2013年03月28日(木)

『不可能、不確定、不完全』

テーマ:自然科学とか
読み終るのに結構な時間が掛かった本書。
読んでる最中も良く判らないことだらけで、判らないままに読み続けた。

『不可能、不確定、不完全: 「できない」を証明する数学の力』  ジェイムズ・D・スタイン/著、ハヤカワ・ノンフィクション文庫(2012)

そもそもヒトには知ることのできないもの、試みたくてもできないこと、がある。

そういったことを数学的に、つまりはほとんど真理として証明してしまった・・・。


ハイゼンベルクの不確定性原理

ゲーデルの不完全性定理

アローの不可能性定理


↑これらは、現在のところ知られている「できない」、「知り得ない」を証明した原理・定理。


物理学、数学の世界では、今後も、「できない」を証明する可能性がある。あるいは、「「できない」を証明できない」コトなんかも・・・。 ・・・パラドクス???



さて、「できない」が判ったところで、それはいったい何のためなんだ? と思っちゃう。

しかし一方で、そもそもヒトには何かを知りたいという感情が生来的に備わっているんだから、「○○のため」なんてコトにたいした意味はないんだろう、とも思う。

「できる」も「できない」も、「判る」も「判らない」も、とにかく知りたいんだ。。。


著者は、ハイゼルベルクの不確定性原理が証明されたことによってコンピュータやレーザーが開発されたように、答えがないことが判った場合でも、そのような結末によって別の興味深いこと、実用的なモノの発見に繋がることもある、って言ってる。

失敗だったゆえの驚きの展開が待っていることもある、と。



まァ、私の頭では理解できないことだらけだった本書だったが、仕事に関連した事柄もあったので、そこんとこをメモッとこう。

■ニュートンの重力理論はアインシュタインの相対性理論に取って代わられたが、実用的な使用が難しい

 相対性理論でなくとも、日常の予測・推定にはニュートンの重力理論で充分な精度の結果が得られる

 (p76)。

 これは、私個人としても常々感じていること。シナリオ地震動による構造物の振動予測に相対性理論

 は必要ないが、ニュートン力学は必須の知識だ。人工衛星などの設計や軌道予測にだって相対性理論

 は必要なかろう。

■「ヤング率」で有名なトーマス・ヤングは、エジプト学者としても一流で、ヒエログリフ解読を前進させた。

 また、医学部学生の頃、乱視の原因が角膜の湾曲が不規則になることだと診断した。さらに、光が波動

 現象であることを示す実験を行ったこともある(p.98-99)。

 これも、仕事でよく使う「ヤング率」のヤングさんに関わることで、非常に印象的だった記述。

 ヤングさんて、力学屋さんだけじゃなかったんだ・・・。

■“数値解析”についての記述(p.178-179)。解くことのできない方程式の近似解を得ること。

 この部分も、私が日常的に仕事で行っていることを端的に述べてくれている箇所。



引き続き ↓↓こちら↓↓ も読書中。こっちはもう少し判り易そう。。。かな?

理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)/講談社

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2013年03月27日(水)

『地形からみた歴史 古代景観を復原する』

テーマ:歴史とか

『地形からみた歴史 古代景観を復原する』 日下雅義/著、 講談社学術文庫(2012)

地形とか地質とかを分析した内容のモノって、なんか好きだ。その上に“歴史”なんてェ文字が乗ってたもんだから、興味惹かれた。
このテの本では、かつて 『アースダイバー』 という傑作もあったし・・・。

ん~、でもこの本は読みづらかったな。なんでだろう?

文学畑の学者の書いた文章構成や話題の展開の仕方に違和感を感じたからなのか?

単純に相性が良くなかっただけのような気もする・・・。


一文一文、一言一言を追って読むのは途中で断念。


中身は好きな分野なだけに、もう少し時間を置いたら再度挑戦してみようかな?

後半部は、地形図、地質柱状図、地質断面図とそのキャプションを主に見て、文章は飛ばし飛ばしで読んで行くことにした。
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2013年03月25日(月)

『わかりあえないことから』

テーマ:なんでも読んでみよう
年度末の繁忙期に読んだ本に関する記事が溜まってる。 読んだっきり、書いてない。
前記事、『キャサリン・カーの・・・・』もそうだったし、これもそう。
読み終ったら、その直後に書いとかないと、そのまま書かず仕舞いになっちゃう。過去にも幾つかあるので、そうならないようにしときたい。。。
『不可能、不確定、不完全』、ってのもあるんだけど、そちらは明日以降にしとこう。。。

んでは、本題・・・


『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』  平田オリザ/著、 講談社現代新書(2012)


近頃やたらと喧しい言葉、“コミュニケーション能力”

勤務先でも、「部門間の垣根を取り払って、コミュニケションを活発に・・・」とか言ってる・・・。しかも、事在る毎に・・・。もっとも、20年以上も前から言われてることではある。。。一巡すると、同じようなことが言われるんだ・・・。


しかし、世間が騒げば騒ぐほど、持ち上げることほど、思春期の娘以上に(あいも変わらず)反抗期の私は、そのテのコトに対して構えてしまう。穿ったモノの観方をしてしまう・・・。

そんでもって、「コミュニケーション能力だァっ、そんなモン無くたって何とかなってきてらァ!」と、自分を基準に勝手なことをのたまって、他人の云うコトに耳を傾けない。


一方、新聞・雑誌や、特にお気に入りブログなどによる書評だとか感想を読むと、「オッ!面白そうだな」なんて思っちゃうこともある。ある特定の誰かが書かれたものに対しては、多少低姿勢になる。。。


この本も、時どきお邪魔させていただくブログの記事に触発されて読んでみたものだ。


本書の著者の立ち位置がイイ。まずもって、コミュニケーション“能力”なんてものを身に付けさせようとしていないところがイイ。そんなこと、放っから求めちゃいない。

著者の云わんとしていることを、私なりに端的に端折って言うと、次のようなことになる。


「対話をすることによって、他者との違いとか、差異をわかるようにした方が何かと良いんだよ・・・」


演劇人である著者は、そういったことが芝居や役者を通して判ってきた、演劇は他者との違いを理解するのになかなか便利だ、ってことを言う。それが、なんとなく納得できる(ような気がする)。


コンテクスト、エンパシー、っていうことの意味が理解できたのと、いかに私が「対話」をしてこなかったってことが判ったのは収穫だな。

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2013年03月24日(日)

『キャサリン・カーの終わりなき旅』

テーマ:ミステリーとか

金曜日の晩に書こうと思ったが、酔っぱらってたので途中で止めたコノ記事。

酔ってもいないクリアな状態で書いてみたところで、たいした紹介記事にはならないだろうが、私自身の読書メモということで・・・。


それにしても、いつものトマス・H・クックとは違う。ここ最近のクック作品は、常に挑戦的だ。1作一作がどれも従来作には無かった風体・風味が加えられている。この作家、スゲー。。。


『キャサリン・カーの終わりなき旅』  トマス・H・クック/著、 駒月雅子/訳、 ハヤカワ・ポケット・ミステリ(2013)


本作、全体の構成が“入れ子状態”になっているのが特徴。


プロローグの場面は、おそらく熱帯のジャングルを縫う川を行く船。

そのデッキ上で読書をしている男が本作の主人公であり、ナレーターでもあるジョージ・ゲイツ。ゲイツに話しかけてきたのは、大きな図体で動きが緩慢なマヤワティー氏。彼はゲイツの読む本に興味を持ち、話しかけてきたのだった。

何の本を読んでいるのかと尋ねられたゲイツは、暗い謎を追う物語、と答える。港に着くまでの暇をつぶすため、マヤワティー氏は、その話を聞かせてくれとゲイツに頼むのだった・・・。


↑ これが、いちばん外側に配置された物語。


以前のジョージ・ゲイツは世界中を訪ね歩く旅行作家だった。だが、妻を亡くし、その後、7年前に八歳の息子を何者かに殺されてからは、地方新聞社で町の何気ない記事を書くことで生活している。

そんな彼に、ある日、20年前に突然失踪したキャサリン・カーという女性詩人の書いた小説がもたらされる。

キャサリン失踪の謎や手掛かりがその小説にあるのだと感じたゲイツ。彼は、プロジェリア症候群(早老症)を患う高い知性を持つ12歳の少女アリスとともに、残された原稿を手掛かりに、キャサリンの行方を追うことになる・・・。

快活だったキャサリン・カーが変わったのは、見知らぬ男に突然襲われたことが原因だった・・・。九死に一生を得た彼女だったが、それ以来、世間との拘わりから身を遠ざけるようになり、ある日突然失踪したのだった。この一篇の小説を残して・・・。


↑ で、これが、真ん中に配置された物語。


その小説には、マルドローと呼ばれる男が、師と呼ばれる男と話をする場面が出てくる。二人の会話は哲学めいた話だったり、マルドローの過去に纏わる話だ・・・。

また、その小説は、キャサリン自身と思しき女性が、マルドローという男によって、歴史上の世界中の連続殺人鬼の所業などを見せられ、そして何時しか、ある男たちの後を付ける訓練らしきコトを施される場面も出てくる・・・。

キャサリンとマルドローの物語。マルドローと師の物語。


↑ これが、キャサリンの小説で描かれた物語。劇中劇のような。


3層、あるいは4層の物語が重なっている。


各層の物語の登場人物達は、共通の、暗く悲しい消し難い過去と現在を持つ。理不尽な暴力によって自分自身あるいは愛する者を失わされた過去。

常に、彼ら彼女らには、そのような事態に至った自分を責めると同時に、それを引き起こした犯人たちの行く末が頭にこびりついて離れない。

ゲイツの息子を襲った犯人、アリスにとっての病魔、キャサリンを襲った犯人、マルドローの過去に関わった者・・・、無慈悲で理不尽な暴力を振るった犯人たちは今何処にいるのか? 今ものうのうと何処かで生きているのか?? 同じことを他の誰かにも行っているのか??


ゲイツの、アリスの、キャサリンの、マルドローの、苛まれる想いはどうなるのか?

ジャングルの川を遡る男達にこれらの物語はどのように結びつくのか?


物語職人トマス・H・クックが、読者に対して紡ぎだした一つの回答がこの作品で描かれている。



イヤイヤ、イヤイヤ、まったくもって見事な重層的物語構成。

各層の物語の相互関係や時制の繋ぎに戸惑うことなく、すんなりと、どっぷりと作品に浸かることができる。

そして、その果てには、作中人物たちのわだかまりや、それを読んで私の中に生じた胸騒ぎやザワツキ感を一掃してくれるエンディングと余韻が待ち受けていた。


トマス・H・クックの幻想小説、炸裂! お薦めです。


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2013年03月22日(金)

夜桜見物

テーマ:メモランダム

今年度末締めの報告書も、もうあと僅かになってきた。

で、週末の今夜は同僚と上野公園の桜を見て、串揚げを肴に一杯飲んできた。ラストスパートを掛けるためにも、こういった気分転換をしとかないと・・・。


上野公園の桜は満開に近く、気温もソコソコだったせいか、物凄い人出だった。

高架下の串揚げ屋で一杯やった後は、ほろ酔い気分で上野駅に向かい、駅構内の本屋に寄って、デニス・ルヘインの新作を購入してきた。(^ε^)♪至福。


今回のルヘイン作品はポケミス仕様。

夜に生きる 〔ハヤカワ・ミステリ1869〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)/早川書房

ポケミス・・・で思い出したのが、読み終えたまま記事にしていなかったトマス・H・クックの『キャサリン・カーの終わりなき旅』
これまでとは風味の変わったクック作品で、読み終った直後は、こりゃ!(早くも)今年一番だ!!と思ったくらいの作品。

・・・っと、一晩寝てから書きます。・・・・まだ少しほろ酔い気分だ。。。

『キャサリン・カーの終わりなき旅』  トマス・H・クック/著、 駒月雅子/訳、 ハヤカワ・ポケット・ミステリ(2013)

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2013年03月09日(土)

『都市と都市』

テーマ:ファンタジー・SFとか

『都市と都市』  チャイナ・ミエヴィル/著、 日暮雅通/訳、 ハヤカワ文庫SF(2011)


驚愕の小説、という評判の本作。


同一の地理的条件上にパッチワーク状に重なり合った二つの都市国家、ベジェルとウル・コーマ。

同一地区、同一の建物内にさえも異なる国家が交錯して存在するにも拘わらず、両都市に暮らす人々は互いの都市を侵犯することの無いよう幼い頃から教えられ、相手国のモノや人を見ないこと、聞かないこと、が身に沁みついている・・・。

もし、相手都市を侵犯するようなことになった場合、それは<ブリーチ>行為といって、両国の警察機構をも超越した<ブリーチ>という組織によって拘束されることになる。。。


そんな二つの都市の狭間で起こった殺人事件の捜査を行うことになったベジェル警察のティアドール・ボルル警部補。

やがて、彼の捜査は、二つの都市の間に封印された歴史や、<ブリーチ>という組織の存在と謎、に踏み込まざるを得ない状況になって行く。。。


第1部 ベジェル

第2部 ウル・コーマ

第3部 <ブリーチ>

終章  ブリーチ


↑ このような章立てで構成された本書だが、前半部(第1部と第2部)まではホント読むのに苦労した。

何が苦労したって、この物語上で設定されているワケの判らん状況に慣れるのに・・・だ。

SF、ファンタジーには、物語進行の前提となる独自の設定や世界観の構築というのがあるのは承知しているのだが、本作の場合、それが余りにも特殊であり、その割にその状況があっさりと、さも当たり前のように描かれているので、私のように頭の固い読者は、登場人物たちの言動の根拠となる状況を把握するのに混乱してしまうからだ・・・。


ともかく、読了できたのだが、謎解きが行われるクライマックス部分に達しても、未だ物語の展開に戸惑ってしまい、単純に楽しむまでには至らなかった、ってのが正直なところだ。


この作品、SFを読みこなしてきた上級者にはイイのだろうが、いかんせん私には高度過ぎた・・・orz・・・。

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2013年03月08日(金)

『生き物の画き方 自然観察の技法』

テーマ:自然科学とか

『生き物の描き方: 自然観察の技法』  盛口満/著、 東京大学出版会(2012)


「~画き方 ~の技法」というタイトルがついているが、how to 本ではない。 

そりゃ少しは、how to的な個所もあるが、ごくごくわずか。ほんの一部分。

アカデミック・学術的な箇所も少ない。

内容のほとんどはエッセイ、と云っても過言ではない。


東京大学出版会から出ている本が“エッセイ”って、そんな馬鹿な!と思うかもしれないが、盛口さんの書くモノを読むときは、構えなくてもイイ。気楽に、力を抜いて読み、眺めればイイ。


盛口さんは、常に生き物の見方や関わり方について語る。 『僕らが死体を拾うわけ』   『ドングリの謎』  

本書でもそれは同じだ。その見方は真面目だ。だが、時には肩肘の張らない、気楽な関わり方でもイイと云う。そんなところに共感する。


本書に描かれている昆虫、植物、動物のスケッチだが、最終完成形のモノより、フィールドで描いたラフなスケッチの方が魅力あるように見えるのは何故だ?


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2013年03月07日(木)

『ベアゲルター』 1巻

テーマ:マンガとか

『ベアゲルター(1)』  沙村広明/著、 講談社シリウスKC(2013)


沙村広明画伯のエロ、グロ、下品なエンターテイメント。
ただ単純なバイオレンス・シーンが描きたいだけのよう?! に思える。
が、それがイイってこともあらァな。

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2013年03月03日(日)

『私の日本古代史(下)』

テーマ:歴史とか
土曜日は休日出勤。
その往復の車中で読み終えるはずだったのだが眠くって・・・、春眠・・・。

『私の日本古代史(下) 『古事記』は偽書か―継体朝から律令国家成立まで』 上田正昭/著、新潮選書(2012)


で、本日、下巻読了。 やっと読み終えた。 長かったぜ・・・。

上巻の記事はコチラ


およそ著者の云う「古代史」とは、縄文の頃から律令国家成立の頃までのことだそうで、上巻が「倭の五王」の頃までのことを記述していて、この下巻では日本国家成立と云う画期までのことが記されている。



では、メモを残しておこう。



本書の副題にもある『古事記』偽書説。

何処のどいつがそんなこと言ってるのか知らないけど、出鱈目だってことが、著者の緻密な論考によって明確に反証されている。


古事記=「フル コト ブミ」ってのは、いわゆる『古事記』だけではないのだそうだ。

一般名詞としての古事記があったってことを知った。チョットした驚き。


『古事記』や『日本書紀』のように、かなりまとまりのある史書が造られるためには、記・紀に先立つ原典となる資料や、当時編纂にあたった人達のなかに通底する伝承物語や歴史観のようなものがあったはずだ・・・。長らくそう思っていたが、本書を読んでそれがハッキリした。

記・紀に先立つ資料はただ見つかっていないだけ、あるいは消失してしまっただけだってことが良く判った。記・紀以前に「帝紀」や「旧辞」などと云うモノがあったってことや、古社などに伝わる祝いの言葉=寿詞(よごと)などにも、記・紀神話に含まれるシーンが入っているのだそうだ。

当たり前だと云われればそうなのだが、そういう当たり前のことが新たに理解できるようになるのは楽しい・・・。


史書が編纂されるような環境が醸成されていたってことは、国家統治システムとして相当ハイ・レベルな段階に達してたってことだよな。それが、天武・持統朝の時期だった。

大海人皇子(後の天武天皇)は壬申の乱によって実力で政権を獲ったからこそ、周囲を認めさせ、強力な中央集権的な親政を行うことができたのだろう。

幕末の「王政復古」が理想・モデルとしたのは、天武・持統朝における日本国の成立と天皇制だった。



・・・・・・ん~?、読んでる最中、他にも私にとっての新知見が幾多あったのだが、読み終った今、記憶として残っている主なものは以上のコト程度・・・。16ビット頭脳のメモリー不足だ。。。

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2013年03月01日(金)

『無限の住人』 30巻(完)

テーマ:マンガとか

『無限の住人(30) <完>』  沙村広明/画・作、 講談社アフタヌーンKC(2013)


19年間続いたネオ・ハイパー時代劇漫画が終劇した。


そのぶっ飛んだストーリー設定、圧倒的な画力、を持ってデヴューした作家=沙村広明の間違いなく代表作となる本作が終わってしまった・・・。

読みたい漫画が少なくなってきているこの頃にあって、これで益々私のマンガ離れが進んでしまいそうだ・・・。



物語の後半は主人公の二人=万次(まんじ)と凜(りん)の活躍場面は少なくなり、天津影久(あのつ かげひさ)と吐鉤群(はばき かぎむら)との抗争劇が大半を占めたが、さすがにこの最終巻では主人公二人が名場面を飾った。

まァ、主人公たちだけではなかったが・・・。死すべき人間、生き残るべき人間、主要登場人物たちの最終場面が、その一つ一つが、これまでのストーリーが反映された見事なエンディングだった。


凜が最後の一突きを繰りだしたときの目付きは、30巻分の想いが込められた、紛れもなく本作最高の一コマだった。

エピローグの凜の慟哭も、90年後の万次の在り様も、満足ゆくシーンだった。


名作。

お薦めです。


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