1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2009年12月17日(木)

『100年予測』

テーマ:歴史とか
THE NEXT 100 YEARS A Forecast for the 21st Century (2009)
『100年予測―世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図』  ジョージ・フリードマン/著、 櫻井祐子/訳、 早川書房(2009)


本書の内容は、21世紀における世界情勢の変化、勃興する国々に関する大真面目な予測シミュレーション結果だ。


21世紀を通してアメリカは依然、世界唯一の超大国として世界に君臨するとか・・・、

現在、天然エネルギー産出国として羽振りの良いロシアが2020年頃までにジリ貧になって、東欧諸国が力を付け、特にポーランドが強国の一つになるとか・・・、

中国は2020年代に分裂危機に陥るとか・・・・、

ロシアと中国といった2つの大国がプレゼンスを低下させるに従って、ユーラシア大陸の東西の両端に位置する日本とトルコが覇権を握るとか・・・、

そして、やがては・・・・アメリカ vs 日本・トルコ連合軍による戦争・・・しかも主な舞台は宇宙空間・・・が起こるとか・・・、

今世紀の終わり頃、アメリカに対抗できるのは地政学的な利点からメキシコであるとか・・・


なぜ、このように世界情勢が推移するのか?

そんなプロセスを、“地政学”と“人口動態”を主な手掛かりに、著者なりの合理性を持って説明している。

これが、読み物としてはメチャメチャ面白れェ! イヤァー、充分に楽しませてもらった。

お薦めです・・・物語としては。。。



しかし、ノンフィクションとしてはどうか・・・。

本書で予測された未来の信憑性については、個人的には??????????ハテナだらけだ。


シミュレーションであるからには何らかの予測モデルとそのモデルに入力するパラメータがあるはず。

だが、著者が使っている予測モデルについては、そのスペックが明確ではない。また、著者が明らかにしている主なパラメータは地政学と人口動態だけだ。

確かにこの2つのパラメータについては客観性もそこそこ高く、将来の世界情勢に寄与する大きな要因となるであろうことは理解できる。しかし、たった2種類程度のパラメータしか考慮しない予測モデルなんて大雑把過ぎるだろう!

科学技術の進歩の程度、地球環境・気候の変動、エネルギー問題、等々、未来予測には他にも影響しそうなパラメータは膨大にある。 そうしたパラメータの評価に関しては、著者の客観性は著しく低下している。

例えば、2030~40年頃に日本が月面にミサイル基地を保有し得るだけの科学技術を持っているのか?、仮にそういった技術を持っていても、それらの技術を行使可能な社会状況・財政状況にあるのか?、などといったことについては一切の議論も無く、著者は当たり前の事実のように前提としている。

宇宙空間で太陽光発電した電力をマイクロ・ウェーブで地上に供給する技術なんてのも、当たり前のように前提条件となっている・・・。ホンマかいな?


┐( ̄ヘ ̄)┌ ・・・・信憑性は低いと云わざるを得ない。


2009年11月04日(水)

『週間マンガ日本史』

テーマ:歴史とか

毎号、描くマンガ家が変わるという 『週間マンガ日本史』

「1巻:卑弥呼」と「2巻:厩戸皇子(聖徳太子)」を買って読んでみた。


「卑弥呼」は創刊号で安かったのと、藤原カムイの画を私が気に入ったから。

「聖徳太子」は娘が読んでみたいと言ったから。


このシリーズの創刊に当たっては、小学生程度でも判るような内容、との前口上だったような感じだったけど、小学生にはチィート難しいと思う。

複数の学説を取り入れてたりして、基礎知識のまったく無い人間が読んだら混乱するんじゃなかろうか?

まっ! そういった混乱も含めて“歴史”か!?


「34号:勝海舟」安彦良和画伯の号も買おうっと!

2009年10月21日(水)

『江戸時代のロビンソン -七つの漂流譚-』

テーマ:歴史とか
江戸時代のロビンソン―七つの漂流譚 (新潮文庫)/岩尾 龍太郎


海に囲まれた日本。しかし何故か国産の海洋冒険小説と呼ばれるジャンルが人気を博したことは無い!? こんな疑問を投げかけるイントロダクション。

著者の調べによると、日本では結構、漂流して生還した実話が残っているとのこと。江戸時代、相当な数の漂流生還者がいたらしい。しかも、その漂流期間が長い。

  (1) 何故、江戸時代に長期間に及ぶ漂流が頻発したのか?

  (2) そして、漂流・生還の実話が紙の記録に多く残されているにも拘らず、そういった話をあまり聞いたことが

    無いのは何故か?(私が知っていたのは、精々が、アメリカ船に助けられたジョン万次郎の話程度だ。)

こういった疑問に答える序章の「漂流の背景」。

この序盤を読んだだけで、グワッシと掴まれた。持ってかれた。


(1)の理由は実に判りやすい。

江戸時代の廻船船の構造自体は結構頑丈で、しかも積荷も多く漂流時の蓄えがソコソコあった。その一方で、江戸時代の航路としてはもっぱら陸の見える沿岸域でしかなく、外洋での航海技術が未熟であったこと。が要因として挙げられている。

(2)については、日本文化の内向きなメンタリティ(具体的なことは本書を読んでください)による隠蔽体質などを挙げて、それを嘆いている。

本書中、こうした日本文化・体制のマイナス面に対する恨みごと・愚痴が折に触れてでてくる。尤もなことを云っているように思うが、余りにも愚痴が多く、この部分についてはウザイ。


とにかく、著者は、頻発した漂流譚、否応無き冒険とサバイバルを経験した人物達・・・・・この漂流者たちのことを著者は“ロビンソン”と云っている・・・・・の実話を明るみに出したかったとのことである。



で、肝心の漂流譚であるが、本書の題名にもあるように、7ケースが紹介されている。


■東京から約580km南方に位置する無人島(鳥島=とりしま)に漂着し、そこで20年以上もサバイバルした話。

■同じ鳥島に、異なる時期に漂着した3組のロビンソン達がサバイバルし、ついには協力して脱出する話。

■大黒屋光太夫たちのシベリアでの話(これは割りと有名か)。

■ボルネオ・ジャカルタに漂着し、現地で数年間奴隷とされながらも、策を巡らして日本行きのオランダ船に

 乗船する話。

■484日間も太平洋を彷徨い、ついにカリフォルニア沖で英国商船に救出される話。


・・・・などなど、その一つひとつの話の中身が実に凄まじい。スゲー!としか言いようがない。


著者の云うとおり、こうした記録が存在することをもっと多くの人が知っていてもイイ・・・(かも)。


2009年09月25日(金)

『「邪馬台国=畿内説」「箸墓=卑弥呼の墓説」の虚妄を衝く!』

テーマ:歴史とか

『「邪馬台国=畿内説」「箸墓=卑弥呼の墓説」の虚妄を衝く!』   安本 美典/著、 宝島新書(2009)


一昨日紹介した本 の著者:白石太一郎さんたちが主張する、邪馬台国=畿内説、箸墓古墳=卑弥呼の墓、を真っ向から否定する内容の本書。

本書の著者は、邪馬台国の所在地=北九州説を採っている。邪馬台国が東遷して畿内に古代大和政権が成立したとする説を主張。


著者は、国立歴史民族博物館(歴博)グループによる箸墓古墳築造年代の推定の誤りなどを突いたりしながら、歴博グループによる研究成果を否定する。

最終章では、歴博グループによる研究成果の発表の仕方(マスコミへの売り込み方)や、歴博グループの研究成果への反論などに対する対応の仕方などについて徹底的に糾弾している。これまたスゲーな。。。


2009年09月23日(水)

『考古学と古代史のあいだ』

テーマ:歴史とか

『考古学と古代史のあいだ』   白石 太一郎/著、 ちくま学芸文庫(2009)


邪馬台国はどこにあったのか。畿内説と九州説。著者は畿内説。

古墳や副葬品などを科学的に調査・分析した結果を重視する考古学の観点にたてば畿内でしかありえないとの主張。箸墓古墳こそが卑弥呼の墓だ、とまで断定している。

文意はやわらかだが、主張は強固。

専門家ではない一般人読者を対象とした本では、その主張を裏付ける証拠までを提示するのは無理かもしれないけど、よほど確たるモノがあるのでしょう!?


さらに著者は、古事記・日本書紀などに書かれたこと(文献資料)よりも、古墳の規模や副葬品等の築造・作成年代を基本とした考古学的資料(物的資料)を重視する立場から、ヤマト王権(政権)の推移や古代国家成立の過程を推測する。


魏志倭人伝や記紀など、中途半端に文献資料が残されている時代、つまり、倭国の時代(邪馬台国の存在から大和政権が成立する時代)というのは、文献資料から解釈される事物と物的資料から推測される事物とのあいだに矛盾・齟齬が生じることがある。

こうした矛盾・齟齬に対して、それらにどう対峙し、どのように考えて歴史をみるのか? 著者の考え方が述べられる。


簡単でサクサク読める。


2009年01月15日(木)

『百鬼夜行絵巻の謎』

テーマ:歴史とか

『百鬼夜行絵巻の謎』  小松 和彦/著、 集英社新書ヴィジュアル版(2008)

集英社新書のヴィジュアル版はイイ!

以前の「江戸百」 といい、今作といい、集英社新書編集部はいい企画を立てるネ。


夢枕獏の「陰陽師」シリーズとか、京極夏彦作品でお馴染みの「百鬼夜行」。

ちなみに、私のPCの日本語変換ソフトでは、「ひゃっき やこう」と入力しないと変換してくれないが、本書では「ひゃっき やぎょう」と読ませている。


これまでのところ、「百鬼夜行絵巻」と称される伝本は国内外に60余りが存在しているらしい。未発見のものもあるらしい。

それら60余りの「百鬼夜行絵巻」に描かれているモノ達は、それぞれの絵巻によって同じであったり違っていたりして、どの絵巻がオリジナル(祖本というらしい。流布の元となる本)に近いのか? どの絵巻がどの絵巻の真似(模写)なんだか? それぞれの絵巻は何時頃に描かれたものなのか? など、良く判らないことが多いらしい。

それが、2007年7月に発見された「百鬼ノ図」という新たな絵巻によって、謎とされてきた幾つかのことが少しづつ判ってきたらしい。その謎解きの経緯と考え方を示したのが本書。


この本で著者が主張する内容、特に“絵巻の系統”に関する真偽については、ずぶの素人読者である私が読んでも一応納得できる。文章も上手だから、読んでいても面白いし。

しかし、著者の考え方の妥当性については、他の研究者の意見だか、今後出版される(かもしれない)他の本の見解も聞きたいところではある・・・。


ともかく、繰り返しになるが、こういった内容の本のヴィジュアル版(カラー印刷)ってのはイイね。家に居ながらにして、寝転んでいても綺麗な絵巻が見れちゃうんだから。

しかも、親切にも、複数の絵巻を並べて比較して見せてくれていて、非常に見易い。

お薦めです。
2008年11月17日(月)

『縄文人追跡』

テーマ:歴史とか


『縄文人追跡』   小林 達雄/著、 ちくま文庫(2008)、 初出は日本経済新聞社(2000)


生涯をかけて縄文研究をしてきた著者。

著者が長年研究してきた縄文人への愛着と想いが明瞭に込められた、現代人へのメッセージ。エッセイと云うよりもメッセージ。


考古学者は、モノを発掘し、眺め・観察するだけじゃない。


以前読んだ『列島創世記』 の著者もそうだったが、この著者もまた、土器であったり環状列石であったり、モノやモニュメントには人の意思が反映されると信じ、そこから古の人々(縄文人)の意思を掴み取ろうと試みる。こういうのを認知考古学って云うんだったっけ?
もちろん、古代の人々の意思を正確に読み取ることは不可能だろう。でも、科学的な演算思考とヒトとしての常識によって、大まかな推論は可能なのだと思いたい。そうすることで、人間の営みや考え方が、時代によってどう変わってきたのか、あるいは変わらないのかが、おおよそではあるが判るかもしれない。

そんなことが役に立つのか?立たないのか?
それが面白いのか?つまらないのか? は、また別問題であるが・・・。


個人的には、役立つ/役立たないよりも、面白いか/面白くないかの方が重要だし、こういう本を読むってことは、私自身は面白がっているし、そこに幾らかの価値を見い出している。


線画のイラストもイイ。

2008年11月08日(土)

『「古事記」の真実』

テーマ:歴史とか

『「古事記」の真実』 (文春新書 649)/長部 日出雄/著、 文春新書(2008)




数年に一度の「古事記」モノ読書。2年前に読んだ 『口語訳 古事記 神代篇』 以来。



古事記の編纂を命じたといわれる天武天皇。口誦者である稗田阿礼(ひえだのあれ)。撰録者(文章化した者)である太安万侶(おおのやすまろ)。

この本の前半部では、古事記に関わったこの3人に焦点が当てられる。


朝廷の修史事業として、漢文の文献資料の集積から編纂されたと考えられる国の公式史書「日本書紀」に対し、文献資料以外にも、口承として伝わる各地の神話、特に出雲系の神話や歌謡が編まれている「古事記」。

日本書紀が単なる“資料集”であるのに対し、古事記は作家の想いが込められた“作品”である、と著者は云う。そして、その古事記の作家とは、天武天皇と稗田阿礼だと云う。


著者の長部氏は想像する。

日本書紀と古事記は、天武天皇の異なる意図があって編まれたと。天武天皇は、漢文で書かれた「日本書紀」とは別に、口承で伝えられている和語の神話や伝説や歌謡を残したかったのだと。そんな天武天皇の個人的な想い入れから「古事記」は編まれたのだと。


当時、漢語を用いて表記する術はあった。また、漢語は高尚で典雅なものだった。国史「日本書紀」は漢語で書かれている。大和朝廷の正当性を記すにはこの「日本書紀」があればいい。

一方で、天武天皇は、和語の独自性、和語の伝説と歌謡に秘められた貴重な価値をも後世に伝えたかった。だが、歴史の成り立ちの異なる国で作られた漢語(漢文)では、この国の「意(こころ)」と「事(こと)」と「言(ことば)」を伝えるのは不可能であった。

天武天皇の意図・想いを愚直に筆録したのが太安万侶であった。太安万侶は、漢文を使わずに、万葉仮名を用いて「古事記」を記したのである。以来、日本語の書き言葉は「古事記」によって確立されて行く。


稗田阿礼の役割はどうだったのか。阿礼は男か女か?(昔から意見の分かれる所である) 著者、長部氏は女性説を採っている。阿礼は、宮廷の秘儀に参ずる巫女として、また芸能に通じる者として、天武天皇の助手として働いたのではないかと想像している(その根拠が述べられていたようでもあるが、浅学の私には良く理解できなかった・・・)。

阿礼は、天武帝が口承した(勅語した)物語を暗誦し、それと共に、大和朝廷以外に伝わる(特に出雲系の)伝説・神話や歌謡を蒐集し、天武帝亡き後は自らの視点(女性しか持ちえない視点)をも加えて、太安万侶に伝えた。稗田阿礼は「古事記」の共作者であった。


↑ と、まァ、このようなことが、第1章と第2章に書かれている。今さら真実かどうかは判らないよ。長部氏の天武天皇と稗田阿礼に対する思い入れが強くて(著者自身も作家の想像・推察とハッキリ言っている)、時折眉に唾をつける部分もあるが、それでもこのような説自体はすこぶる面白い。


第3章では、後に「古事記」編纂を命じることになる天武天皇(壬申の乱当時は大海人皇子)と、唐風(漢風)の政治体制を指向した大友皇子との一大決戦=壬申の乱の遠因についてが述べられいる。

その遠因を一言で云うと、「唐風」vs「和風」。

一方、「古事記」には法華経に頻繁に使われている音仮名が出てくることから、「古事記」の作者・口承者である天武天皇は、仏教にも心を寄せていたことが判ると云う。

そうしたことから、壬申の乱に勝利した天武天皇こそが、「日本」国家の原型、つまり、和語と漢字、神社と仏寺、神と仏、などの融合(二元の構造)を生み出す基となったと云っている。


第4章は、「楽劇としての古事記」

そもそも、口承されたものを文字に残したのが「古事記」であるわけだから、元々は音に出されていた物語ということになる。実際、古事記の原文には発音記号が含まれており、抑揚や音の昇降を指示する箇所があるそうだ。

そこには音楽性や演劇性が見て取れる。古事記とは、今で云うオペラなどの台本だったのかもしれない。こういう考えは楽しい。



第5章以降の内容は、「古事記」に関する直接的な話題からは少し遠ざかっている。

日本文化が成立していく過程や、日本人の深層に入り込んだ古くからの考え方や資質が、どういったところから来ているのかについて考察した内容かな。


第5章「森鴎外と津田左右吉の苦衷」

第6章「高天原は高千穂峡」

第7章「神代を伝える原郷」

第8章「須佐之男命とは何者か」

第9章「出雲大社の示すもの」

第10章「天照大神の誕生」

第11章「古代が息づく伊勢神宮」

第12章「われわれにとって「カミ」とはなにか」

出雲大社の高層神殿の話や、伊勢神宮の遷宮の話は良く聞く内容。私は両方とも未だ見たことがないが、一度は行ってみたい所だね。

2008年10月18日(土)

『日本に古代はあったのか』

テーマ:歴史とか

『日本に古代はあったのか』  井上 章一/著、 角川選書(2008)


どこかの新聞の書評欄で、書名を見ただけで読みたくなった。書評自体も読んだが、その内容については既に忘れた。


歴史(時代)の区分の仕方に、古代、中世、近世、近代、といった分け方があるが、日本には有史以来、「古代」という区分はなかったのではないか、いきなり中世から始まるのではないか? といった問いが発せられている。

「古代」とか「中世」といった区分は世界史に合わせよう!と言うことらしい。


西洋史ではローマ帝国が解体し、ゲルマン諸族が旧帝国内に進入しだす頃をもって、古代と中世を区分しているらしい。それが5世紀の終わり頃(476年前後)ということになる。

ユーラシア大陸のもう一方の端っこの東アジアでは、秦や漢といった帝国の時代から、3世紀に漢帝国が崩壊して三国時代になる頃くらいから、古代と中世が区分されるのではないか、という。

ユーラシア大陸の東西で、並列的に歴史が転換してゆく。こういう歴史の捉え方を京都大学の偉い先生が最初に言い出したらしい。


一方、教科書的な日本史では、鎌倉幕府の成立、武士が世の中を統治する時代からが中世であり、それ以前を古代としているのだそうだ(そんなことさえ私は知らなかったが・・・)。

鎌倉幕府の成立が12世紀末。このように、日本史では古代と中世を区分する時期があまりにも中国史や西洋史と違いすぎる! ということらしい。

私には、それがどうしてダメなのかがイマイチ良く判らなかった・・・。


ともかく、この鎌倉幕府の成立ということが、日本史上画期的な出来事であったかのような捉え方が、著者には気に入らないらしい。鎌倉幕府の成立なんて大したことないゼ。それが凄いことだと言っているのは、明治になって首都も天皇も東京に移って、関東の学者たちが関東の優越さを吹聴するようになってからだぜ。ということらしい。京都大学を卒業した著者は、日本は平安時代をもって中世に突入する、という京大史学にシンパシーを感じているとのことだ。

そもそも、日本では3世紀頃から大和政権が成立していく過程だって、中国での漢帝国の滅亡が遠因となっているのだから、中国の歴史区分、つまりは漢帝国が滅亡した時期くらいと整合させるほうがいいだろう、そのあたりから中世という区分にするのが世界史的な枠組みでの見方だ。

・・・など、現在の教科書的な古代と中世の区分の仕方が何故気に入らないか、ということが延々と書かれている。


そこには、○○学派とか、△△史観とか、京都大学の□□教授がこういった歴史区分を最初に言ったとか、そうでなかったとか・・・、東北出身で東大で歴史学を学んだ◇◇教授は京都学派の提唱した○○○という説に否定的だとか、東大説vs京大説、関東史観vs関西史観など、そんな話ばかりがグダグダと続けられる。

歴史の区分をどのように決めるのか?ということが書かれているのかと興味をもって本書を取ったのに、あまりにもくだらない、どうでもいいような愚痴が延々と綴られているのにはマイッタ。

歴史・歴史学ってのは、未だに、東大説vs京大説、なんてことで盛り上がれるような、くだらネェ世界なのか?

こういうこと云ってるから、歴史は科学じゃない、って云われるんだろうネ。


久しぶりに読んでいて不快な本に出会った。こんな本は、ポイッだ!


2008年07月11日(金)

『それからの海舟』

テーマ:歴史とか

『それからの海舟』   半藤 一利/著、 ちくま文庫(2008)


学生の頃は、歴史モノといえば、ほとんど“幕末”しか読まなかったな。


本屋で見かけて、久しぶりに、このテのを読んでみたくなったので・・・。



勝海舟びいきで官軍(薩長)嫌いの著者が、海舟どっぷり一途に綴った内容。

歴史上の真偽はともかくも(?)という箇所も散見するが、著者の海舟に対する贔屓の仕方、想いの込め方が徹底していて、その描きっプリが実に気持ちいい。


歴史上の人物を語る際に、努めて客観的に書こうとする作家や学者もいて、それは其れで好いとして・・・、

この本の著者の半藤さんは、そんな客観性などハナッカラ眼中にないようである。だからこそ、海舟びいきが潔くて、海舟をより魅力ある人物に、そしてこの本をメチャクチャ面白いものにしている。



“それから” の “それ” というのは、三田に在った薩摩藩邸で、西郷と海舟が江戸無血開城の取り決めを行った談判のことである。
“それ”前後の話もあるが、メインは明治時代の海舟についてである。

いや、海舟の物語というよりも、海舟を題材にしたエッセイとでも云った方が良さそうな内容かも。

いずれにしろ、面白ければ文句は無い。 お薦めです。

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>