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2008年02月27日(水)

『思考の整理学』

テーマ:なんでも読んでみよう

『思考の整理学』  外山 滋比古/著、 ちくま文庫(1986年)



名著。

動いている物体が、その運動を継続しようとする物理。慣性の法則。

これと似たようなことで、生理的な慣性や心理的な慣性がある、と著者は云う。

もともと静止したフィルムなのに、連続して映写することによって動きを感じさせるアニメーションや映画では、残像(残曳)作用という視覚の慣性を利用している。

これを、“生理的な慣性”だとすれば、心理的な慣性もあることに気付く、と著者は云う。

言葉の残像、文章の残曳、修辞的残像。外国語や難解な文書を辞書首っぴきで読むよりも、多少解らないことがあってもそんなものは素っ飛ばして、相応の速度で読むことによって、なんとなく全体がわかる。

論文などを書く場合も、パート・パートの構想や論理展開を十分に練って書くよりも、取り敢えず書き始めてみる。そして、勢いのままに書き終えてしまう。その後で再構成したり、細かい修正をする。その方が良いものが出来る事が多い。

と、著者は云う。

乏しい私の経験からしてみても、確かにそんなように思えるときがある。漠然と実感していることを、簡単で論理的な言葉にしてもらえると合点がいく。この本、優れた学者の仕事だ。



著者の経験談めいたことを、エッセイ風に書いている。押し付けがましくなく、マニュアルっぽくもない。

しかも、文章は簡単。だが、論理的。日本語のお手本みたいな文章だ。こういう文章は真似しよう!

内容とは関係ないけど、表紙のデザインも私の好み。


高校までの受動的な(?)勉強を終えて、大学に進む人。大学で勉強しようかな、と考えている人。

大学受験が終わって一息ついたら、読んでみてはいかがでしょう。

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2008年02月26日(火)

『ノーカントリー』

テーマ:メモランダム

第80回アカデミー賞の作品賞と監督賞(他2部門)を 『ノーカントリー』 が受賞した。


『ノーカントリー』、原作小説のタイトルは 『No Country for Old Men』、その訳題は 『血と暴力の国』


原作はすこぶる衝撃的だった。


映画も観てみたい。

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2008年02月22日(金)

『アメリカン・スキン』

テーマ:ミステリーとか

AMERICAN SKIN (2006)

『アメリカン・スキン』  ケン・ブルーウン/著、 鈴木恵/訳、 ハヤカワ文庫(2008)


ケン・ブルーウンは詩人だね。

本作中には、印象的な言葉、“オッ、なんだかいいな”っていう言葉がたくさんあった。

『酔いどれ』シリーズ もいいが、これも良かったナ。



成り行きでやばいことを仕出かし、アイルランドからアメリカに逃げてきた主人公。

アメリカ人に、ニューヨーカーになりきるべく、口調や言葉を真似るが、タクシー運転手やバーテンダーにはすぐにアイルランド人だと判ってしまう・・・。

アメリカ人の皮を被る、という意味合いで用いられているのが、本書のタイトル 『アメリカン・スキン』。

ブルース・スプリングスティーンの曲のタイトルのようだ。


だが、内容はタイトルとは真逆だ。

アイルランドという国の風土や歴史を否応なく抱える主人公のメンタリティを書き綴ったのが本書だ。

タイトルは逆説的に使っているってことだな。


友に対する感情の表し方、恋人への接し方など、アイルランド男のメンタリティというのは、よく時代小説の主人公として設定される実直・不器用・一途な下級武士や、そこまで古くなくても、昭和の古い世代のストイックな日本男に通じるものがあるような気がした。


この作品、ミステリとして読むと大したことはない。けど、主人公の心情にはかなり共感できた。


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2008年02月19日(火)

『男たちは北へ』

テーマ:ミステリーとか

『男たちは北へ』   風間 一輝/著、 ハヤカワ文庫(1989)




主人公の中年男(桐沢)は自転車で。高校を中退したばかりの少年はヒッチハイクで。陸上自衛隊3佐の男(尾形)は組織の都合で。

3人の男たちが北へ向かう。


北への旅立ちの出発点は東京都清瀬市。ちょっと走ればすぐに埼玉県だ。そこから浦和-所沢線(今では国道)に出て、荒川を越える羽根倉橋に向かう。

清瀬市、浦和-所沢線、羽根倉橋、私にとってはどの地名も極めて身近なものだ。それだけに、情景がハッキリと浮かぶ。20年前であろうが、現在であろうが、このあたりの地はホームグラウンドである。


冒頭、羽根倉橋を越えたところ、路上の凹凸で跳ねたトラックの荷台から自衛隊の機密書類が落下する。この機密文書を巡って陸上自衛隊が暗躍するわけだが、そんなことは、この作品では瑣末な枝葉に過ぎない。


この物語のブッ太い幹は、3人の男の少し変てこりんな、だが恐らくは本質を突いた友情の物語なのだ。



桐沢は、羽根倉橋を渡り、JR北浦和駅の高架の下をくぐり、浦和市を抜け、春日部市で国道4号線に入る。あとは、国道4号線を青森に向けてひた走る。直射日光や風雨に晒されながら、東北地方の険しい山道でもペダルをこぎ続ける。桐沢の胸中には感傷めいたものは生じない。ひたすら自転車を駆る。
桐沢の道中には、ヒッチハイクの少年や自衛官:尾形との幾度かの交錯がある。その度に、桐沢が、少年が、尾形が、他愛のないセリフを吐く。

ただ、それだけの話だ。


だが、私の場合、20年前に初めて読んだこの作品が未だに記憶に残り続けている。何故、こうも後に残るのか。

奇妙な事だが、ツボにはまったとしか云いようが無い。

敢えて云うなら、男たちの吐く言葉の中に、何かしらの意味が見い出せるからかもしれない。


久しぶりに読んだが、初読の時とほとんど変わらない感情が湧き上がった。元気が出るんだ。やる気が出るんだ。優しくなれるんだ。



稲見作品と同質の名作。お薦めです!


別冊宝島「このミステリーがすごい!」20周年の特別号が出版された折に、早川書房が便乗して再刷した模様。

今直ぐ書店に走って購入すべき! 

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2008年02月16日(土)

このミス 20年

テーマ:メモランダム



『もっとすごい! このミステリーがすごい! 』  別冊宝島 1503 (2008)


20年分の「このミス」をまとめたそうだ。


家の本棚には20年間の「このミス」が納まっているので、私の場合は立ち読み。


歴代の“国内部門”1位に選ばれた作品の著者へのインダヴューが掲載されており、この部分がこの本の最大のウリのようであるが、私はあまり興味が無いので飛ばした。

すると、ほとんど読むところが無くなった。


20年間に選ばれたミステリ作品の中から、さらにランク付けしていたが、その中に 『男たちは北へ』 が入っていた。 確か国内部門の12位だったか? かれこれ20年近く前の作品のはずだが、いまだに世間でも評価が高いんだ、と思った次第。


もっとも、私にとっては、この 『男たちは北へ』 こそが、国内ミステリのオールタイム・ベストなのだ。

現在、再読中。


『男たちは北へ』 (ハヤカワ文庫JA) 風間 一輝


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2008年02月15日(金)

『路上の事件』

テーマ:ミステリーとか
CASES (1999)

『路上の事件』   ジョー・ゴアズ/著、 扶桑社ミステリー(2007)



イヤー、もろ! 好みの小説だった。

ジョー・ゴアズってこんなに面白かったか!? 以前、この作家の作品を読んだのは、ダン・カーニー探偵事務所シリーズのどれかで、たぶん十年以上も前のはずだ。



1953年。ノートルダム大学を卒業したばかりの青年、ピアス・ダンカン。通称ダンク。ヘミングウェイのような作家になることを目標としながら、アメリカ大陸を放浪し始める。


第1部 「一九五三年、夏」

無賃乗車の列車を飛び降りた町で、浮浪者取締法(なんつぅ法律だ!)で逮捕されたダンク。

だが、彼は仲間達とジョージアの収容所を脱走する。


第2部 「国境に向かって」

ヒッチハイクで旅を続けるダンク。

乗った車から砂漠にホッポリ出されたり、野宿をしている際にロバを連れた老人のとんでもない話を聞かされたり、気のあったある男とメキシコで飲んだくれてバカ騒ぎをしたり・・・。

その後、またもやヒッチハイクでラスヴェガスに向かう。


第3部 「クイーンと四と片目のジャック」

ラスヴェガスの賭博場<グラディエイター>を訪ねるダンク。

彼は、そこでカードゲームをプレイ中のヘビー級ボクサー、ネッド・ダヴェンポートに気にいられ、彼のトレーニング相手として雇われる。

<グラディエイター>のバーテンダーやピアノ弾き、ネッドのマネージャーや愛人とも打ち解けるダンク。試合に向け、ネッドの調子も順調に仕上がっていく。

だが、ダンクとネッド達は、<グラディエイター>のオーナーが企む八百長試合の計画に巻き込まれることになり・・・・・。


第4部 「スモッグの中の天使」

ラスヴェガスを去り、カリフォルニアの友人のもとに身を寄せたダンク。

そこで彼は、墓穴掘りやコンクリート煉りの仕事をしながら旅の資金を稼いでいたが、メキシコからの不法労働者達を食い物とする労働組合と新興宗教団体が絡む不正に巻き込まれる。


第5部 「サウス・オブ・マーケット」

サンフランシスコの探偵事務所に職を得たダンク。

新米探偵ながらも次第に才能を開花させて行く。・・・が、一方で、お人好しの性格からか、トラブルを引き寄せ、自らが命を狙われる事件に巻き込まれる。

第6部 「一瞬の死」

失踪人探しの仕事を任されたダンク。

失踪人が行方を眩ました先はラスヴェガス。ダンクは、ラスヴェガスにいた時のコネを使い、失踪人の居所を突きとめたが・・・


第7部 「スペインの黄金」

数々の事件・捜査を経験し、探偵として一人前になりつつあるダンク。
恋人ペニーからは彼女が妊娠したことを聞かされる。彼女と子供の生活のために、作家になることを諦めなけれなならないのか!?悩むダンク。

その頃、ダンクのボスで、探偵事務所長のエディー・コープは、とてつもない美女から彼女の夫の殺害を依頼される。


第8部 「目には目を」

不幸に見舞われるダンク。

この最終話で・・・・、オッと、言えねぇ・・・・、書けねぇ・・・・



全8部、総ページ数600の大著。

前半の第1部から第4部までは、伝統的なロードノヴェルとしての体裁を採り、若者ダンクの言動・心情が物凄く活き活きと描かれている。青春小説だ。イイぞ~!

第5部以降は、ハードボイルド探偵小説としての色彩が濃くなり、ダンクの実直でメランコリックな心情と、彼のボスであり、まさにハードボイルドを地で行く所長エディー・コープの男気と冷徹さが対照的に描かれる。


前半の第1部から第4部までは短編集みたいな感じだった。

探偵パートの後半部だって、読んでいる途中までは各部1件の事件が割り当てられているのかと思っていた。

各部のストーリー、プロットは独立しているかに見えた。

ところが・・・、である。

第7部後半から第8部で、独立した物語だと思っていた各部の物語が・・・、メキシコ国境、ラスヴェガス、サンフランシスコ、それぞれの場所での出来事が・・・、それぞれの地でダンクが出会った人物達が・・・(なんという伏線)・・・それらが見事に連環して、一つの大長編探偵小説として完成する。


人物描写、プロットともに爆弾低気圧並み!!(←良くわからん例えだ・・・)

お薦め!!

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2008年02月13日(水)

『鉱物の魅力がわかる 天然石と宝石の図鑑』

テーマ:自然科学とか




『<鉱物の魅力がわかる> 天然石と宝石の図鑑』  塚田 真弘/著、 日本実業出版社(2005)

先日、国立科学博物館に行った 際に娘が買った本。今頃になって読んだ。


それにしても鉱物の名前ってのは、和名と英名が結び付けづらい・・・。


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2008年02月12日(火)

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』

テーマ:歴史とか




『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』  内山 節/著、  講談社現代新書(2007)


「歴史学ではなく、歴史哲学とは何かを考える」のだそうだ。何のことか、読み終わった今でも私には良く判らない。

しかし、お題目はともかく、中身はすこぶる面白かった。

どのように面白かったのかを表現するのは私には難しい。


だから、印象に残った部分を単に抽出し、羅列しておく。(能力不足で申し訳ない・・・)



1965年ごろを境にして、日本人はキツネにだまされなくなってきた、と著者は言う。

その理由がいろいろと挙げられる。

1965年ごろを境として日本(人)の何が変わってきたのか・・・。


理由の一つ。(p.41)

科学的方法によってとらえられた真理がある、と言われる。だとすれば、科学とは違った方法を通して見えてくる真理というものもあるはずだ。方法が異なれば見える真理も異なるのだと著者は言う。なるほど、そう云う事もあるかもしれないと私は思う。実感はできないが。

科学では捉えられない世界をつかむ。かつての日本人はそれができたのだそうだ。

それができなくなった。科学的な真理を唯一の真理だと考える合理主義が蔓延したから・・・。

(私などは、これの典型だな)


理由の一つ。(p.117)

1965年ごろまでは、「私」を包む世界が、「私」の周りに現象として展開する世界が違っていた。そうすると、その現象として展開している世界とのコミュニケーションのあり方も違ったのだという。だから、キツネと人間との間の非合理的なコミュニケーションが成立していた? すなわち、“キツネにだまされる能力”というものが存在した?


歴史学では考察できないこと。(p.147)

人間は客観世界の中だけに生きているわけではない。客観化できない世界、表象(仮想といってもイイ?)の世界のなかでも生きている。そうだとしたら、自然と人間が存在する世界の少なくとも半分は、客観的に時間の経過を捉えようとする歴史学では考察できない。


我々が歴史として捉えてきたものは、知性によって物語られたホンの一部分の歴史に過ぎない。(p.158)

知性による歴史は常に“発展”という形で記述される。

我々には、知性を介さないでも認識したり判断できることがある。直観によって・・・。直観は知性から生まれるものではなく、身体や生命そのものから生まれる。

身体や生命も様々な記憶を蓄積しているが、それは“発展”という形式ではなく、受け継ぐ人々を必要とする“循環”である。(p.160)

“発展”する見える歴史=知性によって捉えられた歴史、の他に見えない歴史がある。

“循環”する見えない歴史=身体によって受け継がれた歴史、生命によって引き継がれてきた歴史。

見えない歴史は何かに仮託されなければならない。(p.174)

その仮託されるものが、「神」であったり、「仏」であったり、「キツネ」であったりするのか??


1965年ごろを境に、日本人は身体性・生命性の歴史を衰弱させてきた。


キツネにだまされなくなったってことは、もしかしたらつまらなくなったのかもしれない・・・。

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2008年02月11日(月)

(映画 DVD) ユージュアル・サスペクツ The Usual Suspects

テーマ:メモランダム
ユージュアル・サスペクツ



ブライアン・シンガー監督、クリストファー・マックァリー脚本(1995年)



久しぶりに観た。


サスペンスであることは確かだけど、それよりも、情報操作・人心操作によるコンゲームといった感じだったかな。


ともあれ、傑作であることには違いない。

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2008年02月10日(日)

『虫眼とアニ眼』

テーマ:エッセイ・随筆とか




『虫眼とアニ眼』  養老 孟司/宮崎駿/著、 新潮文庫(2008)


冒頭に、宮崎駿のカラー・マンガが載っている。その後に、宮崎監督から見たヨーロー先生の評、ヨーロー先生から見た宮崎監督および作品の評、両者の対談やらが載っている。


良い悪い、好きか嫌いか、は読者それぞれが判断することとして、私には二人の言っている事は非常に判りやすい。

判りやすいってことは、私の価値判断では上位に位置づけられる場合が多い。

だからこの人たちの本、読んじゃうんだよな、つい。。。


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