2015年09月19日(土)

電子書籍と紙の本

テーマ:本を読むこと・本にまつわること

仕事、業務で読む文献や論文などは、もうずいぶん前から電子化されたものを読むようになっている。

論文・ジャーナルを紙媒体で出版する学会などは、今やほとんどないだろう。月一回発行の会誌などは未だ紙媒体で送られてくるが、会員数の減少などで予算の厳しい学会は、会誌も電子版で配信するところがある。

クライアントへの業務報告書や設計計算書、図面も電子版での提出が通常である。

今や仕事で何かを読む行為というのは、もっぱらPC画面上でのこととなってきた。


3.11以来、新聞の購読を辞め、時事ネタ・ニュースはポータルサイト上のトピックスを拾い読みするだけになり、仕事以外の日常での読む行為も確実に電子版に頼る機会が増えている。

が、書店巡りを数少ない楽しみとしている身にあって、漫画や小説やノンフィクションなどを読む際は、やはり文庫や新書などの紙媒体を購入することが多い。

私の場合、現状では未だ紙媒体による読書の割合が多いかもしれない。


昔から読み続けている贔屓のミステリ作家の作品の場合は、紙媒体での購入を優先するだろうし、ハヤカワのポケミスに至っては、あのフォルムに愛着があって、紙媒体での購入が圧倒的になうだろう。だがそれも何時までのことかは判らない・・・。


文芸書などの一般書籍が電子化されることも普通になってきた今、kindleを使ってコンテンツを読むことが確実に多くなりつつある。ノンフィクションの新作の場合は、ほとんど電子版を購入している。

コンテンツ電子化の波は、私の読書傾向も確実に変化させている。


今更ながら、電子版書籍と紙媒体書籍の違いについて一考。

両者の最も大きな違いは、電子版はデヴァイス(装置)とコンテンツ(内容)が分かれている、のに対して、紙媒体書籍はデヴァイスとコンテンツが一体であるということだ。

人類史上の読み物において、装置と内容が分離したのは20世紀末以降だ。

岩盤や土壁、粘土板、パピルス、木簡、紙などに書(描・画)かれていた一体のものが、デヴァイスとコンテンツというものに分離されるとは、子供の頃の私は思ってもいなかった。

読み物に関する現在の状況に対して、時折ふと驚きを感じることのある私は、確実に旧世代化していることを実感する。



追記

今月初めにあった、とある学会発表では、プレゼン資料をセキュリティー対策付きUSBメモリーに入れて持って行ったが、学会側で用意したPCでは、このUSBを読み込むことができなかった。幸いプレゼン資料は私のモバイルPCにも入れておいたので、そちらから別のUSBメモリーを経由して学会PCに移すことができた。

デヴァイスの違いによってコンテンツの再現が不可能となることの例として私の記憶に残る出来事だった。



追記2

ベタな妄想だが、無人島に持って行ける本を選ぶときは、紙媒体のものが圧倒的に信頼性が高いことになる・・・。



追記3
5年前に、こんなこと を言ってた。。。

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2013年08月03日(土)

エッセイにハマる。

テーマ:本を読むこと・本にまつわること


昨年あたりから意識してエッセイ・随筆を読むようにしだしたら、これが結構ハマった(ハマってる)。

ハマった要因・・・、


まず何と言っても、大抵のエッセイ本は薄い。

だいたい200ページくらい。多くても300ページくらいだ。私の好物の翻訳ミステリ作品は最近ますます分厚くなってきていて文庫で500ページくらいの作品が当たり前になってきている。こんなのと比べると読む前に気合を必要としなくてイイ。気軽に読み始められる。


そんでもって、日本語プロパーの著者によるものが多いから文章が読み易い。

翻訳モノを読ませるにあたって、全ての文章から違和感をなくすのはなかなか難しいだろう。日本と外国とでは文化・考え方の違いというものがあって、原著の文章は当然のことながら日本語の言い回しや論理構成と違っているだろう。そういったものを翻訳すれば、通常我々が使う日本語での表現とは異なることもあるだろう。だが、日本人の書くエッセイにはそれがない。


そしてそして内容的にも満足できる。一言でいうとオモシロい(ものが結構ある)。

エッセイってのは、作家の考え、想い、思い、気付き、発見、などを綴ったものだが、やはりプロの書く文章は皆それぞれに巧い。まァ、技巧的に高いってのは当たり前として、重要なのはそんなことではなくて、書き手の視点、感性が独特だから、同じモノ・コトを観たとしても私のような一般人とは捉え方が違うんだ。

半世紀近くも生きてきた私が考えていたこと、感じていたことが、一つのエッセイによって変えられる場合がある。年齢的なモノと、自分を取り巻く環境の均質性もあって、自分の考えを変えさせられることなんて日常ではめったに遭遇しなくなったが、エッセイを読んでいると、たびたび変更を迫られるのだ。そして、それが心地良かったりする。


面白いエッセイの書き手は観察者として巧者なんだ。 そういう人のいうことには聞く耳を持とう。。。と思う。。。


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2011年11月14日(月)

中公新書の目録を眺めていたら

テーマ:本を読むこと・本にまつわること

この時期、書店では各出版社の新書や文庫の目録がレジ前に並べられることが多い。

年が変わる前に邪魔な在庫を少しでも処分しておこうということなのだろうか。

(ホントかどうか? 私の邪推なので、書店員の方どなたか事情をお教えください。)


私はこういう目録を遠慮なく貰ってくる。 目録だけ数時間も眺めていることだって良くある。

先週は、中公新書の目録を貰ってきて、寝る前だったり風呂に浸かりながら眺めていた。



本だけ読んで暮らせたら-中公新書2011目録


中公新書が刊行されたのは1962年だそうだから、老舗の新書シリーズだ。


この目録にはおよそ880冊の作品が載っている。このうち、私が読んだことのあるのは1~2%程度だ。

今後読んでみたいなと思った作品には、マーカーを引いておいたり、ページの右端を折ったりしておいたけど、全部で10冊程度だった。



本だけ読んで暮らせたら-中公新書2011目録02


本棚や枕元には、読みたい作品に目印を付けた目録が他にも幾つか置いてある。

目印を付けたのはいいが、その後、読みたいと思ったことさえも忘れてしまった本がいったい幾つあるんだろう??


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2011年10月25日(火)

『本へのとびら  岩波少年文庫を語る』

テーマ:本を読むこと・本にまつわること

『本へのとびら――岩波少年文庫を語る』  宮崎 駿/著、 岩波新書(2011)


アニメ映画監督、宮崎駿の選んだ岩波少年文庫が50冊紹介されている。1冊1冊に書店のポップのような短いコメントが添えられている。


岩波少年文庫は読み易くて、私レベルに丁度イイ。 それに挿絵があるってのも魅力。

かつて、かなり感動した本 もあった。

こんなガイド本を読んじゃうと、ますます積読本が増えてしまう。


「三月十一日のあとに」というエッセイでは、震災後の日本社会が「終わりの始まり」の時代に突入したというようなことを言っている。 ちょっと、私の感覚と重なるところもある。。。

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2011年01月04日(火)

『本は、これから』

テーマ:本を読むこと・本にまつわること
『本は、これから』  池澤夏樹/編、 岩波新書(2010)


最近は、読み終わった本のコトを記事にするのが面倒くさくなってきた。。。

この本を読み終わったのは確か昨年12月の頭だった。読み終わってから1ヶ月ほど経ってしまった。

記事にするにしても記憶がアヤフヤだ・・・・・



電子書籍の本格的な登場によって変わりつつあると言われている本とその周辺の物や出来事について、37人の評者が語っている。

いったい何が変わるのか? 何が変わらないのか??


 ●電子書籍と紙の本の住み分けができてくるだろう、両者の「重み」や「価値」に異なりが生じるだろう、

  などと予想する人。

 ●先(将来)のことなど自分には関係ないものだから、電子書籍に対してほとんど興味をしめさない年寄り。

 ●今まで読んできた紙の本について、ただひたすら郷愁を語る人。

 ●電子書籍に対して何だかんだイチャモンを付けて、悪者に貶めて、頑なに紙の本だけを擁護する者。

 ● ・・・・・・・・・・・・・・・・・etc, etc・・・・


まァ、いろんなことが言われている。。。 いろんな人がいる。。。



さて、ここからは私見を思いつくままに羅列する。 メモ。


●文字にしろ映像にしろ音にしろ、記録のためのデバイスは構造も材質も単純なほうがいい。

 一般的には単純なモノほど劣化の進行速度が小さく、情報・データの長時間の保存が可能。

 この本の中でも誰かが言っていたが、洞窟に描かれた壁画が良い例。
 だが、単純過ぎると情報・データを記憶する容量が少なくなる。

 容量を増やすためにはデバイスにひと工夫する必要がある。

 記録を電子化してシリコンに閉じ込めるのは効率的。そういった点で、電子書籍はイイ。問題は時間。


●情報と知識は異なる。前者はデータの集積。後者はそれらを体系化したもの。
 どちらかというと電子書籍は前者で、紙の本は後者のような感じ…かとも思える・・・

 一方で、1冊の本を読んだだけでは判らなかったコトも、同分野の複数の本を読んでみたら理解が深まり、

 知識化されることもある・・・と、見方を変えれば、一冊の本だって単なる情報の断片にしかならない。

 ブログなどまさに情報の断片の典型。

 結局、情報・断片であるのか、知識・集積であるのか、は、デバイスによらない。

●本に書(描)かれたもの(コンテンツ)と、それを読む人間とのインターフェイスの問題は?

 紙の本の場合、読書中には本の厚みや紙の手触りなどがインターフェイスとして、コンテンツと同時に

 読者に自然と運ばれる。

 今のところ電子書籍には、そうしたインターフェイス的な機能が少ないような気がする。

 だが、そんなものもいずれはどうにかなるだろう。

 紙の本でできるものは全て電子デバイスでも可能となるだろう。

 逆に、紙にできないことが電子デバイスで可能となる新しいモノやコトが出てくるだろう。


●数百年後、数千年後まで、情報・記録・コンテンツを持ち越す方法・システムさえ確立できれば、

 電子デバイスが紙の本を圧倒するのは目に見えているような気がする。


●かつての記録デバイスだった巻物を、現代の一般人が日常的には見ない・読まないのと同様に、

 いずれは紙の本も同じ道を辿るような気がする。

 だが、完全に電子デバイスに移行するには、数十年単位の時間が掛かるだろう。




最後に、本書に対して文句を一つ。

●どこかの大学の文化人類学者だか批評家だかの書いている『本を還すための砂漠』という文章は全く以て何を言っているのかわからない。日常ではほとんど使わないであろう言葉を多用したり、哲学用語らしきカタカナ表記の単語を漢字にあてていたり、無理矢理な比喩を使ったり。

ともかく他人に解り易く書こうという意識みたいなものがまったく感じられない。難しく書く事を良し、とする、最近では珍しい、久しくお眼に掛からなかったヤカラが居たのには驚いた。

これ、新書だろ! 新書を書くのに適切な人選だとはとても思えない。


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2009年09月05日(土)

ハウトゥ本、自己啓発本

テーマ:本を読むこと・本にまつわること

社会的・経済的な成功者の書いたハウトゥ本、自己啓発本がヤタラと出回っているようだ。

書店に行っても、特定の著者の書いた大量の本を集めてフェアが開かれているのを良く目にする。


そんな本について・・・。



「絶対儲かる○○○」とか、「必ずできる○○○」という類のタイトルの本をあまり信用しない方がイイ。

このテの内容のことが書かれている場合は、ある特定の個人(=著者)にとって、というふうに受け止めた方がイイ。

書かれていることが、自分(=読者)にも当てはまるとは思わないほうがイイ。

著者が語るハウトゥ・主張は、一般人(=読者)にも適用できるかのように書かれているかもしれないが、あなたは一般人ではないと思ったほうがイイ。

大数で見れば一般性はあるかもしれないが、一般的な個人などいないと思ったほうがイイ。

こういった本については、単なるデータとして見た方がイイ。

読んでいる最中に想いを込めたり共感して読まないほうがイイ。


たかだか本を数冊読んだ程度で自分の考えや能力が変わるとは思えないし、仮にその本の内容に大きな感動を覚えたり影響を受けたりしても、自分が感じているその状況が今後も持続できるのか否かについて再考した方がイイ。

読み終わった直後の、一時の感情の高ぶりを信用しない方がイイ。

ある程度の時間を経た感情のほうに信用を置いた方がイイ。


どんなにスゴイ(と感じた)内容の本でも、それ1冊を鵜呑みにしない方がイイ。

関連した別の本や、あえて反対のことを云っていそうな本にもあたった方がイイ。


つまらなかった、くだらなかったと思った本に対しては、一部分でもいいから良かった点を見つけた方がイイ。

オモシロかった、感動したと思った本に対しては、逆に欠点を探した方がイイ。


本に書かれていることは所詮、情報の一部でしかないと思った方がイイ。

他人の云っていること(本に書かれていること)と、自分の経験や直観が異なる場合、後者を重視した方がイイ。




ハウトゥ本、自己啓発本が嫌いな当ブログの管理人が云ったこと↑ は信用しない方がイイ。


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2009年08月12日(水)

『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』

テーマ:本を読むこと・本にまつわること

『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』  村上 春樹・吉本由美・都筑響一/著、文春文庫(2008)



だいぶ前にブックオフで105円で購入して、積んであった本書。


村上、吉野、都筑の3人がつるんで出掛けた場所について、勝手気ままに書いたお気楽トラベル・エッセイ。


まったく意味のない本。

意味がないからといって、別に悪い本じゃない。いい本でもないけど。エッセイってのはそもそも良し悪しや意味なんかある内容じゃないし。。。暇潰しに読めばいい。トイレに入った時や電車の待ち時間とかに。



さて、このテの旅エッセイ・ガイド本を読んで、よく勘違いしちゃうのが、“面白そうだから行ってみよう!”っていう感情。

大抵の人が経験アルだろうと思うが、実際行ってみたら大して面白くないし、思っていたよりも見るべき所は多くもない・・・、本読んだ時はあんなに面白そうに思えたのに・・・?? なんてコトがほとんどだろう!?


・・・そりゃ、ソウなんだよな。

商業ベースにのってるようなトラベルガイド、旅エッセイってのは、大抵の場合、実際以上に面白おかしく書かれているもんだ。

ましてや本書なんざァ、村上春樹っていう世界でも有数の書き手によるものなんだから・・・・・。


面白いって感じたのは、書かれているもの=書き手の感じ取ったものとか考え方、だってことだよな。

実際の対象とかその土地に対する感じ方ってのは、結局のところ、人それぞれによって違っちゃうはずだから・・・。

こういう旅エッセイってのも、書き手というフィルターを通して表出された「物語」ってことなんだろうナ。結局、読み手にとっては、エッセイもフィクションってことだ。 そういう物語に対して、私たちは面白がってんだろうナ。

しかし、こんな考え方してたら、全ての読み物がフィクションってことになっちまうな・・・。多分ソウなんだろうけど・・・。


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2009年02月08日(日)

『読書術』

テーマ:本を読むこと・本にまつわること

『読書術』  加藤 周一/著、 岩波現代文庫(2000)
初出は1962年に光文社からだったらしい。 私が生まれる前だな・・・。


同じ著者の岩波新書の作品 があまりにも良かったものだから、他の作品も読もうと思っていたところ、ほぼ毎日寄るターミナル駅構内の書店の平台に置かれていた本書が目に付いた。

岩波現代文庫は高価なのがいけないが、氏の作品で、しかも「読書術」とあっちゃァ、そうも言ってられない。

さっそく読んでみた。


1.寝てもさめても

2.幾山河

3.おそく読む「精読術」

4.はやく読む「速読術」

5.本を読まない「読書術」

6.外国語の本を読む「解読術」

7.新聞・雑誌を読む「看破術」

8.むずかしい本を読む「読破術」


目次を見ると上記のように各章のタイトルに「○○術」とある。しかし、本書はいわゆるマニュアル本でもHow to本でもない。万人に向けて、“本はこう読むべし!” などといっている押し付けがましい箇所はほとんどない。

著者がそれまでに、どのように工夫して本を読んできたのかを、一種の経験談として語っている。


著者は戦時中に東大の医学部に通いながら、日本文学・文化はもとよりフランス文学、ヨーロッパ文化へも傾倒して行ったらしく、そのほとんど全てに一流の批評・評論を残しているようだ。ヨーロッパ各国から名誉博士号やら文化勲章を送られるほどの世界的な知識人(賢人)の一人だった。

そんなドエライ人の読書の仕方など決して真似できるものではない。私としては、著者がどのように本を読んできたかを知ることよりも、本というものを媒介にした著者のものの考え方や見方を垣間見せてもらったような気がして、そのことの方が断然面白かった。


こういう本を読みだすと、いつの間にかラインマーカーを片手にして、気になったモノの観かたにラインを引いている。

ラインを特に沢山引いたのは6章と8章だった。

6章では、外国語の本を如何に読めるようになるか、などという方法論にはほとんど興味は持てなかったが、西洋人と日本人のものの見方の違いについて言語構造的な観点から述べている箇所は実に明晰で、かつ簡単な語りで、ついついラインを引く箇所が多くなった。

8章では、“むずかしさ”について語っている箇所が判りやすかった。自然科学、社会科学、文学・芸術におけるそれぞれの“むずかしさ”の異なり方、そしてそれをどの様にしたら判るようになるのか、について語られた箇所は頷くことが多かった。


お薦めです。

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2009年02月03日(火)

通勤車中の読書と音楽(1)

テーマ:本を読むこと・本にまつわること

先月中旬、会社帰りに iPod classic を衝動買いしてしまった。

以前から持っていた旧型の iPod shuffle は確か会社の忘年会のビンゴゲームかなんかで当たったものだったから、自費で購入したのは初めて。


帰宅し、食事してからPCの前に座り、箱を開けて New-iPod を取り出し、iTunesと接続したり、CDやPC内の音楽ファイルのダウンロードを始める。その間、カミさんには内緒。なんとなく気が引けたもので・・・。

その晩は、New-iPodを聞きながら就寝する。朝起きると、私の枕元に置かれたNew-iPodに気付いたカミさんから突っ込まれる。自分からは言い出しづらかったので、わざわざカミさんに見つかるように置いといたのだ(健気な私・・・)。


さて、今度の iPod classic の記憶容量はかなり大きい。記憶容量は実質上気にする必要もないので、YouTubeからダウンロードした音楽ビデオファイル、そのビデオファイルから音声だけを抽出したMP4ファイルなどを何でもかんでも放り込んでおける。クラッシックもジャズもロックもJ-POPも、自分で気に入ったものは選り取り見取りである。


通勤の行き帰りの車中では、このiPod内の音楽を聴きながら本を開く。本当は読書中に頭の中に音など入れたくはないのだが、車中でお喋りに興じている他人の話し声よりは遙かにマシなのでBGMを流しておくのである。車中のノイズをカットしてくれつつ、読書に邪魔にならないBGMが理想なのであるが、そんなに都合のいいものはなかなか無い。車中の読書に完璧なBGMはあり得ない!?

でも、相性の良いものはありそうだ。

ヴォーカルのないもの・・・、クラッシック、中でもピアノやヴァイオリンのソナタはなかなか良さそうだ。アルトサックス・メインのジャズも捨てがたい・・・。パンクは論外。ロックもイマイチだが、洋楽のバラード系ならヴォーカルがあっても意味が判らないから読書への集中を掻き乱すこともなく、案外イケる。


・・・と、まァ、いろいろ聞いているうちに何となく気付き出したのだが、音楽のジャンルと読む本のジャンルの相性というものがあるのではないか? ということである。

具体的に、どの音楽ジャンルと、どの本のジャンルが合うのか? については、未だ確たる傾向は見い出せないが、そのうち判るかもしれない!?


以下、第2報へ・・・。

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2009年01月09日(金)

『ほんわか! 本についてわからないこと、ねほりはほり!』

テーマ:本を読むこと・本にまつわること

『ほんわか! 本についてわからないこと、ねほりはほり!』  北尾トロ/著、 MF文庫ダ・ヴィンチ(2008)


“本について”と云っているが、本の内容のことなどはいっさい書かれていない。

本の周辺のことが書かれている。


例えば・・・、

■本好きはモテるのか?

■読み終えた本を売る場合、古書店、フリーマッケット、どちらが儲かるのか?

■捨てた本の行方はどうなるのか?

■最近では海外でも人気のある日本のマンガ。しかし、多分にその国の文化や言葉が関わるギャグマンガは外国人にも判るのか? 秋葉原を訪れた外国人に日本のギャグマンガを読んでもらい、どんなものがうけるのか?

■寝床で横になりながら長時間本を読むのに最適な姿勢は? 寝転びながら本を読むのに楽なグッズはないのか? 

■ニューヨークの本屋事情は? ほんとに外国(ニューヨーク)の電車の中ではマンガは読まれていないのか?


↑ このようなことを実地調査して、それをレポートしている。現場主義、実証・実験主義のルポルタージュ。


くだらないっちゃー、くだらない。こんなこと知ったからといって、どうってことない。そんなこと著者だって判っている。でも確かめたい・・・。 いいじゃん。


最後のレポート記事は何故か、四国お遍路八十八箇所廻り の(途中までの)こと。オイオイッ!


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