であるということである。これ以外は自ら自慢できるところは正直ない。私はこれまでの人生において病気体調不良を理由に休んだことはない。このようなことを自慢げに言っていることにバカかと思われる方もいらっしゃるかもしれないが、これは誰もができることではないと思うのだ。もちろん今後も「特技は?」という質問に対しては「健康でいることです!」と堂々と応えるつもりでいるのであるが、しかし、火曜日から喉の調子が良くない。声がうまく出ないのである。


身体はなんともないし食事もモリモリ摂っている。上司に影響を受け毎朝版一駅分歩いているし、就寝前の五分間の筋トレも欠かしていない。ただ、何が起きたか声がうまく出ない。私の場合、ある意味話すことが商売なので声が出ないことは致命的である。面談や電話にて相手に聞き苦しい思いをさせてしまっている。ありがたいことに心配の声を頂くのであるが、心配をかけている時点で迷惑をかけているのである。健康でいることは、傲慢な言い方に聞こえるが、相手のためにもなっているのである。


昨日は、就寝前に、蜂蜜入りのレモンジュース、ビタミンC、生姜湯、燗にした焼酎、そして喉の薬を飲んだ。どれかが効いたのかだいぶ良くなった。

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役割

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「お前が悪いんだろ!タクシー代出せよ!」


酔っ払いが駅員に絡んでいる。今にも飛びかかりそうな勢いである。アルコールで自制心を失った、本能の声が終電間近のプラットホームに響き渡る。大きな声は嫌でも耳に入ってくる。


「お前が間に合うって言ったんだろ?どうやって帰るんだよ!嘘つきやがって。どう責任とるんだよ!」


彼の終電はすでに終わっていたらしい。改札で終電を確認し、ホームに降りてきたが、逃したようである。


サラリーマン風の50代の男は、日々の鬱憤を晴らすように、これでもかと言わんばかりに駅員をまくしたてる。駅員は「申し訳ございません」を繰り返す。一日の終わりに嫌なクジをひいてしまったとばかりに。めんどくささが前面に滲み出ている。




「実は、この世の中には幽霊はいるんだ。統計学的な観点からもそれは言えるね。」


遅めの夕食のため入った定食屋、隣の席の20代だろうか、男性2人の会話の内容が、突っ込みどころ満載である。酔っているわけでもなさそうである。


「僕の経験上では、科学的に立証できないものは、この世に存在しないんだ。俺が前見た軍服を着たやつは、カテゴリーとしては落武者系の幽霊なんだ。でも統計的には、最近はやっぱり軍服の幽霊を見たという人が多いらしいよ。第二次世界大戦?たくさん人が死んだからね。」


自分がいたってまともで、なんなら論理的、そして知的であることを押し付けまいとする話ぶりは、反対に軽薄さを強調してしまっているのであるが、相手に熱弁をふるうその若者のくだらない話を聞いて、その相方は「へー、そうなんだ。」とか、「それヤバくね。」など、同じセリフを繰り返す。しかし気持ちはそこにはなく、スマホをいじりながら、別のことをしているようだ。めんどくささに耐えながら。



与える者があれば与えられる者があり、奪う者があれば奪われる者がある。子がいなければ親は存在しないように、どちらか片方だけでは存在できない関係である。


ストレスを発散する者は、それを受けなければならない者に支えられているし、自慢して気持ちよくなる人はそれを聞いてうなづいてくれる人に支えられている。


立場や環境、境遇は何であれ、この世の中を円滑に回すために、それぞれ与えられた役割があるようである。



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すくすく育てよ

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1850グラム、今の僕の赤ちゃんの体重だ。前回もそうだったのだが、相変わらず手で隠して顔を見せてはくれない。突き出して今にも破裂しそうなお腹の上を、レジのバーコードリーダーのような機械を這わせながら、クリニックの先生が呟く。


「これまで顔が綺麗に写せたのは一回だけでしたね。」


お腹の子どもがちゃんと育っているかの確認のための定期検診は、3月に入ってから月に2回に増えた。一緒にクリニックに来たのは今回で2回目である。モニターに映し出される画像はどこが何で何がどこなのか皆目見当がつかなかった。しかし画面の中で忙しく動いている部位があり、あれはきっと心臓である事はわかった。


グラフを見せてくれながら、先生の説明が進む。


「標準よりもかなり大きく育っています。まあ、お二人とも身長があるので自然な事です。きっと出産時は3700グラム程になっていると思われます。」


小さいよりましかと、少し安心した一方で、ちゃんと出てこれるのかという、新たな不安がよぎった。無痛分娩という痛みを感じない出産方法を得意とするクリニックではあるようだが、あまり大きすぎた場合は、帝王切開になるそうである。


「出産時の痛みを乗り越えるから、子どもが愛おしいし、その子の一生の責任が持てるんちゃうの?」


無痛分娩か普通の分娩方法かを決める話し合いで、私は彼女にそう言った。無痛分娩は普通に産むのとは違ってお金がかかる。少しでも出産費用を安くおさえようなんて気持ちは、1ミリも、1ミクロンも、これっぽっちもなかったのであるが。


「男はいいよね、自分で産むわけじゃないから。それは男の勝手な思い込みだよ。結局産むのは私でしょ?」


ぐうの音も出ないとはこのことかと思ったことを思い出す。


お腹の子どものに向かって、


「大きく成長しろよ。でもお母さんに負担をかけない程にしろよ。でも遠慮せずすくすく育てよ。程よく、産みやすいサイズで


呆れ顔で私を凝視する彼女に、「また勝手な事言うてるよな。」と、一応、言っておいた。




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