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2006年01月30日(月)

『妖怪ハンター』 地の巻

テーマ:マンガとか
妖怪ハンター 地の巻

諸星大二郎の『妖怪ハンター』シリーズを読みだした。出張の新幹線の中で。

私の仕事は、年度末がメチャメチャ忙しい。年度決算の業務(特に研究業務)の報告書を書かなければならないからだ・・・。こういうときに急な出張などが入ると、“勘弁してくれー”となり、車中で読む本に関しても、とても専門書や文学作品などは読んでいられない。マンガが最適だ。


諸星大二郎の『妖怪ハンター』はだいぶ昔のマンガで、最初に読んだのは小学生の頃。少年ジャンプで連載されていたのをリアルタイムで読んだ。

一話、ないしは二・三話で完結する短編・中編の伝奇マンガである。

小学生の分際で、よくもま~、こんなマンガを読んでいたなと思うほどマニアックでキワモノのマンガだ。


決して今風の絵ではない。当時でも古めかしい絵だったと思う。

しかし、おどろおどろしい伝奇的なストーリーの構築、神話や昔話や歴史を組み合わせた突拍子もないアイデア、人間の所業をあざ笑うかのようなシニカルなスタンスに立った作風、どれをとっても諸星大二郎はスゴイ!!



文庫では、「地の巻」、「天の巻」、「水の巻」が出ているようだ。

「地の巻」では、主人公、稗田礼二郎(ひえだ れいじろう、もともとは考古学者だが、学会からは異端者扱いされ、学生や一部のマスコミからは“妖怪ハンター”と呼ばれている)が初めて登場した、「黒い探求者」がなんといっても面白い。


他にはどんな物語が描かれているのだろう?

とりあえず文庫全3巻、読まなければ・・・。

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2006年01月28日(土)

なかなか面白い? 斜面のはなし

テーマ:自然科学とか
知っておきたい斜面のはなしQ&A―斜面と暮らす

『知っておきたい斜面のはなしQ&A ―斜面と暮らす―』 

土木学会地盤工学委員会斜面工学研究小委員会, 「知っておきたい斜面のはなしQ&A」編集委員会


日本人はなぜ山の上に住まないのか?


ヨーロッパの都市は伝統的に高台や小高い丘の上に築かれている。しかし、日本の都市は大抵の場合山のふもとに築かれる。

日本の環境・気候の特性から、山の上や斜面の中腹というのは不安定な土地だから、というのが一番の理由であろうとのこと。風水的には山に囲まれ水の流れのある平地が良いとされる。

自然感、または自然の中に置かれる人工物に対する感性、これらが西洋人と東洋人では違っていることも一因として挙げられている。


“景観”に対する感性の違いについての部分が特に興味深い。

西洋人は、ある眺望点からの集落空間の景観にこだわる。対して、日本人は集落空間へのこだわりは弱く、集落空間から望む周囲の景観にこだわる。

西洋は“外から眺める景観”、東洋は“内から眺める景観”である、と。

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2006年01月27日(金)

『文明崩壊』 その6

テーマ:自然科学とか
文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)

ジャレド・ダイアモンド/著、楡井浩一/訳、草思社



第10章から第13章では、現代の社会に関する論考に入った。


第10章では、1994年に起こったルワンダの大量虐殺を通して、彼の地における壊滅的な社会情勢とその原因について説明している。

ルワンダ、そして隣接するブルンジという国の2つの部族の長年に渡る確執、それが民族抗争、大虐殺に繋がった、という一般的な考えに対して、著者ダイアモンドは、その背景について詳しく考察する。ここにも人口過剰と森林伐採・土壌浸食・地力劣化が複雑に絡み合い、そこに遠因があったと分析する。さらに、ダイアモンドは、仲間同士の殺し合いのうちに「頭数を減らす」という意識が働いたと、冷徹に分析する。


第11章は、ドミニカ共和国とハイチについて。カリブ海に浮かぶイスパニョール島を東西に二分する2つの国の対照的な現状を、過去からの経緯・歴史と供に説明する。

現在、環境が壊滅的な状況に陥っているハイチ。それに対し、ドミニカは

ここでの話で特に印象的だったのは、ドミニカの独裁者トルニーヨやその後のバラゲールという独裁大統領によって徹底したトップダウン方式の環境保護政策が採られたことだ。

独裁者と環境保護政策。一見、相容れないように思える事柄を結びつけるものとは?

人とは決して一貫性のある生き物ではないことを教える。


第12章は中国だ。この国については普段からの情報量が多いこともあって、著者の説明がより理解しやすい。

この国の環境悪化はひどい。これが中国だけで済む話ならどうということはないが、世界中の環境破壊に繋がっているから無視するわけにはいかない。日本は尚更だ。先進国と同等もしくはそれ以上の生活水準を目指すこの国は、今や世界中の資源を利用し、地球環境を侵害している。

現在、この国は経済最優先の政策を採っていることから、環境政策は二の次である。しかし、ひとたび(環境保護重視へと)方針が変われば、この国の政治システムとしては短時間で大転換をやってのけることも可能だ。そこに希望はあるものの、なんせ、人民(国民)の環境に対する意識は低い(らしい)。

著者ダイアモンドは、いずれこの国は人口増加を抑制する家族計画政策以上に環境政策を実施することになるだろう、と予告している。


第13章はオーストラリア。この国=大陸の環境はかなり危険な状況であること、そして、経済的にも関係の深い日本は、この国の状況に関して責任の一端を担っていることを知らされた。

世界でも最古の(40億年前の)岩塊がみられるこの大陸の表層土壌は極めて貧弱だ。数十億年に渡って栄養分が流出してしまっているためである。さらに、元来貧弱な土壌や少ない動植物種にあって、イギリスからの殖民とともに持ち込まれた外来の動植物によって生態系の破壊は一層深刻なものとなっている。非生産的な土壌では、栄養分を肥料という形で人工的に補う必要があるため農業生産コストは増大する。土壌が貧弱だと海に浸出する養分も少なくなり、海洋資源も減る。農業、林業、漁業、どれも他国に対抗できるだけのアドバンテージを持つことができない。

歴史的にイギリスの文化的価値観を有するオーストラリアであるが、肥沃な土地で育まれてきたイギリス的な価値観を持ち込んでも、この大陸の環境の現状に適合した政策を採ることができないことにも一因があるらしい。この文化的な姿勢と施策は、過去に損害をもたらし、現在ももたらし続けているらしい。ただ、この文化的価値観に変化も出てきているとのことだ。そこに一縷の望みがあるかもしれない。

どうやらオーストラリアは、近代先進社会で最初に訪れた文明崩壊の分水嶺に立っているということが言えそうだ。


次章からは、「将来に向けて」ということで、いよいよ核心に入っていく(はず)。


【関連記事】

『文明崩壊』 その1

『文明崩壊』 その2

『文明崩壊』 その3

『文明崩壊』 その4

『文明崩壊』 その5

『文明崩壊』 閑話休題

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2006年01月26日(木)

本屋大賞??

テーマ:メモランダム

ここ1、2年、日本全国の書店員が選ぶ「本屋大賞」というのが話題になっているらしいが、私にはどうもその位置付けが判らない。


現在、一次選考を通った11作品がノミネートされていて、この11作品の2次選考に入っているらしい。

ノミネートされている作品( http://www.hontai.jp/ )を見ると、その大部分が既に世間には認知されていて、結構売れている作品ばかりのような気がする。
さらに、各出版社が開催・共催している既存の文学賞の選考対象となった作品がかなり含まれている。


そんな作品ばかり選んでどうしようというのだろう?
既存の文学賞との差別化はどこにあるのだろう?

「選んでいる人達が違います」、というだけで、単に既存文学賞の後追いを行っているだけのような感じがする。


世間には知られていないけど、普段あまり売れないけれど、実は隠れた名作や迷作だったりする、そんな本を発掘した感動を添えて紹介してくれるほうがナンボか有益だし、面白いと思うのだが・・・。

まー、別に迷惑がかかるわけじゃないからいいけど・・・。なんかナ~。

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2006年01月25日(水)

『70年代アメリカン・シネマ103』

テーマ:なんでも読んでみよう
筈見 有弘/編集
70年代アメリカン・シネマ103―もっともエキサイティングだった13年

本棚を物色していて出てきた懐かしい本。


1967年にアメリカで公開された『俺たちに明日はない』から始まる70年代のアメリカ映画。

1950年代に登場したテレビの発展と、それに伴って低迷した60年代までのアメリカ映画。映画に関わる人材がテレビ業界に盗られたためだそうだ。

そのアメリカ映画が、低迷期からの脱出を宣言した最初の作品が『俺たちに明日はない』だ。


この作品以降、70年代のアメリカ映画作品は、“ニュー・シネマ”と呼ばれる。


『明日に向かって撃て!』、『イージー・ライダー』、『真夜中のカーボーイ』、『ワイルドバンチ』、『ダーティハリー』、『ゴッドファーザー』、『激突!』、『ある愛の詩』、『時計じかけのオレンジ』、『エクソシスト』、『スティング』、『アメリカン・グラフィティ』、『ジョーズ』、『がんばれ!ベアーズ』、『タクシー・ドライバー』、『スター・ウォーズ』、『未知との遭遇』、『ディア・ハンター』、『チャイナ・シンドローム』、『エイリアン』、『1941』、そして『地獄の黙示録』


もともとは反ハリウッドの連中が、ハリウッド資本から一歩引いたところで作品作りを目指した。しかし、したたかなハリウッドは、こうした連中を取り込んで作品を撮らせた。だから、作家性・メッセージ性の強さと大衆性がせめぎ合った作品が多い。


70年代、私は小学生から中学生だった。したがって、これらの映画を観たのは、高校、浪人時代、大学に通っていた頃の80年代ということになる。その頃は、池袋などの小さな映画館でこういった映画を安く見られたので、友達と争うように夢中で観まくった。まだ高価だった貸しビデオも借りまくった。


84年に購入したこの本は、当時、観た映画の背景を知りたくて読んだんだな、たぶん。

こいつは捨てられない!

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2006年01月24日(火)

『文明崩壊』 閑話休題

テーマ:メモランダム

現在、ジャレド・ダイアモンドというカリフォルニア大学の何でも屋学者さんが書いた『文明崩壊』という上・下2巻で800ページを越える本を読んでいる。他にもいくつか併読している本があるのと、この『文明崩壊』という本に関しては、多少じっくり読もうと意識しているためか、なかなか進まない。


「エントリー」の中でも書いたのだが、この本の上巻では、過去の崩壊した文明社会の事例について、文明が崩壊していく過程について、繰り返し、繰り返し、しつこいほどに説明される。


こういった説明の仕方を読んでいて感じたのが、欧米の理工系の教科書や啓蒙書というのは、大抵の場合、1つの事柄について非常に細かな説明がされていて、本自体が非常に分厚くなるということだ。

私は原書などは読めないが、翻訳された教科書などは、同じ分野の日本人学者が日本語で書いた教科書よりもかなり厚くなる(ことが多い)。


欧米の著者は、主張したいこと、証明したいことについて、あらゆる反証を仮定し、それに答えられるように、一部の隙も見せないように論理の構築を図っていく。その過程を逐一説明するものだから、本は厚くなる。文字は細かくなる。

が、この著述方式は、数学や物理、プログラミングなどについて、独学で理解しようとする際には非常に有効である(と思う)。

同じような理屈・理論を繰り返し、繰り返し、読み、考え、書き取り、計算することによって初めて自分のモノにすることができる。

そのため、理工学書は必然的に分厚くなる。

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2006年01月22日(日)

『文明崩壊』 その5

テーマ:自然科学とか
文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下)

ジャレド・ダイアモンド/著、楡井浩一/訳、草思社



下巻に入った。

第9章では「存続への二本の道筋」というタイトルで、環境問題を解決し、環境破壊から脱した社会の事例を採り上げている。


その一つは、小さな島、もしくは陸地であっても小規模な社会であり、そこに暮らす住民達が皆、帰属社会の出来事・事情を理解しており、そこで生じるあらゆる事象に影響されるという自覚があり、共通の利益を他の住民と分かち合える社会である。こういった社会では、住民達が問題に対して一致協力して対処することができる。

著者ダイアモンドは、このような社会の問題解決方式をボトムアップ方式と呼んでいる。

あまり階層化されていない社会に対して、‘ボトムアップ’という言い方が適当かどうか?読んでいて私には違和感があったが、まー、単なる言葉の定義として、ひとまず置いておこう。

他の一つは、大規模な人口を抱える大きな社会、中央集権的な政治システムを有する社会である。このような社会では、トップダウン方式によって環境破壊を克服したという。

そして何故か、この間の中間的な大きさの社会が、どちらの方式の問題解決能力も持ちえない場合が多いことを指摘している・・・が、ここのところの分析は少々物足りない。具体的な事例も挙げてないし・・・。


さて、ボトムアップ型社会の代表としてニューギニア高地と大西洋南西部の孤島ティコピア島が、トップダウン型社会の代表として江戸時代の日本が紹介される。


ニューギニア高地は7千年近い独自の営農の歴史を有する社会で、世界でも屈指のサスティナブルな文明なのだそうだ。

一見、原始的なニューギニア高地の農法をみたヨーロッパの農業学者達は、生産高を上昇させようと、善意で先端的な農法を持ち込んで指導を試みたが、それらはことごとく失敗したそうである。ニューギニアの人々が数千年を掛け、試行錯誤を繰り返して獲得してきた知識と知恵。彼の地特有の自然環境に最も即した農法の前には、別の地で理屈付けされた科学的農法も役にはたたなかった、ということである。付け焼刃的な知識など木っ端微塵。この箇所を読んだ時はなんだか考えさせられましたね・・・。

輪作による土壌の窒素濃度を維持する方法や育林、土壌浸食を防止するための排水路の設置方法の工夫、などによって地力の問題を解決してきた・・・。

さらに、社会の発展に伴って増加した人口さえも長年に渡って制限してきたらしい。その制限方法は、現代から考えれば惨い方法もあった・・・、しかし、人口制限の必要性について住民の間に共通認識があり、それを実行してきたということである。

ニューギニア高地の住民達は、農業が起こる前の数万年間と農業が起こってからの7千年間、文明を崩壊させる要因としてかなり大きなウェイトを占める“森林乱伐”と“人口増加”をコントロールしてきたという。


そして日本・・・、

戦国時代を終結させ、江戸幕府による国内統治も軌道に乗ったころ、日本国内の森林資源は枯渇しつつあった。戦国時代は、各地の武将による築城や戦争に備えた物資の備蓄などにより膨大な木材を消費した。江戸時代初期もまた、首都の建設と度重なる大火による再建などにより森林が減少した。

これまでの文明崩壊事例で見てきたように、森林破壊はその後、土壌の流出や侵食を増大させる。豪雨、台風、雪解、地震などの自然災害の多い日本では、その影響は甚大である。

流出水による低地の洪水、土壌浸食と河川の沈泥による灌漑システムの水位上昇、そして飢饉。こうして、17世紀後半の日本は、文明崩壊への負のスパイラルに陥った。

しかし、幸いにも江戸幕府の首脳達は負のスパイラルがもたらすものを予測することができた。そして、トップダウンの政策を繰り出した。最初は伐採禁止策を、その後は生産(育林)策を打ち出し、1700年前後には森林管理の緻密なシステムを整え、育林に関する科学的知識を体系的に発展させた、ということである。



第8章までの文明社会が崩壊したのに、ここで紹介した社会はなぜ生き延びたのか?

読者が知りたいのは、なぜこれらの社会は文明崩壊から免れたのか? 自ら脱することができたのか? ということだろう。


“集団による意思決定”、適切な問題解決方法を選択し、それを実行する。行き着くところはそんなところだろうが、なぜ、それが巧くいく社会と失敗する社会があるのか?

その社会が元々有する環境面の強み・弱みもあるし、社会システムや文化の特殊性もあるだろう。


文明が崩壊する要因や過程などについて、著者ダイアモンドはある程度の一般化を試みることはできたように思う。しかし今のところ、文明崩壊から脱出できた社会について、その理由を一般化するところまではいっていない。


【関連記事】

『文明崩壊』 その1

『文明崩壊』 その2

『文明崩壊』 その3

『文明崩壊』 その4

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2006年01月20日(金)

『巨人たちの伝説』

テーマ:マンガとか
巨人たちの伝説

 星野之宣/著、メディアファクトリー


星野作品が最近だいぶ文庫化されてきた。私は非常に嬉しい。

失くしてしまった、というか、何回かの引越しで処分してしまったことを今さらながら悔いている星野マンガがまた読める。


この作品、かなり昔のモノだ。好きだった作品だ・・・。


6万年前の第四氷河期直前の地球に存在した巨人たちの文明、その崩壊を描いた『燃える第五惑星』が第一部。

巨人たちの生命を脅かすまでに寒冷化した地球を再び温暖な星へ変えるために採った計画とは、木星の近くに第二の太陽を出現させることだった・・・。どのように第二太陽を出現させるのかは読んでもらうとして・・・、結末は文明崩壊・・・、男女二人の主人公達も静かに氷の中に没していく・・・。


第二部『巨人への道 木星爆発編』は1981年(執筆当時)の地球が舞台。この時代もまた寒冷期に突入していた。この時代の地球温暖化計画は、木星自体を燃える惑星として再構築することにあった。


木星太陽化計画の過程で遭遇するいくつかの偶然が、6万年前の巨人達が計画し、失敗した痕跡と重なる・・・。


星野氏お得意の?時代を超えたヒトの意志のシンクロを描いた傑作SF

一見、科学的?な仕掛けの荒唐無稽さぶりには目をつぶりましょう。

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2006年01月19日(木)

『文明崩壊』 その4

テーマ:自然科学とか
文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上)

ジャレド・ダイアモンド/著、楡井浩一/訳、草思社


上巻の6・7・8章では、ヴァイキングによって築かれた北大西洋の6箇所の社会について語られている。特に、7・8章では、その6箇所の中のひとつ、グリーンランドにおけるノルウェイ人社会の崩壊にページを割いている。

6章中で語られるアイルランド社会は現在まで存続しているが、同じ北大西洋の島であるグリーンランド、その地におけるノルウェイ人社会が存続できなかったのは何故か? というところに焦点をあてている。


崩壊の要因としては件の5つが挙げられる。ただ、今までのケースと異なるのはアイスランドもグリーンランドも中世ヨーロッパの文化、価値観、宗教(キリスト教)を有していたことである。一方の社会(アイスランド)は現在まで存続し、他方の社会(グリーンランド)は崩壊した・・・。

その分かれ目がどのようなところにあったのかを考察するために、これだけのページ数を費やした・・・、長かった・・・。


ここまでの8章をもって、ひとまず過去の文明の崩壊事例に関する説明が終わる。

それにしても、これらのケース・スタディに関する説明ときたら執拗なほどである。異なる時代の異なる地、異なる文化を持つ社会がどのようにその崩壊の道筋を辿っていったのかを、繰り返し、繰り返し説明する。

正直、マヤ文明の崩壊あたりまではオモシロく夢中で読んだが、アイルランド、グリーンランド編は少々飽きがきた。


さて、下巻の最初、第9章では、環境破壊に端を発した文明(社会)が崩壊に陥りそうになりながらも回避した事例、環境を回復させて社会を存続させた事例を採り上げている。

ここでは江戸時代の日本も紹介されている。

これら反例の説明あたりから、文明崩壊の一般性・法則性のようなものが見えてくるのか?


ここまで読んだ以上、もっと面白くなってもらわなければ・・・


【関連記事】

『文明崩壊』 その1

『文明崩壊』 その2

『文明崩壊』 その3

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2006年01月18日(水)

『人は見た目が9割』

テーマ:なんでも読んでみよう
人は見た目が9割

竹内 一郎/著、新潮新書



言葉以外によるコミュニケーションについて簡単に紹介した本。

タイトルにつられて読んでいる人、かなり多いんじゃないかな?


ベストセラーということもあって、どんな内容なのか気になって読んだ。ブックオフで105円だったもので・・・。


顔の表情、仕草、髪型、会議のときの席順、マナー、などなど、心理的な観点、歴史学的あるいは社会通念上の観点から、言語以外によるコミュニケーションも大事だよ、との説明。


こういったことを始めて知った! という人にはイイ本なのかもしれない・・・、


しかし、いい加減、私くらいの年になると、どの説明も、いつかどこかで聞いた、あるいは読んだことがあるような内容ばかり。


オジサンやオバサンが読んでもしょうがない本(かな?)

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