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2008年09月29日(月)

『自転車三昧』

テーマ:サッカー・スポーツとか

『自転車三昧』  高千穂 遙/著、 NHK出版生活人新書(2008)


自転車は読むもんじゃなくて、乗るもんなんだけど、「ブ」で105円だったから・・・。


クラッシャー・ジョウ・シリーズを描いている作家の高千穂遙氏。50歳から自転車に乗り始め、“人生が変わった”と言うほど自転車にのめり込んでいる。それほどの愛情を自転車に注ぎこんでいる人の書いている本だからナカナカ面白い。


■ママチャリ生活

■ポタリング生活

■ロードバイク生活(思想編)(実践編)

■ピスト生活

■乗らない生活


などと、いろんな種類の自転車について、氏がどういうふうに付き合っているかを紹介している内容。

他人の自転車生活の覗き見みたいなものかな。


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2008年09月29日(月)

ジェイムズ・クラムリー死去

テーマ:メモランダム

昼休みに早川書房のWEB見てビックリした。16日のことだそうだ。


http://www.hayakawa-online.co.jp/news/detail_news.php?news_id=00000182


もう新作が読めないんだ・・・。なんてこった。

合掌。



【ジェイムズ・クラムリー関連記事】

 ■ 『正当なる狂気』

 ■ 『明日なき二人』

 ■ 『ファイナル・カントリー』

 ■ 『さらば甘き口づけ』

 ■ “名探偵なのか? ミロ・ミロドラゴヴィッチ”


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2008年09月28日(日)

080927川越城本丸址

テーマ:今日のポタ

昨日、今日とだいぶ涼しくなった。自転車に乗るにはいい気候。

昨日、この前行った際 には見忘れた川越城本丸址を見に、またもや川越市に行って来た。


途中の道筋で、半分ほど稲の刈られた田圃の脇に珍しい構築物があるのに気付いた。

いったいアリャ何だ?? 彼岸花とのコントラストが妙に印象的だったので、自転車を止めて見入ってしまった。

彼岸花を見ると、子供の頃の田舎の舗装もされていない道端を思い出す。道端には水が湧き出しているところもあったりして、私の原風景って奴だな。。。


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さて、正体を確かめるために、道を外れてチョイと進入。 アーッ!用水路を跨ぐための橋だったんだ、と合点。それにしてもカワイイ橋だな。単純な欄干の3連アーチが微笑ましい。おそらく今ではもう、たいして使われていないのだろう・・・


080927-3     080927-4

で、目当ての川越城本丸址がコレ↓。


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往復およそ40kmのポタリングだった。帰りは17時過ぎになったが、ペダルを踏んでいる時はいいのだが、信号待ちなどの際には結構体が冷える。これからの時季に自転車に乗るにはどういった格好をすればいいのか?、考えどころだな。


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2008年09月27日(土)

『ブログ論壇の誕生』

テーマ:なんでも読んでみよう

『ブログ論壇の誕生』   佐々木 俊尚/著、 文春新書(2008)


中央集権的ピラミッド型組織のリーダーのような者など存在しない、アメーバのような小さな組織があちこちで同時多発的に現われて戦争を仕掛けていく。オサマ・ビンラディンの実質的な掌握など最早無くなってしまったが、現在のアルカイーダは、幾つもの小さな組織がネットや携帯電話で有機的にコミュニケーションを図り、消えては現われてを繰り返しながら、アフガニスタン政府やアメリカを中心とした西側諸国(つまりは、中央集権的ピラミッド型組織)に対してテロ戦争を仕掛けている。

このような状態が、いま、インターネット上でも起きている。ブログやSNSを使ったゲリラ的言論によって、既存のマスメディアや大企業を混乱に陥れることが可能になってきたんだそうだ。


私も時折、ネット上のニュース記事に付された数々のコメントを読んだりするが、その大部分は大したことを言ってないし、自らの知的レベルの低さを露呈するようなものもかなりある。そんなのを読んでいると、ネット上の言論なんて大したことない、と思っていたが、そうではないようだ。私は見ているところ(サイト)を誤っていたみたいだ。時事に関するコメントを真摯に書く良質なブロガーが多くいて、そういった所を発信源として、ネット上に様々な意見が広がっていく。ときには、それがマスコミを揺さぶり、企業を動かすこともあるそうだ。

こういった例が、毎日新聞社の海外版デイリーニューズの低俗記事事件、「あらたにす」のようなことを試みる既存マスコミの時代錯誤感覚とプレゼンスの低下、ウィキペディア編集問題、を採り上げて語られている。


既存マスコミのプレゼンスの低下については、かなり前から私自身も感じていることだが、それがどういった理由・切っ掛けなのかは、いまひとつハッキリしなかった。ぼんやりと考えたことはあるが・・・。


学校を卒業して、自分で自分の面倒を見なければならなくなると、嫌が上でも社会・世間と関わらなければならなくなる。社会・世間に係わり出して数年経った頃から、自分が感じていることや考えていることとマスコミの言ってる事との間に食い違いが生じてくる。最初のうちは、自分の感覚が社会や世間と少し違うんだと思っていて、だが、別段、社会や世間からも特に阻害されるようなことはなかったから、気に留めるようなことはなかった。(この頃、今でもか? の私の周りの社会とか世間というのは、ほとんどが勤務先と、その取引企業や大学の先生達のことだ。)

しかし、いつの頃からか、私の感じることとマスコミの言ってることとのギャップが次第に大きくなり、食い違い量が累積してゆくばかりとなる。それでも、依然、未だに、私が社会や世間から阻害されるようなことはない。

・・・ってことは、私と社会・世間とはそれほど大きな食い違いは無いんじゃないかと思えてくる。つまりは、マスコミの言っていることの方が違うんじゃないか?って訳だ。そんなことばかりが繰り返されると、コリャ、マスコミの言ってることは信用できん! となる。


つまり、

  私の意見≠マスコミの論調≒社会・世間の意見  という関係だと思っていたものが、実は、

  私の意見≒社会・世間の意見≠マスコミの論調  という関係ではないかと思い出したのネ・・・・


かれこれ20年以上も同じ企業に勤めて、ある分野の仕事に関して一通りのことをこなせる様になってきた。

(↑ もしかしたら、「そんなことはない!お前は使えん奴だ。」と思っている同僚や上司もいるかもしれないが、他人の意見はひとまずここでは無視しておく・・・)

人並みに仕事ができるようになる、といったことは経験によるところがかなり大きい。必要とされる経験の大小は、人によって違うのだろうが。

私のような元々社会性の無い人間にとって、世間と係わり、他人様と付き合っていくのに、この“仕事の経験”というのが結果的にイイ道具・スキルになってくれている。私の場合、チョットした専門職のような仕事をしているわけだが、この一種特殊な仕事を通して積んだ経験というのが、案外、社会性とか、世間的常識といったものの獲得にも役立ってきた(と思う)。若い頃はそれこそ他人とどの様に話をしていいのかすら解らなかったが、仕事でクライアントに成果を説明しなければならなかったり、会議や学会などでは大勢の前で話をしなければならないものだから、知らず知らずのうちに他人との会話らしきものが成立するようになった。他人に話を聞いてもらうためには、ひたすら専門的なことばかりを言っていてもダメだ。場の雰囲気によって、くだらん世間話をしたり、アドリブを効かせて冗談のひとつでも飛ばさなければならないこともある。自分の言うことを聞いて貰うためには、他人の話を聞くことも必要だという、極めて常識的なことも仕事を通して獲得してきたのだろう。

やむなく社会・世間に参加しなければならなくなり、これまた、やむなく獲得せざるを得なかったスキルとかコツ。こういったものは、テレビで語るキャスターや、新聞上で尤もらしい意見を述べる論説員から得られるものはほとんど無い。実践アルのみ。自ら経験するしかない。

ちなみに、テレビキャスターや新聞の論説員から得られるのは情報の断片だけである。知識とか見解らしきものなど、しょせん私の周りで誰かが言っているものの二番煎じで、独創性の感じられるものなどほとんど無い。事件・事故などに関する報道は極めて直截的な感情だけの論調が目立つ。専門性を有する記事などについてもかなりの部分でミスや誤解、欠落(説明不足)があることが多い。少なくとも私が関係している分野のことでは、説明が足りないままに現象の上っ面だけを記事にしていることが非常に多いと感じられる。

私が、既存マスコミに対してこのような感じ方をするようになったのも、経験を積んだことによるものだと思う。社会や世間に訴えられるだけの良識を持ち、なおかつ独自の視点に立った意見、専門的な事項に関する過不足ない分かり易い解説、こういった記事・ニュースの余りに少ないこと対して、不満が年毎に増してくる。

おそらく、かつては新聞記者や報道に携わる者は、一般人たちよりも多くの情報に接することができ、さらに情報に対する理解・分析・読解能力にも差があったのだろう。ところが、近年、報道に係わる人間達と一般人の能力差が無くなってしまった。おまけに、かつてはマスコミ関係者だけが独占できた様々な情報に接する機会にも差がなくなりつつある。情報発信ツールについても然り。


私が漠然と考えていた上記のようなことを裏付してくれる事例が本書には書かれている。
今では、専門知識を持った個人が発信する良識ある or/and 独自性の高い意見や論述と、既存マスコミのそれとが横一線となってしまった。いや、ヘタすると一個人の意見の方がインパクトが強い場合も多い。


民主党の小沢一朗が登場した「ニコニコ動画」という言論空間。これを題材として、ブログ論壇と政治について述べられている。この中で私が最も印象深かったのが、“日本政治は理念としての社会ではなく、情念的な世間の中で成立している権力装置である”という言葉。なるほどネ~、巧いこと言うなと感心した。ホント、そう思うよ。未熟な日本社会。

ただ、インターネット上では、“動画が情念で文章が論理”と言い切ったところは、必ずしもそうとは言い切れないと思ったけど・・・。


「ブログ自動生成プログラム」なるものの存在。

ネット上での意見というものの危険性。プログラムで大量生産された記事・意見か、そうでないかをどの様に見分けるのか?



1970年代生まれで、バブルが弾けて就職時に割を食った世代をロストジェネレーションというらしいが、この世代が現在のブログ論壇を担っているそうだ。本書では、この世代と団塊世代との対比を行っていることが多いが、私からみると、世代の違いで物事をカテゴライズするやり方は安直で危険だ。

全体の何割・何パーセントかは知らないが、優秀な人間=物事を変えていく人間、というのは世代や年齢によらないと思う。トレンドや平均の話をする場合は、世代とか年齢というカテゴリーは相応に相関があるかもしれないが、本書では、限られた優秀なブログ論壇のことを論じようとしているのだから、そういうのを書く人たちというのは世代はあまり関係ないのでは?と思うが如何か。

云われてみれば単純で至極もっともなことだが、私が今まで気付いていなかったことや、気にも留めていなかったことが書かれていて、なかなか面白く読めた。

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2008年09月24日(水)

『マイナス・ゼロ』

テーマ:ミステリーとか

『マイナス・ゼロ  改訂新版』   広瀬 正/著、  集英社文庫・広瀬正小説全集1 (2008)


名作の復刊だとか。


やっぱり、物語の舞台が日本(東京)で、しかも日本語プロパーの作品はサクサク読めてイイね。

タイム・トラベルものは、少々めんどくさい理屈やプロットが捏ねられる場合があるんだけど、この作品もそうなんだけど、海外モノに比べて俄然判りやすい。

時代背景は違うものの、物語の舞台となっている場所の土地勘もアルし、登場人物たち(日本人)の感覚も何となく分かるしね。


確か以前にも書いた覚えがあるが、こういうタイム・トラベルものっていうのは落とし処が肝心だと思う。その点、この作品のオチは合格。あの人が、実はアノ人で・・・といった所など、読み進めているうちに薄々は感づいていたが、最後がそこそこハッピーなのは良かった。

ただ、アノ巡査のその後がどうなったのか? が気になるところではある・・・。


物語本筋の少々入り組んだプロットもなかなかだったが、個人的には、太平洋戦争前の昭和初期の東京の街の風景の描写がすごく良かった。あの時代に生きていた人達の息遣いも感じられたし。

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2008年09月21日(日)

ハード・カバー本

テーマ:メモランダム

最近は、ハード・カバー本の購入を極力抑えている。積読本がマダマダあること、大きな本は置き場所にも困るようになってきたことが理由。


ジェフリー・ディーヴァーの新作 『スリーピング・ドール』 (ハード・カバー)が今月出る(そうだ)。

あの女性尋問管キャサリン・ダンスが主役らしい。前作、リンカーン・ライム&アメリア・サックス・シリーズの 『ウォッチメイカー』 は、私にはあまり面白く感じられなかったが、ただ、その時に初登場したキャサリン・ダンスは良かったような記憶が薄っすらと残っている。

購入を迷う・・・。


そう言えば、今月出たデニス・ルヘインの新作も未購入。ハード・カバーの上・下巻は辛い!?

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2008年09月20日(土)

『柳生薔薇剣』

テーマ:ミステリーとか

『柳生薔薇剣』   荒山 徹/著、 朝日文庫(2008)



やっぱり、荒山徹はメチャメチャおもしれぇ!

この面白さは理屈じゃない。 日本人がDNAレベルで欲しているエンターテイメントだ!

常々、現代日本を舞台とした物語にハードボイルドはあり得ないと思っている私にとって、優れたチャンバラ小説・時代小説こそが和製ハードボイルドだ。(←言い切り過ぎ?)

荒山徹の場合は、こうしたハードボイルド要素に、ハチャメチャな“伝奇モノ”要素と“お遊び”要素を加えちゃってるもんだから、もう、サービス満点。過剰包装もいいところだ。


江戸幕府の将軍が秀忠から家光に変わったばかりの時代。

物語は、九州隈本藩士である貴月主馬(たかつき しゅめ)の妻うねが、鎌倉の駆込寺・縁切寺である東慶寺の門前で4人の男達に襲われるところを、女剣士が助ける場面から始まる。


将軍家剣術指南役である柳生但馬守宗矩(むねのり)の一人娘、柳生矩香(のりか)。

宗矩の長男で、最も有名な柳生一族である十兵衛より7歳上の姉にあたる。柳生宗家の男達が江戸表で将軍家に仕える中、矩香は生まれたときから大和の柳生の庄で育つ。柳生新陰流の開祖で、宗矩の父、矩香や十兵衛にとっては祖父になる石舟斎宗厳(せきしゅうさい むねよし)から手解きを受け、その天賦の才を開花させた女剣士。彼女の剣の腕は十兵衛をも凌駕する。


二代将軍であり今は大御所となった秀忠と新将軍:家光との昔からの確執。朝鮮使節団の来日とその朝鮮使節団が幕府に突きつける難題。幕府内部における地位を確立せんがために権謀を図る柳生宗矩の暗躍。

こうした物語背景の中で繰り広げられる、矩香 vs うねの奪回を企む無法者集団、矩香 vs 剣豪、朝鮮妖術師 vs 柳生一族、など、息つく暇も無いほどの怒涛の面白シーンの連続だ。


この小説に登場する女性キャラがみんなイイ。 柳生の女剣士はもちろんのこと、朝鮮との因縁が絡み、縁切寺に駆け込まねばならなくなった武士の妻うね。男子禁制の縁切寺:東慶寺の住持である天秀尼(てんしゅうに)こと豊臣涼姫(豊臣家最後の血筋)。 彼女たちの意地・矜持が描かれる。


こうした女性キャラの描かれようが素晴らしく、今作中では、柳生宗矩も十兵衛もただの道化役にしかみえなかった。

柳生矩香というキャラなど、かつてキース・ピータースンが描いたランシング や、G・ルッカのブリジット・ローガン 、P・D・ジェイムズ女史のコーデリア・グレイ に匹敵するほどイイ女だ。


今月は、『柳生雨月抄』も文庫化されて出る。楽しみ!



【これまでに読んだ 荒山徹 作品】

魔岩伝説

十兵衛両断

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2008年09月18日(木)

『哀国者』

テーマ:ミステリーとか
PATRIOT ACTS (2007)
『哀国者』   グレッグ・ルッカ/著、 飯干京子/訳、 講談社文庫(2008)

(古沢氏はこのシリーズの翻訳を完全に降りたらしい。。。?)



本作は、シリーズものとしての骨格が変わってしまった前作『逸脱者』の後半からのストーリーをそのまま引き継いでいる。
私の前作に対する感想 はネガティブなものだった。その続きとなると・・・? しかも、本作もまた、分厚く、長い。読み出したときは途中で放り投げ出さないかと心配だった。

だが、このG・ルッカという作家、一級のストーリーテラーであるということを認めざるを得なくなってしまった。結局は終いまで読んで(読まされて)しまったのだから・・・。

登場人物たちの言動や物語の内容については、どうにも気に食わないのだが、話の行き着く先が気になって気になって仕方がなかった。そんな自分が面白くない。

でも、前作(第5作)と今作(第6作)と次回作(第7作)は、それ以前の作品とは完全に別モノと思えばイイのだ。超人達が敵をやっつけるアクションものだと割り切ってしまえば大して問題は無い。面白いと思ってしまった自分を許そう・・・。



さて、この作品を読み終わってみて・・・、

ミステリ小説に対して、私は案外保守的なんだ、ということに気付いた。

“この作品は、この作者は、こうなんだ”という固定した想いに捕らわれてしまうと、そこから変化・変形した内容に戸惑い、否定的になってしまう。気に入っていた作品に対しては特にそういう傾向が強いのかもしれない。。。




【アティカス・コディアック シリーズ】

第4作 『耽溺者(ジャンキー)』

第3作 『暗殺者 キラー』

第2作 『奪回者』

第1作 『守護者 キーパー』


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2008年09月15日(月)

そろそろ慣れてきた??

テーマ:今日のポタ

13,14,15日の3連休は毎年恒例の祭りに行くために、カミさんの実家(都内)へ。我が家からはおよそ55kmの距離。

8月始めのタンクローリー炎上事故で首都高池袋線は未だに通行止め。いつもの道が使えない、ってんで、カミさんと娘の二人は電車で。私はチャライダーとして発進だ。


国道17号を南下。埼玉県内のR17はたいていフラットなのだが、浦和では埼玉県庁付近を頂点にして、その北方も南方もわずかに低くなっている。車で走っている場合には、ほとんど気付かない程度の高低差だが、自転車では、わずかな坂が気になる。

埼玉県内を走っただけで、500mlペットボトルの中身が消えた・・・。2本目を自販機で購入。


戸田橋を渡り都内へ。

todabashi2


戸田橋を渡ると、日本橋まで16kmとの表示。でも私は日本橋を越えて、その先まで行かなければならない。

板橋区に入って最初の難関は志村坂。志村坂下の交差点から志村坂上の交差点まで、だらだらとした上り坂が続く。長い・・・。

坂を上りきったら給水。2本目の500mlペットボトルの半分が消える。

R17をひた走る。巣鴨でもお祭り。
sugamo  ←巣鴨地蔵通りの入り口。 巣鴨駅は大混雑だった。


R17から白山通りへ。 後楽園遊園地の脇を通る。
kourakuen

↓ 神保町の交差点。ここで曲がりたいのをグッと堪えて直進。
jinbocyou

平川門に突き当たる。皇居周辺はランナーとサイクリストが多い。
hirakawamon

ここでいつもなら、左に曲がり、気象庁の前を通り、日比谷公園前を通り赤羽橋まで行くのだが、この日は右回りで皇居を一周してみた。


↓ 半蔵門
honzoumon  


↓ 「こんばんわ~、桜田門外の変で~す。」

  で有名な門。                       ↓ 桜田門内
sakuradamongai   sakuradamonnai

皇居とはオサラバして、日比谷通りに。


↓ 芝公園。東京タワーと増上寺。

  ここで休憩。ペットボトル2本目が空になる。空いたボトルに水を汲んで出発する。
shiba-park


さァて、この先は国道1号線。三田界隈を抜けて行く。


MGU

↑ 明治学院大学前を通ったら、高輪台。ここも名前からして台地になっている。この先は五反田駅前まで下り坂が続く。ラッキー!今回のルートでの最高速度を記録。 でも帰りは・・・・・。


五反田からはもうすぐ。到着。

お祭りもソコソコ賑わっていた。

jinjya01   jinjya02

復路は朝8時に出発して、日比谷公園でお握りの朝食。

hibiya-park

で、埼玉県内に帰ってきてからは、R17沿い、北与野駅前の「書楽」に寄って来た。昼飯もココで。駅蕎麦。

shoraku


往復110km。こんなに走ったら、どうなるかと思ったけど、案外大丈夫だったナ。50km程度の行程には慣れてきた?(1日で200kmも300kmも走る人もいるらしいから、そんな人にとっては朝飯前かもしれないけど・・・)

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2008年09月14日(日)

『臨床読書日記』

テーマ:エッセイ・随筆とか


『臨床読書日記』   養老 孟司/著、 文春文庫(2001)

ヨーロー先生の書評はあいかわらず。

155ページからミステリー論。でも、ミステリー作品のことなどほとんど触れていない。


ヨーロー流ミステリー論。かなりいい加減です。



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