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2016年08月28日(日)

『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』

テーマ:歴史とか

 

加藤陽子/著, 新潮文庫(2016年)

 

 

偏差値の高い中高一貫の私立進学校の中学1年生から高校2年生を相手に行った近現代史の講義のドキュメンタリー.

 

明治期以降の4度の対外戦争.

なぜ,戦争に至ったのかを考える切っ掛け,別の関連書籍への導入,となる良書だと思う.

左・右への偏りも少ないと思えるし,評判が良いのも納得.

 

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2015年09月13日(日)

『道路の日本史』

テーマ:歴史とか

1年近く?ほっぽっといたブログ。

それまで、ほぼ読んだ順番に記録していたものが途絶えてしまったことになる。

ブログは書かなかったが、本は読んでいた。この間の記録をどうするか?

今更振り返って記録するのも面倒だ。今後もいつ中断するか判らんし、成り行きに任せるしかない。

この本は6月に読んだらしい。
大宮高島屋のジュンク堂で購入した際のレシートが挟まっていたから、3か月も前に読んだことが判った。
『道路の日本史 - 古代駅路から高速道路へ』  武部健一・著  中公新書(2015)

1925年生まれの90歳の著者。 恐れ入る。


本邦の古代律令国家時代に建設・整備されたと思しき道路跡と、現代の高速道路の線形とが重なることは、私のような土木工学を学んだものには理解しやすい。


戦略的な道路ネットワークは、平和時で中央集権システムが機能している時代に整備される。

道路をはじめとしたインフラの建設・整備は、国家システムや国情が安定しているか否かのバロメータにもなり得る。

中央集権が良いか悪いかは別として、歴史の事実からはそのようなことが伺える。


「コンクリートからヒトへ」のような単純なスローガンを挙げる権力の基盤が、いかに脆弱で不安定であるかは経験した。

高度経済成長期に建設したインフラが寿命を迎えつつある今日、「コンクリートもヒトも」が、望ましい。


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2014年06月20日(金)

『レンズが撮らえた幕末明治日本の風景』

テーマ:歴史とか
『レンズが撮らえた幕末明治日本の風景』  小沢健志・山本光正/監修、山川出版社(2014)


幕末に来日した外国人記者やカメラマンが、そしてその外国人たちから写真技術を習得した日本人カメラマンが、北海道から沖縄までの日本全国の町並みと風景、人々の様子を写真に残している。

それらを集めて一気に魅せてくれるのが本書。


東海道五十三次の全宿場町、各地の城・寺・建築物、人々の様相、などの写真が満載。

だが、本書に掲載されている中で最も見応えのあるのは、遠方から街全体を俯瞰して撮っている写真だ。


山なみと街並み、自然と人工物が一体となっている画は、当時の日本の風景を想像させるに十分な力を放っている。

街の周囲には林や森や山が迫り、樹木の背を超える建築物がほとんどない風景というのは新鮮だ。


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2014年06月02日(月)

『歴史家が見る現代世界』

テーマ:歴史とか

『歴史家が見る現代世界』  入江昭/著、 講談社現代新書(2014)


世界史の流れの大きなトレンドについて、世間の大部分の人の認識は同様のものだと思う。世界は混合し結合して行く・・・。百年、数百年のスパンを考えたとき、おそらくこの流れは不可逆だろう。


だから、グローバルな視野で歴史を捉える・・・トランス・ナショナルな考え・・・グローバル・ヒストリーを認識することが重要だ・・・と云う、この著者の主張は概ね頷ける。

そりゃ頷けるさ。大きな流れ・・・総論としては・・・当たり前のことを云ってるんだから。


だが,流れにはウネリがあり、そのウネリの振幅はプラス側にもマイナス側にも振れる。

現在、日本と中国との間に存在するマイナス側の大きな振幅を、どのようにニュートラルもしくはプラスの振幅に戻すことができるのか? マイナスの局所解に陥った(ように見える)ときにそこからどのように脱出するのか?

歴史家には、そういったことのヒントを示してもらいたいと期待するのだが・・・。



以前読んだ,入江本 ⇒ 『歴史を学ぶということ』


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2013年12月26日(木)

『歴史をつかむ技法』

テーマ:歴史とか

『歴史をつかむ技法』  山本博文/著、 新潮新書(2013)


物事の概観を“ざっくりと”知ることってのは大事。


学校で習うことは大抵の場合、ある事柄・事象の詳細から入る。これには常々違和感を持ってる。


数学とは、生物学とは、歴史学とは、「だいたい、このようなことを行うこと、知ること。」、「これを知っておくと、こういうことに役立つ。こういう楽しことがある。」といったような、大枠を掴めるようなことから教えるのが良いと思う。

そして、今習っていることは、全体像の中のこの部分なのだ、ということが判るように教えるべきだと思う。

最初に概観を掴む。おぼろげでもイイから全体像を知っておく。そうすると、細部も判りやすくなってくる・・・、と思うのだが。。。


この本は、歴史学の概観を掴みそこなった人向けに書かれたもののようだ。

とびとびの知識の繋がりや、個別の知識の全体における位置付け、などをもう一度理解したいと思う人にはお薦めです。


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2013年12月11日(水)

『日本古代史を科学する』

テーマ:歴史とか

『日本古代史を科学する』   中田力/著、 PHP新書(2013)


邪馬台国は何処か? 畿内説、北九州説、その他もろもろ・・・・・邪馬台国論争。

現代に至っても未だに結論付けられない日本史上の最大の謎。


「魏志倭人伝」に書かれている邪馬台国へ至るまでに出てくる地名や距離・日数などについて、誤記や作為はなかったとし、古代の距離単位を帰納的に推定し、そして地形の素直な解釈を行う・・・、このような行為をもってすれば邪馬台国は必然的に宮崎に同定される。 ←筆者の結論である。


↑ このような結論に至るまでの説明は概ね納得できるものだった。



九州宮崎の邪馬台国。金印が発見されてその存在がほぼ確実視される福岡近辺にあったとされる奴国。これら九州地方に勢力を持った集団。それらを構成した人々の先達は、大陸の先進文化(その中には稲作も含まれる)を携えて来たのだった。

著者は、現代日本人のY染色体タイプが、古代に大陸南東沿岸域にいた人々のY染色体タイプと類似していること、さらには、日本で作られている稲の遺伝子タイプが彼の地のものと類似していること、などを示す。


↑ 大陸の古代国家である呉や越の滅亡年代と、滅亡した国の人々が逃げ延びる場所を考えた場合、それが九州地方であったことは、これまた納得できる話ではある。



そして、邪馬台国は東遷し、その後、ヤマトへと至る。そして、その過程で出雲との融合があった・・・。

記紀にある国譲り神話や、大国主命や素戔嗚尊(スサノオノミコト)の伝説、などの素となったのが、邪馬台国東遷における出雲との融合を示すものだと著者は云う。

邪馬台国のもとになったのが大陸からの亡命してきた人々の子孫だったように、出雲もまた大陸からの亡命人達の子孫が関わっていた・・・・・としたら、同じ考え方を有する人たちの間で、国譲りは争うことなく行われたのではないか?


↑この部分の説明には科学的エビデンスがない。だが、当たらずとも遠からず、といった感じがする。



読後、勤務先の古代史好きの先輩にも本書を貸したところ、彼もまた、ソコソコ納得できそうな説であると同意してくれた。



殷・周といった大陸の古代王朝、徐福伝説、呉越同舟、・・・・・、これらが日本古代史に多少なりとも関連するというのはもっともなことだと思った。


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2013年09月23日(月)

『壬申の乱』

テーマ:歴史とか
3週間も前に読んでた本。

『壬申の乱―天皇誕生の神話と史実』  遠山美都男/著、 中公新書(1996)



古事記、日本書紀の編纂を命じたといわれる天武天皇。

天武王朝時代からが「天皇」称の始まりと云われる?

日本国の成立?は天武以降と云われる??

そんな天武王朝を誕生させる決定的な出来事・・・・・それが壬申の乱。

古代最大の内戦。その勝者だからこそ、強力な中央集権的な国家の建立を可能とした!?


以前読んだ荒山徹の『柳生大作戦』 のネタ元になっていたのが、関ヶ原の戦いと壬申の乱だった。

その際、壬申の乱に関してあまりにも知らな過ぎて、小説の理解に苦しんだ。・・・で、いつか、壬申の乱について、何かを読んでおこうと思ってた。

その何かが本書。ブックオフでよく見掛けるので、壬申の乱関連の定番なのかなと思い、手に取った。


1000年の時差を超えて照応する二つの大内乱。

本書にも、この二つの合戦を比較して言及している箇所があった。


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2013年07月27日(土)

『鉄砲を捨てた日本人』

テーマ:歴史とか

『鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮』 ノエル・ペリン/著、川勝平太/訳、中公文庫(1991)


薄くてすぐ読み終えることのできる本。


ヨーロッパで開発された鉄砲が日本で使われるようになったのは、当然のことながらヨーロッパに比べてかなり遅れた。

だが、伝来した鉄砲のメカニズムと、鉄砲を使うことによる社会的影響の大きさをすぐさま理解した日本人は、その大量生産を成功させた。十六世紀後半の日本は世界最大の鉄砲使用国となった。

戦国時代、世界中で最も鉄砲を生産し、かつ実戦的に使用したのが日本だった。近世初頭、日本は世界でも稀にみる軍事大国だったのだ。


だが・・・、


列島が統一された後、江戸時代を通じて日本は、日本人は、鉄砲の使用を捨てて刀剣の世界に戻った。

同時代のヨーロッパでは、鉄砲の使用拡大によって戦争が頻発していた。植民地支配、ドイツ30年戦争、英蘭戦争、英米戦争、ナポレオン戦争、・・・・・・。

それに反して日本は、江戸期を通して平和な世の中を構築し軍縮を行っていた。

科学技術の進歩、武器の使用という歴史において起こり得ないことが日本では生じていた・・・「鉄砲の放棄」。


ヨーロッパ世界にあっては、武器の進歩=技術の発達、によって経済力が向上した。

同時代の日本は、武器開発を放棄していたにもかかわらず、民生技術が進歩し、経済力が向上していた。

武器の進歩がなかったにもかかわらず技術の発達がみられた国だった・・・。


なぜか・・・?


この「なぜか?」と云うところの分析が本書の“キモ”なのだろうが、著者の分析内容はイマイチ説得力に欠ける。日本人の精神性にあまりにも重きを置き過ぎているような気がする。社会システムや政治・経済・文化状況などの大枠的な観点からの分析が足りないと感じた。

さらに、著者の云う、江戸期日本における軍縮の事実をもって、世界の核軍縮に繋がる希望が見いだせるとは到底思えない。


それでも本書は面白かった。なぜなら、新しいモノの見方を提示してくれたから。

学校の歴史で習った「鉄砲伝来」に対して、「鉄砲放棄」という歴史上ユニークなエピソードを知らせてくれたから・・・・。

歴史を顧みる際、視点をどこに置くのか/どのように据えるのか、あるいは如何に新鮮な視点を用意するのが大事か、ということが良~くわかりました。

お薦めです。


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2013年03月27日(水)

『地形からみた歴史 古代景観を復原する』

テーマ:歴史とか

『地形からみた歴史 古代景観を復原する』 日下雅義/著、 講談社学術文庫(2012)

地形とか地質とかを分析した内容のモノって、なんか好きだ。その上に“歴史”なんてェ文字が乗ってたもんだから、興味惹かれた。
このテの本では、かつて 『アースダイバー』 という傑作もあったし・・・。

ん~、でもこの本は読みづらかったな。なんでだろう?

文学畑の学者の書いた文章構成や話題の展開の仕方に違和感を感じたからなのか?

単純に相性が良くなかっただけのような気もする・・・。


一文一文、一言一言を追って読むのは途中で断念。


中身は好きな分野なだけに、もう少し時間を置いたら再度挑戦してみようかな?

後半部は、地形図、地質柱状図、地質断面図とそのキャプションを主に見て、文章は飛ばし飛ばしで読んで行くことにした。
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2013年03月03日(日)

『私の日本古代史(下)』

テーマ:歴史とか
土曜日は休日出勤。
その往復の車中で読み終えるはずだったのだが眠くって・・・、春眠・・・。

『私の日本古代史(下) 『古事記』は偽書か―継体朝から律令国家成立まで』 上田正昭/著、新潮選書(2012)


で、本日、下巻読了。 やっと読み終えた。 長かったぜ・・・。

上巻の記事はコチラ


およそ著者の云う「古代史」とは、縄文の頃から律令国家成立の頃までのことだそうで、上巻が「倭の五王」の頃までのことを記述していて、この下巻では日本国家成立と云う画期までのことが記されている。



では、メモを残しておこう。



本書の副題にもある『古事記』偽書説。

何処のどいつがそんなこと言ってるのか知らないけど、出鱈目だってことが、著者の緻密な論考によって明確に反証されている。


古事記=「フル コト ブミ」ってのは、いわゆる『古事記』だけではないのだそうだ。

一般名詞としての古事記があったってことを知った。チョットした驚き。


『古事記』や『日本書紀』のように、かなりまとまりのある史書が造られるためには、記・紀に先立つ原典となる資料や、当時編纂にあたった人達のなかに通底する伝承物語や歴史観のようなものがあったはずだ・・・。長らくそう思っていたが、本書を読んでそれがハッキリした。

記・紀に先立つ資料はただ見つかっていないだけ、あるいは消失してしまっただけだってことが良く判った。記・紀以前に「帝紀」や「旧辞」などと云うモノがあったってことや、古社などに伝わる祝いの言葉=寿詞(よごと)などにも、記・紀神話に含まれるシーンが入っているのだそうだ。

当たり前だと云われればそうなのだが、そういう当たり前のことが新たに理解できるようになるのは楽しい・・・。


史書が編纂されるような環境が醸成されていたってことは、国家統治システムとして相当ハイ・レベルな段階に達してたってことだよな。それが、天武・持統朝の時期だった。

大海人皇子(後の天武天皇)は壬申の乱によって実力で政権を獲ったからこそ、周囲を認めさせ、強力な中央集権的な親政を行うことができたのだろう。

幕末の「王政復古」が理想・モデルとしたのは、天武・持統朝における日本国の成立と天皇制だった。



・・・・・・ん~?、読んでる最中、他にも私にとっての新知見が幾多あったのだが、読み終った今、記憶として残っている主なものは以上のコト程度・・・。16ビット頭脳のメモリー不足だ。。。

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